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17章 再開の約束

5-1 崩壊する塔

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5-1 崩壊する塔

「くぉっ……!」

あまりにも一瞬の出来事過ぎて、叫ぶこともままならない。
足元の橋が静かに崩れ、まっすぐ地面へと落下していく。崩壊と言う表現よりは、高速巻き戻しロールバックといったほうが正確だろうな。衝撃も爆発もないのだから、破壊という印象は薄い。ただし、それらはこの状況では、極めてどうでもいい事だった。
重要なのは、俺の体は一瞬宙に浮き、そして次の瞬間には、勢いよく地面へと吸い寄せられ始めたということだ!

「う……うわああああああ!」

引力を実感し、俺はようやく叫ぶことができた。たったそれだけでも、大したものじゃないか?周りの兵士たちは、ろくに悲鳴すら上げられずにいる。それでも次第に、ぽつぽつと絞り出すような声が聞こえてきた。

「ぎゃああああああ……」
「誰か……助け……」

悪夢のような光景だ。
空中を、大量の人間が舞っている。白い山と灰色の空を背景に、人たちが各々の恐怖の表情を浮かべ、落ち葉のように降りそそいでいる。鳥と違って、ただ成すすべなく落ちていくしかない、落ち葉たち……
俺たち人類連合軍の、その全軍が、今や風前の灯火だ。このままいけば、あと数十秒ほどで、俺たちは人だった肉塊へと成り果てるだろう。心臓が、どくどくと脈打っている。俺にはそれが、死までのカウントダウンに聞こえている。あと何度、俺の心臓は鼓動をするんだ……

(はっ。そうだ、みんなは……仲間は、どこだ?)

宙を舞う俺の体は、天地無用にかき回されていた。方向感覚が狂い、仲間がどこにいるのか、もう分らない。荒れ狂う風で、目を開けるのもやっとだ。

(こんなにも……こんなにもあっけなく、俺たちは全滅するのか?)

激しい戦闘も、大群同士のぶつかり合いもない。一体の魔物が、手を叩いただけだ。たったこれだけで、人類の総戦力が敗れ去るのか?俺も、クラークも、尊も死に、後には何も残らない。ただ、死ぬことのないアンデッドである、仲間たちだけが取り残される……俺やみんなの、血と肉の海の中で……

「ぅだんじゃ……ねえぞ!」

ちくしょう!そんなエンディング、くそくらえ!俺はこんなところじゃ、まだ死ねない!
その瞬間、俺の視界が急にクリアになった。いや、今までが、目の前をきちんと見られていなかっただけだ。現実を受け止めたことで、ちゃんと前が見えるようになったんだ。
視界が戻ってくると、真っ先に飛び込んできたのが、真っ赤な瞳だった。フランだ!フランは銀色の髪をバタバタとはためかせていた。彼女はあの土壇場にも、俺の側に来てくれていたんだ。この状況では彼女も成すすべがないが、それでもじっと、俺を見つめている。俺を心の底から信じ、そして諦めるな、と呼びかけている。

「そうだ……俺はまだ、死んでない!」

「その通りよ!」

シャアアー!黒い影が空を裂き、俺へと急接近してくる。俺はそちらを見ずとも、それが何かわかった。

「アルルカ!」

俺が伸ばした腕を、アルルカはしっかりと握った。そのまま翼を大きくはためかせ、ぐいっと俺を引き上げる。落とさないようにしっかりと腰を掴むと、彼女はすぐさま方向転換し、その場を離脱しようとした。

「待て、アルルカ!まだ駄目だ!」

「ふざけんな!もうこいつらは助からないわ!見捨てられないとか言ったら、ぶっ飛ばすわよ!」

「違う!まだ俺たちは、負けちゃいない!勝つためには、逃げちゃいけないんだ!」

「無理だってば!もう手は無いの!終わりよ!」

「違う!希望はまだ残ってる!ライラのとこに行ってくれ!」

「はぁ!?」

俺には確信があった。他の誰でもない、ライラが、全てのカギを握っている。だがそれでも、アルルカは渋っていた。

「無理よ、あいつでも!あいつの力量だとしても、これだけの数、どうしようもない!」

「頼む!俺を信じろ!」

俺は心の限り、叫んだ。もう時間がない。それでも俺は、怒鳴ったり、無理やり命令したりするよりも、アルルカの心に訴える方法を選んだ。彼女が俺を信じられないと言ったら、今度こそ本当に終わりだ。
アルルカは、ギリギリと音がするほど、歯を噛みしめた。そして首を横に振ると、ばさりと翼を振り下ろした。

