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16章 奪われた姫君

13-1 闇夜の使者

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13-1 闇夜の使者

「ったく、面倒掛けやがってよぉ……」

「ごめんねぇ、桜下くん」

「あいや、みことに言ったんじゃないから」

俺はしゅんとうなだれた尊に、慌ててかぶりを振る。しかし……

「はぁ。ったく、デュアンのやつめ。人騒がせな」

さっきまで焚火を囲んでいた俺たちは、そろそろお開きにしようかということで、めいめいがそれぞれのキャンプ地へと戻ろうとしていた。が、なぜか戻ったはずの尊が、はぁはぁと息を切らして、俺たちを追いかけてきたのだ。

「ま、まってぇ、桜下くぅーん!ちょ、ちょっとまって……」

「尊?なんだ、どうしたんだよ。なんか忘れもんか?」

「はぁ、はぁ……うん。そんなところ。忘れ物というか、迷子というか……」

「迷子?」

「それが、デュアンくんがまだ帰ってこないんだよ。お酒飲んで、どっか行っちゃったっきり」

「はあ?」

聞けば、弱いくせに勧められるまま、しこたま酒を煽ったデュアンは、泥酔してどこかにフラフラ行ってしまったらしい。もう夜も遅いのに、あまり陣営から離れたら危険だから、一緒に探してくれというのが、尊からのお願いだった。

「それで尊、このこと、三の国の人には?」

「ううん、まだ言ってない。あんまり大事にしたくなくて……」

「ま、だな。酒に酔って行方不明だなんて、バレたら大目玉だろ。しゃーない、何とかして見つけ出そう」

「ごめんねぇ。私、あっちの方を探してくるから。桜下くんたちは、こっちをお願い!」

そう言うと尊は、たたっと闇の中に走って行った。うーん、不安だ。探しに行った尊も迷子になったりしないだろうな?

「さて……俺たちも、手分けして探そうか」

「えー?面倒ねえ」

露骨に嫌そうな顔をするアルルカ。

「ほっといても、そのうち出てくんじゃないの?」

「まあ、そうかもだけど……じゃあ、お前は先に戻っててもいいや」

「あら、いいの?」

「ああ。そんなに遠くへは行ってないだろうし、みんなでぞろぞろしてたら、怪しまれるかもしれないからな。その代わり、ちゃんと留守番してろよ。ライラと」

「え?ライラも?」

ライラは自分の顔を指さすと、憤慨したように眉を寄せる。

「なんでライラも留守番なの!みんなと一緒に行く!」

「だってライラ、もう眠たいだろ?」

「う……そ、そんなことない」

いいや。さっきからこっくりこっくりやっていたのを、俺は見ている。

「デュアン一人のために、総出で探す必要もないだろ。先に休んでてくれよ」

「で、でも……」

ぐずるライラの肩に、ロウランがぽんと手を置く。

「なら、アタシも待ってようかな」

「へ?ロウランも?」

「うん。アタシも疲れちゃったし。これなら三三で、ちょうどいいでしょ?」

ロウランは俺にだけ見えるように、ぱちりとウィンクした。なるほど、一役買ってくれるようだ。

「そうだな。じゃあ、みんなは先に休んでてくれ。ライラ、留守番、頼んでいいな?」

「……わかったよ」

ちょっと拗ねた声だったが、ライラはうなずいてくれた。うん、それでいい。無理に付き合わせちゃ可哀そうだし、子どもはもう寝る時間だ。
ライラたち三人を見送ると、俺、フラン、ウィルの三人が残される。

「さて……ペアとしては、桜下さんとフランさんで、私が一人ですかね」

「うん。わたしが付いてないと、危なっかしいから」

「ですね。おもりはお任せします」

お前ら……言いたい放題だな。

「それでは、とっととあのバカを見つけちゃいましょう。ほんとに、みんなに迷惑かけて……」

ウィルはぶつぶつ言いながら、闇夜にふわりと飛んで行った。俺もフランと連れ立って歩き出す。

「しかし、デュアンのやつ……モンスターに襲われたりしてないだろうな」

「大きな物音はしなかったと思うから、大丈夫じゃない。その辺で寝てるんだよ」

「ちぇっ。案外朝までほっときゃ、自分で戻ってくるかもな」

まあしかし、そういうわけにも行くまい。野ざらしで寝て、朝になったら冷たくなっていました、じゃシャレにならないからな。
俺はアニを取り出すと、その光で足下を照らす。青白い光がぬかるんだ地面に反射し、生い茂った雑草が黒いシルエットとなって浮かび上がる。ふぅむ、あまり夜の散歩に適したロケーションじゃあないな。デュアンはどこまで行ったんだろう?

