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16章 奪われた姫君
10-1 ロウランの故障
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10-1 ロウランの故障
奇襲騒ぎが完全に終息するまでには、およそ半日を有した。
兵士たちは怪我人の収容を真っ先に行い、次いで退却と本隊への合流、怪我人の治療、損害の確認、報告と対策、戦術の組み直し……などなどに追われて大忙しだった。俺?俺は昼寝してた。朝早かったし、昨日はよく眠れなかったからな。こういう時、第三勢力は気楽でいい。
「ん……ふわーあ。どうだ、そろそろ動くか?」
俺が目を覚ましたのは、だいたい昼過ぎ頃だった。小腹がくうとなっているからな。さて、ぼちぼち次の行動に移る頃合いだろうか?
「あっ、桜下さん、いい時に起きてくれました!」
おや?ウィルがなんだか慌てた様子で、こちらに飛んでくる。
「ウィル。いい時って?」
「それが、さっきからロウランさんが変なんです!」
「あ、ひどいぞウィル。確かにあいつはいつもああだけど」
「ちがーう!そうじゃないんですってば。もう、いいから来てください!」
な、なんだなんだ。ウィルは冷たい手で俺の手を取ると、ぐいぐい引っ張ってくる。どこに連れていくのかと思いきや、向かった先は数歩先、馬車の隅っこだった。あれ?見たこともない人が、角っこにめり込むようにうずくまっている。
「ウィル、この人誰だ……?」
「だから、ロウランさんなんですってば」
はぁ?おいおい、いくら何でもそれは。ロウランの髪は淡い桜色だったが、ここにいる人は浅葱のような碧色だ。それに二つ結びじゃなくて、そのままだらしなく下ろしているし。
「ウィル、俺が寝ぼけてると思ってんのか?さすがにそんなのには引っかからないぞ」
「よく見てくださいよ。ほら、包帯してるでしょう」
あれ、ほんとだ。ロウランとよく似た包帯を、この人も巻いている……確かに、恰好はおんなじだ。
「……え?ほんとに?」
「ええ。戸惑うのも分かりますけど、私たちじゃどうにもならないんです。桜下さん、お願いします!」
えぇ、お願いって言われても……俺は他の仲間たちも見たが、みんな同一意見のようだ。フランは諦めたようにゆるゆると首を振った。ライラはよく呑み込めていないのか、オロオロしている。アルルカは俺がどうするのか興味津々の様子だ。こいつ、他人事だと思いやがって……
「まあ、やるだけやってみるけど……つっても、一体何がどうなって、こうなったんだ?」
「それが……」
ウィルが経緯を語り出した。
「桜下さんが寝た後、気が付いたらこんなになっていたんです。口数が少ないな、とは思っていたんですが」
「気が付いたら?そんなんで、髪の色が変わるもんかな……」
「ええ、私たちも驚きました。でも、ほんとうに何が何だか……それに、何を話しかけても反応してくれないんです。だから私たちじゃなくて、桜下さんに……と」
「ふむ……分かった。とりあえず、話してみようか」
というわけで、俺はいまだに角に頭を押し込んでいるロウランに声を掛ける。
「おーい、ロウラン」
「……」
「ロウラン?どうしたんだ?何があった?」
「……」
沈黙。む、無視か……ロウランに無視されるのは初めてかもしれない。
「ローウラーン?聞こえてるかぁ!」
「……」
またも、沈黙。これは……俺とウィルは顔を見合わせる。
「こりゃ、いよいよおかしいぞ」
「ですよね……」
いつもあんなに賑やかなロウランが、一言も口を開こうとしない。はっきり異常事態だ。
「待って」
うん?俺たちの後ろにいたフランが、じっとロウランを見つめている。
「その子、何か言っている……すごく小さな声で」
「え?」
俺たちには何にも聞こえてないが、地獄耳のフランには、何かが聞こえているらしい。そういうことなら……俺はロウランの肩のあたりに、耳を寄せてみた。
「……さい……くて……」
「あ、ほんとだ。なんか言ってるぞ!ちょっと静かにしてくれ……ロウラン、なんだって?」
俺はさらに耳を近づける。ウィルは口を押えて音を立てないようにした。俺も息を止めて、全神経を耳に傾ける。
「……できなかった……守れなかった……」
「うん?何をだ?」
「あなたを……私は、失敗した……失敗した私なんて、そのへんの土くれ以下……」
お、おお?今一つ真意が掴めないけど、どうやら……
「桜下さん……?ロウランさんは、なんて……?」
「ああ……なんか、凹んでるみたいだ」
「凹む?どうしてですか?」
「いや、それが分かんなくて……ロウランが落ち込むような事、なにかあったか?」
「いえ、何もないかと……そもそも、何もしていないんです。桜下さんが眠ってから今まで、ずーっとそこにいたんですから」
となると、原因はそれより前ってことか?
