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16章 奪われた姫君
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アニが鋭くリンと揺れる。ライカンスロープだって?それって確か、ルーガルーよりも強いんじゃなかったか!?
「グルルオォォォ!」
ライカンスロープは、恐ろしい唸り声を上げながら飛び掛かってきた。くそったれ!後方部隊はほとんど魔術師か弓士だから、誰も対抗できない!
「うわああああ!」
ライカンスロープが腕を一払いすると、五、六人がまとめて吹き飛ばされた。
「ちくしょう!フラン!」
「わかってる!」
稲妻の如く。銀の毛髪をなびかせながら、フランが部隊の間を駆け抜けていく。その間にも、ライカンスロープはどんどん部隊の人間を蹴散らしていく。早くしないと、全滅するぞ!
「アルルカ!狙撃できるか!?」
「誰にモノを言ってんのよ!」
アルルカが翼を広げて飛び上がる。幸い相手は一匹だ。フランとアルルカがいれば、それくらい押さえ込める!
「グルオオオ!」
「やあああ!」
咆哮が響き、フランとライカンスロープの戦闘が始まった。フランは軽く跳躍すると、ライカンスロープの前に無防備に着地した。当然、鋭い鉤爪が振り下ろされる。ズジャッ!
だがこれは、フランの罠だった。フェイントを入れたフランは、残像を残すほどの速さで後ろに跳んだ。フランを見失ったライカンスロープは、砂を抉っただけの爪を見下ろしてきょとんとしている。今だ!
「メギバレット!」
アルルカの声が轟き、氷の弾丸が撃ち出される。もらった!
「アオォーン!」
え?……ち、ちょっと待ってくれ。何が起きたんだ?
一瞬の刹那に、様々なことが起こった。アルルカが魔法を唱えるのとほぼ同時に、奇妙な咆哮が谷間に響いた。そのとたん、ライカンスロープは急激に身をよじり、奴の後ろで氷が弾けたのだ。
「うそでしょ!?信じられない、かわされたわ!」
アルルカの驚愕した声。
「え?今の攻撃をか?」
「そうよ!チッ、あの鎧以外に見切れる奴がいるなんて!」
なんだって。アルルカの弾丸を見切ったのは、これまでエラゼムしかいない。あのライカンスロープは、エラゼム並みだってことか?
(いや、待て。おかしな点がある)
さっき聞こえた、奇妙な遠吠え。確かさっき、魔術師が一斉攻撃した時にも聞こえていなかったか?
「なにかが……狼たちに、指示を与えているのか……?」
ならそいつは、只者じゃない。エラゼムと同等の目を持っているってことだろ。くそ、一体どこにいるんだ?
アルルカの攻撃をかわしたライカンスロープは、再び距離を取った。こちらが一筋縄ではいかない相手だと認識したようだ。フランもフランで、アルルカの弾丸をかわした相手にうかつに飛び込めないでいる。
じりじりと睨み合う両者。この均衡が、いつ崩れるのか……
「ルオォーン!」
なんだ!?ライカンスロープが天に向かって吠えた。そしてすぐさま、フランへ突っ込んでくる!いきなりの行動だったが、フランは冷静だった。ぐっと身構え、迎え撃つ構えだ。
シュバッ!
突如、ライカンスロープの背後から、一回り小さな影が飛び出した。新手か!?だがその影は、高々と跳躍すると、フランの頭上を悠々と飛び越えた。フランはそいつの着地際を攻撃しようとしたが、ライカンスロープが鉤爪を振り乱して襲い掛かってきたので、そっちに応じるしかなかった。
「ダーリン!後ろに下がって!」
ロウランが飛び出すと、体中から合金を展開させる。影はまっすぐに、こちらに向かって駆け出してきた。
「止まるの!」
液体だった金がみるみると盾になり、俺たちとそいつとの間に立ちふさがる。その時またしても、あの奇妙な遠吠えが響き渡った。
「アオォーン!」
「えっ」
「なっ」
ロウランの盾が、シャボン玉を割ったように、パンっと弾け飛んだ。し、信じられない!盾に空いた大穴から、毛むくじゃらの何かが飛び込んでくる。
「グルオォォォ!」
そいつは、紅色の大狼だった。ロウランは包帯で迎え撃とうとしたが、狼はそれより早く、ロウランに牙を向いた。ガブリッ!
