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16章 奪われた姫君

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「あれ?アルアじゃないか。どうしたんだ?」

そこにいたのは、一の国で傭兵をしている、アルアだった。この前旅に同行してもらって以来だな。アルアは俺と目が合うと、気まずそうに目を逸らす。

「あ、あの……すみません、お食事中でしたか?」

「いや、もうほとんど終わってたよ。なんか用か?」

「えっと……特に用事、というほどでもないのですが。ただ、みなさんもこちらにいらしてると聞いたので……」

んん?用もないのに訪ねてきたアルア。それってつまり……

「挨拶しに来てくれた、ってことか?いや、あはは。そんなわけないよな。ごめん、忘れてくれ」

「あ、いや!その、あってます」

「え?」

「あ、挨拶に伺ったんです!い、いけませんか!」

逆にキレられてしまった。でもまさか、あのアルアが挨拶?この前まで、俺のことをあれほど毛嫌いしていたくせにか?

(いったいどんな風の吹き回しだか)

けどまあ、わざわざ訪ねてきてくれた女の子を突っぱねるほど、俺も野暮じゃないさ。

「そっか。そりゃ、ご丁寧にどうも。せっかくだから、入ってくか?」

「え、でも……」

「大したもてなしもできないけど、立ち話もなんだろ。この前の話もしたいしさ」

俺がどうだ?と扉の中を指さすと、アルアはたどたどしく、ではお言葉に甘えて、とぺこりとお辞儀した。
アルアも加えて輪になって座ると、俺はさっそく訊ねた。

「で、アルア。あんたもここにいるってことは、やっぱり参加するんだよな?」

「もちろんです。勇者ファーストの末裔が、魔王との戦争に参戦しないわけにはいきません」

ま、だろうな。アルアの祖父は、伝説の勇者ファースト。彼女はその血を継ぐ上での、さまざまなしがらみを抱えて生きている。この前の旅でその辺の事情を知ったことで、アルアの見え方はずいぶん変わった。

「みなさんも、戦争に行かれるのですね。確か、あまり乗り気でなかった気がしますけど」

「ああ、ほんとはな。でも、聞いてるだろ?うちの国の女王様のこと」

するとアルアの目が、きゅっと細められた。

「はい。王が攫われるとは、民もさぞや不安でしょう。ではみなさんは、そんな民の為に戦うことを決意したんですね」

「え?あははは!アルア、俺がそんな品行方正なやつかよ。そういうのは、そっちの勇者の専売特許だろ」

「では、違うのですか?」

「違うよ。女王とは、まあ、顔なじみなんだ。それに、攫われた人たちの中に、俺の友達がいる。そいつを取り戻すために、俺たちはここに来たんだ」

俺たちの事情を聞いて、アルアは目をパチパチしばたいている。前の彼女なら、そんな動機不純だ!と怒り出すところだが。

「そうでしたか。お友達が……それなら、必ず勝たないといけませんね」

おや。ずいぶんと丸い答えが返ってきた。どうやら、もうケンカするつもりはなくなったみたいだな。

「あ、ところでみなさん、ヒルコの町の件はどうなりましたか?」

アルアが思い出したように訊ねてくる。彼女は途中で帝都に戻ったので、事の顛末を知らない。

「うん。おかげさまで、無事に片付いたよ。牧師さんにも世話になった。今度会ったら、礼を言ってたって伝えてくれ」

「そうでしたか。何よりです。……それで、あの。あの鎧の騎士さまは、どちらに?」

っと……アルアの目が、彼を探すようにあたりを見渡す。当然彼女は、俺たちの目的のことも、彼がその結果旅立っていったことも知らない。あまり言いふらすような事でもないが……今のアルアには、教えてもいいと思えた。

「……実は俺たち、あそこにとある人を探しに行ったんだ。その人は、エラゼムの未練の原因でな。で、無事に見つかって、未練は絶たれたんだよ」

「え……それでは……」

「ああ。逝っちまった……だから、もう一緒にはいないんだ」

アルアは、ずいぶんとショックを受けているようだった。詳しくは知らないが、アルアは彼と、何かの話をしていたらしい。そのことで、もっと彼に訊きたいことがあったのかもしれないな。

