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16章 奪われた姫君

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部屋の中は、静まり返っていた。
攫われたロアとコルト、攫われかけたフランとマルティナ。彼女たちはみな、最悪の勇者セカンドの血を引いている。四人ものセカンドミニオンが、魔王の軍勢に狙われた……

「これは、偶然なんかじゃないぞ……全人口に占めるセカンドミニオンの割合なんて、たかが知れてるだろ」

セカンドの被害に遭った人は少なくない。が、それでもさすがに、全体からしたら数パーセントにも満たないはずだ。だとしたら四人という数字は、馬鹿にできない大きさだぞ。

「連中が、セカンドミニオンを狙ってるんだとしたら……あの質問の意味も、何となく分かってくるな」

「質問……?私たちが受けた、あの変な検問の事ですか?」

「ああ。あの時連中は、フランの名前と出身地、それから年齢を訊ねてきたんだったよな」

「ええ、確か……」

「一方で、顔を見ただけじゃ襲ってはこなかった。フランのことをセカンドミニオンだと知ってはいたけど、顔は知らない状態だったんだ」

「えっと、つまりそうなると……あ、フランさんのプロフィールだけを知っていたってことですね。え、でもそれだと……まるで、そんなようなリストがあるみたいですけど……」

「みたいじゃなくて、実際にあるんだろうな」

どこをどうやって調べたのかは分からないが、魔王軍は確実に、セカンドミニオンの情報を把握している。

「たぶん、名前と出身あたりが書かれたリストがあるんだ。そいつをもとに、攫う相手を見極めていたんだろう」

「でも……ならどうして、そんなことを……?」

「それは……」

言葉に詰まる。セカンドミニオンを集めていることは分かった。だが、集めてどうなる?セカンドミニオンは何らかの能力に秀でる特徴を持つが、それが目当てなのか?その場合魔王の目的は、超人集団を結成して、サーカスでも開こうって言うのか。馬鹿な!

「ちっ、理由はまだ分からないな。もう少し調べてみないと。それとも、何か他にも条件があるのかな?」

「だったら、この攫われた人たちの何人がセカンドミニオンなのかも、調べられないでしょうか?そしたらもっと、詳しいことが分かるかもしれません」

「そうだな、確かロアの話では、王城に当時の記録が残ってたはず。よし、ちょっと頼んで、調べさせてもらおう!」

そうと決まれば、善は急げだ。俺たちは早速、詳しい人を探しに部屋を飛び出した。



「なるほどな……セカンドミニオンか。よく調べ上げたもんだ」

報告を聞いたヘイズは、手元の資料を見ながら、うんうんと何度もうなずいている。
ここは、王城内のとある一室だ。今は臨時の作戦会議所として使われているようで、あたりには様々な書類やら何やらが散乱している。
時刻は、深夜の少し手前くらいだろうか。あれから俺たちは、忙しそうにしている兵士を捕まえて、面倒くさがられながらも、城の資料室に案内してもらった。そしてそこの司書に事情を話し、過去のセカンドによる被害記録を見させてもらったのだ。
で、ショボショボする目を擦りながら、俺たちはその足で、調べたことを報告しようとヘイズを訪ねたというわけだ。

「ところで、ヘイズ?押しかけといてなんなんだけど、お前……ほんとに大丈夫なのか?」

「ああ?これが大丈夫に見えるか?」

そう言う彼の目は、俺の何倍も酷く充血していて、夜叉のように血走っている。クマは一層濃くなったな。

「そう見えないから、言ったんだよ」

「ちっ。なら黙ってろ。今は無理してでも通す場面なんだよ」

ヘイズは疲れで苛立っているのか、貧乏ゆすりをしながら言った。へーへー、余計なお世話でしたよ。けどまあ、大目に見てやるか。だってこれで二徹目だろ?ぶっ倒れないのを逆に褒めたいくらいだ。見かねたウィルが、ぶつぶつと呪文を唱え始めた。

「キュアテイル」

青い光が、パァっとヘイズを包み込む。彼は驚いた様子で、自分の体を見つめていた。

「うお。な、なんだ?」

「多少は楽になったんじゃないか?」

「ん?おお……言われてみれば、確かに。お前のしわざか?」

「いいや。幽霊が、頑張れってさ」

幽霊と聞いたとたん、サァーっとヘイズの顔から血の気が引いていく。

「もう、桜下さん!またそんな言い方して。人の好意を何だと思ってるんですか!」

キキキッ、悪いわるい。まあこれで、ヘイズも目が覚めただろ。いろんな意味で。

「ご、ごほん。とにかく、話を戻すとだな。攫われてる人の多くがセカンドミニオンだってのは、オレたちも気付いてなかった。これは確かに、有益な情報だ」

「だろ?でも、全員じゃないんだ。関連性がさっぱり分からない人もいてさ」

俺たちが調べたところ、今回攫われた人たちの約八割がセカンドミニオンだった。もちろん、城の記録が正しければ、だが。逆に二割の人たちの中にも、記録にないセカンドミニオンがいる可能性もある。

