じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

文字の大きさ
692 / 860
16章 奪われた姫君

9-1 フィドラーズグリーン戦線

しおりを挟む
9-1 フィドラーズグリーン戦線

クロニカ村を過ぎると、それ以降は人の住む場所は存在しなくなる。ひたすらに砂ばかりが続く荒野を、人類連合軍は進んでいく。

「ん……なんだ、あの山」

行く手に、はるかに高い山の影が見えてきた。
馬車の窓から見えた山影は、はるか向こう、ずーっとどこまでも連なって、黄色くかすんで見えなくなるまで続いているようだ。

『あの山脈は、それぞれメルキュリー山脈と、パリスグリーン山脈です。魔王の大陸との国境に連なる山脈です』

アニがちりんと揺れて教えてくれた。

「国境……いよいよ迫ってきたな。あの山脈を越えていくのか?」

『いえ、まずはフィドラーズグリーン戦線を抜けるでしょう。二つの山脈の間のわずかな平地、そこに敷かれた戦線です。魔王との戦争における最前線フロントラインとなります』

最前線……ここまでは、いくつかトラブルこそあれど、まあまあ平和な旅路だった。モンスターもそこまで強くはなかったし、怪我人もほぼ出ていない。だがそこに到着したら、いよいよ戦争が始まるんだ。覚悟はしてきたとはいえ、やっぱり緊張するな……

(って、いかんいかん。今から緊張してどうする!)

まだ戦線に到達してすらいないんだ。臆病風に吹かれるにしては早すぎる。

(けど……なんだろう。この胸騒ぎは……)

俺は改めて、山脈を眺める。山頂付近には厚い雲がかかっていて、どんよりと淀んでいた。あの絶壁のような山々が、威圧するようにそびえているせいか?それとも……俺はふと、前に聞いた言葉を思い出した。

(ペトラが言ってた、普通の戦争じゃないってやつ。せめて意味が分かればな)

あの時の言葉は、まだ胸に残り続けている。あの黒い旅人は、一体何を知っているんだろう?この戦争の、何が普通とは異なるんだろう……
ああ!考え出すときりがない。とにかく今は、必要以上に気負わないこと。今から何ができるわけでもないんだ、座してその時を待つべきだ。
けれど、やっぱり緊張は、少しずつみんなにも伝染していっているようだった。ウィルはロッドを握ってぼーっとしていることが増えたし、ライラは俺のそばに引っ付いていることが多くなった。フランですら、ただでさえ少ない口数がさらに減ったくらいだ。アルルカも近頃は全く外を飛ばなくなったけど、それは周りの目もあるし、日差しが強いからかもしれない。唯一普段通りなのはロウランだけだ。いつもはその奔放っぷりに辟易するけれど、こんな時にはかえってありがたいよな。
そして、それは俺たちだけに留まらない。連合軍の兵士たちも、ちょっとずつピリついて行っている。それは、フィドラーズグリーン戦線が近づけば近づくほど、日増しに顕著になっていくみたいだった。

そんな日々がじりじりと続いた、ある日の夕暮れ時。燃えるような夕日を背景に、ついに俺たちは、フィドラーズグリーン戦線へと到着した。



某所。
……いや、この言い方は正確ではない。具体的な場所は不明だが、ここははっきりと“そこ”だと分かる。

(すなわちここは、魔王の城の中だ)

薄暗い牢屋の中で、二の国の女王・ロアは、何度目か分からない問い掛けを脳内で繰り返していた。
ここに攫われて来てから、もう何日が経過したのだろう。牢獄は常に暗く、時間の感覚が薄れる。恐らく数週間はとうに過ぎているはずだが、詳細な日数はさっぱり分からなかった。
ここに来た当初、ロアは昔読んだ冒険小説のように、壁に線を引いて日にちを数えようともしてみた。だが黒い石材で作られた壁は、ロアがどれだけ蹴っ飛ばしても、白い筋すら入らなかった。ただの石に見えて、恐らく未知の素材か、もしくは魔術による保護を受けているに違いない。

「はぁ……王城のみんなは、どうしてるんだろう」

ロアは粗末なベッドに横になると、遠い王都を思う。きっとエドガーは、自分を救い出そうと躍起になっていることだろう。それは嬉しくもあるが、同時に不安でもある。何といっても、敵は魔王だ。油断せず、入念な準備をしてから救出に来てもらいたいものだ。

「ふっ。我ながら、囚われの姫とは思えない言葉ね」

ここは独房なので、自然とロアの口調は緩む。もっとも、単なる独り言なので、口に出す必要もないのだが。
ここに来てしばらく。ロアはとりあえず、元気だった。ここは暗くてかび臭いが、不衛生というわけではないらしい。それに、食事も三食きっちり出る。水も、十分な量が入った水差しが毎朝届けられる。さらには二日に一度、湯がなみなみと張られた大きな桶が用意されるので、湯浴みすら可能だった。おかげでロアは、囚われの身とは思えないほど、清潔な身なりを保っていた。

(いつまで続くかは分からないけど)