「グルルルル!」
ああっ!ロウランの頭を、狼はぐわっと開いたあごで丸かじりにしてしまった。そしてそのまま、狂ったように振り回す。ロウランは抵抗しようとしているようだったが、頭が丸呑みされているんじゃ、ろくな抵抗もできない。
「ガルァ!」
ひときわ大きく頭を振った後、狼は口をパッと開いて、ロウランを投げ捨てた。ロウランの体が、宙を舞っていく……思わず目で追ってしまった俺だが、それよりも眼前に注目しなければならないことを思い出した。ロウランがやられ、フランは戦闘中、アルルカは空。つまりもう、狼を遮るものは、何もない。
「うっ、おおおお!」
俺はライラを後ろに突き飛ばすと、腰の短剣を抜いた。
「ちくしょう!来るなら来やがれ!」
一歩でも近づいて見ろ!エラゼム直伝の剣術をお見舞いしてやるぞ!
「……」
だが、俺の決死の覚悟とは裏腹に、そいつはじっと動かなかった。な、なんだ……?狼は、俺をじっと見つめている。その目を見た時、俺は驚愕した。
四つだ。普通の狼の目の上に、まるで人間のような、二つの目がこっちを見つめている。四つ目の狼……?
「おイ」
俺はあまりの衝撃に、剣を取り落としそうになった。狼が、喋った?
だが、それは違った。声が聞こえてきたのは、狼の背中からだ。
「お、女の子……?」
妙に小さく見える女の子が、狼の背中に張り付くように、ぴったりとしがみついている。な、なんでこんなところに女の子が?そもそも、この子は人間か?頭についているの、あれ、狼の耳じゃないか?
困惑する俺に、その子はさらに問いかけてきた。
「お前が、勇者カ?」
なんだって。俺が、勇者か……?次の瞬間、俺の襟首がぐいぃっと引っ張られた。
「なにぼさっとしてんのよ!死にたいの!」
アルルカ!?いつの間に!飛び降りてきたアルルカは、俺を下がらせると、杖をぶんっと振り回す。
「ペタルカメリア!」
ジャシャシャシャー!砂の中から、薄く鋭い氷の刃が、無数に突き出してきた。それが四つ目狼と少女に襲い掛かる。
「アオォーン!」
まただ!だが今度は、その声の出所がはっきりわかった。背中にしがみついた狼少女が、あの声を出している!少女の遠吠えが聞こえた途端、四つ目狼は野ネズミのように体をひるがえし、突き出てきた刃をひらりとかわした。
「くそが!次こそ当ててやるわよ!」
「ま、待ってくれアルルカ!女の子が……」
「はぁ!?あんた、寝ぼけてんの!?どう見ても狼よ!」
「違う!そうじゃなくて……」
少女と狼は、攻撃をかわした時に跳び退ったまま、もう近づこうとはしてこなかった。くるりと背を向け、一目散に走り始める。に、逃げた?
それと同時に、フランと戦っていたライカンスロープも、突然戦闘をやめた。最後に大きくフランを押し戻すと、その隙に山へと引き返していく。
「な、なんだ?引いていくぞ……?」
「逃がさないわよ!メギバレット!」
ダァーン!アルルカが再び魔法を撃つが、やはり少女の咆哮と共に、狼は身をひるがえした。あいつ、背中に目が付いているのか?
