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17章 再開の約束
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魔王城ヘルズニルへの、最後の道のりが始まった。
と言っても、橋その物の傾斜は、割となだらかで登りやすい。幅は決して広くはないが、それでも物資を積んだ荷車が通れるくらいはあるわけだし、ここを登っている最中には攻撃されないそうだから、安全も確保されている。
(でもじゃあ、楽な道のりなのかというと……)
けど、何よりも、この高さ!山の尾根よりも高い所にいるせいで、空気が薄く、一歩一歩踏み出すのもしんどい。高所特有の冷たい風が、びゅうびゅうと吹きつけるたびに、俺はフラフラと押し倒されそうになった。おかしい、そこまで強い風じゃないはずなのに……
(平均台、だな……ここは)
狭い足場にいると、いつもより格段にバランスが取りにくくなる。同じ幅でも、地面に引かれた線と、高層ビルの間に渡された鉄骨とでは、渡りにくさは雲泥だ。それと同じ現象が、今まさに俺たちを襲っている。
魔王城へと伸びる、岩石の螺旋橋は、魔法によって宙に浮かんでいる。つまり、普通ならあるはずの橋脚も、支柱も存在しない。想像してみてくれ、凍った池の上の、薄い氷の上を進んでいくところを。踏んだ瞬間、そのまま足が抜けるんじゃないかっていう悪い想像が、どうしても頭から離れてくれない。
(くそ……昨日までの登山の方が、よっぽど楽に感じるぜ)
険しい雪山と、なだらかな石橋。歩きやすさは一目瞭然だっていうのに、心理的な要素でここまで違ってくるなんてな。やっぱり人間は、地に足着けてないと落ち着かない生き物なんだ。
「ふぅー……いっそ鳥だったら、一息に飛んで行けるのに」
「ふふふ。地べたを這いずる芋虫は、きれいな蝶に憧れるってね」
くっそ、アルルカがこれ見よがしに翼を羽ばたかせ、優雅に横を飛んでいる。ヴァンパイアは、地に足着かなくてもまったく気にならないらしい。
「ちっ、気楽でいいよな……羨ましいぜ」
「あら。じゃあ、あんたもヴァンパイアになってみる?」
そう言って、アルルカがマスクのすき間から、鋭い牙を覗かせた。
「あんまり同胞を増やしたくはないけど、あんたなら特別に、噛みついてあげるわよ?」
「けっ、いつも遠慮なく噛んでおきながら……ノーサンキューだ」
「ふんっ、そう言うと思った。でも、確かにこれは失策ね。あんたをヴァンパイアにするのは、あたしもイヤだわ」
「え?珍しいな、どういう風の吹き回しだ」
「だってそうでしょう。あんたは吸う側じゃなくて、吸われる側。こっちに来られても困るもの」
なっ、こ、コイツ!俺を食料としか見てねえ!
