じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

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16章 奪われた姫君

8-3

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8-3

「なっ……ん、ですって……!」

デュアンはみぞおちを殴られたような顔になっている。そしてそれは、俺も同じだった。
今、目の前の男は何て言った?ウィリアムは、自作のロッドを“自分の子”と言い、ウィルのことを“無価値なモノ”だと言い放った。俺、耳がおかしくなったのか?

「一度だけ……一度だけ、訂正の機会をあげましょう。さっきの発言、逆だったのではないですか」

デュアンは震える声で言う。もし今、さっきのは誤りだった、申し訳ないと言ってくれたなら、まだ俺は理性を保つ自信があった。
だがウィリアムは、あっさりとそれを否定する。

「いいや、間違っていないさ。僕は、あの子に価値を見出せなかった。だから捨てたんだ」

………………。

「し、信じられません……自分の子どもなんですよ……?」

「正確には、あれは僕の妻が産んだ子だ。妻の子だ。妻の作品だ。僕のじゃない」

デュアンは絶句してしまった。頭がクラクラする……

「なら、なぜ……なぜ、子どもを作ろうと……家族を持とうと思ったんですか!どうせ捨てるなら、いっそ、ずっと独りでいればよかったでしょう!」

デュアンはいよいよ、本格的に怒りを爆発させ始めた。激しく足を打ち鳴らし、ローブの裾をぶんとはためかせる。だがそんな彼を前にしても、ウィリアムには何の変化もない。ただただ、少し疲れたような顔をするだけだ。

「子どもに関しては、妻が欲したんだ。だから作った。その時までは、僕だってあの子に価値を感じていたよ。僕は妻を愛していたから」

「なら、なぜ!」

「……妻が、死んだからだ。産後の肥立ちが悪く、妻は子を産み落として死んでしまった」

そこでウィリアムは初めて、悲しみらしい感情を見せた。

「彼女のことは……本当に愛していた。恐らく、僕が生涯で唯一、愛を与えられた人だったのに」

ウィリアムはため息をつくと、俺たちをぼんやりと眺める。

「君たちの言いたいことも分かるさ。僕は君たちまともな人間と比べて、明らかに異常なんだろう。これが初めてでもない……それを理解してくれとは言わないが、どうせ君たちは理由を聞きたがるだろうから、僕の話を聞くと言い。その後にどうするかは、君たちに任せよう」
「僕が生涯で唯一大切にできたのは、彼女だけだった。僕は自分ですら、そこまで価値がある人間だとは思えない。この世で価値があるとすれば、それは彼女と、僕が生み出した作品たちくらいなものだ」
「彼女のためなら何だってするつもりだった。自分自身の命さえ厭わなかっただろう。あの人がどこか静かな村で暮らしたいと言ったから、僕は王都を離れた。あの人が家族が欲しいと言ったから、僕は子どもを作った。あの人が幸せな家庭を築きたいと言ったから、僕は大好きな創作にすら別れを告げるつもりだった。なのに……」
「あの人がいなくなった途端、全てのものに価値が無くなった。家も、暮らしも、子どもも、何もかも。それらはあの人を通じて初めて、僕に価値を与えていた。だから僕は、全てを捨てた。後悔?まるでなかったよ。未練はなかった。それに、それらを見ていると、あの人との日々を思い出して辛かったのもある……」
「そうして流れに流れて、気が付いたら西の果てまでやって来ていた。今僕が愛を捧げるのは、僕の手によって産み出される作品だけだ。だから申し訳ないけれど、そのウィルとかいう娘のことも、僕にはどうすることもできない。謝ってほしいのなら謝ろう。殴りたければ殴るがいい。そうして気が済んだのなら、帰ってくれ。明日は仕上げに取り掛かりたいんだ」

ウィリアムの長い独白は、気が付いたら終わっていた。内容?悪いが、全く理解できなかった……どうやら俺は、急にバカになってしまったらしいな。じゃなきゃ、ウィリアムが外国語を話しているんだろう……

「……分かりません。まったく、分からないですよ!」

デュアンが握り拳を固くして叫ぶ。

「どうしてですか!あなたの奥さんが望んだ子どもを、どうしてあなたが大事に守らないんです!それが彼女への裏切りだと、分からないのですか!?」

「裏切り?僕は何も裏切ってなどいない。あの人への気持ちは、今だって少しも揺らいでいないから」

「ならなぜ、娘を大事にできないんです!」

「その娘は、彼女が産んだというだけだろう。彼女とは違う。他人だ」

他人……その言葉が、俺の中で虚しく反響した。血の繋がった娘すら他人だと言うのなら、こいつにとって、この世のあらゆる人間は他人だ。彼にとって人間とは、等しく無価値な存在なのか。自分自身でさえも……

