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16章 奪われた姫君
8-1 金髪金眼の職人
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8-1 金髪金眼の職人
ガラス工房の中は、むっとした熱気に包まれていた。あちこちに壺が置かれ、砂や、何かの鉱石、金属のくずなんかが詰め込まれている。作業台の上には火ごてや吹き竿、それに金色銀色の金属片なんかも置かれていた。ガラスだけじゃなくて、彫金もやっているのだろうか?
「ここに置けばいい?」
フランは並べられた壺のそばで、男の子に訊ねる。男の子がこくこくとうなずくと、フランは抱えていた壺を下した。
「あ、ありがとう。お姉ちゃん。その、あの……」
男の子はもじもじと指をいじっている。一方のフランも、仕事は終わったとばかりに口を開こうとしない。このまま黙っていてもらちが明かないので、俺が訊ねた。
「なあ。お前の師匠って人は、どこにいるんだ?」
すると男の子は、たちまち不機嫌そうな顔になった。まるで俺が邪魔したみたいじゃないか、え?見かねたフランがため息をついて、代わりに訊く。
「あなた、いつもこんなことさせられてるの」
フランに話しかけられた途端、男の子は饒舌に話し始めた。こ、コイツ……
「そうだよ。だってこれは、おれの仕事だもん。自分の仕事に責任を持つのがプロだって、師匠が言ってるんだ」
「その師匠さんは、手伝ってもくれないの?」
「仕方ないよ。師匠は、とっても忙しいんだ。だから代わりに、師匠の弟子のおれが、色々手助けしてるんだ」
「ふぅん。あなた以外に弟子は?」
「いないよ。師匠はあまり弟子を取ろうとしないんだ。でもおれは、特別に許してもらえたんだぜ!」
男の子は誇らしげに胸を張った。が、どう考えてもおかしいだろ。弟子が子ども一人だけだって?ますます胡散臭くなってきたぞ。こいつ、その師匠とやらに、いいように使われているんじゃないか?
「なぁ。お前、名前は?」
男の子は、露骨に声のトーンを落として答える。
「……トビー」
「トビーか。俺は桜下ってんだ。ところで、さっきもお前のこと、村ん中で見かけた気がしたんだけど?」
「あの時は、頼まれていた品を届けて、代わりに食べ物を貰っていたんだ。師匠は工房から出たがらないから」
んなことまでやらせているのか……こりゃ、ますます怪しくなったぞ。
「なあトビー。その師匠さんに会うことって……」
「なっ、だめだダメだ!師匠はとても忙しいんだ!お前なんかに会ってる時間はない!」
トビーは頑なだ。なんとかしてくれという目で、フランを見やる。
「トビー。あなた、弟子なんでしょ。弟子なら、来客の対応もできないとまずいんじゃない」
「えっ。そ、そうかな……で、でも、師匠は作業を邪魔されるのをとても嫌うんだ」
「どうしても?」
「み、見るだけなら……」
ふぅむ。見るだけ、か。フランがどうする?という目でこちらを見てくる。とりあえず、様子を診てみようか。俺はうなずき返した。
「じゃあ、見せて」
「しょうがないな……わかった。こっちだよ、おれに付いて来て。でも、ぜったいに静かにしてよ!」
トビーはそう言うと、工房の奥へとそろそろと歩き出した。
工房の奥には、窯が連なって並んでいた。その窯の陰に隠れるように、トビーは立ち止まる。
「ほら、見えるだろ。あそこにいるのが、おれの師匠、ウィリアム先生だよ」
ウィリアム……?この名前、どっかで……俺はそいつの顔を見てみた。
窯の前に座っているのは、四十代前後くらいの男だった。金髪をおかっぱに刈り込んでいる。窯の火を見つめる目は、髪と同じ金色だった。
「え」
声を上げたのは、ウィルだけだった。俺もほんとは叫びたかったけど、トビーの手前、何とか押し殺した。
(金髪金眼の、ウィリアム?)
ウィリアムって……思い出したぞ。金髪金眼の、ガラス職人!
(ウィリアム・オトラント!ウィルの父親じゃないか!)
俺は驚愕の表情で、そのウィリアム師匠とやらを見つめる。ほ、本当に……?フランも気が付いたようで、驚いた顔をしている。ロウランとライラも、息をのんで、目を見張っていた。
まさか、こんな最果ての村で、ウィルの父親を見つけることになるとは。いや、でもまて、本当に本人か?た、確かめてみないと!