「……さっきの戦闘、か?」
今日のうちの出来事だと考えれば、それくらいしかない。
「あ」
「桜下さん?何か思いついたんですか?」
「いや……さっきの戦闘で、ロウランのやつ、狼にぶっ飛ばされただろ。そのことで落ち込んでる、のかも……」
「ああ、そう言われてみれば……」
ロウランの盾は、あの女の子の不思議な術によって、一瞬で破られてしまった。失敗といえるものなら、あれくらいしか思いつかない。
「でも、大事には至らなかったですよね?そんなに気にするような事かと言われると……」
「それは、俺だってそう思うけど」
今もこうして、俺たちはピンピンしているし、連合軍に被害も出なかった。結果論ではあるけど、そこまでロウランが悪いとは、俺含め誰も思っちゃいないだろう。
「ああでも」
と、フランが思い出したようにつぶやいた。
「その子って、今まで失敗らしい失敗って、してこなかったよね」
「うん?今までっていうと……」
「ダイダラボッチと、サイクロプスですね」と、ウィルが補足する。
「あー、確かに二戦とも、ロウランのおかげで事なきを得てるな」
「今まで上手くいってた分、失敗の反動が大きいんじゃない」
ふぅむ。三百年ぶりに地上に出てきて、初めての失敗か。それは確かに、ショックも大きいのかもしれない。それに……俺はふと思い出した。
「……ロウランって、案外傷つきやすいところがあったりするのかな」
少ないけれど、そんな場面をちらほら見た気がする。老魔導士のダンジョンに落とされた時、あいつはひどく取り乱していた。あの時は動揺してああなっていたのかと思ったが、実はあれが、素のロウランだったりするんだろうか。
ウィルもはっとしたようにうなずいた。
「そう言われたら……それにほら、忘れてましたけど。ロウランさんと初めて出会った時は、なかなかすごかったですよね」
「あーあ、それもそうだ。なんで忘れてたんだろ」
ロウランだって、過去に未練を残したアンデッド。腹の底にでっかい黒いものを抱えていても、全然不思議じゃない。
「もう少し、その辺気にしてやった方がよかったよな……失敗だ」
「仕方ないですよ。ロウランさん、頭の中に砂糖菓子が詰まってるような人でしたから……」
さ、砂糖菓子……まあ普段のロウランといったら、いちいち言動がショッキングピンクだ。でも、やっぱりそれも今考えれば、そういう“ロウラン”を演じていたのかもしれないな。
(三百年も成仏できないくらいだもんな……)
王の伴侶となるためだけに、ひたすら努力を続けてきた彼女にとって、迎えが来なかったことはそれだけショックだったんだろう。今度こそは、理想の自分になろうとしていたのかもしれない。ゆえに、失敗が手痛く響いた……
「うん、だんだん分かってきたな。そうすると、どうにかして元気にしてやりたいところだが……どうしたらいいと思う?」
「うーん……ひとまずは、励ましてあげたらどうですか?」
「そうだな、よし……ロウラン?そんなに気にすることないって。誰もお前を責めちゃないよ」
俺は彼女の耳元でささやいたが、相変わらず背中を向けたまま、ぶつぶつと呟くばかり。
「ダメか……」
「言ってダメなら、行動に移してみたらどうでしょう?ほら、スキンシップってやつです。頭を撫でてあげるとか」
頭か。さて、どうしたもんか。ロウランは角にめり込むように頭を押し付けているので、撫でるだけでもなかなか難しいぞ。俺はとりあえず、後頭部のあたりに手を乗せてみた。
ざわざわっ。
「わっ」
「えっ、桜下さん?」
俺は驚いて、思わず手を引っ込めてしまった。
「どうかしたんですか?」
「いや、今何かが、手の下で……」
「なにかって……」
なにかも何も、俺が触れたのはロウランなのだから、当然彼女に決まっているだろう?ウィルはそんな目で俺を見てきたが、絶対に違う。だって、なにかがぞわぞわと、手の下でうごめいた……
ズアァァー!
