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17章 再開の約束
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「……とまあ、こんな風に、ファーストたちはドラゴンを圧倒して見せたのだ。無事にムシュフシュを討伐した連合軍は、魔王の城へと乗り込み、そこで三幹部最後の魔人、ロードデーモンと戦ったという。その後どうなったかは、前にも話した通りだ」
すごい……話を聞くだけでも、かつての勇者の圧倒的な力が伝わってくる。巨大なドラゴンを、赤子の手をひねるように屠ってしまうなんて。
「でも……ちょっと腑に落ちないところもあるな」
「腑に落ちない?」
アドリアが意外そうな顔でこっちを見る。
「ああ。その、ムシュフシュってドラゴンさ。そいつは、しきりに人間を汚い奴らだって言ってただろ。なんでそこまで、人間を恨んでたのかな」
「敵を恨むのに、理由がいるのか?偉大なるドラゴン様からしたら、自分のナワバリを這いまわる人間たちは、ハエやアリのように見えたのだろう」
「だけど、今の話を聞く限りだと、人間が先に仕掛けたみたいだったじゃないか?」
話の中のムシュフシュは、まるで人間たちこそ悪であり、卑劣な存在だと言わんばかりだった。アドリアは投げやりに首を横に振る。
「被害妄想というやつは、人間でも魔物でも同じなのさ。仮にそうじゃなかったとしても、真意のほどは、実際に訊いてみる以外に確かめようがないな。答えてくれるかは分からんが」
「え、その言い方だと、今でも質問できるみたいだけど……?」
「ドラゴンを討伐して、そのままにするわけがないだろう。竜の素材は、余すことなく魔術の資源になるんだぞ。ムシュフシュの遺骸は解体され、一の国へと持ち帰られた。かの竜の骨は今でも、どこだかの町に戦利品として展示されていたはずだ」
へえ、竜の骨を見ることができるのか。俺はフランと出会った森で見た、巨大な竜の骸の牙を思い出した。あんなでかいもの、持って帰るのはさぞ大変だっただろう。ところで、ちゃんと安全に管理されているんだろうな?町が魔境みたいになるなんてこと、ないといいけれど。
「だけど、アドリア」
するとそこに、クラークが割って入ってきた。
「今話してくれたのは、過去の話だよね。でもそれなら、今回の戦争でも、その三幹部とやらがいるってことになるのかい?」
「ああ、そうなるだろうな。桜下たちもちょうど、そんなことを話していたのだろう?」
俺がそうだと言うと、クラークは納得したように数度うなずいた。
「それなら、僕と同じことを考えたわけだ。つまり、僕らもまた、ドラゴンと戦うことになるのか、ってね」
ドラゴンと戦うと聞いて、気弱なミカエルはひっと息をのんだ。俺だって、あまり気が進まない。俺はファーストのように青いかみなりを呼び出せるわけでも、ましてやセカンドのように、竜の鱗すら貫く魔法が使えるわけでもないから。
「そこだな、問題は。さて、あちらがどうなっているのかは、さすがに私でもわからん。実際に戦ってみるほかないだろう」
そうかい、とクラークが肩を落としたその時、俺の胸元で、アニがちりんと揺れた。
『ですがそれらモンスターは、前回の決戦時に、全て勇者によって討伐されています』
「うん?アニ、そりゃ分ってるけど」
『つまりこれらは、過去の話なのです。全ての三幹部は倒され、仮に再結集されたとしても、前回ほど強力な魔物が配備されることはないでしょう』
「ほんとか?アニ、今は現実から目を逸らしても、なんともならないぜ?」
『いえ、憶測ではありません。先にあげたようなモンスターは、個体数が非常に少ないのです。考えても見てください、それほど強いモンスターが多数いたのなら、勇者と言えど敵わなかったでしょう』
「お……」
なるほど、確かに。なにも三幹部と言わず、百幹部にでもしとけば、魔王軍は圧勝だっただろう。そうできなかったからこそ、今に至るわけだ。
『先の大戦から十六年あまり。この短いスパンでは、同じメンツを揃えることはまず不可能でしょう』
「十六年と言えば、僕らの一生よりも長いのだけれどね」
クラークは苦笑したが、すぐに気を取り直した。
「それなら、少なくとも敵は、前回から弱体化しているんだね。それなら、何とかなりそうだ」
クラークの言葉に、ミカエルも勇気づけられたみたいだ。さっきよりも顔色がよくなっている。俺は感謝を込めて、ガラスの鈴を優しく撫でた。
「そっか。うん、それなら安心だ。ありがとな、アニ」
『いえ。お役に立てたなら何よりです』
「へへへ。魔王三幹部なんつっても、大したことなさそうじゃないか。なんだったら、俺でもどうにかできたりしてな」
「ほほう。そいつぁ、舐められたもんだな」
なに!?声は、真横から聞こえてきた。ありえないだろ!俺の横ってのはつまり、橋の外側。空中だ!
