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16章 奪われた姫君
7-1 砂漠
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7-1 砂漠
「あ、暑い……」
ぐったりと、馬車の床に寝そべりながらつぶやく。こう言ったところで、所詮は体力の無駄遣いだと分かってはいるのだが。気力という気力が空気中に溶けていくようだ……
砂漠の玄関口サーガの町を出て、数時間が経っただろうか。俺たちを含む人類連合軍は、いよいよ広大な砂漠へと足を踏み入れていた。この砂漠は、アネクメ砂漠という名前らしい。意味するところは、死の砂漠ということだそうだ。不吉ぅ……
「でもこの暑さじゃ、どんな生き物も干からびちまうよな……」
灼熱の太陽が容赦なく照り付け、戦場へ向かわんとする戦士たちの水分と体力を奪い去っていく。人だけじゃない、馬や牛も辛そうだ。特に牛は毛がコートのように長い品種なので、よりしんどそうに舌をでろりと垂らしている。
だがあるいは、これは慈悲なのかもしれない。命を賭すことになるやもしれない戦場へ出向く前に、その膝を折らせることで、彼らの命を守っているのだ……つまりこの暑さは、慈愛と祝福の熱烈歓迎……
「だーいぶ、頭をやられてますね」
はっ。どうやら俺はうわごとを言っていたらしい。ウィルが呆れた顔で、こちらを見下ろしていた。
「大丈夫ですか?」
「は、はは。こんくらい、へーきへーき……」
「には、見えませんけど」
ウィルはそっと手を伸ばして、俺のおでこに添えた。冷たくてひんやりとしたウィルの手が、なんとも心地よい……
「少しは楽になりますか?」
「ああ……できれば、全身に抱き着いてくれないかな……」
「えっ!?で、でも桜下さんが望むなら……」
「待ってダーリン!抱き着いて欲しいならアタシがいるの!」
「ちょっとロウランさん!横入りしないでください!」
「うるさ……」
結局ウィルは、同じく暑さにまいっていたライラに取られてしまった。背後からウィルに抱きしめられて、ライラは心地よさそうだ。しょうがない、俺は起きるか。ずっと床に寝そべっていたから、そろそろ体が痛くなってきたし。
「あいてて……けど、死の砂漠か。物騒な名前だけど、ほんとに何の生き物もいない、なんてことないよな?」
『そんなわけないじゃないですか』
ちりんと、アニが揺れる。風鈴みたいで、アニの音色すらも涼し気に感じてしまうな。
『死の砂漠というのは、あくまで通称です。実際は生物がいますし、なんだったらいくつか村がありますよ。いずれも小規模ですが』
「へえ。生き物って、どんなのがいるんだ?」
『意外と多様な生物がいますよ。サソリやラクダに蛇やトカゲ、モンスターではサンドマンやアパオシャなんかが生息しています』
「え、モンスターも出るのかよ」
『はい。まあしかし、広大な砂漠に対して、生息数はわずかです。よほどのことがない限り遭遇することは……』
と、そんな話をしていた時だ。がくんと、馬車が止まってしまった。
「なんだ?噂をすれば影、なんてこたないだろうな」
『何かのトラブルでしょうか』
砂ばかりの砂漠は通常、馬や馬車が進むことはできない。ひづめや車輪が埋まっちまうからな。だが連合軍は、ちゃんと対策を立てていた。それが、魔術師たちが地属性魔法で砂を固めて、出来上がった道を進むという方法だ。さらに馬たちが暑さでやられないよう、風魔法で送風までする徹底っぷりだ。
が、その馬車が止まってしまった。てなると、アクシデントの原因は魔術師あたりが怪しいということになるが……
ドンドンドン!