「わぁー!?」
「きゃあー!?な、なんですかこれ!?」
突如目の前が、緑色の波に覆い尽くされた!?
馬車の中は、一瞬で阿鼻叫喚と化した。俺たちは一人残らず、緑色の渦の中で、もみくちゃにされている。こ、これは!まさか、ロウランの髪!?
俺が触れた途端、ロウランの髪が、爆発したように伸び始めた。その勢いと量はとんでもなく、馬車の床は瞬く間に髪で埋め尽くされてしまう。
「ぷはっ。なんだこれ、どうなってんだ!?」
「た、たすけて桜下!」
はっ、ライラ!背の低いライラは、髪の渦に飲み込まれないように、必死にもがいている。俺は手を伸ばして、ライラの腕を掴んだ。そのまま引っ張り上げようとするが……
「くっ、んだこれ、引っ張れない!」
「ま、巻き付いてくるよ!」
うわっ、本当だ!緑の髪は植物のつるのように、俺たちの全身に絡みついてくる。他のみんな、それこそ幽霊のウィルにすら、髪の毛は絡みついていた。
「きゃっ!?やだ、ちょっと!?」
ウィルはスカートの中にまで忍び寄ってくる髪を、必死に追い払おうとしている。
「お、桜下さん!一体何をしたんですか!」
「お、俺じゃねえよ!ていうか俺だって何が何だか」
「あんたら、んなことどうでもいいわよ!早くこれを何とかしなさいって!」
一番離れたところにいたアルルカが怒鳴り散らす。床に寝そべっていたせいか、やつが一番酷く絡みつかれている。
「このままじゃ、髪の毛にころさもごもごもご……」
「きゃあー!アルルカさんが沈んでます!」
「うわあー、アルルカー!くそ、冗談じゃないぞ!」
髪は今も、どんどん量を増し続けている。馬車が埋め尽くされるのも、時間の問題だ。
「ロウラン!ロウラーン!」
俺は必死にロウランに呼びかけたが、返事は返ってこない。やつの体も髪に沈みつつあるので、もう幾ばくもしたら、完全に見えなくなってしまうはずだ。
「ちくしょう!おい、ロウラン!話を聞けー!」
必死にもがいて、絡みついてくる髪を押しのけ、俺はなんとかロウランの背中に触れた。指先に包帯の感触を感じ、それを掴んで引っ張る。ロウランの体が少しだけ浮き上がり、俺の体が少しだけそっちに引っ張られた。
「ロウラァーン!このままじゃ、俺たちみんなお陀仏だぞ!」
とにかく、今はロウランの目を覚まさなければ。俺の頭にはそれしかなく、浮かび上がってきたロウランの頭をがしっと掴むと、その顔を覗き込んだ。
「ロウラン!!!」
のけ反ったせいで上下逆さまのロウランの瞳は、髪と同じ緑色になっていた。にごった瞳の中に、焦った俺の顔が写り込む。ちくしょう、目に生気がない!
その時だった。にゅっと、両脇から、なにかが突き出てきた。ロウランの腕だ。驚いた俺は体を起こそうとしたが、それよりも早く、腕が俺の頭を固定する。ガシッ。
「ちょ、まっ」
俺が何かを言う前に、ぐいと頭が引き寄せられ、ふにゅっとしたものが口に押し当てられた。
「んむっ!?」
「あああー!」
「ちょっと!」
様々な声が聞こえてきたが、あいにくとそれどころじゃない。ロウランの腕は、万力のように俺の頭を放さない。しかも上下が逆なので、俺にはロウランの首しか見えない……
「んん、んぐぐぐ……」
ロウランの口づけはそれはそれは長く、おまけに吸盤でもついているのかってくらい、ぴったりと唇が離れない。しかも、続ければ続けるほど、全身の力が抜けていくみたいなんだが……気のせいじゃない……力が、吸い取られる……
「ぷあっ」
「かはっ……はぁ、はぁ、はぁ……」
ようやくロウランが口を離したころには、俺は息も絶え絶えになっていた。貧血を起こしたみたいに、目の前がチカチカと暗くなる……
(ああ、これは無理だな……)
指一本すら動かせなくなった俺は、髪の海に頭から突っ込むほかなかった。薄れゆく意識に、ロウランのキョトンとした声が聞こえてくる。
「あれ?みんな、どうしたの?」
な、なんだと……追い打ちを掛けられ、俺はばったりと気絶したのだった。
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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兵士たちは怪我人の収容を真っ先に行い、次いで退却と本隊への合流、怪我人の治療、損害の確認、報告と対策、戦術の組み直し……などなどに追われて大忙しだった。俺?俺は昼寝してた。朝早かったし、昨日はよく眠れなかったからな。こういう時、第三勢力は気楽でいい。
「ん……ふわーあ。どうだ、そろそろ動くか?」
俺が目を覚ましたのは、だいたい昼過ぎ頃だった。小腹がくうとなっているからな。さて、ぼちぼち次の行動に移る頃合いだろうか?