「きぃー!ちょこまかしやがってぇー!待ちなさい!」
「おいアルルカ!待つのはお前だ、深追いすんな!」
「だって!ここで逃がしたら、あいつまた襲ってくるわよ!」
それは、そうかもしれない。だけど、俺はほんのわずかに、それを望んでしまっていた。あの少女は、なぜ俺を勇者かと確かめようとしたんだろう。敵同士なんだから、そのまま襲い掛かってきてもよかったはずなのに……
「とにかく、勇み足にならないほうがいいだろ。今は部隊を立て直さないと。前衛部隊はまだ戦ってるんだから」
「チッ。どのみち今から追っかけても、間に合わなそうだしね……はぁ、まあいいわ」
アルルカはそれでも不満げに、愛用の杖をぐるりと回した。ライカンスロープが去ったことで、戦っていたフランも戻ってくる。
「大丈夫だった!?ごめん、一匹通した」
「ああ、平気だ。それに一匹じゃなくて、あともう一人いたんだ」
「一人?誰かがいたの?」
「そうなんだよ。詳しく話したいけど……それよりまずは、前衛の応援に行こう。話し込むのはそれからだ」
フランはこくりとうなずく。まずは、吹っ飛ばされてしまったロウランを拾うところからだ。
だが幸い、俺たちが応援をするまでもなかった。ライカンスロープたちが撤退したのと同じタイミングで、前衛部隊を襲っていた敵も引いていたのだ。
前衛を襲っていたのは、おそらくルーガルーだろうとのことだった。二本足で立つ毛むくじゃらの狼人間で、ライカンスロープより一回りほど小さい。連中はその二種類に分かれて、陽動作戦を展開したのだ。つまり、ルーガルーらが注目を集め、その隙に背後から屈強なライカンスロープが、単騎で突撃をするってわけだ。
「奇襲に陽動か。知能も獣並ってわけじゃないらしい」
ただし、連合軍の受けた被害はごく軽微だった。武装を固めていた前衛組はほぼ無傷。ライカンスロープにぶっ飛ばされていた後衛組も、怪我こそすれ、死者は出なかったらしい。運がよかったのもあるかもしれないけれど……
「たぶん、様子を探りに来てたんだ」
ライカンスロープと交戦したフランが、確信を持った様子で言う。
「あいつら、全力じゃなかった。むしろ慎重で、こちらの出方を伺ってるみたいだったよ」
「そう、だな。本気なら、あんなにあっさり引いたりはしないか」
それに、あの少女の発言。「お前が勇者か」。あれは一体、どういう意図だったんだろう?
どうにかこうにか、撤収作業が完了し、俺たちは本隊へと戻ることとなった。奇襲を受けてなお、がむしゃらに突き進むのは愚策だろう。被害こそ少なかったものの、人類連合はこの奇襲で、完全に出鼻をくじかれてしまった。
「たぶん、まほーを破ったんだ」
ライラはうんうんと何度もうなずきながら言った。
「魔法を、破る?」
「かいくぐるとか、察知するとか、そんな風にも言えるけど。魔術の知識が無きゃ、あんなことできっこないよ」
ああ、あの奇妙な遠吠えか……少女が吠えると、狼どもはあらゆる魔法を回避してみせた。さらに聞くところによると、どうやら出発前、連合軍の魔術師たちは、今日通るルート周辺を魔法で探知していたらしい。にもかかわらず、俺たちはまんまと奇襲を掛けられてしまった。連中が魔法を避けるなんらかの術を有していることは、明白だ。
(それと……)
俺はどうしても、あの四つ目狼の背に乗った、女の子のことが気に掛かっていた。あの子のことは、まだ連合軍には話していない。あの混乱の最中、あの子を見たのは、俺たちだけだろう。
(あの子は、本当に敵なのか?敵だとしたら、人間がなぜ……?)
人型の魔物?魔王に協力する人?なぜ彼女は、魔法を察知することができたのか?彼女が俺にした質問の意味とは?