「お、おいこら!なにしてる!行くなってば!」
声を殺したトビーに引っ張られて、俺はふらふらと歩き出していたことに気付いた。
「な、なあ。ちょっとでいい、話をさせてくれよ」
「ダメだ!師匠の邪魔だ!」
「ちょっとだってば!大事なことなんだ!」
「そんなの知るか!ぜーったい、行かせないぞ!」
トビーはますます俺の服を強く引っ張る。だぁー、くそ!この大事な時に!
「トビー。わたしからもお願い」
フランにじっと見つめられると、トビーはたちまちたじろいだ。だがなんと、フランの頼みでさえ、トビーは首を縦に振らなかった。
「ううぅ……それだけは、どうしてもダメなんだ。窯の前にいるときは、どんな用事があっても話しかけちゃいけない決まりになってるんだもん。そんなことしたら、おれ、弟子をやめさせられちゃうよ……」
しょんぼりと肩を落とすトビー。うっ、そう言われちゃうと、強く出づらいな……フランはうなずくと、さらに問いかける。
「なら、いつならいい?一日中作業してるわけじゃないんでしょ」
「え。ううんと……やっぱりダメだよ。だって、窯は一度火を入れたら、ずーっとつけっぱなしにしなくちゃいけないんだ。だから一晩中、火の番をするんだもの」
なんだって?フランは顔をしかめると、なおも食い下がる。
「その火の番は、師匠がするの?」
「……それは、おれの役目だけれど」
「なら師匠も、その時は空いてるってことね」
「で、でも。でも!師匠はおれ以外の人と話したがらないんだ。師匠がお姉ちゃんたちに会うかどうかは……」
「それは直接本人に訊くからいい。夜に来れば、あなたも文句ないんでしょ」
トビーの反論材料は尽きたようだ。フランに念を押されると、渋々首を縦に振った。
「っていうことらしいけど」
「わかった。それなら、夜にもう一度来よう」
こっちが勝手に押しかけるんだから、せめて都合くらいは合わせたほうがいいだろう。トビーが後で怒られてもかわいそうだ。
「それでいいか、ウィル?」
俺は、この件でもっとも重要人物である、ウィルに小声で訊ねた。ウィルはぼんやりした目で、ウィリアムの横顔を眺めつづけていたが、やがてうつろな表情でうなずいた。
「ええ、分かりました」
「よし、それじゃあ、一旦帰ろう。またな、トビー」
俺が手を振ると、トビーはべーっと舌を出した。代わりにフランには、ちぎれんばかりに手を振っていたけど。
ガラス工房を出ると、俺は大きく息を吐いた。
「はあぁ……驚いたな」
まさか、こんなところで見つかるだなんて。心の準備も何もできていないぞ。
「だけど、考えてみりゃ……ヒントは、あちこちにあったんだな」
この村に色ガラスが多いこと。一個前のサーガの町で、アクセサリーが売られていたこと。きっとあれは、ここの工房で作られていたんだろう。
「ウィルは、その、どうだった?」
俺は、まだぼんやりした様子のウィルに訊ねた。この前の夜、父親への思いが薄れつつあると聞いたばかりだけど。
「ええ……驚いてはいます。ただ、顔を見たからといって……ほとんど覚えていませんでしたし」
「まあ、そりゃそうか……」
ウィルが神殿の前に捨てられたのは、赤ん坊のころだもんな。
「じゃあ、まだ確実かどうかは分からないか」
「そうですね。とても近いとは思いますが」
「まあどっちにしても、今夜はっきりするはずだ。本人に直接訊けば、さすがに分かるだろ」
あの男が、ウィルの父親なのかどうか。もしそうなら、どうして彼女を捨てたのか、どうしてこんな辺鄙な村にいるのか。すべてが分かるはずだ。……っと、そこまで考えて。
「あ、でも。ウィル的には、どうなんだ?俺が勝手に会うことにしちゃったけど、そこを聞いてなかったな」
「え?」
「だって、この前言ってただろ。ひょっとして、余計なお世話だったか?」
「いえ、そんなことはないですよ。気になりはしますから……でも……」
やっぱり、少し悩むところはあるらしい。ウィルは目をつぶって、悩むようにロッドを握り締めていた。するとそんなウィルの肩に、ロウランが手を乗せる。
「会ってみればいいの。ウィルちゃん」
「え?ロウランさん……」
「そんなに手間でもないんだし、ダーリンたちに甘えなよ。確かめなかったらモヤモヤするよ?」
ね?とロウランがこちらを見る。もちろんだとうなずくと、悩んだ末、ウィルはこくりとうなずいた。
「うぅ~ん……では、お願いしてもいいですか?」
「もちろんだ。……ところで、ウィルちゃんってのは、なんなんだ?」