「誰だ!?」
「桜下、気を付けろ!」
クラークが叫ぶと、空の一角を指さした。誰かが、宙に浮かんでいる!
そいつは、一見すると人のようだったが、頭部は鳥の頭蓋骨そっくりだった。そして何より、空中に完全に静止している。見えない床の上に立っているみたいだ。俺は瞬時に、こいつは人ならざる存在だと理解した。
「魔王軍だ!みんな、気を付け……」
「その言葉、あの世で後悔しても知らないぜ?」
あまりに突然の出来事に、俺たちは完全に虚を突かれ、まったく反応することができなかった。フランがいち早く立ち直り、髪をひるがえして駆け出したが、それよりもはるかに早く、敵は動いた。
鳥骨頭は、パンッ!と手を叩いた。次の瞬間……
「え」
それは、実に静かだった。ガラガラと崩れるような音も、ズズズと沈む音もしない。今の今まで、重力という言葉を忘れていて、そしてふいに思い出したかのように。
静かに、足下の橋が崩れ去った。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「……とまあ、こんな風に、ファーストたちはドラゴンを圧倒して見せたのだ。無事にムシュフシュを討伐した連合軍は、魔王の城へと乗り込み、そこで三幹部最後の魔人、ロードデーモンと戦ったという。その後どうなったかは、前にも話した通りだ」
すごい……話を聞くだけでも、かつての勇者の圧倒的な力が伝わってくる。巨大なドラゴンを、赤子の手をひねるように屠ってしまうなんて。
「でも……ちょっと腑に落ちないところもあるな」
「腑に落ちない?」
アドリアが意外そうな顔でこっちを見る。
「ああ。その、ムシュフシュってドラゴンさ。そいつは、しきりに人間を汚い奴らだって言ってただろ。なんでそこまで、人間を恨んでたのかな」
「敵を恨むのに、理由がいるのか?偉大なるドラゴン様からしたら、自分のナワバリを這いまわる人間たちは、ハエやアリのように見えたのだろう」
「だけど、今の話を聞く限りだと、人間が先に仕掛けたみたいだったじゃないか?」
話の中のムシュフシュは、まるで人間たちこそ悪であり、卑劣な存在だと言わんばかりだった。アドリアは投げやりに首を横に振る。
「被害妄想というやつは、人間でも魔物でも同じなのさ。仮にそうじゃなかったとしても、真意のほどは、実際に訊いてみる以外に確かめようがないな。答えてくれるかは分からんが」
「え、その言い方だと、今でも質問できるみたいだけど……?」
「ドラゴンを討伐して、そのままにするわけがないだろう。竜の素材は、余すことなく魔術の資源になるんだぞ。ムシュフシュの遺骸は解体され、一の国へと持ち帰られた。かの竜の骨は今でも、どこだかの町に戦利品として展示されていたはずだ」
へえ、竜の骨を見ることができるのか。俺はフランと出会った森で見た、巨大な竜の骸の牙を思い出した。あんなでかいもの、持って帰るのはさぞ大変だっただろう。ところで、ちゃんと安全に管理されているんだろうな?町が魔境みたいになるなんてこと、ないといいけれど。
「だけど、アドリア」
するとそこに、クラークが割って入ってきた。
「今話してくれたのは、過去の話だよね。でもそれなら、今回の戦争でも、その三幹部とやらがいるってことになるのかい?」
「ああ、そうなるだろうな。桜下たちもちょうど、そんなことを話していたのだろう?」
俺がそうだと言うと、クラークは納得したように数度うなずいた。
