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16章 奪われた姫君
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狂っている……口にしかけた言葉は何とか飲み込んだが、それでも正気の沙汰とは思えない。生き死にが掛かっているとは言え、子どもたちをそんな、人形のパーツを付け替えるみたいに、いじくり回したっていうのか……?
「そ、それなら……」
ウィルが震える唇を無理やり動かして、訊ねる。
「ろ、ロウランさん、自身は……」
「あはは、うーん。それを言われちゃうと、困っちゃうの。アタシの元々のパーツよりも、別のコのパーツの方が、割合としては多いからね」
それじゃあ、ロウラン自身とは……?
俺は、昔どこかで聞いた話を思い出した。一隻の船のパーツを徐々に新しくしていって、最終的に元のパーツがすべてなくなった時、その船は元の船と同一だと言えるのか、という……
「だから、かな……時々、アタシはアタシが分からなくなるの。いつもなら抑えられるんだよ?けど、ほんとにたまに、どうしても抑えきれない時があって……頭が爆発したみたいになって、なにも分かんなくなって……アタシはそれを、故障って呼んでる」
「……さっきのあれが、そうなのか?」
「うん……ああなったのは、アタシが覚えてる中で三回だけ。小さいころ、お稽古で失敗して、とっても落ち込んだ時に一回。王様が迎えに来てくれなかったって、知った時に一回。最後が、さっきなの……」
三回、か。それも、ロウランがひどく落ち込んだり、凹んだりした時に起こっている。俺たちで言うなら、鬱状態のようなものだろうか。
「……全然知らなかったよ。ロウランに、そんな過去があったなんて。でもそれなら、どうして話してくれなかったんだよ?話しやすい内容じゃないのは分かるけど、こんなになるまで抱え込まなくてもいいじゃないか」
俺は少し、ショックだった。ロウランはストレートに好意をぶつけてくるから、俺も少しうぬぼれていたのかもしれない。だからこそ、そんなことを少しも打ち明けてくれていなかったこと、相談してくれなかったこと……なにより、そんな上っ面だけを見て、ロウランを分かった気になっていたことが、ショックだ。
「う……ごめん、なさい……」
ロウランの目に、再び涙が溢れ出す。
「でも……怖かったの。こんなこと言って、ほんとのアタシを知られたらって思うと……どうしても……」
「ロウランさん、泣かないで」
ウィルが優しく、ロウランの肩を抱く。
「分かりますよ。好きな人には、好きなところだけ見て欲しいですものね」
「ウィル、ちゃん……」
「ですがロウランさん。私達、もうそれなりに色んなこと、経験してきたじゃないですか。私たちの恥ずかしいところも見せちゃいましたし、たぶん、汚いところも見てるんじゃありませんか?」
そうだったな……ロウランには、ずいぶんと情けない姿も見せた気がする。俺はうなずいた。
「お互い様ってやつだよ、ロウラン」
「ダーリン……う、うぅぅぅ~」
「ああもう、ほら。涙拭いてくださいってば」
余計に涙腺を緩めてしまったロウランを、ウィルがよしよしとあやしている。少しして、さっきよりかは落ち着いたロウランは、鼻をすんすんとすすった。
「ごめんね……それに、ありがとう。そんな風に言ってもらったこと、今までなかったから……」
「ロウランさん、お友達とかはいなかったんですか?」
「うん。だってみんなライバルだから。別の姫候補に毒を盛られることだって、珍しくなかったの」
うわ、おっかないな。一族の命が掛かっているのだから、みんななりふり構っていられなかったんだろう。
「それに……一族のみんなも、アタシのお母さんも、アタシには“よき姫”であることを望んでた。アタシのままのアタシなんて、絶対に見せちゃいけなかった」
「ひょっとして……ロウランさん、今もそれを続けてたりするんですか?」
「うん……でもね、騙すつもりじゃなかったんだよ?だって、もう何年も、何百年も、このアタシなんだもん。今じゃ、こっちが本当のアタシなの」
嘘も百年経てば、真実になる、ってことか……
「ロウランさん……でもそれなら、あなたはずっと、自分を偽り続けることになりませんか?辛く、ないんですか?」
「もう、慣れちゃったの。それに、前のアタシは、自信が無くて、暗くて、いつでも怯えてて……あの頃のアタシには、戻りたくない」