「あっ、桜下さん、いい時に起きてくれました!」
おや?ウィルがなんだか慌てた様子で、こちらに飛んでくる。
「ウィル。いい時って?」
「それが、さっきからロウランさんが変なんです!」
「あ、ひどいぞウィル。確かにあいつはいつもああだけど」
「ちがーう!そうじゃないんですってば。もう、いいから来てください!」
な、なんだなんだ。ウィルは冷たい手で俺の手を取ると、ぐいぐい引っ張ってくる。どこに連れていくのかと思いきや、向かった先は数歩先、馬車の隅っこだった。あれ?見たこともない人が、角っこにめり込むようにうずくまっている。
「ウィル、この人誰だ……?」
「だから、ロウランさんなんですってば」
はぁ?おいおい、いくら何でもそれは。ロウランの髪は淡い桜色だったが、ここにいる人は浅葱のような碧色だ。それに二つ結びじゃなくて、そのままだらしなく下ろしているし。
「ウィル、俺が寝ぼけてると思ってんのか?さすがにそんなのには引っかからないぞ」
「よく見てくださいよ。ほら、包帯してるでしょう」
あれ、ほんとだ。ロウランとよく似た包帯を、この人も巻いている……確かに、恰好はおんなじだ。
「……え?ほんとに?」
「ええ。戸惑うのも分かりますけど、私たちじゃどうにもならないんです。桜下さん、お願いします!」
えぇ、お願いって言われても……俺は他の仲間たちも見たが、みんな同一意見のようだ。フランは諦めたようにゆるゆると首を振った。ライラはよく呑み込めていないのか、オロオロしている。アルルカは俺がどうするのか興味津々の様子だ。こいつ、他人事だと思いやがって……
「まあ、やるだけやってみるけど……つっても、一体何がどうなって、こうなったんだ?」
「それが……」
ウィルが経緯を語り出した。
「桜下さんが寝た後、気が付いたらこんなになっていたんです。口数が少ないな、とは思っていたんですが」
「気が付いたら?そんなんで、髪の色が変わるもんかな……」
「ええ、私たちも驚きました。でも、ほんとうに何が何だか……それに、何を話しかけても反応してくれないんです。だから私たちじゃなくて、桜下さんに……と」
「ふむ……分かった。とりあえず、話してみようか」
というわけで、俺はいまだに角に頭を押し込んでいるロウランに声を掛ける。
「おーい、ロウラン」
「……」
「ロウラン?どうしたんだ?何があった?」
「……」
沈黙。む、無視か……ロウランに無視されるのは初めてかもしれない。
「ローウラーン?聞こえてるかぁ!」
「……」
またも、沈黙。これは……俺とウィルは顔を見合わせる。
「こりゃ、いよいよおかしいぞ」
「ですよね……」
いつもあんなに賑やかなロウランが、一言も口を開こうとしない。はっきり異常事態だ。
「待って」
うん?俺たちの後ろにいたフランが、じっとロウランを見つめている。
「その子、何か言っている……すごく小さな声で」
「え?」
俺たちには何にも聞こえてないが、地獄耳のフランには、何かが聞こえているらしい。そういうことなら……俺はロウランの肩のあたりに、耳を寄せてみた。
「……さい……くて……」
「あ、ほんとだ。なんか言ってるぞ!ちょっと静かにしてくれ……ロウラン、なんだって?」
俺はさらに耳を近づける。ウィルは口を押えて音を立てないようにした。俺も息を止めて、全神経を耳に傾ける。
「……できなかった……守れなかった……」
「うん?何をだ?」
「あなたを……私は、失敗した……失敗した私なんて、そのへんの土くれ以下……」
お、おお?今一つ真意が掴めないけど、どうやら……
「桜下さん……?ロウランさんは、なんて……?」
「ああ……なんか、凹んでるみたいだ」
「凹む?どうしてですか?」
「いや、それが分かんなくて……ロウランが落ち込むような事、なにかあったか?」
「いえ、何もないかと……そもそも、何もしていないんです。桜下さんが眠ってから今まで、ずーっとそこにいたんですから」
となると、原因はそれより前ってことか?
