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16章 奪われた姫君

8-2

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夜のガラス工房は、まだ明かりを放っていた。中では火が焚かれているようだ。焦げ臭い匂いと、薪を運ぶようなゴトン、カランという音が聞こえてくる。

「よし……じゃ、行くぞ」

俺は後ろの三人……フラン、ウィル、そしてデュアンに声を掛ける。改めて見ても、ずいぶん奇妙なメンツになったもんだ。
工房に入ると、すぐに小さな人影が目についた。トビーだ。夜だっていうのに、両手に薪を抱えて、汗を流している。ご苦労なこったな。ちゃんと眠っているんだろうか?

「よっ、トビー。来たぞ」

「あっ。お前たち、ほんとに来たのか……」

トビーはまず俺の顔を見てしかめっ面になり、次にフランを見て笑顔になった。

「でも、残念だったな。師匠は今、休憩中なんだ。お前らなんかには会わないぞ」

「休憩中?」

「そうさ。さっきまでガラスを吹いてたからな。自分の部屋に戻って、今ごろお休みになってるはずだ」

トビーは意地悪くニタニタ笑う。ふむ、お休み、ね。会わせる気はさらさらないってことだな?ま、それならそれで構わんだろう。

「トビー、その師匠の部屋ってどこだ?」

「だっ、だからダメだってば!話聞いてたのかよ、もう帰れ!」

トビーは抱えていた薪をぶんぶん振り回してきて、あやうくデュアンを薙ぎ倒しそうになった。

「ええい、暴れるなって。フラン、頼む!」

フランは無言でうなずくと、トビーの薪を片手で受け止めた。そのままぎゅっと力を籠めると、薪はベキベキと音を立てて、ぺしゃんこになってしまった。トビーが目を飛び出さんばかりに見開いている。

「行って。こっちは任せていいから」

「おう、悪い。頼んだ」

「あっ、おいこら!まてうぐむむ」

フランはトビーの口を押さえつけると、そのまま胸に抱くように羽交い絞めにした。トビーは顔を真っ赤にして暴れているが、フランの怪力に敵うはずがない。

「さて、師匠の部屋はどこかな」

「こういうのは普通、奥にあるものじゃないかい。入口から奥に行くにしたがって、身分の高い者の部屋になるんだ」

「なるほど。じゃ、行こう」

工房は普通の家に比べりゃ大きいが、何も王城と同じってわけじゃない。しらみつぶしでも十分見つけられるだろう。フランとトビーをその場に残して、俺たち三人は奥へと急いだ。

「君、今さらですけど」

うん?歩きながら、デュアンが早口で訊いてくる。

「ウィルさんのお父さんに会って、何をするつもりなんですか?」

「今んところは、その前段階だな。あいつが本当にウィルの父親なのかどうか、確かめないと」

「確かめたら?土下座でもさせるつもりですか?」

「んなことしても意味ないだろ。それに、それを決めるのは、俺じゃないしな」

デュアンはぐっと口をつぐんだ。そう、それを決めるのは俺じゃない。決めるのは、当事者であるウィルだ。
そのウィルは、少し強張った顔で、ロッドを握り締めている。緊張?それとも不安だろうか。分からないけど、思ったよりは取り乱していない。なんだったら、俺とデュアンのほうが肩に力が入っているくらいだ。

「っと……ここかな」

それらしい部屋を見つけた。扉はなく、たれ布が仕切りとしてかけてある。部屋は薄暗いが、ロウソクのほのかな明かりが漏れているから、人がいるってことだ。

「ふぅ……よし、それじゃあ入るぞ」

二人に声をかけてから、俺は思い切って布をまくった。
部屋の中はシンプルな造りで、物の少ない部屋だった。家具はテーブルとベッドだけで、テーブルの上にガラス製のキャンドルスタンドが置かれている。そしてベッドに腰かける形で、ウィリアムが座っていた。

「ん……」

膝の上に腕を乗せ、疲れたようにうなだれていた頭を上げる。仮眠を取っていたようだ。切り揃えられた前髪から覗く目が、不審そうに俺たちを捉える。

「……誰だ、君たちは。トビーはどうした」

落ち着いた声だった。取り乱すでも、怒るでもない。ともすれば、穏やかにさえ聞こえる。

「……無理を言って、押し通ってきた。あいつには、師匠の邪魔をすんなって言われたんだけど」

「その通りだ。邪魔だと分かっているのなら、すぐに帰ってくれ」

ウィリアムは淡々と言う。口調は迷惑そうだが、そういう感情を一切感じさせないトーンだ。まるで俺たちにではなく、壁に向かって話しているように聞こえる。デュアンが眉根を寄せて口を開く。