ロウランとウィルは、意味深に笑うだけで、答えてはくれなかった。さっぱりわけが分からない。
俺たちがどんなにじりじりと焦れていようが、太陽は気を利かせて早く沈んだりなんかはしない。結局いつも通りに日が暮れて、そして約束の夜がやって来た。
夕食を食べ終わると、俺とウィル、そしてフランの三人は、馬車を抜け出し村へと向かう。今回の一件はウィルのごく個人的なことがらなので、本当は彼女一人にしてやりたいところだったが、幽霊という事情がそれを許さない。なので交渉役に俺と、そしてトビーに懐かれているフランが同行する運びとなった。
夜の砂漠は、昼間の暑さが嘘のように寒い。マントを羽織っていても、芯まで冷えてしまいそうだ。腕をゴシゴシ擦りながら、村の中ほどまで進んだところだった。
「あれ?お前は……」
「ん、あなたは……」
ばったり出くわした相手を見て、俺は目を丸くする。それは向こうも同じだった。明るい茶髪に、そばかすのある顔の男。ウィルとよく似た修道服を着るそいつは……
「デュアン!」
「デュアンさん!」
俺とウィルは、揃ってその男の名前を叫んだ。ウィルの幼馴染であるデュアン。確か、尊にくっついてここまで来てしまったんだっけか?にしてもよりにもよって、今この時に出会うとは。間が良いのか悪いのか。
「デュ、デュアン。こんなところで、奇遇だな?どうしたんだよ、夜の散歩か?」
「……尊さんに、君たちも来ていると聞いていましたので。こうしてウロウロしていれば、そのうち会えるんじゃないかと思っていたんですよ」
は、張られていたのか……しかしデュアンは、これから俺たちがどこへ向かうのかは知らないはず。そのはずなんだが、デュアンがウィルのいるあたりにふいっと目を向けた時には、さすがに心臓がどきりと高鳴った。
「……」
「デュアン?なんか、見えてるのか……?」
「いいや……僕には、そのロッドしか見えません」
あ、ああそうか。ウィルは見えなくても、ウィルの手に持つロッドは見えるんだった。デュアンはそれを見ていたんだ。
「それで、君たちは何を?ウィルさんを連れて、一体どこに行くつもりなんですか?」
「あ、ええと。いや、ちょっとした夜の散歩だよ、散歩」
「ふぅん……ならきっと、村はずれのガラス工房辺りまで行くんでしょうね」
げっ、なぜそれを……?デュアンはふん、と鼻を鳴らす。
「あまり舐めないでください。言ったでしょう、王都では、かなり調べたと。当然、ウィルさんのお父さんについても、あの親方さんから聞きました」
なんだって?デュアンも気付いていたのか!さすが幼馴染というべきか、恐るべき執念というべきか……
「……ちょっと。こいつに構ってたら、夜が明けちゃうよ」
フランが俺の袖を引いて、小声でささやく。
「ああ、分かってるけど……こいつも大概しつこいからなぁ」
なにせ俺たちを追って、単身シェオル島にまで乗り込んできた男だ。いちおう、あの島ですっぱりとウィルにはフラれているはずなんだが。
「はぁ……桜下さん、その人についてきてもいいと言ってくれませんか」
「え?ウィル?」
ウィルは額を押さえてため息をつくと、諦めたように首を振った。
「どうせ、簡単には諦めてくれそうもありません。だったらもういっそ、連れて行ってしまいましょう」
「でも……いいのか?」
「構いませんよ。そこまで知られているなら、隠すまでもありませんし。それにいちおう、幼馴染ですしね」
ううむ……まあ、ウィルがそう言うなら……
「……デュアン」
「はい?なんですか、コソコソ話は終わりましたか」
「はぁ。ウィルが、一緒に来てもいいって言ってるんだ。お前、来るか?」
「えっ?ウィルさんが……ふふん、しょうがないですね。いいでしょう。彼女がそこまで言うのなら、ついて行ってあげてもいいですよ」
こ、こいつ……ウィルはロッドを握る手をブルブル震えさせていたが、観念したように肩を落とした。なんだかなぁ、予想外の展開だが、俺たちは四人でガラス工房へ向かう事となった。
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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ガラス工房の中は、むっとした熱気に包まれていた。あちこちに壺が置かれ、砂や、何かの鉱石、金属のくずなんかが詰め込まれている。作業台の上には火ごてや吹き竿、それに金色銀色の金属片なんかも置かれていた。ガラスだけじゃなくて、彫金もやっているのだろうか?
