じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

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16章 奪われた姫君

15-4

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15-4

ライラの詠唱は、ささやくようにかすかな声で、何度も同じフレーズを繰り返しているように聞こえた。だがよく聞けば、同じフレーズは一つとしてないことが分かる。俺はまるで、寄せては返す波の音のようだと思った。
ライラが詠唱をする間、ハイワイバーンはぐるぐると上空を旋回している。あいつの次のブレスがいつ準備完了するのか、誰にも分からない。俺はその兆候を見逃さないよう、奴の胸にある球状の器官に目を凝らした。

「おい、お前たち!」

うん、誰だ?こっちは監視で忙しいのに。ダカダカと馬を寄せてきたのは、エドガーだった。

「あの化け物への対抗手段は、あるんだろうな!?」

「ああ、今やってるところだ!」

背中のライラに目をやると、エドガーは二、三度うなずいた。

「よし。ところであの怪物だが、間違いないぞ」

「ああ、ワイバーンだって言いたいんだろ?」

「なに?違う!あいつが、城をあんなにしくさったんだ!」

え?あっ、ハイワイバーンのブレスか!確かにさっきのブレスを見た後なら、王城の大部分をぶっ飛ばしたってのにも納得できる。

「そうか、確かに空からなら、気付かれずに攻撃もできるな……」

「その通りだ。あんな羽ビラビラトカゲなんぞに、二度もしてやられるわけにはいかん!必ず奴を倒すのだ!」

念を押さずとも、元からそのつもりだ。そうでもしないと、俺たちはここで全員黒焦げだからな。
ライラの呪文は、いよいよ大締めに入っていた。なぜ分かるかって、ライラから迸る魔力で、周囲が青く色付いて見えるからだ。さらにライラ自身も、ひやりと冷たくなっている。背中に冷蔵庫を背負っているみたいだ。
だがそれは、ハイワイバーンの準備も進んでいることを示している。奴の球状の器官が、まぶしく光り始めた。心なしか、さっきよりも膨らんでいるような気もする。次のブレスまで、もう間もなく……

「来るぞ!」

クラークが鋭く叫んだ。まさにその瞬間、ハイワイバーンの胸元の球が、ぶわーっと膨らんだ。それが一気にしぼむと、ワイバーンの口から真っ青に燃えるブレスが吐き出される。

「ハイドランジア!」

それに応じるように、ライラが呪文を唱えた。
ザァッ……足下を、巨大な魚が泳ぎ去ったような感覚。次の瞬間、ズドドドドド!大地が裂け、そこから鉄砲水のように、透明な水柱が噴き上がった。一本二本じゃない、あちこちから、無数に立ち昇っている。水の柱は生き物のようにうねると、先端ががぱっと割れて、竜のあぎとのようになった。

(この魔法は!)

かつて老魔導士が俺たちにけしかけた、水属性の最大魔法だ!あの魔法を、ライラも使うことができたなんて!

「いけーっ!」

ライラの掛け声と共に、水の竜たちが一斉にブレスへ向かっていく。はじめの一頭がブレスに触れた。ズパァン!水竜は一瞬で弾け飛び、白いもやになってしまった。う、嘘だろ!あのブレス、どれだけ高温なんだ!?
だが、水の竜は一頭ではない。次々にブレスへ飛び込んでいく。青い火球が、竜を蒸発させるたびに少しずつ小さくなっていくのを、俺ははっきり見た。
そしてついに、最後の一頭となった水竜が、体を大きくねじりながらブレスに突撃した。水竜は消し飛んだ仲間たちの仇だと言わんばかりに、大きく口を開くと、初めよりずいぶん小さくなった火球を飲み込んだ。
ドパァーーン!
真っ白な水蒸気が、放射状に飛び散った。最後の水竜も消えてしまった。だが、ハイワイバーンのブレスも消えた。ライラの魔法が、奴のブレスを相殺したんだ!

「まだだよ!まだ、終わりじゃない!」

え?ライラが俺の両脇から、腕を突き出している。空をもうもうと覆っていた水蒸気が、急に渦を巻き始めた。白い蒸気は細長く伸び、まっすぐハイワイバーンへと向かっていく。あれは、まさか……蒸気の、竜?