「あたし、あんたの変わらぬ健康と、健やかなることをなによりも祈ってるの。ほんとよ?だからいつまでも、元気でいてね?」
「ありがてーな……ありがたすぎて、涙が出てきそうだ」
アルルカはケタケタと笑い、仲間たちも堪えきれずにくすくす笑った。くそっ、本当に俺、みんなの主なんだよな?自信なくなってきたよ……
ぐるぐる、ぐるぐる。周囲の風景が何周しただろうか。見えるのは白い山の尾根と、白い雲と、薄水色の霞んだ空だけなので、正確な数は分からない。けど、十回以上は確実に回ったはずだ。
「あれ、おかしいな……この橋、そんなに長かったっけ?」
下から見た時は、この螺旋の橋は、途中で途切れてしまっていた。もうそこに到着してもよさそうな頃合いなのに。
『それはですね主様、上を見てください』
「ん?上?」
単純に上を見ても、橋の下側が見えるだけだ。なので俺は、螺旋の中心に寄って、吹き抜けから上を見上げた。
「お、ちょうど橋の途切れ目が……え?」
橋が途切れたところに、新たな岩石がくっついた。あの岩、一体どこから来た?盆地にあった全ての岩は、橋の一部になったはず……
「まさか……最後尾が崩れて、先頭にくっついてるのか?」
『ご明察です。先へ進めば、自動的に続きが作られていくのですよ』
そいつはまた、ずいぶん手の込んだことを……だがこれで、道が途切れる恐れは無くなった。後はもう、ひたすら登って行けばいい。
それから、たっぷり一時間は経っただろうか。ようやっと、螺旋の橋の終わりが見えてきた。
「おお……いつの間に、こんなに近くに」
俺は汗を拭うと、顔を上げた。気付けば、魔王の城がある浮島が、すぐ目の前まで迫ってきている。黒々、ゴツゴツとした岩肌が間近に見える。雲が近いせいか、岩は雨に濡れたような光沢を放っていた。
「いよいよ魔王とのご対面か……」
『いえ。おそらくは、それはもう少し先になるかと』
チリン、と小さな音で、アニが揺れた。
「え?おい、まさか。まだ道は長いってことか……?」
『物理的な距離は、今までほどは長くはないでしょう。しかし、城の玄関を開けてすぐに、魔王がいるわけはないじゃないですか』
「あ」
そらそうだ。ゲームなんかじゃ、魔王は城の一番てっぺんにいるのがお決まりだ。この世界はゲームじゃないけど、王がもっとも奥にいるのは理にかなっている。
『城内は、魔物の軍勢によって守備が固められているはずです。それらを突破して初めて、魔王の下に辿り着くことができるでしょう』
「そうか……なるほど、確かに物理的には遠くないけど、まだまだ時間は掛かりそうだな」
魔王軍の今までの動きは、はっきり言って、デタラメだった。襲撃を仕掛けたかと思えば即座に撤退したり、包囲したかと思えばあっさり引き上げたり。行き当たりばったりともとれるほどだ。だが、ここまで来たら、計略もクソもあったもんじゃない。本丸は目前。敵はここ一番とばかりに、死に物狂いで防衛してくるだろう。
「敵は……魔王軍は、どれくらいいるのかな」
『正確な数は分かりませんが……前回の決戦時は、魔物側の方がわずかに数は多かったようです』
「でも、人間側が魔王を追いつめたんだよな。それだけ勇者の力がすごかったってことか」
『そう言えますね。さらに、雑兵の他にも、ひときわ強い力を持つ三体の魔物……通称“三幹部”と呼ばれる存在がいることも確認されています』
「さ、三幹部?そんなのまでいんのか……」
あれ、でも三幹部のことは、どっかですでに聞いたことがあったな……どこだったか……
「あ、思い出した。アドリアに聞いた話だ」
「私を呼んだか?」
うおっ。俺は声が聞こえてきた方へ、勢いよく振り返った。俺たちの斜め後ろを、アドリアとクラーク、ミカエルの一行が歩いている。
「い、いつの間に?ていうかあんたら、一の国の軍隊にいなくていいのかよ?」
「なに、どうせここでは、戦闘は起こらんさ。それならどこにいようが自由だろう」
「まあ、そうかもしれないけど……」
「それより、興味深い話をしていたようだな。確か、魔王軍の三幹部についてだとか?」
