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16章 奪われた姫君

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「はっ」

ゴワゴワした硬い毛布の上で、俺は目を覚ました。もう何日と過ごしている、馬車の床と言う名のベッドだ。薄っぺらい毛布一枚敷いただけなので、毎朝一番最初に、固まった体をほぐす事が俺の日課になっていた。
しかし、今日はそれをする気にはならなかった。ドキドキと動悸がする。背中がじっとりと汗ばんでいるようだ……

「ダーリン?なにしてるの?」

ふいに、視界に薄桃色の髪がひと房、ふさりと垂れてきた。次いで、薄紫の不思議な輝きをした瞳が二つ、俺の顔を覗き込んでくる。

「ロウラン……」

「そうだよ~。どしたの?ぼーっとして。お目覚めのチュウが必要?」

「いらん……」

「くすん。ダーリン、最近アタシの扱いがゾンザイなの……」

朝から漫才に付き合わされる身にもなってもらいたいもんだ。だが、おかげで動悸が収まってきた。俺は体を起こした。
隣には、まだライラが丸くなって寝息を立てていた。俺は自分の毛布をライラにかけてやると、ロウランの隣に腰を下ろす。まだ頭がぼやーっとしていた。

「ダーリン、ほんとに大丈夫?」

「ああ。なんだか、変な夢を見た気がして……」

「夢?怖い夢だったの?」

「いや……なんだか、要領を得ない夢でな……」

そのせいで、怖い夢だったのかさえ、よく分からない。それなのに、目覚めた俺は激しく動揺していた。その理由を思い出そうとするんだが、夢には半透明のヴェールが掛かったようで、肝心の内容がはっきりしないのだ。

「うーん……ね、ダーリン。アタシに、話してみない?」

「うん?」

「誰かに話せば、スッキリするかもしれないの。ね、どう?」

確かに、頭の整理はできるかもしれない。お言葉に甘えてうなずくと、俺はぽつぽつと語り始めた。

「人が、出てきたんだ。二人……だったと思う」

「その人は、男の人?女の人?」

「どっちもだった。一人は女で、一人は男。今思えば、片方はロアだったかも……」

「ロアって、ダーリンの国の王女サマだっけ?その人、今は攫われちゃっているんだよね」

「ああ……そのロアと、もう一人、よく分からない男が話しているんだ。なんか険悪なムードだったけど、内容はなんだったか……」

「うーん。あんまり楽しそうな夢じゃなさそう。ひょっとすると、予知夢?女王様の今を、ダーリンが夢で見たとか」

「だとしたら、あまりにも漠然としすぎてて、役には立たないな……それに実は、その後、もう一人男が出てくるんだ」

「え、そうなんだ。その人は知ってる人?」

「いや、やっぱり知らない。けど、何かをしきりに訴えてきてて……俺は、どうしてもその声が聞こえないんだ。何とかして聞いてやろうともがくんだけど、どうしても声は届かなくて。それで……気が付いたら、目が覚めてた」

「うぅーん……」

うぅむ、こうしてまとめてみると、我ながらあまりに曖昧模糊とした内容だ。

「……自分で話しててなんだけど、わけわかんないだろ?」

「そうだねぇ。でもアタシ、夢の詳しい話を聞きたいわけじゃないし。ダーリンの頭がスッキリすれば、別にいいの」

ああそうか、その為に聞いてもらっていたんだった。俺はうーんと伸びをした。

「はぁ。うん、おかげでだいぶ目が覚めたよ。ありがとな、ロウラン」

「んふふ、どういたしまして、なの。ね、ひょっとするとだけどさ。ダーリンに何か、伝えたい人がいるのかもしれないよ?」

「ええ?」

「ダーリンのことをすっごく想ってて、想いに想った結果、その念波がビビビーッて、ダーリンの夢に現れたのかも」

「それこそ、予知夢みたいにか?だとしたら、もう少し具体的な内容にしてほしかったなぁ」

「あー、ダメだよダーリン。そんな気持ちでいちゃ、いざって時にちゃんと受け取ってあげられなくなっちゃうの。きちんと気持ちに向き合うのが大事なの」

へぇ、ロウランがまともなこと言っている。きちんとアンテナを張っておかないと、受信できるものもできないってことか。確かに、最初から斜に構えていちゃ、世の中すべてが傾いて見えるかもしれないな。

「……」

「ん?なんだよロウラン。黙りこくって」

「………………」

じーっと熱い視線で、意味ありげに見つめ続けるロウラン。これは……

「あー……うけとった、ウケトッタ」

「なんでそんなにカタコトなのー!もうこうなったら、直接伝えてやるんだから……!」

「やーめてくれって。まだ朝っぱらなんだから」

早朝からドタバタ騒ぐのは、勘弁してもらいたいところだ。



「桜下さん、桜下さん。見てください」

「どうした?」

「見えてきましたよ。あれが、魔王の国との国境だそうです……」

おっ、ついに来たか……
前方には、はるか天を突く双璧がそびえ立っている。国境に連なる、二つの山脈だ。そして、その山脈の間を巨人が踏んづけでもしたかのように、一か所だけがボコンと凹んで、平地になっている。そこが、現在の人類対魔王軍の戦争の最前線。フィドラーズグリーン戦線だ。
俺とウィルが馬車の窓から顔を出していると、他の仲間たちも次々に見せて見せろと押しかけてきた。結局俺が見られたのは、ほんの一瞬だった……