「ここに置けばいい?」
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「なあ。お前の師匠って人は、どこにいるんだ?」
すると男の子は、たちまち不機嫌そうな顔になった。まるで俺が邪魔したみたいじゃないか、え?見かねたフランがため息をついて、代わりに訊く。
「あなた、いつもこんなことさせられてるの」
フランに話しかけられた途端、男の子は饒舌に話し始めた。こ、コイツ……
「そうだよ。だってこれは、おれの仕事だもん。自分の仕事に責任を持つのがプロだって、師匠が言ってるんだ」
「その師匠さんは、手伝ってもくれないの?」
「仕方ないよ。師匠は、とっても忙しいんだ。だから代わりに、師匠の弟子のおれが、色々手助けしてるんだ」
「ふぅん。あなた以外に弟子は?」
「いないよ。師匠はあまり弟子を取ろうとしないんだ。でもおれは、特別に許してもらえたんだぜ!」
男の子は誇らしげに胸を張った。が、どう考えてもおかしいだろ。弟子が子ども一人だけだって?ますます胡散臭くなってきたぞ。こいつ、その師匠とやらに、いいように使われているんじゃないか?
「なぁ。お前、名前は?」
男の子は、露骨に声のトーンを落として答える。
「……トビー」
「トビーか。俺は桜下ってんだ。ところで、さっきもお前のこと、村ん中で見かけた気がしたんだけど?」
「あの時は、頼まれていた品を届けて、代わりに食べ物を貰っていたんだ。師匠は工房から出たがらないから」
んなことまでやらせているのか……こりゃ、ますます怪しくなったぞ。
「なあトビー。その師匠さんに会うことって……」
「なっ、だめだダメだ!師匠はとても忙しいんだ!お前なんかに会ってる時間はない!」
トビーは頑なだ。なんとかしてくれという目で、フランを見やる。
「トビー。あなた、弟子なんでしょ。弟子なら、来客の対応もできないとまずいんじゃない」
「えっ。そ、そうかな……で、でも、師匠は作業を邪魔されるのをとても嫌うんだ」
「どうしても?」
「み、見るだけなら……」
ふぅむ。見るだけ、か。フランがどうする?という目でこちらを見てくる。とりあえず、様子を診てみようか。俺はうなずき返した。
「じゃあ、見せて」
「しょうがないな……わかった。こっちだよ、おれに付いて来て。でも、ぜったいに静かにしてよ!」
トビーはそう言うと、工房の奥へとそろそろと歩き出した。
工房の奥には、窯が連なって並んでいた。その窯の陰に隠れるように、トビーは立ち止まる。
「ほら、見えるだろ。あそこにいるのが、おれの師匠、ウィリアム先生だよ」
ウィリアム……?この名前、どっかで……俺はそいつの顔を見てみた。
窯の前に座っているのは、四十代前後くらいの男だった。金髪をおかっぱに刈り込んでいる。窯の火を見つめる目は、髪と同じ金色だった。
「え」
声を上げたのは、ウィルだけだった。俺もほんとは叫びたかったけど、トビーの手前、何とか押し殺した。
(金髪金眼の、ウィリアム?)
ウィリアムって……思い出したぞ。金髪金眼の、ガラス職人!
(ウィリアム・オトラント!ウィルの父親じゃないか!)
俺は驚愕の表情で、そのウィリアム師匠とやらを見つめる。ほ、本当に……?フランも気が付いたようで、驚いた顔をしている。ロウランとライラも、息をのんで、目を見張っていた。
まさか、こんな最果ての村で、ウィルの父親を見つけることになるとは。いや、でもまて、本当に本人か?た、確かめてみないと!