アドリアは盗み聞きをちっとも隠さず、そんなことを言ってきた。クラークが眉間を押さえ、ミカエルは申し訳なさそうに縮こまっている。まあ、聞かれて困ることでもないし、べつにいいんだけど。
「そうだよ。あんたたしか、前にシェオル島で話してくれたよな?」
「うむ。魔王軍の三幹部と言えば、先の大戦において、ひときわ存在感を放っていた存在だからな。どうだ、お前たちさえよければ、その当時について話してやれるが?」
え?クラークはまた始まったとばかりに肩をすくめた。でも、どうせ黙々と登るだけの道のりだ。敵を知るためにも、耳を傾ける価値はありそうじゃないか。
「ぜひ、お願いするよ」
快諾すると、アドリアは満足げにうなずき、ゆっくりと語り始めた。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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と言っても、橋その物の傾斜は、割となだらかで登りやすい。幅は決して広くはないが、それでも物資を積んだ荷車が通れるくらいはあるわけだし、ここを登っている最中には攻撃されないそうだから、安全も確保されている。
(でもじゃあ、楽な道のりなのかというと……)
けど、何よりも、この高さ!山の尾根よりも高い所にいるせいで、空気が薄く、一歩一歩踏み出すのもしんどい。高所特有の冷たい風が、びゅうびゅうと吹きつけるたびに、俺はフラフラと押し倒されそうになった。おかしい、そこまで強い風じゃないはずなのに……
(平均台、だな……ここは)
狭い足場にいると、いつもより格段にバランスが取りにくくなる。同じ幅でも、地面に引かれた線と、高層ビルの間に渡された鉄骨とでは、渡りにくさは雲泥だ。それと同じ現象が、今まさに俺たちを襲っている。
魔王城へと伸びる、岩石の螺旋橋は、魔法によって宙に浮かんでいる。つまり、普通ならあるはずの橋脚も、支柱も存在しない。想像してみてくれ、凍った池の上の、薄い氷の上を進んでいくところを。踏んだ瞬間、そのまま足が抜けるんじゃないかっていう悪い想像が、どうしても頭から離れてくれない。
(くそ……昨日までの登山の方が、よっぽど楽に感じるぜ)
険しい雪山と、なだらかな石橋。歩きやすさは一目瞭然だっていうのに、心理的な要素でここまで違ってくるなんてな。やっぱり人間は、地に足着けてないと落ち着かない生き物なんだ。
「ふぅー……いっそ鳥だったら、一息に飛んで行けるのに」
「ふふふ。地べたを這いずる芋虫は、きれいな蝶に憧れるってね」
くっそ、アルルカがこれ見よがしに翼を羽ばたかせ、優雅に横を飛んでいる。ヴァンパイアは、地に足着かなくてもまったく気にならないらしい。
「ちっ、気楽でいいよな……羨ましいぜ」
「あら。じゃあ、あんたもヴァンパイアになってみる?」
そう言って、アルルカがマスクのすき間から、鋭い牙を覗かせた。
「あんまり同胞を増やしたくはないけど、あんたなら特別に、噛みついてあげるわよ?」
「けっ、いつも遠慮なく噛んでおきながら……ノーサンキューだ」
「ふんっ、そう言うと思った。でも、確かにこれは失策ね。あんたをヴァンパイアにするのは、あたしもイヤだわ」
「え?珍しいな、どういう風の吹き回しだ」
「だってそうでしょう。あんたは吸う側じゃなくて、吸われる側。こっちに来られても困るもの」
なっ、こ、コイツ!俺を食料としか見てねえ!
「あたし、あんたの変わらぬ健康と、健やかなることをなによりも祈ってるの。ほんとよ?だからいつまでも、元気でいてね?」
「ありがてーな……ありがたすぎて、涙が出てきそうだ」
アルルカはケタケタと笑い、仲間たちも堪えきれずにくすくす笑った。くそっ、本当に俺、みんなの主なんだよな?自信なくなってきたよ……
ぐるぐる、ぐるぐる。周囲の風景が何周しただろうか。見えるのは白い山の尾根と、白い雲と、薄水色の霞んだ空だけなので、正確な数は分からない。けど、十回以上は確実に回ったはずだ。
「あれ、おかしいな……この橋、そんなに長かったっけ?」
下から見た時は、この螺旋の橋は、途中で途切れてしまっていた。もうそこに到着してもよさそうな頃合いなのに。
『それはですね主様、上を見てください』