「これでも、くらえーーー!」

水蒸気竜の一撃が、ハイワイバーンをはっきりと捕らえた。真っ白な牙に食いつかれたまま、ハイワイバーンは後方にぶっ飛ばされた。

「う、わ。ライラ、今のは……」

「はぁ、はぁ……なんとか、一発当ててやったよ。でも、威力はほとんどないと思う。ただの煙のかたまりだから」

それでも十分凄いと思うが……あの老魔導士でさえ、水竜を操る所までしか行けなかったんだ。ライラはそのさらに先、蒸気となった後でも、再び竜の姿に戻して見せたのだから。この子の才能は、一体どこまで伸びるのだろう……

「いいぞ!これで奴のブレスを、二度も防いだ!」

クラークは上機嫌に叫んだ。だがすぐに、ぎゃっという悲鳴を上げる。

「あいつ!三発目を撃とうとしてる!」

なに!?だって、二発目を撃ったばかりじゃ……だが確かに、蒸気竜に吹き飛ばされたハイワイバーンは、ブレスを撃つ体勢に入っていた。あの野郎、正気か!?ここで勝負を決める気なんだ!

「メイフライ、ヘーーーイズ!」

ぶわぁっ。目の前の景色が突然歪み、唐突に、騎馬の大群が現れた。クラークは大慌てで、馬の手綱を引いた。突然現れた大群と正面衝突すると思ったんだろう。背後からも、馬が急ブレーキをかける荒々しい蹄の音が聞こえてくる。だが俺は、妙な違和感を覚えていた。この騎馬隊、どこかで……?

「ん……これ!俺たちじゃないか!?」

「え?あ、ほ、本当だ!」

騎馬隊の先頭には、真っ白な白馬がいる。間違いない、これは俺たち自身だ!鏡写しのような俺たちの姿は、だが俺たちが立ち止まった後でも、走り続けている。それに、奇妙に揺らいでいるぞ……?
ズバンッ!目の前に映っていた俺たちの姿が突如乱れ、青い火の玉が、スクリーンを突き破るように飛び出してきた。

「うわっ!今のまさか、ブレスか!?」

「ああ、だけど狙いが……」

クラークの言った通り、ブレスは俺たちのはるか頭上を通り過ぎ、背後にそびえる岩山に激突した。グガガガーン!岩壁が崩れ、騒々しい音を立てる。ただ、さっきまでのブレスに比べたら、ずいぶん小さな爆発に思えた。

「な、なんとか、騙されてくれましたね……」

ウィル!ウィルがロッドを固く握ったまま、俺の隣にふわりと降りてきた。

「そうか、さっきのは、ウィルの蜃気楼か!」

「はい、そうです。私たちの姿を投影して、標的をずらしたんですよ。一か八かでしたが、うまくいってよかった……」

ウィルは安堵の大きなため息をついた。すごいぞ、これで俺たちは、奴のブレスを三度も防いだことになる。そうだ、あのワイバーンは?

「あれ?」

さっきまで飛んでいた、ハイワイバーンの姿が見当たらない。あれだけの巨体だ、見失うはずがないと思うんだけど。すると、ウィルに続いて、アルルカも空から降りてきた。

「どこ見てんのよ。上ばっか見てても意味ないわ」

「は?そりゃ、どういう……」

「落っこちてったのよ、あのトカゲ。三発目は、相当無理して撃ったみたいね」

なんだって?ハイワイバーンは、地面に落っこちたってことか?

(でも、そうか。クラークは、ワイバーンはブレスを吐くと飛べなくなると言ってたっけ)

あのハイワイバーンは、おそらく胸元の球の分、三回までブレスを吐けたんだ。ひょっとしたらそれ以上も行けたのかもしれないけど、ライラからの思わぬ反撃を喰らったせいで、冷静さを欠いたな。強引に三発目を連射したせいで、飛び続けることができなくなってしまったんだ。三回目の爆発がずいぶんしょぼかったのも、きっとそのせいだろう。

「それなら……やったぞ!これであのワイバーンを、やっつけたも同然だ!」

空も飛べず、ブレスも吐けないなら、でっかいトカゲと変わらない。ふうぅー、やばかったな。正直、かなりの強敵だった。
ハイワイバーンを退けた俺たちは、再び馬を走らせ始める。今度こそ、なんの妨害も受けずに、俺たちは無事に谷を抜けることができた。