「それなら、僕と同じことを考えたわけだ。つまり、僕らもまた、ドラゴンと戦うことになるのか、ってね」
ドラゴンと戦うと聞いて、気弱なミカエルはひっと息をのんだ。俺だって、あまり気が進まない。俺はファーストのように青いかみなりを呼び出せるわけでも、ましてやセカンドのように、竜の鱗すら貫く魔法が使えるわけでもないから。
「そこだな、問題は。さて、あちらがどうなっているのかは、さすがに私でもわからん。実際に戦ってみるほかないだろう」
そうかい、とクラークが肩を落としたその時、俺の胸元で、アニがちりんと揺れた。
『ですがそれらモンスターは、前回の決戦時に、全て勇者によって討伐されています』
「うん?アニ、そりゃ分ってるけど」
『つまりこれらは、過去の話なのです。全ての三幹部は倒され、仮に再結集されたとしても、前回ほど強力な魔物が配備されることはないでしょう』
「ほんとか?アニ、今は現実から目を逸らしても、なんともならないぜ?」
『いえ、憶測ではありません。先にあげたようなモンスターは、個体数が非常に少ないのです。考えても見てください、それほど強いモンスターが多数いたのなら、勇者と言えど敵わなかったでしょう』
「お……」
なるほど、確かに。なにも三幹部と言わず、百幹部にでもしとけば、魔王軍は圧勝だっただろう。そうできなかったからこそ、今に至るわけだ。
『先の大戦から十六年あまり。この短いスパンでは、同じメンツを揃えることはまず不可能でしょう』
「十六年と言えば、僕らの一生よりも長いのだけれどね」
クラークは苦笑したが、すぐに気を取り直した。
「それなら、少なくとも敵は、前回から弱体化しているんだね。それなら、何とかなりそうだ」
クラークの言葉に、ミカエルも勇気づけられたみたいだ。さっきよりも顔色がよくなっている。俺は感謝を込めて、ガラスの鈴を優しく撫でた。
「そっか。うん、それなら安心だ。ありがとな、アニ」
『いえ。お役に立てたなら何よりです』
「へへへ。魔王三幹部なんつっても、大したことなさそうじゃないか。なんだったら、俺でもどうにかできたりしてな」
「ほほう。そいつぁ、舐められたもんだな」
なに!?声は、真横から聞こえてきた。ありえないだろ!俺の横ってのはつまり、橋の外側。空中だ!
「誰だ!?」
「桜下、気を付けろ!」
クラークが叫ぶと、空の一角を指さした。誰かが、宙に浮かんでいる!
そいつは、一見すると人のようだったが、頭部は鳥の頭蓋骨そっくりだった。そして何より、空中に完全に静止している。見えない床の上に立っているみたいだ。俺は瞬時に、こいつは人ならざる存在だと理解した。
「魔王軍だ!みんな、気を付け……」
「その言葉、あの世で後悔しても知らないぜ?」
あまりに突然の出来事に、俺たちは完全に虚を突かれ、まったく反応することができなかった。フランがいち早く立ち直り、髪をひるがえして駆け出したが、それよりもはるかに早く、敵は動いた。
鳥骨頭は、パンッ!と手を叩いた。次の瞬間……
「え」
それは、実に静かだった。ガラガラと崩れるような音も、ズズズと沈む音もしない。今の今まで、重力という言葉を忘れていて、そしてふいに思い出したかのように。
静かに、足下の橋が崩れ去った。
つづく
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