「……さっきの戦闘、か?」
今日のうちの出来事だと考えれば、それくらいしかない。
「あ」
「桜下さん?何か思いついたんですか?」
「いや……さっきの戦闘で、ロウランのやつ、狼にぶっ飛ばされただろ。そのことで落ち込んでる、のかも……」
「ああ、そう言われてみれば……」
ロウランの盾は、あの女の子の不思議な術によって、一瞬で破られてしまった。失敗といえるものなら、あれくらいしか思いつかない。
「でも、大事には至らなかったですよね?そんなに気にするような事かと言われると……」
「それは、俺だってそう思うけど」
今もこうして、俺たちはピンピンしているし、連合軍に被害も出なかった。結果論ではあるけど、そこまでロウランが悪いとは、俺含め誰も思っちゃいないだろう。
「ああでも」
と、フランが思い出したようにつぶやいた。
「その子って、今まで失敗らしい失敗って、してこなかったよね」
「うん?今までっていうと……」
「ダイダラボッチと、サイクロプスですね」と、ウィルが補足する。
「あー、確かに二戦とも、ロウランのおかげで事なきを得てるな」
「今まで上手くいってた分、失敗の反動が大きいんじゃない」
ふぅむ。三百年ぶりに地上に出てきて、初めての失敗か。それは確かに、ショックも大きいのかもしれない。それに……俺はふと思い出した。
「……ロウランって、案外傷つきやすいところがあったりするのかな」
少ないけれど、そんな場面をちらほら見た気がする。老魔導士のダンジョンに落とされた時、あいつはひどく取り乱していた。あの時は動揺してああなっていたのかと思ったが、実はあれが、素のロウランだったりするんだろうか。
ウィルもはっとしたようにうなずいた。
「そう言われたら……それにほら、忘れてましたけど。ロウランさんと初めて出会った時は、なかなかすごかったですよね」
「あーあ、それもそうだ。なんで忘れてたんだろ」
ロウランだって、過去に未練を残したアンデッド。腹の底にでっかい黒いものを抱えていても、全然不思議じゃない。
「もう少し、その辺気にしてやった方がよかったよな……失敗だ」
「仕方ないですよ。ロウランさん、頭の中に砂糖菓子が詰まってるような人でしたから……」
さ、砂糖菓子……まあ普段のロウランといったら、いちいち言動がショッキングピンクだ。でも、やっぱりそれも今考えれば、そういう“ロウラン”を演じていたのかもしれないな。
(三百年も成仏できないくらいだもんな……)
王の伴侶となるためだけに、ひたすら努力を続けてきた彼女にとって、迎えが来なかったことはそれだけショックだったんだろう。今度こそは、理想の自分になろうとしていたのかもしれない。ゆえに、失敗が手痛く響いた……
「うん、だんだん分かってきたな。そうすると、どうにかして元気にしてやりたいところだが……どうしたらいいと思う?」
「うーん……ひとまずは、励ましてあげたらどうですか?」
「そうだな、よし……ロウラン?そんなに気にすることないって。誰もお前を責めちゃないよ」
俺は彼女の耳元でささやいたが、相変わらず背中を向けたまま、ぶつぶつと呟くばかり。
「ダメか……」
「言ってダメなら、行動に移してみたらどうでしょう?ほら、スキンシップってやつです。頭を撫でてあげるとか」
頭か。さて、どうしたもんか。ロウランは角にめり込むように頭を押し付けているので、撫でるだけでもなかなか難しいぞ。俺はとりあえず、後頭部のあたりに手を乗せてみた。
ざわざわっ。
「わっ」
「えっ、桜下さん?」
俺は驚いて、思わず手を引っ込めてしまった。
「どうかしたんですか?」
「いや、今何かが、手の下で……」
「なにかって……」
なにかも何も、俺が触れたのはロウランなのだから、当然彼女に決まっているだろう?ウィルはそんな目で俺を見てきたが、絶対に違う。だって、なにかがぞわぞわと、手の下でうごめいた……
ズアァァー!