「くそっ。分からないことだらけだ」
人類連合軍と魔王軍の初戦は、なんとも奇妙な幕切れとなった。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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アニが鋭くリンと揺れる。ライカンスロープだって?それって確か、ルーガルーよりも強いんじゃなかったか!?
「グルルオォォォ!」
ライカンスロープは、恐ろしい唸り声を上げながら飛び掛かってきた。くそったれ!後方部隊はほとんど魔術師か弓士だから、誰も対抗できない!
「うわああああ!」
ライカンスロープが腕を一払いすると、五、六人がまとめて吹き飛ばされた。
「ちくしょう!フラン!」
「わかってる!」
稲妻の如く。銀の毛髪をなびかせながら、フランが部隊の間を駆け抜けていく。その間にも、ライカンスロープはどんどん部隊の人間を蹴散らしていく。早くしないと、全滅するぞ!
「アルルカ!狙撃できるか!?」
「誰にモノを言ってんのよ!」
アルルカが翼を広げて飛び上がる。幸い相手は一匹だ。フランとアルルカがいれば、それくらい押さえ込める!
「グルオオオ!」
「やあああ!」
咆哮が響き、フランとライカンスロープの戦闘が始まった。フランは軽く跳躍すると、ライカンスロープの前に無防備に着地した。当然、鋭い鉤爪が振り下ろされる。ズジャッ!
だがこれは、フランの罠だった。フェイントを入れたフランは、残像を残すほどの速さで後ろに跳んだ。フランを見失ったライカンスロープは、砂を抉っただけの爪を見下ろしてきょとんとしている。今だ!
「メギバレット!」
アルルカの声が轟き、氷の弾丸が撃ち出される。もらった!
「アオォーン!」
え?……ち、ちょっと待ってくれ。何が起きたんだ?
一瞬の刹那に、様々なことが起こった。アルルカが魔法を唱えるのとほぼ同時に、奇妙な咆哮が谷間に響いた。そのとたん、ライカンスロープは急激に身をよじり、奴の後ろで氷が弾けたのだ。
「うそでしょ!?信じられない、かわされたわ!」
アルルカの驚愕した声。
「え?今の攻撃をか?」
「そうよ!チッ、あの鎧以外に見切れる奴がいるなんて!」
なんだって。アルルカの弾丸を見切ったのは、これまでエラゼムしかいない。あのライカンスロープは、エラゼム並みだってことか?
(いや、待て。おかしな点がある)
さっき聞こえた、奇妙な遠吠え。確かさっき、魔術師が一斉攻撃した時にも聞こえていなかったか?
「なにかが……狼たちに、指示を与えているのか……?」
ならそいつは、只者じゃない。エラゼムと同等の目を持っているってことだろ。くそ、一体どこにいるんだ?
アルルカの攻撃をかわしたライカンスロープは、再び距離を取った。こちらが一筋縄ではいかない相手だと認識したようだ。フランもフランで、アルルカの弾丸をかわした相手にうかつに飛び込めないでいる。
じりじりと睨み合う両者。この均衡が、いつ崩れるのか……
「ルオォーン!」
なんだ!?ライカンスロープが天に向かって吠えた。そしてすぐさま、フランへ突っ込んでくる!いきなりの行動だったが、フランは冷静だった。ぐっと身構え、迎え撃つ構えだ。
シュバッ!
突如、ライカンスロープの背後から、一回り小さな影が飛び出した。新手か!?だがその影は、高々と跳躍すると、フランの頭上を悠々と飛び越えた。フランはそいつの着地際を攻撃しようとしたが、ライカンスロープが鉤爪を振り乱して襲い掛かってきたので、そっちに応じるしかなかった。
「ダーリン!後ろに下がって!」
ロウランが飛び出すと、体中から合金を展開させる。影はまっすぐに、こちらに向かって駆け出してきた。
「止まるの!」
液体だった金がみるみると盾になり、俺たちとそいつとの間に立ちふさがる。その時またしても、あの奇妙な遠吠えが響き渡った。
「アオォーン!」
「えっ」
「なっ」
ロウランの盾が、シャボン玉を割ったように、パンっと弾け飛んだ。し、信じられない!盾に空いた大穴から、毛むくじゃらの何かが飛び込んでくる。
「グルオォォォ!」
そいつは、紅色の大狼だった。ロウランは包帯で迎え撃とうとしたが、狼はそれより早く、ロウランに牙を向いた。ガブリッ!