「……そう、でしたか。あの、一つ訊いても?」

「うん?」

「あの方は……最期は、どのようにして、旅立たれたのですか」

最期、か。彼との別れは、忘れもしない。

「笑ってた、と思う。それに、満足そうだったよ」

「……そうですか。笑って……」

アルアは軽くうつむいて、なにか考えているようだった。エラゼムは、彼女の中にも、なにかを残していったようだな。

「……できれば、もう一度お会いしたかったです。ですが、笑って逝かれたのなら、いいことですよね」

「ああ。俺もそう思うよ」

彼との別れの寂しさは、まだ残っている。でも、こうして彼を覚えている人が、俺たち以外にもいるってことは、なんだか嬉しいな。

「ん、そうだアルア。俺からも訊いていいかな?」

「はい?なんですか」

「この戦争の、今の状況についてだよ。傭兵のあんたなら詳しいんじゃないか」

現状の最前線は、フィドラーズグリーン戦線という。地図で言うと、一の国の西の果てだ。そんな遠くの話は、俺たちにまでは回ってこない。今、戦線はどんな状況なんだろう?

「はい、確かにいろいろな話が入ってきます。ただその、すみません、全てをお話しすることは……軍の機密に関することもあるので」

「もちろん、話せる範囲で構わないよ」

「わかりました。えっと、最前線に関しては、目立った動きの報告はないんです」

「え?あれだけ派手に、あちこちで人を攫ってんのにか?」

「そうなんです。戦闘があったという報告もなく、実際ライカニール軍としても、そちらの報せを聞いて初めて事態を把握したくらいです」

「なんだ、どういうことだ?魔王軍は最前線を放置して、国を直接攻撃したってことか?」

「そういう形にはなります。ただ今回の襲撃、もちろん事の重大さは理解していますが、攻撃としての規模は極めて小さいと言えませんか」

小さい?あの大破した城を見てもそう言えるのかと思ったが、実際破壊されたのは城だけだ。王都の他の家々は無事だった。被害規模だったら、この前の反乱軍の暴動の方が大きいだろう。

「一の国も三の国も、大規模な攻勢を掛けられたわけではありません。秘密裏に、痕跡を残さぬよう、人々が連れ去られたんです」

「……そこまでくると、バレずに完遂したかったっていう意志すら感じられるな」

だが、どういうことだ?これから戦争だっていうのに、戦線そっちのけで、こっそり人を攫う意味とは?

「魔王のすることですからね。私たちには理解できない思惑があるのかもしれません」

アルアとしても、その理由までは分からないようだ。するとアルアが、いきなり声を潜めた。

「ただですね……このことは、他言無用でお願いしたいんですけど」

なんだ、なんだ?思わず身を乗り出す。秘密の話か?

「実は……前に、戦線には三千人の兵がいるとお話したこと、覚えてますか?」

「ああ、確かそんなこと言ってたな」

「その部隊との連絡が取れていないんです」

「え!だ、だって……さっき、戦闘はなかったって」

「はい。最前線の観測所からは、そう報告が来ています。ですがその三千の兵は、そことは別地点……もう少し踏み込んだ、魔王の大陸側で陣を張っていたんです」

「じ、じゃあまさか……」

「まだ、はっきりしたことは分かりません。消息が絶たれたのも、つい先日のことのようですし。何かのトラブルで、連絡ができていないだけならいいのですが……」

トラブルか……そう考えたい気持ちも分かる。というか、三千人が全く気付かれずに消えたなんて、普通は信じられないだろ。そんな恐ろしいこと、信じたくもないし……

「……ひょっとしたら戦線も、だいぶまずい状況だったりするのかな」

俺たちの顔が青ざめているのに気付いてか、アルアは慌てて手をパタパタ振った。

「あ、あの、そこまで悲観することはないと思います。まだ全滅したと決まったわけじゃないですし、戦闘が行われていないのも本当ですから。それにほら、今の連合軍には、勇者様もいます。クラーク様ももちろんいらっしゃいますよ」

「ああ、そっか。あいつもいるのか」

「ええ。だからえっと、きっと大丈夫ですよ」

こういうのには慣れないのか、アルアの励まし方はずいぶんとぎこちない。へへ、でもまあ、前に比べたら大した進歩か。

「アルアは、一の国の軍に入るのか?」

「そうです。今後の作戦次第ですが、みなさんと会うことは少ないでしょうね」

「だな。まあ、お互い頑張ろうぜ。死なない程度にな」

「そうですね。みなさんも、どうかお気をつけて」

そう言って、アルアはきれいな角度で礼をした。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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