「勇者殿!二の国の勇者殿はおられますか!」
馬車の扉が強く叩かれる。俺じゃなくて、勇者にご所望とは。
「……ちょっと面倒なことになりそうだな」
俺はすみやかにカバンから仮面を取り出し、身に着けた。勇者に対しての要件なら、素顔のまま出向くわけにはいかない。仲間たちも異変を察して、すっと立ち上がった。
戸を開けると、立っていたのは兵士だった。武装を見るに、二の国の兵だろう。酷く慌てた顔をしている。
「おお、勇者殿。申し訳ありません、私と一緒に来てくれませんか」
「いいけど、何があった?」
「すみませんが、それは現場で説明されるはずです。今はとにかく急いでお連れせよと、総隊長がおっしゃっているのです」
この総隊長っつーのは、エドガーの現役職のことだ。ロアが不在の今、二の国の隊のまとめ役はやつが引き受けている。つまり独断ではなく、総合的な判断で俺が呼ばれたということになるな。
「わかった。行こう」
「はい!」
駆け足の兵士に連れられて、俺たちは馬車隊の先頭へと向かう。そこでは数人の軍人と思しき連中と、エドガーとヘイズが待ち構えていた。
「おお、来たか。待ちかねたぞ」
エドガーは俺を見つけるや否や、肩をガッと抱いてきて、そのままずりずりと向こうに引きずっていく。
「お、おい!呼び出したくせに、どこに連れてく気だ?」
「少し込み入った話なのでな。聞かれるとまずいのだ」
まずい?それは、あっちの軍人たちのことを指しているのか?
十分な距離が開くと、エドガーはようやく俺を放した。
「で、なんなんだよ?」
「私は説明が得意ではない。おぬしが話せ、ヘイズ」
指名されたヘイズは、暑さで気だるそうにしている。だがそれでも、はっきりした声で説明を始めた。
「問題が二つある。一つ、この先の砂丘になんかがいる」
「なんか?」
「ああ。そんでもう一つ。各国のお偉方が、お前たちのことを疑っている」
なに?ヘイズは切れ長の目を流して、向こうにいる軍人たちを見る。あの人たちのことか。
「なんで。疑われるようなことは……まあ、それなりにしてきたけど」
「桜下さん……」というウィルの嘆きは無視する。
「心当たりはあるみたいだな。だが今回は、それとは別件だ。要するに、お前たちが第三勢力として参戦しているのが気に食わないんだ」
「え、そのことが?」
「一の国じゃ、お前の実力は知れ渡っている。だが、同時に厳しく統制された軍事国家でもあるからな。組織に属さない輩は、それだけで鼻つまみ者ってわけだ」
「ああ、そういうことか……あんたらは認めてくれたけど、他の国はそうでもない、と」
「そういうこった。それに、ウチは過去に勇者の裏切りを許しているからな。より厳しい目が向くってわけよ」
むう。ここでも、セカンドの悪評が響いてくるんだな。後輩はいい迷惑だ。
「そこでだ。提案がある。うまくいけば、どちらにも利があるぞ。オレたちと、お前たち」
「へえ。何となく想像は付くけど、聞こうじゃないか」
ヘイズは頭の回転が速い。きっとこの問題をうまく解決する案があるのだろう。
「ことはシンプルだ。この先にいる何かを、お前たちに退治してほしい。俺たちは安全を、お前たちは信頼を得られるってわけだ」
ま、そんなことだろうな。俺はヘイズから目を逸らして、その後方の砂の山に目をやる。かげろうが揺らめく砂丘には、一見して何の気配も感じないが。
「何がいるんだ?砂しか見えないけども」
「ああ。だが、オレの知る砂とは少し違う」
「違う?」
「オレが知っている砂は、動かねえ」
動く?砂が……?
すると、その時だ。確かに、目の前の砂丘が、うねるように動いたではないか。砂がゆっくりと、波のように流れ落ちる。サアァァァ……サアァァァ……
エドガーは手で庇を作りながら、唸るように言う。
「かなりの大きさがありそうだ。砂漠に生息する大型モンスターと言ったら、サンドウォームかアケパロスか……いずれも危険度A相当の厄介な連中だ」
「むぅ……そんなのの相手をさせようって言うんだな」
「臆したか?無理にとは言わんぞ。連合軍の力を借りてもいいのだからな」
さて、その答えは俺一人でするもんじゃないな。俺は仲間たちを振り返る。みんなはそれぞれ熱意を秘めた目で、うなずき返してきた。
「……よし。上等だ。受けたぜ、その任務」
ちょうどいい。この前の面談の成果を試す、いい機会にさせてもらおう!