「グルルルル!」
ああっ!ロウランの頭を、狼はぐわっと開いたあごで丸かじりにしてしまった。そしてそのまま、狂ったように振り回す。ロウランは抵抗しようとしているようだったが、頭が丸呑みされているんじゃ、ろくな抵抗もできない。
「ガルァ!」
ひときわ大きく頭を振った後、狼は口をパッと開いて、ロウランを投げ捨てた。ロウランの体が、宙を舞っていく……思わず目で追ってしまった俺だが、それよりも眼前に注目しなければならないことを思い出した。ロウランがやられ、フランは戦闘中、アルルカは空。つまりもう、狼を遮るものは、何もない。
「うっ、おおおお!」
俺はライラを後ろに突き飛ばすと、腰の短剣を抜いた。
「ちくしょう!来るなら来やがれ!」
一歩でも近づいて見ろ!エラゼム直伝の剣術をお見舞いしてやるぞ!
「……」
だが、俺の決死の覚悟とは裏腹に、そいつはじっと動かなかった。な、なんだ……?狼は、俺をじっと見つめている。その目を見た時、俺は驚愕した。
四つだ。普通の狼の目の上に、まるで人間のような、二つの目がこっちを見つめている。四つ目の狼……?
「おイ」
俺はあまりの衝撃に、剣を取り落としそうになった。狼が、喋った?
だが、それは違った。声が聞こえてきたのは、狼の背中からだ。
「お、女の子……?」
妙に小さく見える女の子が、狼の背中に張り付くように、ぴったりとしがみついている。な、なんでこんなところに女の子が?そもそも、この子は人間か?頭についているの、あれ、狼の耳じゃないか?
困惑する俺に、その子はさらに問いかけてきた。
「お前が、勇者カ?」
なんだって。俺が、勇者か……?次の瞬間、俺の襟首がぐいぃっと引っ張られた。
「なにぼさっとしてんのよ!死にたいの!」
アルルカ!?いつの間に!飛び降りてきたアルルカは、俺を下がらせると、杖をぶんっと振り回す。
「ペタルカメリア!」
ジャシャシャシャー!砂の中から、薄く鋭い氷の刃が、無数に突き出してきた。それが四つ目狼と少女に襲い掛かる。
「アオォーン!」
まただ!だが今度は、その声の出所がはっきりわかった。背中にしがみついた狼少女が、あの声を出している!少女の遠吠えが聞こえた途端、四つ目狼は野ネズミのように体をひるがえし、突き出てきた刃をひらりとかわした。
「くそが!次こそ当ててやるわよ!」
「ま、待ってくれアルルカ!女の子が……」
「はぁ!?あんた、寝ぼけてんの!?どう見ても狼よ!」
「違う!そうじゃなくて……」
少女と狼は、攻撃をかわした時に跳び退ったまま、もう近づこうとはしてこなかった。くるりと背を向け、一目散に走り始める。に、逃げた?
それと同時に、フランと戦っていたライカンスロープも、突然戦闘をやめた。最後に大きくフランを押し戻すと、その隙に山へと引き返していく。
「な、なんだ?引いていくぞ……?」
「逃がさないわよ!メギバレット!」
ダァーン!アルルカが再び魔法を撃つが、やはり少女の咆哮と共に、狼は身をひるがえした。あいつ、背中に目が付いているのか?