「さっきの話」

ん?フランが前を向いたまま、唐突に話し出した。

「敵が、こっちの力を探ってるってやつ」

「ああ、うん。それがどうした?」

「あの子が敵って、そう決めたの?」

お……っと。あの子って言うのは、あの狼みたいな女の子のことだろう。フランは、俺があの子を敵とみなすべきか悩んでいるのを、見抜いていたのか。

「……ああ。ずっとモンスターと共に行動してることと、今日の昼間の一件で、そう決めたよ。そうしないと、こっちが危ないってな」

「うん。わたしも、そう思う」

「けど一方で、より一層、話をしてみたくもなったよ。次襲ってきたら、あの子をふんじばって捕まえられないかな?」

「……」

じとーっとした半目で、フランが俺を睨む。

「な、なんだその目は。変な意味じゃないって。だって、気になるだろ?俺たちに攻撃してくるのに、あえて殺さないように手加減してくる理由。一体何考えてんだか……」

「うん。それは、わたしも気になる。もしも、罠とかだったら……」

「だよな。まあ幸い、向こうは勝手に手加減してくれるんだ。うまくいけば、そんなに手荒なことはせずとも、話ができるかもしれないぜ。いくら魔王の仲間とは言え、小さな女の子に手荒なことはしたくないしな……」

「ふぅん。相変わらず、君は甘いねえ」

な!?今のはフランの返事じゃない。闇夜の向こうから聞こえてきた声だ。フランは即座に俺を後ろに下がらせ、自分は前に出た。辺りを見渡す。

「誰だ!」

「大きな声は出さないほうがいいんじゃない?ほら、もうみんな寝てるだろ」

それは暗に、騒いで仲間を呼ぶなっていう警告か?

「ちっ、だったら姿を見せてみろ!大声じゃないと話せないだろうが!」

「……ふぅん。いいよ、それじゃ出てってあげようか」

背後で、草を踏む足音が聞こえた。俺とフランはばっと後ろを振り返る。
沼地の草をかき分けて、一人の人物がゆっくりと近づいてくる。そいつの輪郭は闇に溶け込み同化していたが、唯一顔だけが、アニの光を受けて銀色に輝いている。仮面が、光を反射しているのだ。

「てっ、てめえ……!」

「しーっ。静かに。誰か来たら面倒だろ?今夜は死体を作りたくないんだ」

そいつは口元に指を当てる仕草をする。俺はぐっと歯噛みした。歯の隙間から絞り出すように、唸る。

「クソが……なんでここにいるんだ。マスカレード……!」

仮面で顔を隠し、真っ黒なマントをすっぽりとかぶった男。あちこちの事件の裏で暗躍する危険人物。マスカレードが、俺たちの数メートル先に立っていた。
いつからそこにいたのか、さっぱり分からない。音を立てずに接近してきたのか、待ち伏せされていたのか……なんにしても、夜道で会いたくない人物ナンバーワンの野郎だ。俺もフランも緊張しながら、奴を鋭く睨む。

「やっほう、久しぶりだね」

「何しにきやがったんだ。俺と戦いに来たのか?」

「違うよ。んー、要件に入る前にさ。一つ約束してくれるかな?」

「はぁ?お前なんかと約束だと?」

「僕は今夜、君にだけ用があるんだ。だから余計な茶々は入れられたくない。その娘はもういいけど、他の連中は呼ばないこと。いいね?」

俺だけに用だと……?こいつはわざわざ、俺に会いに来たのか?

「……その条件を呑めば、こちらに手は出さないか?」

「いいよ。僕としても、ここでひと悶着起こす気はないんだ。君らをぶっ殺すのは簡単だけど、面倒だしね。スマートに行こうよ」

けっ、こいつの言う事なんて毛ほども信用できないが……今ここで、連合軍のみんなを攻撃されるとまずい。従うほか、ないか。

「……わかった。ただし、お前も約束を守れよ」

「はいはい。信用ないなぁ、大丈夫だって。君とお話ししたいだけなんだからさ。ほら、肩の力抜きなよ」

俺もフランも、石像のように強張ったまま、微動だにしなった。マスカレードはかくんと肩を落とすと、やれやれと首を振る。

「ま、いいけど。疲れるのは僕じゃないんだし」

「……とっとと要件に入れよ」

「そうするよ。さて、今夜君に言いたいのはこれだ。君、こんな連合軍なんて捨てて、僕の仲間にならないかい?」

なんだって?前回、シェオル島に現れた時にも、同じことを言っていたな。性懲りもなく、また勧誘に来たのか?