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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ぐったりと、馬車の床に寝そべりながらつぶやく。こう言ったところで、所詮は体力の無駄遣いだと分かってはいるのだが。気力という気力が空気中に溶けていくようだ……
砂漠の玄関口サーガの町を出て、数時間が経っただろうか。俺たちを含む人類連合軍は、いよいよ広大な砂漠へと足を踏み入れていた。この砂漠は、アネクメ砂漠という名前らしい。意味するところは、死の砂漠ということだそうだ。不吉ぅ……
「でもこの暑さじゃ、どんな生き物も干からびちまうよな……」
灼熱の太陽が容赦なく照り付け、戦場へ向かわんとする戦士たちの水分と体力を奪い去っていく。人だけじゃない、馬や牛も辛そうだ。特に牛は毛がコートのように長い品種なので、よりしんどそうに舌をでろりと垂らしている。
だがあるいは、これは慈悲なのかもしれない。命を賭すことになるやもしれない戦場へ出向く前に、その膝を折らせることで、彼らの命を守っているのだ……つまりこの暑さは、慈愛と祝福の熱烈歓迎……
「だーいぶ、頭をやられてますね」
はっ。どうやら俺はうわごとを言っていたらしい。ウィルが呆れた顔で、こちらを見下ろしていた。
「大丈夫ですか?」
「は、はは。こんくらい、へーきへーき……」
「には、見えませんけど」
ウィルはそっと手を伸ばして、俺のおでこに添えた。冷たくてひんやりとしたウィルの手が、なんとも心地よい……
「少しは楽になりますか?」
「ああ……できれば、全身に抱き着いてくれないかな……」
「えっ!?で、でも桜下さんが望むなら……」
「待ってダーリン!抱き着いて欲しいならアタシがいるの!」
「ちょっとロウランさん!横入りしないでください!」
「うるさ……」
結局ウィルは、同じく暑さにまいっていたライラに取られてしまった。背後からウィルに抱きしめられて、ライラは心地よさそうだ。しょうがない、俺は起きるか。ずっと床に寝そべっていたから、そろそろ体が痛くなってきたし。
「あいてて……けど、死の砂漠か。物騒な名前だけど、ほんとに何の生き物もいない、なんてことないよな?」
『そんなわけないじゃないですか』
ちりんと、アニが揺れる。風鈴みたいで、アニの音色すらも涼し気に感じてしまうな。
『死の砂漠というのは、あくまで通称です。実際は生物がいますし、なんだったらいくつか村がありますよ。いずれも小規模ですが』
「へえ。生き物って、どんなのがいるんだ?」
『意外と多様な生物がいますよ。サソリやラクダに蛇やトカゲ、モンスターではサンドマンやアパオシャなんかが生息しています』
「え、モンスターも出るのかよ」
『はい。まあしかし、広大な砂漠に対して、生息数はわずかです。よほどのことがない限り遭遇することは……』
と、そんな話をしていた時だ。がくんと、馬車が止まってしまった。
「なんだ?噂をすれば影、なんてこたないだろうな」
『何かのトラブルでしょうか』
砂ばかりの砂漠は通常、馬や馬車が進むことはできない。ひづめや車輪が埋まっちまうからな。だが連合軍は、ちゃんと対策を立てていた。それが、魔術師たちが地属性魔法で砂を固めて、出来上がった道を進むという方法だ。さらに馬たちが暑さでやられないよう、風魔法で送風までする徹底っぷりだ。
が、その馬車が止まってしまった。てなると、アクシデントの原因は魔術師あたりが怪しいということになるが……
ドンドンドン!