俺は目を丸くした。あのロウランが、本当は陰気な性格だったなんて!まるで想像ができない。その差にも驚くし、それを百年以上貫き通せてしまったことにも、やっぱり驚きだ。
「アタシ、みんなと早く仲良くなれるようにって、頑張ったつもりだったの。アタシが一番新参者だったし、最初は実体もなかったから。体が戻ってからは、戦いでも役に立つんだって証明して、それで、アタシのこと仲間だって認めてもらいたかったし……ダーリンに、好きになってもらいたかった」
「俺?でも、もう一族のこととか儀式のこととか、気にしなくてもいいじゃないか」
「違うの、ちがうの!そんな、義務感みたいのじゃなくて。アタシ本当に、ダーリンのことが好きなの!だって、だって……」
ロウランは声を張り上げた後、力なくうなだれる、
「……だって、こんな化け物のことを愛してくれるのなんて、ダーリンしかいないの」
「化け物、って。それは」
「化け物だよ!何百年も経ってカラカラに干からびた、つぎはぎだらけの女なんて、化け物以外に呼び方ないの!ダーリン以外のみんなが、アタシを見てそう言ったんだよ!」
俺以外の……ああ、俺よりも前にロウランに目を付けられた、旅人たちか。
「あれ、でも……確か、あの試練を全部突破したのは、俺たちしかいないって」
「うん。それは本当……でも、その人たちを引き込んだのはアタシなんだよ?アタシだって、死んでほしくてそんなことをしたわけじゃないの!だから……」
ん……そうか。あの遺跡は、ロウランの庭みたいなもの。その気になれば、遺跡全体の構造すら変えることができたはず。
「自力じゃ突破できなかったから、ロウランが通したのか」
ロウランは、虚しそうにうなずいた。
「でも、そんなズルをしても、やっぱり駄目だった……アタシの体を見た途端、みんな悲鳴をあげて、逃げていったの。アタシがどれだけ頼んでも、どんなに事情を話しても、誰一人聞いてくれなかった……ダーリン以外は、ね」
まあ、無理もない、か。今でこそロウランは、当時の美しい姿を取り戻しているけど。あの棺の中に横たわるロウランは、本当に恐ろしいミイラそのものだったから。
「でもダーリンは、アタシの話を聞いてくれた。アタシを、一緒に行こうって誘ってくれた。アタシのことを見ても叫ばなかったし、触れてすらくれたの」
うっ……当時は叫ぶ寸前でしたとは、口が裂けても言えないな。
「その時、確信したの。アタシを愛してくれるのは、この人しかいないって。だから、今度こそは失敗しないようにしよう、必ずこの人に好きになってもらおうって、そう心に誓ったんだよ」
そうだったのか……知らなかった。あの時、いきなり俺を旦那様だなんて呼びだして、ふざけているのだとしか思わなかったけれど。その裏で、そんなことを考えていたんだな。
「……ロウラン。結婚だとかなんだは、一旦置いておくとして。さっきフランが言ったこと、覚えてるか」
「……ダーリンは、こんなことじゃ、アタシを捨てないって」
「ああ。一度失敗したくらいで、仲間を見捨てるわけないだろ。むしろ、そんな風に思われてる方が悲しいよ」
「う……ごめんなさい……」
「謝るなって。それにみんなだって、ロウランのこと仲間だって認めてるんだ。だから、そんなにビクビクしないでくれよ。みんなもう、ロウランのことを愛してるよ」
ロウランは、涙に濡れた瞳を見開いた。隣でウィルが、優しく微笑んでいる。
「アタシ……あたし……」
ロウランの目から、涙がはらはらとこぼれだす。と、なぜかフランがこっちにやって来て、俺をひょいと抱き上げた。目を白黒させる俺をよそに、フランは俺を、ロウランの目の前に下ろした。
「ふ、フラン?」
「……まあ、こんな時くらいは、ね」
どういう意味だ……?すると、おずおずと、ロウランが俺の服の端を握る。ああ、そういうことか……
俺は腕を広げて、ロウランの体を包んだ。ロウランは子どものような、あーん、あーんと、それはそれは大きな声で、泣いた。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「そ、それなら……」
ウィルが震える唇を無理やり動かして、訊ねる。
「ろ、ロウランさん、自身は……」
「あはは、うーん。それを言われちゃうと、困っちゃうの。アタシの元々のパーツよりも、別のコのパーツの方が、割合としては多いからね」
それじゃあ、ロウラン自身とは……?