「わぁー!?」
「きゃあー!?な、なんですかこれ!?」
突如目の前が、緑色の波に覆い尽くされた!?
馬車の中は、一瞬で阿鼻叫喚と化した。俺たちは一人残らず、緑色の渦の中で、もみくちゃにされている。こ、これは!まさか、ロウランの髪!?
俺が触れた途端、ロウランの髪が、爆発したように伸び始めた。その勢いと量はとんでもなく、馬車の床は瞬く間に髪で埋め尽くされてしまう。
「ぷはっ。なんだこれ、どうなってんだ!?」
「た、たすけて桜下!」
はっ、ライラ!背の低いライラは、髪の渦に飲み込まれないように、必死にもがいている。俺は手を伸ばして、ライラの腕を掴んだ。そのまま引っ張り上げようとするが……
「くっ、んだこれ、引っ張れない!」
「ま、巻き付いてくるよ!」
うわっ、本当だ!緑の髪は植物のつるのように、俺たちの全身に絡みついてくる。他のみんな、それこそ幽霊のウィルにすら、髪の毛は絡みついていた。
「きゃっ!?やだ、ちょっと!?」
ウィルはスカートの中にまで忍び寄ってくる髪を、必死に追い払おうとしている。
「お、桜下さん!一体何をしたんですか!」
「お、俺じゃねえよ!ていうか俺だって何が何だか」
「あんたら、んなことどうでもいいわよ!早くこれを何とかしなさいって!」
一番離れたところにいたアルルカが怒鳴り散らす。床に寝そべっていたせいか、やつが一番酷く絡みつかれている。
「このままじゃ、髪の毛にころさもごもごもご……」
「きゃあー!アルルカさんが沈んでます!」
「うわあー、アルルカー!くそ、冗談じゃないぞ!」
髪は今も、どんどん量を増し続けている。馬車が埋め尽くされるのも、時間の問題だ。
「ロウラン!ロウラーン!」
俺は必死にロウランに呼びかけたが、返事は返ってこない。やつの体も髪に沈みつつあるので、もう幾ばくもしたら、完全に見えなくなってしまうはずだ。
「ちくしょう!おい、ロウラン!話を聞けー!」
必死にもがいて、絡みついてくる髪を押しのけ、俺はなんとかロウランの背中に触れた。指先に包帯の感触を感じ、それを掴んで引っ張る。ロウランの体が少しだけ浮き上がり、俺の体が少しだけそっちに引っ張られた。
「ロウラァーン!このままじゃ、俺たちみんなお陀仏だぞ!」
とにかく、今はロウランの目を覚まさなければ。俺の頭にはそれしかなく、浮かび上がってきたロウランの頭をがしっと掴むと、その顔を覗き込んだ。
「ロウラン!!!」
のけ反ったせいで上下逆さまのロウランの瞳は、髪と同じ緑色になっていた。にごった瞳の中に、焦った俺の顔が写り込む。ちくしょう、目に生気がない!
その時だった。にゅっと、両脇から、なにかが突き出てきた。ロウランの腕だ。驚いた俺は体を起こそうとしたが、それよりも早く、腕が俺の頭を固定する。ガシッ。
「ちょ、まっ」
俺が何かを言う前に、ぐいと頭が引き寄せられ、ふにゅっとしたものが口に押し当てられた。
「んむっ!?」
「あああー!」
「ちょっと!」
様々な声が聞こえてきたが、あいにくとそれどころじゃない。ロウランの腕は、万力のように俺の頭を放さない。しかも上下が逆なので、俺にはロウランの首しか見えない……
「んん、んぐぐぐ……」
ロウランの口づけはそれはそれは長く、おまけに吸盤でもついているのかってくらい、ぴったりと唇が離れない。しかも、続ければ続けるほど、全身の力が抜けていくみたいなんだが……気のせいじゃない……力が、吸い取られる……
「ぷあっ」
「かはっ……はぁ、はぁ、はぁ……」
ようやくロウランが口を離したころには、俺は息も絶え絶えになっていた。貧血を起こしたみたいに、目の前がチカチカと暗くなる……
(ああ、これは無理だな……)
指一本すら動かせなくなった俺は、髪の海に頭から突っ込むほかなかった。薄れゆく意識に、ロウランのキョトンとした声が聞こえてくる。
「あれ?みんな、どうしたの?」
な、なんだと……追い打ちを掛けられ、俺はばったりと気絶したのだった。
つづく
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しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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