「そんなの、決まってる。答えは……」

「おっと、その前に。先に僕の話を聞いてもらおうか。返事はその後にしてくれよ」

「話、だと?」

「そ。答えるのはそれからでも遅くないだろ?」

遅いも早いも関係ない、俺はノー以外言うつもりはないが……まあいい、奴が勝手に話すなら聞いてやろう。こいつに関しては、情報が少なすぎる。訊き出せる機会は逃すべきじゃないだろう。

「なんだ、その話って」

「この、戦争についての話だよ」

戦争?魔王との戦いについて、こいつ、何を知っているんだ。

「君、やっぱりこの戦いに参加したんだね。王の要請があったかい?」

「違う。頼まれたから、協力を申し出たんだ。城の知り合いたちからな」

「同じことだろう。結局は勇者として、王国の手先に成り下がったってことじゃないか」

「だから、違うっつってんだろ。俺たちはどの国にも属さない、第三勢力として加勢したんだ。国の連中もそれを認めた」

マスカレードはしばらく黙った。おそらく仮面の下では、ぽかんと口を開けているんだろう。

「……国の味方をするんなら、それはもう第三勢力とは言わないんじゃないかい?」

「んなっ。ぐ、い、いいんだよ!国でも魔王でもないって意味で、第三なんだから」

「そうかい。クク、キキキキッ!いやぁ、第三勢力か。やっぱり君、面白いねぇ」

ふん。テメーに言われても、ちっとも嬉しかねぇや。

「でもそれなら、僕らは相性がいいと思わないかい?」

「なにぃ?」

「だってほら、僕だって第三勢力みたいなもんじゃないか。どの国にも属してない、独立した勢力だよ」

「何言ってんだ。お前、魔王軍と繋がりがあるんじゃないのか?」

この戦争の開戦を、いち早く報せてきたのはマスカレードだ。それはすなわち、二者の間に繋がりがあるからだと思っていたんだが。マスカレードは、非難めいた声を出した。

「はぁ?だったらわざわざ、こうやって穏便に訪ねてくるわけないだろ。こんな絶好の機会にさ」

「あ……」

た、確かに。魔王の味方なら、俺たちをすぐさま攻撃しないのは変か。俺たちは誰一人、こいつの接近に気付いていなかったんだから。

「僕はあくまで個人的に、君に興味があるんだよ。理解したかい?それとも、立ったまま眠っているのかな」

「くっ……ちっ、わかったわかった。けど、もう一方はわかんねぇな。なんでそんなに俺にこだわる?」

こいつがこんな面倒をしてまで、俺に会いに来る意味が分からない。仮に勇者の力が欲しいのだとしたら、俺よりクラークの方が優良物件のはずだ。尊だって、二つの属性魔法が使えるわけだし。

「なんだ、それだって分かり切ったことじゃないか。君が、第三勢力を志しているからに決まってるだろ」

「……どういう意味だ?」

「わかんないかなぁ。国にいいように使われる、脳みそ空っぽの思考停止勇者なんていらないって意味だよ。特にあの、金色の石頭にはね」

金色……っていうと、クラークか。

「まああいつなら、お前の提案に乗る可能性はゼロパーセントだろうな」

「だろ?その分君には見込みがある。柔軟な思考と、型に囚われない破天荒さが備わっているからね」

「ちっ、どうも。だがな、忘れちゃないか?前に一度、お返事差し上げたかと存じますがね?」

「もちろん覚えているとも。けど、これから話すことを聞けば、僕は君が考えを変える可能性は大いにあると踏んだんだ」

……今までの話は、全部前振りか。するとマスカレードは、それに、と付け加えた。

「個人的にも、ちょっとした事情があってね。というのも、こうして君とおしゃべりするのも、これが最後になるだろうからさ」

「最後、だと?」

「そうだ。君とこうして話すのは、これで最後。……次に会う時は、君を殺す時だろうさ」

仮面の下で、マスカレードがくつくつと笑った。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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