「よーしよし!ここまで抜ければ、陣を広げるには十分だろう」

エドガーは上機嫌に声を張り上げ、隊を止めた。騎馬隊は谷を抜けた先の荒野に陣を構える。魔王軍の包囲は突破した。あとは、後ろから来る本隊に応じて、残党を叩き潰せばいいだけだ。
エドガーは何人かに見張りを命じて、残りは交代で休むよう命令を出した。俺たちの方が有利な状況になったわけだから、必要以上に神経を使う必要はないってことだ。体を休めて、来るべきに備えることが重要だ。
だったのだが……

「消えたぁ?」

翌日のことだった。早朝、谷の方から強い光が上がったという報告を受け、エドガーが調査に向かわせた騎士たちが持ち帰ってきたのは、魔王軍が一匹残らず消失したというニュースだった。

「はい……我々も困惑したのですが、確かに影すら見当たりません」

「どういうことだ?場所を移動したのではないのか?」

「その可能性は低いと、立哨に当たっていた者たちは考えています。当然夜通し敵軍の動きを監視していたのですが、動いた気配はなかったとのことです」

「ううむ……あれだけの魔物が動いて、物音一つ出んということはあるまい」

「我々もそう考え、なにかの魔術などで、地中を移動したのではとも考えました。しかし、ヤタガラスを使って上空から偵察をさせてもなお、魔王軍は見つかりませんでした」

「となると、私達の軍に挟まれることを恐れて、逃げ出したという事か……?」

「その可能性が高いと思われます。今朝の閃光も、転移魔法の光だと考えればつじつまが合いますし。周囲四千キュビットに敵軍がいないのは確かです」

エドガーと騎士の会話を傍らで聞いていた俺たちは、顔を見合わせた。魔王軍が逃げ出した?てことは、あの女の子も、ギガースも、ハイワイバーンもどっかに消えちまったってことか?

「やっぱり今回も、小手調べの一環だった、てことでしょうか」

ウィルはそう言ったものの、どこか納得していなさそうだった。

「それにしちゃ、ずいぶん気合入ってたけどな。それに今回も、えらいあっさりと退いてった……」

となると、あの女の子は、また俺たちの前に現れるのだろうか?回を追うごとに苛烈になっていく襲撃は、一体あと何度続くのだろう。俺は西の空を見上げて、想いを馳せた。



時間はさかのぼり、今朝の早朝。
ハイワイバーンの背に乗った少女、レーヴェは、息を深く吸い込むと、大声で吠えた。

「アオォォーーーン!」

レーヴェの遠吠えを聞いたハイワイバーンは、六枚の翼を羽ばたかせて、空へと舞い上がった。その足下には、ギガース、ライカンスロープ、ルーガルー、ヴィーヴルといった、魔王軍の構成員がひしめき、レーヴェとワイバーンを一心に見上げている。
レーヴェはそんな魔物たちを見下ろし、小さくうなずくと、腰元に括りつけた革袋から、丸めた羊皮紙を不器用に取り出した。

「えエっと、確カ……あレ?どうやるんだっケ……」

レーヴェは羊皮紙としばらく格闘してから、ようやくただそれを開けばいいのだと思い出した。破れんばかりの勢いでそれを開くと、パァーっと眩い光があたりを包み込む。それに呼応するように、ハイワイバーンも、周囲の魔物たちも光り輝き始めた。光はどんどん強くなり……
光が収まるころには、レーヴェとハイワイバーンは、全く別の空を飛んでいた。そこは、魔王城の眼前であった。

「すごイ……どうなってるんダ……?」

レーヴェには、今自分が使った道具の効果が分からなかった。とにかく、“キンキュウジ”にはこれを使いなさいと、ドルトヒェンから言いつけられていたのだ。それを使ったということは、すなわち今は“キンキュウジ”だと言うことになる。

「っ!いそゲ!ドルトが危なイ!」

レーヴェはペチペチと、ハイワイバーンの背を叩いた。ハイワイバーンは任せておけとばかりに一声吠えると、翼を力強く振り下ろし、魔王城へと飛び始めた……



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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