「僕たちは、あなたに用があって来たのです。夜分に訪ねた非礼は詫びますが、まずは用件を聞いてはくれませんか」

「君たちにあっても、僕には用はない。付き合う気はないな」

それだけ言うと、ウィリアムは興味なさそうに目を閉じてしまった。デュアンは口をパクパクして、二の句を告げないでいる。

「あー、なら、ウィリアムさん。こいつを見てもらえないかな」

俺はウィルに目配せする。ウィルはこくりとうなずくと、すっと前に進み出た。ウィルのロッドがカツンと床を打つと、その音でウィリアムは目を開けた。

「……そのロッドは」

「見覚えがあるか?あんたが、神殿の前に置いてった物だ。娘と一緒にな」

「なぜ、そのことを」

ビンゴか……俺はため息をつく。

「じゃあやっぱり、あんたなんだな。ウィリアム・オトラントさん」

間違いない。この男が、ウィルの父親だ。

「訊いてもいいか。あのトビーって子は、あんたの息子か?」

「いや、違う。あれはただの弟子だ。妻の子どもは、そのロッドと共に置いてきた……また会えるとは思わなかったが」

するとウィリアムは、急に懐かしそうな顔をして、ウィルに手を伸ばした……違う、ロッドに手を伸ばしたんだ。ウィルはびくりとして後ずさり、ロッドがひとりでに逃げたように見えたであろうウィリアムは、いぶかしげに眉を顰め、すぐに元の顔に戻る。

「それで?用件とはそれだけか」

ウィリアムはすぐにでも目を閉じそうだった。さて、これで確認は済んだ。あとは、ウィル次第だが……俺はウィルを見つめる。

「……名前」

ん?ウィルがぽつりとつぶやいた。

「どうして、ウィルという名前を付けたのか、訊いてもらえますか」

ウィルの名前?ウィルのフルネームは、ウィル・O・ウォルポール。そのうち、Oは親のイニシャルで、ウォルポールは育ての親の苗字だ。それなら名前は、ウィリアムが付けたことになるのか。俺はうなずくと、ウィリアムに問いかける。

「あんたはどうして自分の娘に、ウィルって名付けたんだ?」

するとウィリアムは、わずかに首をかしげた。

「娘に名付けた?なんのことだか分からないが」

「え?」

「そもそも、娘だったということを今初めて知った。それなのに、名前を付けることは無理だろう。男か女かも分からないのに」

おい……冗談だろ?だがウィリアムは、真顔だ。

「僕は名付けてなどいない。呼ぶこともない名前を考える必要もないだろう」

「な、何言ってるんだ。だって、じゃあウィルってのは、誰が付けたんだよ!?」

「ウィル?」

「そうだ!あんたの娘の……このロッドの持ち主の名前だ!」

「僕が知るわけないだろう……いや、待て。確かそのロッドには、僕の名前を書いた紙を添えた気がする。自信作だったから、署名と一緒に贈呈したんだ。それを名前だと勘違いしたんじゃないか」

な、なに……?俺は混乱しながらも、その当時のことを想像してみた。
ロッドに添えられた紙には、ウィリアムの名前が書かれていた。それを見た神殿のプリースティスは、きっと子どもの名前だと思ったに違いない。しかし、子どもは女の子だった。男の名前が付けられるのはおかしい。となると……

「まさか……私の名前は、プリースティス様が……?」

ウィルが震えた声で呟く。だが、そうとしか考えられない。彼女は、紙に書かれた名前をもじって、ウィルという名前を付けたんだ。つまりウィルの名前は、父親が考えたものではなかった……

「……待ってください。それだと、意味が分かりませんよ!」

デュアンが肩を怒らせ、ウィリアムに詰め寄る。

「ならあなたは、どうして名前を付けなかったんですか!」

「聞いていなかったのか。わざわざ付ける必要はないと」

「そんなことが訊きたいんじゃありません!なんでロッドには署名を残したのに、ウィルさんにはそれすらしなかったのかを訊いているんです!」

ハッとした。そうだ、この男はロッドを自信作と言い、署名までしたくせに、ウィルには何もしなかった。これじゃまるで、ウィルよりロッドの方が……
俺は思わず、ウィルを横目で伺った。彼女は口を真一文字に引き結んで、ウィリアムをじっと見つめている。

「あなたにとって、ウィルさんは何だったんですか!」

デュアンはなおも言い募る。するとウィリアムは、鼻から息を吐くと、疲れたように素っ気なく言った。

「あれは、僕の作品ではない。君が言ったように、そのロッドは僕が心血を注いだ“子ども”だ。だがあれは違う。そういう意味では、僕にとって無価値なモノだ」



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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