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16章 奪われた姫君

5-1 作戦会議

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5-1 作戦会議

「これより、女王奪還作戦隊ならびに魔王征伐軍、出陣いたす!」

「「「「「出陣いたす!」」」」」

兵士たちの大合唱が響き渡る。パンパパパーン!華々しい管楽器の音色と共に、馬車がゆっくりと動き出した。

「派手だなぁ。なんでこんなに大騒ぎして出発すんだろ?」

馬車の窓枠に肘をついた俺は、うんざりとつぶやいた。
この馬車の行き先は、一の国の帝都キミテズリ。この長ったらしい名前の軍団の目的地だ。さらに今頃は、三の国の軍隊も国を出ているはず。そこで、それぞれの国の総戦力が合流し、一つの巨大な軍となる予定だ。名も壮大に、“人類連合軍”。おあつらえ向きだな。
あれからヘイズとエドガーは、ほとんど不眠不休で城中を駆けずり回っていた。
まず初めに各国に連絡を付け、連合軍発足の段取りを付けた。幸いなことに、一の国と三の国は、ほとんど襲撃の被害を受けていなかったそうだ。が、二の国の女王が攫われたという報せは、各国に激震を走らせたらしい。とくにタカ派(戦争に積極的なことだ)だった一の国は好機とばかりに奮起し、率先して旗持ち役を引き受けた。
諸国との連絡が済むと、二人は国内の準備に取り掛かった。補給物資を調達し、人員を配置し、留守の間の警備に、国民への公表……その他俺のあずかり知らぬ手配や作業などなど、ともかく色々だ。
がなんと、二人の神憑かみがかり的な手腕によって、これら全ての作業は、驚くことにたった三日で完了した。たった三日で、この大軍隊は編成されたことになる。とんでもないな……城の執事がぼそりとこぼしていた話によれば、二人の鬼神の如き働きは、それこそ歴史に刻まれるレベルの偉業だったらしい。もっともその反動で、ヘイズとエドガーは三日目の明け方には、フランよりよっぽどゾンビに見えていたが。
そして四日目の今日。ついに俺たちは、王都を出発したというわけだ。
編成の時点で電撃作戦だったせいも相まって、この出発式もずいぶんおざなりなものだった。来賓やスピーチも特になし、せいぜいさっきのエドガーの号令と、ファンファーレくらい。にもかかわらず、王都の大通りには大勢の市民が押し寄せ、歓声を上げて門出を祝っている。賑やかなのが好きじゃない俺は、若干不機嫌だった。

「もう少し、すっと出発すればいいのに」

「たぶん……不安、なんじゃないでしょうか」

うん?ウィルが窓の外を見つめながら、俺のつぶやきにそんな返事をした。

「不安?」

「はい……どれだけ華やかに盛り上げても、結局私たちが向かうのは、戦場です。命を落とすかもしれない、帰ってこられないかもしれない……そういう不安を押し隠すために、みんなで盛大に見送るんです。音楽を鳴らして、大声を出して。見送る兵士の方を不安にさせないように、精いっぱい……」

はっとした。そうか、今まで寝る間も惜しんで準備をしてきたのに、ここで無駄な大騒ぎをするはずがない。これにだって、ちゃんと意味があったんだ。だってのに、俺は勝手に不機嫌になって、小馬鹿にしていた。うわ、恥ずかしい!

「そうだったのか……」

「もちろん、私の勝手な予想ですけど。ほんとは全然違う目的かもしれません」

でも少なくとも、ウィルはそう考えたってことだろ?なら……

「ウィル……お前も、不安か?」

俺が思わずそう訊くと、ウィルはこちらを向いて、ちょっと困った顔をしてから、くすっと笑った。

「一抹の不安もないと言ったら、嘘になりますけど……けど、安心してください。桜下さんは、私が守ってあげますから!」

はい?そう言ってウィルは、むんっと力こぶを作るポーズをした。俺が守られるのかよ?

「そこは普通、俺がお前を守るから安心、じゃないのか?」

「だって桜下さん、頼りないですし」

「ぐはぁッ!」

ぱたりと倒れる。早くも、最初の脱落者が出たようだ……俺のオーバーなリアクションに、ウィルはころころと笑っている。

「あはははは、冗談、冗談です。桜下さんのことも頼りにしてますからね。でも」

でも?顔を上げると、ウィルは真面目な顔になっていた。

「でも、私が守るっていうのは、冗談じゃありません。守られてばかりなんて嫌ですし、私だって、なにかの役に立たないと。相手は、あの魔王なんですから」

「ウィル……ああ、そうだな」

過去最強と呼ばれた三人の勇者、ファースト、セカンド、そしてサードが束になって、ようやっと討ち取った相手なんだ。ゲームで言ったらラスボス級。弱いはずがない。

「だからこそ、やれることは何でもやっておきたいなって。そこで提案なんですが、桜下さん」

「ん、なんだ?俺に手伝えること?」

「ええ。ていうか、桜下さんだからこそなんですが。一度、私達と面談してくれませんか?」

「め、面談?」

なんだそりゃ。だがウィルは、冗談で言ったわけではないらしい。

「桜下さんは、私達の指揮官なわけじゃないですか。なら、私達部下の力も、正確に把握しておく必要があると思うんです。特にロウランさんなんかは、つい最近実体を取り戻したばかりで、どんなことができるのかよく知らないでしょう?」