「勇者殿!二の国の勇者殿はおられますか!」
馬車の扉が強く叩かれる。俺じゃなくて、勇者にご所望とは。
「……ちょっと面倒なことになりそうだな」
俺はすみやかにカバンから仮面を取り出し、身に着けた。勇者に対しての要件なら、素顔のまま出向くわけにはいかない。仲間たちも異変を察して、すっと立ち上がった。
戸を開けると、立っていたのは兵士だった。武装を見るに、二の国の兵だろう。酷く慌てた顔をしている。
「おお、勇者殿。申し訳ありません、私と一緒に来てくれませんか」
「いいけど、何があった?」
「すみませんが、それは現場で説明されるはずです。今はとにかく急いでお連れせよと、総隊長がおっしゃっているのです」
この総隊長っつーのは、エドガーの現役職のことだ。ロアが不在の今、二の国の隊のまとめ役はやつが引き受けている。つまり独断ではなく、総合的な判断で俺が呼ばれたということになるな。
「わかった。行こう」
「はい!」
駆け足の兵士に連れられて、俺たちは馬車隊の先頭へと向かう。そこでは数人の軍人と思しき連中と、エドガーとヘイズが待ち構えていた。
「おお、来たか。待ちかねたぞ」
エドガーは俺を見つけるや否や、肩をガッと抱いてきて、そのままずりずりと向こうに引きずっていく。
「お、おい!呼び出したくせに、どこに連れてく気だ?」
「少し込み入った話なのでな。聞かれるとまずいのだ」
まずい?それは、あっちの軍人たちのことを指しているのか?
十分な距離が開くと、エドガーはようやく俺を放した。
「で、なんなんだよ?」
「私は説明が得意ではない。おぬしが話せ、ヘイズ」
指名されたヘイズは、暑さで気だるそうにしている。だがそれでも、はっきりした声で説明を始めた。
「問題が二つある。一つ、この先の砂丘になんかがいる」
「なんか?」
「ああ。そんでもう一つ。各国のお偉方が、お前たちのことを疑っている」
なに?ヘイズは切れ長の目を流して、向こうにいる軍人たちを見る。あの人たちのことか。
「なんで。疑われるようなことは……まあ、それなりにしてきたけど」
「桜下さん……」というウィルの嘆きは無視する。
「心当たりはあるみたいだな。だが今回は、それとは別件だ。要するに、お前たちが第三勢力として参戦しているのが気に食わないんだ」
「え、そのことが?」
「一の国じゃ、お前の実力は知れ渡っている。だが、同時に厳しく統制された軍事国家でもあるからな。組織に属さない輩は、それだけで鼻つまみ者ってわけだ」
「ああ、そういうことか……あんたらは認めてくれたけど、他の国はそうでもない、と」
「そういうこった。それに、ウチは過去に勇者の裏切りを許しているからな。より厳しい目が向くってわけよ」
むう。ここでも、セカンドの悪評が響いてくるんだな。後輩はいい迷惑だ。
「そこでだ。提案がある。うまくいけば、どちらにも利があるぞ。オレたちと、お前たち」
「へえ。何となく想像は付くけど、聞こうじゃないか」
ヘイズは頭の回転が速い。きっとこの問題をうまく解決する案があるのだろう。
「ことはシンプルだ。この先にいる何かを、お前たちに退治してほしい。俺たちは安全を、お前たちは信頼を得られるってわけだ」
ま、そんなことだろうな。俺はヘイズから目を逸らして、その後方の砂の山に目をやる。かげろうが揺らめく砂丘には、一見して何の気配も感じないが。
「何がいるんだ?砂しか見えないけども」
「ああ。だが、オレの知る砂とは少し違う」
「違う?」
「オレが知っている砂は、動かねえ」
動く?砂が……?
すると、その時だ。確かに、目の前の砂丘が、うねるように動いたではないか。砂がゆっくりと、波のように流れ落ちる。サアァァァ……サアァァァ……
エドガーは手で庇を作りながら、唸るように言う。
「かなりの大きさがありそうだ。砂漠に生息する大型モンスターと言ったら、サンドウォームかアケパロスか……いずれも危険度A相当の厄介な連中だ」
「むぅ……そんなのの相手をさせようって言うんだな」
「臆したか?無理にとは言わんぞ。連合軍の力を借りてもいいのだからな」
さて、その答えは俺一人でするもんじゃないな。俺は仲間たちを振り返る。みんなはそれぞれ熱意を秘めた目で、うなずき返してきた。
「……よし。上等だ。受けたぜ、その任務」
ちょうどいい。この前の面談の成果を試す、いい機会にさせてもらおう!
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