それなりに快適とは言え、敵の鼻先にいることに変わりはない。その気になれば、囚人を餓死させることは容易いのだ。ロアの心身は今のところ健康だったが、それほど余裕があるわけでもなかった。

「ふぅ……ここにこうしてると、あいつの気持ちが分かるようね」

ロアは、自らが一度、地下牢に落とした少年のことを思い出した。あそこはここよりも、もっと淀んで、汚い場所だった。きっとあの少年は、今の自分よりもっと惨めだったに違いない。

「あいつは……助けに来て、くれるのかな」

ロアは膝を抱える。来てくれれば、嬉しい。あの少年の力があれば、きっと軍の損害も少なく済むだろう。しかし、彼は戦争に行くことを渋っていた。それに、かつて自らを牢屋に閉じ込めた相手を、助けになど来てくれるのだろうか?それも、こんな伏魔殿パンデモニウムまで……
キィ。

「っ!」

ロアはさっとベッドから体を起こした。今の音は、地下牢の入り口の鉄扉がきしむ音だ。すなわち、誰かがここへやって来るということ。今まで何度となく聞いたので、ロアはその音には敏感になっていた。
コツ、コツ。階段を下りてくる足音。やがて目の前が、淡い青色に色付いてくる。それは、この城の者が使うランタンの光であった。

「起きているか。二の国の王女よ」

やがて光が、ロアの独房の目の前までやってくる。青白い光に、ロアは目を細めて、手を顔の前にかざした。

「誰だ?いつもの世話役ではないのか」

「違う。覚えているはずだ。私と貴様は、一度ここで声をかわしている」

ロアは眉をひそめる。ようやく目が慣れてきて、ロアは顔の前から手をどけた。そこに立っていたのは、黒髪に黒い瞳の男。ロアは思い出した。

「お前は……あの時の男か。勇者ファーストと名乗った痴れ者だな?」

「痴れ者?」

その男は、わざとらしく首をかしげる。

「意味が分からないな。私はなにも恥ずべきことなどしていない。痴れ者と言うのならば、それは貴様らのことを言うべきだろう。恥知らずのペテン師どもよ」

「なにを言う!……いやまて、今、貴様“ら”と言ったか?どういう意味だ?私一人ではないと?」

食いかかるロアに、男は肩をすくめる。

「そうがっつくな。慌てずとも、今から説明してやる」

呆れたような言い方に、ロアは顔を赤くした。

「今日来たのは、なぜ私が貴様を攫ったかを教えてやるためだ。初めに訊いておくが、心当たりは?」

「心当たりだと?あるに決まっていようが。王女の首を狙う不届き者は、履いて捨てるほどいるからな」

今度はロアが小ばかにしたような口調で言った。すると男は、小さく首を横に振った。

「自惚れだな」

「なに?」

「自惚れも大概にせよ、小娘。貴様の代わりなど、いくらでもいるだろう。貴様自身の価値など、いかほどのものがあるというのか」

「きっ、貴様……!」

「私は、貴様に価値など見出していない。重要なのは、貴様が犯した、罪だ!」

男の叫びが、牢獄にこだまする。急に大声を出され、ロアは一瞬びくりと身をすくめたが、気丈に言い返した。

「罪だと?ふざけるな!万が一私に罪があろうとも、こんな形で対話を持とうとする輩に、罪がなんだと説教されてたまるものか!」

ロアが声を荒立てると、男は手に負えないとばかりに、首をゆるゆると振った。

「その傲慢こそが最大の罪だと、まだ気づいていないらしい。だがそれ以上に、貴様には拭いきれない罪がある」

「そんなものっ」

「ある。言い訳など聞かんぞ。貴様ら王族には、大罪を背負う所以ゆえんがあるはずだ」

遮るようにそう言われて、ロアは口をつぐんだ。ロア一人ではなく、王族に?

「貴様ら王族には……我々の恨みを!痛みを!無念を!それら全てを知る責任がある!そうだろう、二の国の女王よ!まだ分からんと言うのなら、私の名を言ってみろ!」

男の気迫に、ロアの声は思わず小さくなった。

「お、前の名は……勇者、ファースト……」

「そうだ!私は勇者!貴様ら王族に、理不尽に命を弄ばれた者たちだ!この戦争は、我らの無念を晴らすための戦いだ!貴様を攫ったことなど、その始まりに過ぎない!」

ガシャーン!男が鉄格子に掴みかかった。ロアは思わず、ベッドの上で後ずさりした。

「時間をやろう。せいぜい、今のうちに生を満喫しておけ……だがあるいは、生きていることを後悔するやもしれんな。その時まで、自らが犯してきた罪に向き合い続けるがいい。そしてその身の内に巣食う邪悪と、おぞましい理不尽を知るのだ」

男は鉄格子から離れると、ロアに背を向けた。

「それが、貴様のできる唯一、そして最後の善行だ」

カツン、カツン。男は再び階段を上っていく。
後には、ロアだけが残された。



つづく
====================

読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

====================

Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。

↓ ↓ ↓

https://twitter.com/ragoradonma
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします

雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました! (書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です) 壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。 ※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。 詳細は近況ボードをご覧ください。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...