「ああ。だが、過半数を超える人数がそうだったってことは、まず間違いないと見ていいだろう。敵は、セカンドミニオンを集めてやがる」

ヘイズもまた、俺の抱いた懸念を理解してはいるようだ。

「そうじゃない人たちも、それに関連して連れ去られた可能性があるな。犯行の際に邪魔だったとか、ターゲットの親族だっただとか、はたまた攪乱目的のカモフラージュか……なんにしても、攫われる対象が絞り込めたのはでかい。これで守りも攻めもやりやすくなった。感謝しとくぞ」

「ああ。それは構わないけど、攻めやすくなるってのはどういう意味だ?」

守るのはそのまま、セカンドミニオンを守るという意味だろう。けど、攻めって?

「攻めに関しちゃ、攫われた人たちを、敵がどう使ってくるかに対しての予測だ。オレたちは最初、連れ去った人たちを人質にするものだと思っていた。ロア様もそうだが、国民を大勢連れて行かれちゃ、進軍は格段にしづらくなる」

それはそうだ。人質を盾にされたら、俺たちは何もできなくなってしまう。

「だが、敵はわざわざ対象を絞って誘拐していることが発覚した。単なる人質なら、手当たり次第に攫えばいいはずだ。それをしないってことは、恐らく敵には、人質以外の目的があると推測できる。それが何かまでは分からないが、生かして攫ったところを見るに、被害者たちは敵の保護下にあると考えてよさそうだ。それなら、オレたちは安心して敵陣に攻め入ることができる。後は助け出せばいいだけだからな」

はー……この一瞬で、そこまでのことを考えていたのか。どんなに疲労が溜まっていても、やっぱりこいつはキレ者だな。

「なら……セカンドミニオンを集める理由は、なんだと思う?どうして魔王は、わざわざ手間かけてまでこんなことを……」

「わからん。わからんが……勇者の子孫っていうのは、やはり特別だからな。オレたちが知らん何かがあるのか……いずれにしても、早く助け出したほうがいいだろう。今は生かしているが、それがいつまで続くかは誰にもわからねぇ」

うーむ……しかし、本当になぜ、セカンドミニオンを?今考えても仕方のないことだけど、それにしても不可解だ。これだけ大勢を連れ去ることが可能なら、それこそ国の要人をまとめて攫ってしまえば、魔王は戦わずして勝利を収められたかもしれないのに。

(セカンドミニオンには、俺たちの知らない何かがある、のか……?)

それこそ、戦争の勝ち負けよりも大事な何かが……一体それは、なんなんだろう。



「ん……」

暗い。ここはどこだ?自分は今、目を開けているのか?闇の中では、それすらも分からない。
ボウッ。

「っ」

突如、強い光が闇の中に浮かび上がった。あまりの眩しさに、ぎゅっと目をつぶる。ということは、今まで目を開いていたのか。
そんなどうでもいい事を、彼女……ギネンベルナ王国女王・ロアは、ぼんやりと考えていた。

「……」

少しすると、目が明るさに慣れてくる。光はそれほど強いわけではなかった。暗がりにいきなり現れたせいで、驚いただけだ。
そしてロアは、周囲の状況を把握した。自分は今、どこかの地下にいる。石造りの室内が、オレンジ色の炎に照らされている。パチパチと火花が弾ける音。松明だ。
そして、その松明を握っているのは、マントと仮面姿の奇妙な人物だった。ロアは息をのんだ。

「っ……お、お前は、一体誰だ。ここはどこだ?私を一体どうするつもりだ!」

「……一度に三つも質問をされては、どれに答えたらいいのか分からないな」

その人物はロアを見下ろして、無感情な声でそう言った。ずいぶんと背が高い。声からしても、男だろう。
正論で返されたことで、ロアはむっと眉をひそめた。

「……では、一つ一つ訊いてやろう。お前は、何者だ」

ロアは、答えられるなら答えてみろというつもりで言ったつもりだった。仮面で顔を隠しているのだから、答えるはずがないと思っていたのだ。
だがそれとは裏腹に、男はうなずいた。

「いいだろう。私の名を教えてやる」

「な……なに?」

「なぜ驚く?お前が訊いたのだろう」

ロアは思わずぽかんとしてしまったが、男は構わず、顔に付けた仮面を外した。
その素顔は、意外なほどに地味であった。黒い髪、黒い瞳。暗がりの中、炎に照らされたその顔は、まだ仮面を付けているかのようにのっぺりとして見えた。

「私の名前は、お前もよく知っているはずだ。二の国の王女よ」

「……なんだと?私は、お前のような怪しい者など……」

「いいや。必ず、知っている。私の名は、伝説とまで言われたのだから」

「伝説……?」

伝説と呼ばれる人物は、そう多くはない。ロアの中に、いくつかの候補が浮かんだ。
だが、男が告げた名は、そのどれにも当てはまるものではなかった。

「そうだ……私の名は、ファースト。お前たちが、勇者ファーストと呼んだ男だ」



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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