部下って……まあそこは比喩だとして。確かに、一理あるな。ロウランの能力は、全容を把握してないし、みんなも出会ったころに比べたら、できることも増えたはずだ。俺が指揮官を名乗るのはおこがましい気もするけれど、とっさの時に正しい判断ができないと、困るかもしれないな。

「なるほどな……それで、面談か」

「はい。あとは、どんな風に戦っていくかの相談、とかですかね。やっぱり、戦争となると、普段の戦いとは違うのかなって……」

おっと、そうか。ウィルたちだって、不安なんだ。ひょっとしたら、敵の返り血を浴びなければならなくなるかもしれない戦いだ。

「そうだな、分かった。やろう、面談」

「ほんとですか?ありがとうございます、桜下さん!」

「お安い御用だよ。どうせ一の国に着くまで暇だしな」

さて、となれば。俺は馬車の中をぐるりと見渡す。

「っていうわけなんだけど……いいか?」

ウィルはよくても、他のみんなはどうだろう?だが、心配は無用だった。みんなも話を聞いていたらしく、二つ返事が返ってきたからだ。

「じゃ、最初だけど。やっぱりウィルから?」

「いえ、この場合、加入順がいいんじゃないですか?振り返りもかねて」

ふむ?となると、トップバッターは彼女ということになる。

「どうかな、フラン」

フラン、一番初めに俺の仲間になったアンデッド。フランはこくりとうなずくと、俺のそばまでやって来て、ぺたんと座る。ウィルは気を遣って、すっと離れていった。同じ馬車の中なんだし、秘密にすることでもないのだけれど、まあサシのほうが話しやすいか。

「さて、じゃ始めるか。つっても、何から話せばいいんだろうな?」

「わたしに訊かれても……」

すると、馬車の反対側から、ウィルがアドバイスしてくる。

「その人の、強みについて話したらどうでしょう?そうすれば、自然と戦い方とかも探れるんじゃないでしょうか」

なるほど、言い出しっぺだけあって、的確だ。

「それで行くか。フランの強みね……色々あるけど、フラン自身はなんだと思う?」

「わたしの、強み?」

するとフランは、ガントレットのはまった手に視線を落とした。

「この鉤爪と、力、かな」

「へえ、そうなのか」

「違うと思うの?」

「あいや、そんなわけないよ。ただ、俺は別のを考えてたから」

「なぁに?あなたの考える、わたしの強みって」

フランの赤い瞳が、興味深そうに俺を見つめている。俺の考える、フランの強みとは。

「俺が印象的なのは、スピードなんだ」

「スピード?足の速さってこと?」

「大まかに言えば、そうだな。フランの戦いって、俺からすると、すっごく速いんだ。ものすごいスピードで突っ込んで行くし、素早く敵の攻撃をかわすだろ。ほら、よく高ーくジャンプして、落っこちながら攻撃とかもするじゃんか」

「うん。ああしたほうが、威力が乗るから」

「そういうのを総括すると、スピードってことになるのかなって。もちろん力も強いし、鉤爪の毒も強いとは思うけどな」

フランの真髄は、力じゃないと思う。敏捷性、アジリティこそが、彼女の真骨頂だ。

「スピードか……考えたこともなかった」

「そうなのか?自分と他人とじゃ、見方も違うもんだな」

「そうだね。それに、あなたの言ってること、正しいと思う。力任せに戦った時って、わたし、あんまりいい動きできてないから」

うん、そうだったかな?あんまりそんな印象はないけど……

「この前の、ゴブリンとの戦いもそう。力でゴリ押そうとしたから苦戦した。最初から、速さで翻弄しておけばよかったなって、後で後悔したんだ」

ああ、そう言えば……確かに、あのでかいゴブリンに、フランの怪力は通用しなかった。そして足にチビゴブリンがまとわりつき、機動力を失った瞬間、フランは一気にピンチになった。

「まぁあれは、ちょっと特殊なケースな気もするけど」

「ううん。前から、そういうことは多かったよ。それに、こういう戦い方は、たぶんエラゼム流なんだと思う」

えっ。エラゼムの……?

「エラゼムは、力も強かったし、何より守りが堅かったでしょ。だから敵の攻撃を、余裕をもって受けれたんだ。でも、それと同じことをわたしがしようとすると……」

「ああ……確かにそれは、フラン向きじゃないかもな」

ゾンビのフランは痛みを感じないが、ダメージを負わないわけじゃない。剣で斬られれば腕が飛ぶし、拳に殴られれば骨が折れる。実際、幾度となく傷ついたフランを見てきた。

「ずっと一緒に戦ってきたから、うつっちゃってたのかも。でも、もうあの人はいないんだ。これからは、わたしの戦い方をしていかないと」

「……ああ。そうだな」

フランは、やっぱり賢い。俺がちょっと口を添えただけで、すぐに自分の弱所に気付いてしまった。大したもんだよ。

「……ふふ」

「ん、どうした?」

「ううん。ちょっと、嬉しくて。わたし、まだ強くなれそう。約束、したもんね」

フランの目が、試すようにこちらを見る。ああ、覚えているとも。いつかの湖で、彼女とした約束だ。俺はにっこり笑ってうなずいた。

「もちろんだ。魔王なんて、通過点にしか過ぎないんだぜ」

「うん」

フランはやわらかく微笑んだ。出会った当初と比べて、フランの一番の変化は、この笑顔だと俺は思った。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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