「ん?上?」
単純に上を見ても、橋の下側が見えるだけだ。なので俺は、螺旋の中心に寄って、吹き抜けから上を見上げた。
「お、ちょうど橋の途切れ目が……え?」
橋が途切れたところに、新たな岩石がくっついた。あの岩、一体どこから来た?盆地にあった全ての岩は、橋の一部になったはず……
「まさか……最後尾が崩れて、先頭にくっついてるのか?」
『ご明察です。先へ進めば、自動的に続きが作られていくのですよ』
そいつはまた、ずいぶん手の込んだことを……だがこれで、道が途切れる恐れは無くなった。後はもう、ひたすら登って行けばいい。
それから、たっぷり一時間は経っただろうか。ようやっと、螺旋の橋の終わりが見えてきた。
「おお……いつの間に、こんなに近くに」
俺は汗を拭うと、顔を上げた。気付けば、魔王の城がある浮島が、すぐ目の前まで迫ってきている。黒々、ゴツゴツとした岩肌が間近に見える。雲が近いせいか、岩は雨に濡れたような光沢を放っていた。
「いよいよ魔王とのご対面か……」
『いえ。おそらくは、それはもう少し先になるかと』
チリン、と小さな音で、アニが揺れた。
「え?おい、まさか。まだ道は長いってことか……?」
『物理的な距離は、今までほどは長くはないでしょう。しかし、城の玄関を開けてすぐに、魔王がいるわけはないじゃないですか』
「あ」
そらそうだ。ゲームなんかじゃ、魔王は城の一番てっぺんにいるのがお決まりだ。この世界はゲームじゃないけど、王がもっとも奥にいるのは理にかなっている。
『城内は、魔物の軍勢によって守備が固められているはずです。それらを突破して初めて、魔王の下に辿り着くことができるでしょう』
「そうか……なるほど、確かに物理的には遠くないけど、まだまだ時間は掛かりそうだな」
魔王軍の今までの動きは、はっきり言って、デタラメだった。襲撃を仕掛けたかと思えば即座に撤退したり、包囲したかと思えばあっさり引き上げたり。行き当たりばったりともとれるほどだ。だが、ここまで来たら、計略もクソもあったもんじゃない。本丸は目前。敵はここ一番とばかりに、死に物狂いで防衛してくるだろう。
「敵は……魔王軍は、どれくらいいるのかな」
『正確な数は分かりませんが……前回の決戦時は、魔物側の方がわずかに数は多かったようです』
「でも、人間側が魔王を追いつめたんだよな。それだけ勇者の力がすごかったってことか」
『そう言えますね。さらに、雑兵の他にも、ひときわ強い力を持つ三体の魔物……通称“三幹部”と呼ばれる存在がいることも確認されています』
「さ、三幹部?そんなのまでいんのか……」
あれ、でも三幹部のことは、どっかですでに聞いたことがあったな……どこだったか……
「あ、思い出した。アドリアに聞いた話だ」
「私を呼んだか?」
うおっ。俺は声が聞こえてきた方へ、勢いよく振り返った。俺たちの斜め後ろを、アドリアとクラーク、ミカエルの一行が歩いている。
「い、いつの間に?ていうかあんたら、一の国の軍隊にいなくていいのかよ?」
「なに、どうせここでは、戦闘は起こらんさ。それならどこにいようが自由だろう」
「まあ、そうかもしれないけど……」
「それより、興味深い話をしていたようだな。確か、魔王軍の三幹部についてだとか?」
アドリアは盗み聞きをちっとも隠さず、そんなことを言ってきた。クラークが眉間を押さえ、ミカエルは申し訳なさそうに縮こまっている。まあ、聞かれて困ることでもないし、べつにいいんだけど。
「そうだよ。あんたたしか、前にシェオル島で話してくれたよな?」
「うむ。魔王軍の三幹部と言えば、先の大戦において、ひときわ存在感を放っていた存在だからな。どうだ、お前たちさえよければ、その当時について話してやれるが?」
え?クラークはまた始まったとばかりに肩をすくめた。でも、どうせ黙々と登るだけの道のりだ。敵を知るためにも、耳を傾ける価値はありそうじゃないか。
「ぜひ、お願いするよ」
快諾すると、アドリアは満足げにうなずき、ゆっくりと語り始めた。
つづく
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