「このっ、貴様!」

ついに堪忍袋の緒が切れたデュアンは、ウィリアムの胸倉をぐいと掴み上げた。

「謝れ!お前の身勝手のせいで、ウィルさんがどれだけ苦労したのか、教えてやろうか!」

「……何を言っても、君たちには分からないだろう」

聖職者に胸倉を掴まれるという異常事態にもかかわらず、ウィリアムはまるで他人事のように、顔色を変えない。

「僕は、根本的に、君たちとは違う人間なんだろう。だけど、仕方ないじゃないか。君、蜘蛛がきれいな蝶を食べるからと言って、蜘蛛にも同じように怒れるか?」

「黙れ、やめろ!その減らず口を、今すぐに!」

「理解できないだろう。僕も、君たちが理解できないんだよ。だから、たとえ何を言われようと……」

「うるさい!いい加減に……!」

デュアンがすっと拳を引いた。俺はその手を、後ろで押さえた。

「なっ!放しなさい、桜下くん!」

「デュアン、やめとけ。お前は、人を殴っちゃまずいだろ。それに、ぶん殴ったところで、こいつは考えを変えやしないよ」

「ぐっ……」

デュアンは唇を噛んだ。彼だっていちおうはブラザーだから。そんな人が、誰かを殴っちゃいけない。デュアンは悔しそうにしながらも、ウィリアムの胸倉から手を放した。
ウィリアムは襟元を正すと、何事もなかったかのように、ベッドに座り直した。そんな彼に声を掛ける。

「なあ、ウィリアムさん」

「なんだい。君も文句があるのか」

「いいや。あいにくと、俺たちがここに来たのは、あんたがウィルの父親かどうか確かめるためだ。文句があるとすりゃ、ウィル本人だろうけど……」

俺はちらりとウィルの様子を見る。ウィルはうつむいたまま、何も言わなかった。

「……だから、あんたにどうこう言う気はない。言っても意味ないだろうし」

「そうか。それはありがたいな。僕としても、これ以上無駄な時間を過ごしたくないんだ」

俺が腕を上げて制さなかったら、デュアンは今すぐにでも飛び掛かっていただろう。ともかく、これ以上ここに用はない。俺が背を向けると、ふと思い出したように、ウィリアムが言った。

「そう言えば、君たちは一体なんなんだ?その娘……ウィルとやらと、知り合いなのか」

「……まあ、そんなところだ」

「そうか。その娘も、ここに来ているのか?」

「いいや。彼女は、あんたとは会わない。だから俺たちが、代わりに来たんだ」

「ふむ。なら、その彼女にも伝えてくれ。僕を追うようなことはもうやめろと。もし顔を合わせたとしても、僕の考えが変わることはない。僕にとっては、その娘はどこまでも無価値な」

ウィリアムは、最後まで言えなかった。

バキッ!

ウィリアムはぶっ飛んで、ベッドに倒れた。デュアンが唖然としている。ウィルは口を覆っていた。その指のすき間から、か細い声が漏れる。

「おうか、さん……どうして……」

俺は拳を振り下ろした姿勢のまま、はぁはぁと荒い息をしていた。誰かを殴ったのなんてこれが初めてだから、加減が全く分からなかった。手がズキズキと痛い。肩と背中も痛むから、かなり下手な殴り方をしたんだろう。

「……もう二度と、俺の恋人を、無価値だと言うな」

ウィリアムはベッドに伸びていて、返事はなかった。俺は奴の様子を確認することもなく、くるりと背を向け、部屋を出た。
外に出ると、俺はただ闇雲に、ずんずんと歩き続けた。後からデュアンとウィルも付いてくる。二人とも、なんと声を掛けたらいいか分からない雰囲気だ。しばらく進み、窯の並んだ工房が近づいてきた所で、俺は足を止めた。

「はぁ……すまん、ウィル」

ため息をつくと、ウィルに頭を下げる。

「えっ。えっと……」

「感情に任せて、殴っちまった。余計なことしたよな」

「そんな。むしろ私のために……」

「でも、ぶん殴って欲しかったわけじゃないだろ」

もしもウィルがそう思っていたなら、きっとロッドを振り上げて、自分でやっていたはずだ。それをしていなかったんだから、俺がしたことは、自己満足に過ぎない。

「……桜下くん。ウィルさんは、あの男を殴らなくてもよかったと言っているんですか?」

デュアンが不思議そうに首をかしげる。

「ああ、まあな」

「なんと!ウィルさんは優しすぎますね。僕からしたら、実にスッキリしましたよ。むしろもう二、三発くらいお見舞いしてやりたい気分でした」

デュアンはシュッシュッと、拳を素振りしている。俺は苦笑いすると、フランと合流するために、彼女の下へと向かった。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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