「お、おいこら!なにしてる!行くなってば!」
声を殺したトビーに引っ張られて、俺はふらふらと歩き出していたことに気付いた。
「な、なあ。ちょっとでいい、話をさせてくれよ」
「ダメだ!師匠の邪魔だ!」
「ちょっとだってば!大事なことなんだ!」
「そんなの知るか!ぜーったい、行かせないぞ!」
トビーはますます俺の服を強く引っ張る。だぁー、くそ!この大事な時に!
「トビー。わたしからもお願い」
フランにじっと見つめられると、トビーはたちまちたじろいだ。だがなんと、フランの頼みでさえ、トビーは首を縦に振らなかった。
「ううぅ……それだけは、どうしてもダメなんだ。窯の前にいるときは、どんな用事があっても話しかけちゃいけない決まりになってるんだもん。そんなことしたら、おれ、弟子をやめさせられちゃうよ……」
しょんぼりと肩を落とすトビー。うっ、そう言われちゃうと、強く出づらいな……フランはうなずくと、さらに問いかける。
「なら、いつならいい?一日中作業してるわけじゃないんでしょ」
「え。ううんと……やっぱりダメだよ。だって、窯は一度火を入れたら、ずーっとつけっぱなしにしなくちゃいけないんだ。だから一晩中、火の番をするんだもの」
なんだって?フランは顔をしかめると、なおも食い下がる。
「その火の番は、師匠がするの?」
「……それは、おれの役目だけれど」
「なら師匠も、その時は空いてるってことね」
「で、でも。でも!師匠はおれ以外の人と話したがらないんだ。師匠がお姉ちゃんたちに会うかどうかは……」
「それは直接本人に訊くからいい。夜に来れば、あなたも文句ないんでしょ」
トビーの反論材料は尽きたようだ。フランに念を押されると、渋々首を縦に振った。
「っていうことらしいけど」
「わかった。それなら、夜にもう一度来よう」
こっちが勝手に押しかけるんだから、せめて都合くらいは合わせたほうがいいだろう。トビーが後で怒られてもかわいそうだ。
「それでいいか、ウィル?」
俺は、この件でもっとも重要人物である、ウィルに小声で訊ねた。ウィルはぼんやりした目で、ウィリアムの横顔を眺めつづけていたが、やがてうつろな表情でうなずいた。
「ええ、分かりました」
「よし、それじゃあ、一旦帰ろう。またな、トビー」
俺が手を振ると、トビーはべーっと舌を出した。代わりにフランには、ちぎれんばかりに手を振っていたけど。
ガラス工房を出ると、俺は大きく息を吐いた。
「はあぁ……驚いたな」
まさか、こんなところで見つかるだなんて。心の準備も何もできていないぞ。
「だけど、考えてみりゃ……ヒントは、あちこちにあったんだな」
この村に色ガラスが多いこと。一個前のサーガの町で、アクセサリーが売られていたこと。きっとあれは、ここの工房で作られていたんだろう。
「ウィルは、その、どうだった?」
俺は、まだぼんやりした様子のウィルに訊ねた。この前の夜、父親への思いが薄れつつあると聞いたばかりだけど。
「ええ……驚いてはいます。ただ、顔を見たからといって……ほとんど覚えていませんでしたし」
「まあ、そりゃそうか……」
ウィルが神殿の前に捨てられたのは、赤ん坊のころだもんな。
「じゃあ、まだ確実かどうかは分からないか」
「そうですね。とても近いとは思いますが」
「まあどっちにしても、今夜はっきりするはずだ。本人に直接訊けば、さすがに分かるだろ」
あの男が、ウィルの父親なのかどうか。もしそうなら、どうして彼女を捨てたのか、どうしてこんな辺鄙な村にいるのか。すべてが分かるはずだ。……っと、そこまで考えて。
「あ、でも。ウィル的には、どうなんだ?俺が勝手に会うことにしちゃったけど、そこを聞いてなかったな」
「え?」
「だって、この前言ってただろ。ひょっとして、余計なお世話だったか?」
「いえ、そんなことはないですよ。気になりはしますから……でも……」
やっぱり、少し悩むところはあるらしい。ウィルは目をつぶって、悩むようにロッドを握り締めていた。するとそんなウィルの肩に、ロウランが手を乗せる。
「会ってみればいいの。ウィルちゃん」
「え?ロウランさん……」
「そんなに手間でもないんだし、ダーリンたちに甘えなよ。確かめなかったらモヤモヤするよ?」
ね?とロウランがこちらを見る。もちろんだとうなずくと、悩んだ末、ウィルはこくりとうなずいた。
「うぅ~ん……では、お願いしてもいいですか?」