「あああ、もうっ!もし失敗したら、ぶっ殺してやるから!」

そうがなると、アルルカは百八十度方向転換した。俺はこんな状況なのに、にやりと笑ってしまった。どのみち失敗したら、死は避けられないだろう。上等じゃないか。文字通り、命を懸けてやる!

アルルカは俺を抱えたまま、木の葉のように舞う兵士たちの間を、矢のように飛んだ。今はどうしようもないとは言え、恐怖に駆られる人たちを無視するのは辛い。人々は口々に助けを求め、闇雲に手を伸ばしている。その手のギリギリを、アルルカは潜り抜けた。もし掴まれたら、アウトだ。

「見つけた!」

赤毛が、バタバタと宙を舞っている。体の小さなライラは、他よりも高い位置に浮かんでいた。

「アルルカ!俺をあそこへ放れ!」

「ええ!?そんな……もおぉぉ!どうなっても知らないわよ!」

アルルカは俺の手を掴むと、体を回転させて勢いをつけ、ぶぅんと俺を投げ飛ばした。翼のない俺は、無様に手足をばたつかせながら飛んで行く。

「ライラー!」

俺が叫ぶと、ライラがこちらを向いた。はためく赤毛の中で、恐怖に見開かれた瞳が俺と合う。
俺は無我夢中で、ぐんぐん迫ってくるライラを、がしっと胸の中に抱き留めた。風でもみくちゃになりながらも、なんとか彼女の顔を覗き込む。

「お、桜下……」

ライラの顔は真っ青で、声はひどく震えていた。

「ど、ど、どうしよう。わかんないよ……ライラ、どうしたらいいの……?」

「ライラ、落ち着いて聞いてくれ。お前の力があれば、みんなを救えるんだ」

「無理、むりだよ……ライラのどんなまほーを使っても、こんなにたくさんの人を助けるなんて……」

俺は思わず驚いてしまった。魔法に関してはいつも偉そうなライラが、こんなにも気弱なところを見せるなんて。今のライラは、歳相応の、無力な子どもにしか見えなかった。
だが、それは違う、俺は、ライラが素晴らしい力を持っていることを知っている。それは単に、才能や、技術だけじゃない。ライラの奥底には、きっと彼女自身ですら気付いていない、光り輝く宝石が眠っている。
それが今、必要なんだ!

「いいや、できる」

「え……?」

「やってみせる。お前と、俺で」

「桜下、も……?」

ライラが戸惑った様子で、俺の目を見つめる。

「ああ。お前一人にはさせないさ。一緒にやろう」

俺は、ライラを抱きしめていた腕を緩めて、右手をライラの前へと持ってきた。

「ライラ。お前の、魂を貸してくれ。俺だけでも、お前だけでもダメなんだ。でも、二人なら、きっとやれる」

ライラは、俺が言いたいことが伝わったのか、目を大きく見開いた。

「……ライラ、どうすればいい?」

「俺を、信じてほしい。できるか?」

ライラは目をしばたくと、首を横に振った。

「できる、じゃない。ライラ、ずっと桜下のこと、信じてる。いまさらする必要なんてないくらい、心の底から、信じてる……!」

ライラ……俺は胸の奥から、ライラへの愛情があふれてくるのを感じた。だが今は、それに突き動かされている場合じゃない。この気持ちをそのまま、右手に込める!

「いくぞ!」

俺は右手を、ライラの胸の真ん中……すなわち、魂の上に重ねた。ライラがぎゅっと目をつぶる。とくん、とくんと、小さな、だがしっかりした鼓動を感じる。

「黄泉の岸辺にて出会いし二つの魂よ!今、ここに一つにならん!」

叫ぶ。

共鳴ともなけ!ディストーションソウル・レゾナンス!!」

パアアァァァァー!



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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