俺は、昔どこかで聞いた話を思い出した。一隻の船のパーツを徐々に新しくしていって、最終的に元のパーツがすべてなくなった時、その船は元の船と同一だと言えるのか、という……
「だから、かな……時々、アタシはアタシが分からなくなるの。いつもなら抑えられるんだよ?けど、ほんとにたまに、どうしても抑えきれない時があって……頭が爆発したみたいになって、なにも分かんなくなって……アタシはそれを、故障って呼んでる」
「……さっきのあれが、そうなのか?」
「うん……ああなったのは、アタシが覚えてる中で三回だけ。小さいころ、お稽古で失敗して、とっても落ち込んだ時に一回。王様が迎えに来てくれなかったって、知った時に一回。最後が、さっきなの……」
三回、か。それも、ロウランがひどく落ち込んだり、凹んだりした時に起こっている。俺たちで言うなら、鬱状態のようなものだろうか。
「……全然知らなかったよ。ロウランに、そんな過去があったなんて。でもそれなら、どうして話してくれなかったんだよ?話しやすい内容じゃないのは分かるけど、こんなになるまで抱え込まなくてもいいじゃないか」
俺は少し、ショックだった。ロウランはストレートに好意をぶつけてくるから、俺も少しうぬぼれていたのかもしれない。だからこそ、そんなことを少しも打ち明けてくれていなかったこと、相談してくれなかったこと……なにより、そんな上っ面だけを見て、ロウランを分かった気になっていたことが、ショックだ。
「う……ごめん、なさい……」
ロウランの目に、再び涙が溢れ出す。
「でも……怖かったの。こんなこと言って、ほんとのアタシを知られたらって思うと……どうしても……」
「ロウランさん、泣かないで」
ウィルが優しく、ロウランの肩を抱く。
「分かりますよ。好きな人には、好きなところだけ見て欲しいですものね」
「ウィル、ちゃん……」
「ですがロウランさん。私達、もうそれなりに色んなこと、経験してきたじゃないですか。私たちの恥ずかしいところも見せちゃいましたし、たぶん、汚いところも見てるんじゃありませんか?」
そうだったな……ロウランには、ずいぶんと情けない姿も見せた気がする。俺はうなずいた。
「お互い様ってやつだよ、ロウラン」
「ダーリン……う、うぅぅぅ~」
「ああもう、ほら。涙拭いてくださいってば」
余計に涙腺を緩めてしまったロウランを、ウィルがよしよしとあやしている。少しして、さっきよりかは落ち着いたロウランは、鼻をすんすんとすすった。
「ごめんね……それに、ありがとう。そんな風に言ってもらったこと、今までなかったから……」
「ロウランさん、お友達とかはいなかったんですか?」
「うん。だってみんなライバルだから。別の姫候補に毒を盛られることだって、珍しくなかったの」
うわ、おっかないな。一族の命が掛かっているのだから、みんななりふり構っていられなかったんだろう。
「それに……一族のみんなも、アタシのお母さんも、アタシには“よき姫”であることを望んでた。アタシのままのアタシなんて、絶対に見せちゃいけなかった」
「ひょっとして……ロウランさん、今もそれを続けてたりするんですか?」
「うん……でもね、騙すつもりじゃなかったんだよ?だって、もう何年も、何百年も、このアタシなんだもん。今じゃ、こっちが本当のアタシなの」
嘘も百年経てば、真実になる、ってことか……
「ロウランさん……でもそれなら、あなたはずっと、自分を偽り続けることになりませんか?辛く、ないんですか?」
「もう、慣れちゃったの。それに、前のアタシは、自信が無くて、暗くて、いつでも怯えてて……あの頃のアタシには、戻りたくない」
俺は目を丸くした。あのロウランが、本当は陰気な性格だったなんて!まるで想像ができない。その差にも驚くし、それを百年以上貫き通せてしまったことにも、やっぱり驚きだ。