「着きましたよ。二の国のご一行様」

御者席からそう声を掛けられたのは、それから間もなくのことだった。
外に出てみると、そこは地崩れでも起きたのか、大きな岩がゴロンゴロンと無数に転がる荒野だった。下はまだ砂地だから、砂漠の延長線ではあるらしい。けれど両側は山だし、ちらほらとだが雑草も見えている。砂漠の淵と言ったほうが正しいかもしれない。
荒野の一角には、天幕がいくつも張られていた。どうやらあそこが、最前線に詰めている兵士たちの拠点のようだ。

「おう、いたいた。お前たち、ちょっといいか」

お?天幕の方から一人の兵士が、気忙しそうに歩いてくる。武装を見るに、二の国の兵士だ。

「はい?なんすか」

「参謀殿がお呼びだ。今後について打ち合わせがしたいとのことだぞ」

参謀殿って言うのは、この人類連合の二の国部隊におけるヘイズの役職のことだ。呼び出しねぇ。どうせろくなことじゃないだろうなぁ。

「……わかったよ。で、どこに行けば?」

「こっちだ。今、作戦司令部にいらっしゃる。付いてきなさい」

兵士に案内されて、俺たちは作戦司令部……響きだけだと立派な施設に思えるが、実際はただの大きなテントだ……に向かった。

「ヘイズ、来たぞ。なんだよ?」

司令部のテントには、ヘイズのほか何人かの兵士たち、それにエドガーがいた。ヘイズは俺が声を掛けるまで、何やら熱心に、テーブルに広げられた地図と睨めっこをしていたが、こっちに気付くと顔を上げた。

「おう、来たか。悪いな、さっそくだが仕事の話だ」

ヘイズは節の目立つ指をコキコキ言わせると、地図をトントンと叩く。

「今、明日からの行軍予定の詰め合わせをしていたところなんだ。明日、オレたちはこの戦線を越え、魔王の大陸へと進軍を始める」

「ああ、知ってるよ。その為に来たんだろ?で、俺たちに何やらす気だ?」

「護衛と援護、だな。戦線を押し上げるってことは、当然あちらの兵と会敵することになるわけだ。お前たちには、その戦闘に参加してもらう」

戦闘……いよいよ初陣か。当然、俺だってその心積もりは出来ていた。魔王の大陸に入るのなら、いつ戦闘になったっておかしくはないからな。

「ただし」

うん?ヘイズは指を一本、ピンと立てた。

「明日やってもらうのは、あくまで念のための護衛だ」

「は?念のため?」

「ああ。この戦線では、長いこと戦闘が行われてこなかったんだ。魔王軍は殻にこもるばかりで、攻め入ろうとした試しはない。近頃は活動再開のために活発化していたが、どういうわけか、ここ一カ月でそれすら鳴りを潜めちまった。先遣隊の報告では、現在の敵の兵力はほぼゼロだ」

「ぜ、ゼロ?ここを諦めたってことか?」

「いや、まだ分からん。魔王の城に兵を集中させたのか、それとも何かの罠か。はっきり言って、何が起こるかわからねえから、お前らにスタンバっててもらいたいわけさ」

うぅん……?何が起こるか分からないってことは、つまりどんな事が起きてもどうにかしろってことじゃないか。フランが呆れた顔をする。

「無茶振りじゃない」

「おうとも。だからこそ、お前らに頼むんだ。お前たちの勢力はそれに足ると、オレやエドガー隊長は判断している」

へぇー、ほんとか?俺が見ると、エドガーは不満そうにフンと鼻を鳴らしたが、否定はしなかった。こりゃまた、ずいぶん高く買われたもんだ。

「で、具体的な予定は?」

「明日の早朝、部隊の一部を分けて、先遣隊を作る。お前たちは、その隊を護衛してもらう。先遣隊と言っても、かなりの戦力を集めるつもりだから、よほどの大事でない限りは対処できるだろうが……」

「よほどの大事が起きたら、俺たちの出番ってわけだな。他の国の勇者は?」

「いや、彼らには本隊に残ってもらう。こっちを手薄にするわけにはいかんからな」

それもそうか。無事帰ってきたと思ったら家が無いなんて、ごめんだ。

「そうして目的のポイントまで到達したら、本隊に伝書鳥を飛ばして合流、それから進軍だ。以上だが、やってくれるな」

「けっ。どうせ断ったって聞く気ないんだろ。わかったよ」

「よしよし。そうこなくっちゃな」

ヘイズは満足げに微笑んだ。
明日がいよいよ初陣だ……何事もなく済めばいいのだが。今朝の夢が虫の知らせだなんてことは、まさか、ないよな?


つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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