「もちろんだ。……ところで、ウィルちゃんってのは、なんなんだ?」
ロウランとウィルは、意味深に笑うだけで、答えてはくれなかった。さっぱりわけが分からない。
俺たちがどんなにじりじりと焦れていようが、太陽は気を利かせて早く沈んだりなんかはしない。結局いつも通りに日が暮れて、そして約束の夜がやって来た。
夕食を食べ終わると、俺とウィル、そしてフランの三人は、馬車を抜け出し村へと向かう。今回の一件はウィルのごく個人的なことがらなので、本当は彼女一人にしてやりたいところだったが、幽霊という事情がそれを許さない。なので交渉役に俺と、そしてトビーに懐かれているフランが同行する運びとなった。
夜の砂漠は、昼間の暑さが嘘のように寒い。マントを羽織っていても、芯まで冷えてしまいそうだ。腕をゴシゴシ擦りながら、村の中ほどまで進んだところだった。
「あれ?お前は……」
「ん、あなたは……」
ばったり出くわした相手を見て、俺は目を丸くする。それは向こうも同じだった。明るい茶髪に、そばかすのある顔の男。ウィルとよく似た修道服を着るそいつは……
「デュアン!」
「デュアンさん!」
俺とウィルは、揃ってその男の名前を叫んだ。ウィルの幼馴染であるデュアン。確か、尊にくっついてここまで来てしまったんだっけか?にしてもよりにもよって、今この時に出会うとは。間が良いのか悪いのか。
「デュ、デュアン。こんなところで、奇遇だな?どうしたんだよ、夜の散歩か?」
「……尊さんに、君たちも来ていると聞いていましたので。こうしてウロウロしていれば、そのうち会えるんじゃないかと思っていたんですよ」
は、張られていたのか……しかしデュアンは、これから俺たちがどこへ向かうのかは知らないはず。そのはずなんだが、デュアンがウィルのいるあたりにふいっと目を向けた時には、さすがに心臓がどきりと高鳴った。
「……」
「デュアン?なんか、見えてるのか……?」
「いいや……僕には、そのロッドしか見えません」
あ、ああそうか。ウィルは見えなくても、ウィルの手に持つロッドは見えるんだった。デュアンはそれを見ていたんだ。
「それで、君たちは何を?ウィルさんを連れて、一体どこに行くつもりなんですか?」
「あ、ええと。いや、ちょっとした夜の散歩だよ、散歩」
「ふぅん……ならきっと、村はずれのガラス工房辺りまで行くんでしょうね」
げっ、なぜそれを……?デュアンはふん、と鼻を鳴らす。
「あまり舐めないでください。言ったでしょう、王都では、かなり調べたと。当然、ウィルさんのお父さんについても、あの親方さんから聞きました」
なんだって?デュアンも気付いていたのか!さすが幼馴染というべきか、恐るべき執念というべきか……
「……ちょっと。こいつに構ってたら、夜が明けちゃうよ」
フランが俺の袖を引いて、小声でささやく。
「ああ、分かってるけど……こいつも大概しつこいからなぁ」
なにせ俺たちを追って、単身シェオル島にまで乗り込んできた男だ。いちおう、あの島ですっぱりとウィルにはフラれているはずなんだが。
「はぁ……桜下さん、その人についてきてもいいと言ってくれませんか」
「え?ウィル?」
ウィルは額を押さえてため息をつくと、諦めたように首を振った。
「どうせ、簡単には諦めてくれそうもありません。だったらもういっそ、連れて行ってしまいましょう」
「でも……いいのか?」
「構いませんよ。そこまで知られているなら、隠すまでもありませんし。それにいちおう、幼馴染ですしね」
ううむ……まあ、ウィルがそう言うなら……
「……デュアン」
「はい?なんですか、コソコソ話は終わりましたか」
「はぁ。ウィルが、一緒に来てもいいって言ってるんだ。お前、来るか?」
「えっ?ウィルさんが……ふふん、しょうがないですね。いいでしょう。彼女がそこまで言うのなら、ついて行ってあげてもいいですよ」
こ、こいつ……ウィルはロッドを握る手をブルブル震えさせていたが、観念したように肩を落とした。なんだかなぁ、予想外の展開だが、俺たちは四人でガラス工房へ向かう事となった。
つづく
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地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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