「アタシ、みんなと早く仲良くなれるようにって、頑張ったつもりだったの。アタシが一番新参者だったし、最初は実体もなかったから。体が戻ってからは、戦いでも役に立つんだって証明して、それで、アタシのこと仲間だって認めてもらいたかったし……ダーリンに、好きになってもらいたかった」
「俺?でも、もう一族のこととか儀式のこととか、気にしなくてもいいじゃないか」
「違うの、ちがうの!そんな、義務感みたいのじゃなくて。アタシ本当に、ダーリンのことが好きなの!だって、だって……」
ロウランは声を張り上げた後、力なくうなだれる、
「……だって、こんな化け物のことを愛してくれるのなんて、ダーリンしかいないの」
「化け物、って。それは」
「化け物だよ!何百年も経ってカラカラに干からびた、つぎはぎだらけの女なんて、化け物以外に呼び方ないの!ダーリン以外のみんなが、アタシを見てそう言ったんだよ!」
俺以外の……ああ、俺よりも前にロウランに目を付けられた、旅人たちか。
「あれ、でも……確か、あの試練を全部突破したのは、俺たちしかいないって」
「うん。それは本当……でも、その人たちを引き込んだのはアタシなんだよ?アタシだって、死んでほしくてそんなことをしたわけじゃないの!だから……」
ん……そうか。あの遺跡は、ロウランの庭みたいなもの。その気になれば、遺跡全体の構造すら変えることができたはず。
「自力じゃ突破できなかったから、ロウランが通したのか」
ロウランは、虚しそうにうなずいた。
「でも、そんなズルをしても、やっぱり駄目だった……アタシの体を見た途端、みんな悲鳴をあげて、逃げていったの。アタシがどれだけ頼んでも、どんなに事情を話しても、誰一人聞いてくれなかった……ダーリン以外は、ね」
まあ、無理もない、か。今でこそロウランは、当時の美しい姿を取り戻しているけど。あの棺の中に横たわるロウランは、本当に恐ろしいミイラそのものだったから。
「でもダーリンは、アタシの話を聞いてくれた。アタシを、一緒に行こうって誘ってくれた。アタシのことを見ても叫ばなかったし、触れてすらくれたの」
うっ……当時は叫ぶ寸前でしたとは、口が裂けても言えないな。
「その時、確信したの。アタシを愛してくれるのは、この人しかいないって。だから、今度こそは失敗しないようにしよう、必ずこの人に好きになってもらおうって、そう心に誓ったんだよ」
そうだったのか……知らなかった。あの時、いきなり俺を旦那様だなんて呼びだして、ふざけているのだとしか思わなかったけれど。その裏で、そんなことを考えていたんだな。
「……ロウラン。結婚だとかなんだは、一旦置いておくとして。さっきフランが言ったこと、覚えてるか」
「……ダーリンは、こんなことじゃ、アタシを捨てないって」
「ああ。一度失敗したくらいで、仲間を見捨てるわけないだろ。むしろ、そんな風に思われてる方が悲しいよ」
「う……ごめんなさい……」
「謝るなって。それにみんなだって、ロウランのこと仲間だって認めてるんだ。だから、そんなにビクビクしないでくれよ。みんなもう、ロウランのことを愛してるよ」
ロウランは、涙に濡れた瞳を見開いた。隣でウィルが、優しく微笑んでいる。
「アタシ……あたし……」
ロウランの目から、涙がはらはらとこぼれだす。と、なぜかフランがこっちにやって来て、俺をひょいと抱き上げた。目を白黒させる俺をよそに、フランは俺を、ロウランの目の前に下ろした。
「ふ、フラン?」
「……まあ、こんな時くらいは、ね」
どういう意味だ……?すると、おずおずと、ロウランが俺の服の端を握る。ああ、そういうことか……
俺は腕を広げて、ロウランの体を包んだ。ロウランは子どものような、あーん、あーんと、それはそれは大きな声で、泣いた。
つづく
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