「きぃー!ちょこまかしやがってぇー!待ちなさい!」
「おいアルルカ!待つのはお前だ、深追いすんな!」
「だって!ここで逃がしたら、あいつまた襲ってくるわよ!」
それは、そうかもしれない。だけど、俺はほんのわずかに、それを望んでしまっていた。あの少女は、なぜ俺を勇者かと確かめようとしたんだろう。敵同士なんだから、そのまま襲い掛かってきてもよかったはずなのに……
「とにかく、勇み足にならないほうがいいだろ。今は部隊を立て直さないと。前衛部隊はまだ戦ってるんだから」
「チッ。どのみち今から追っかけても、間に合わなそうだしね……はぁ、まあいいわ」
アルルカはそれでも不満げに、愛用の杖をぐるりと回した。ライカンスロープが去ったことで、戦っていたフランも戻ってくる。
「大丈夫だった!?ごめん、一匹通した」
「ああ、平気だ。それに一匹じゃなくて、あともう一人いたんだ」
「一人?誰かがいたの?」
「そうなんだよ。詳しく話したいけど……それよりまずは、前衛の応援に行こう。話し込むのはそれからだ」
フランはこくりとうなずく。まずは、吹っ飛ばされてしまったロウランを拾うところからだ。
だが幸い、俺たちが応援をするまでもなかった。ライカンスロープたちが撤退したのと同じタイミングで、前衛部隊を襲っていた敵も引いていたのだ。
前衛を襲っていたのは、おそらくルーガルーだろうとのことだった。二本足で立つ毛むくじゃらの狼人間で、ライカンスロープより一回りほど小さい。連中はその二種類に分かれて、陽動作戦を展開したのだ。つまり、ルーガルーらが注目を集め、その隙に背後から屈強なライカンスロープが、単騎で突撃をするってわけだ。
「奇襲に陽動か。知能も獣並ってわけじゃないらしい」
ただし、連合軍の受けた被害はごく軽微だった。武装を固めていた前衛組はほぼ無傷。ライカンスロープにぶっ飛ばされていた後衛組も、怪我こそすれ、死者は出なかったらしい。運がよかったのもあるかもしれないけれど……
「たぶん、様子を探りに来てたんだ」
ライカンスロープと交戦したフランが、確信を持った様子で言う。
「あいつら、全力じゃなかった。むしろ慎重で、こちらの出方を伺ってるみたいだったよ」
「そう、だな。本気なら、あんなにあっさり引いたりはしないか」
それに、あの少女の発言。「お前が勇者か」。あれは一体、どういう意図だったんだろう?
どうにかこうにか、撤収作業が完了し、俺たちは本隊へと戻ることとなった。奇襲を受けてなお、がむしゃらに突き進むのは愚策だろう。被害こそ少なかったものの、人類連合はこの奇襲で、完全に出鼻をくじかれてしまった。
「たぶん、まほーを破ったんだ」
ライラはうんうんと何度もうなずきながら言った。
「魔法を、破る?」
「かいくぐるとか、察知するとか、そんな風にも言えるけど。魔術の知識が無きゃ、あんなことできっこないよ」
ああ、あの奇妙な遠吠えか……少女が吠えると、狼どもはあらゆる魔法を回避してみせた。さらに聞くところによると、どうやら出発前、連合軍の魔術師たちは、今日通るルート周辺を魔法で探知していたらしい。にもかかわらず、俺たちはまんまと奇襲を掛けられてしまった。連中が魔法を避けるなんらかの術を有していることは、明白だ。
(それと……)
俺はどうしても、あの四つ目狼の背に乗った、女の子のことが気に掛かっていた。あの子のことは、まだ連合軍には話していない。あの混乱の最中、あの子を見たのは、俺たちだけだろう。
(あの子は、本当に敵なのか?敵だとしたら、人間がなぜ……?)
人型の魔物?魔王に協力する人?なぜ彼女は、魔法を察知することができたのか?彼女が俺にした質問の意味とは?
「くそっ。分からないことだらけだ」
人類連合軍と魔王軍の初戦は、なんとも奇妙な幕切れとなった。
つづく
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