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17章 再開の約束
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うつろな目で、レーヴェは語る。その時のことがフラッシュバックしているようだ。
「レーヴェの仲間たちは、オレンジ色の液体に投げ込まれタ。その水は冷たいのに、触れると焼けるように焼けるように痛ム。仲間たちはヒメイを上げながら、その水の中に沈んでいっタ。だんだン、毛も、肉も、骨も、全てが崩れて、一つになっタ。そうして形を失ったあト、新たな姿に作り直していっタ……」
うっ……聞いているだけでも、もどしてしまいそうだ。胃のあたりがムカムカする。クラークを押さえていたミカエルは、すっかり青ざめ、口元をギュッと押さえている。とっくに手は離れていたが、クラークもさすがに暴れようとはしなかった。
「そうやって一匹ずつ、仲間たちは溶かされていっタ。レーヴェは一番最後だっタ。仲間たちが助けを呼んでいたのニ、レーヴェは何もできなかっタ。一匹ずつ減っていくのを、ただ見ていることしか……怖くて、足が震えて、前が見えなくなっタ。それで、レーヴェの番が来て……」
レーヴェはダラダラと冷や汗をかいている。まずい、これ以上喋らせたら危険だ。
「レーヴェ、もういい。ありがとう。辛いこと訊いて、悪かった」
フランは無言で立ち上がると、レーヴェの隣にそっと座った。ただそれだけだったが、人の存在が、レーヴェを落ち着かせたらしい。乱れた息を整えると、レーヴェは犬のようにぶるっと頭を振った。
「レーヴェたちは、そうやって生まれタ。いや、生まれ変わっタ。今いる魔王軍のほとんどは、レーヴェたちと同じダ」
「同じ?まさか、そのドルトってやつも?」
「そうダ。だが、新たな姿になれるものは、多くなかっタ。多くの魔物たちが、成り切れずに死んダ。レーヴェの足も腐ってダメになったんダ」
「……辛かったな」
レーヴェは首を横に振る。
「レーヴェはまだましダ。こうして、生きてるんだかラ。レーヴェの家族は、みな死んダ。ドルトは、適合率が高かったらしイ。だから三幹部になれたんダ」
「そうか……なら、ひょっとしてヴォルフガングも?」
「分からなイ。実験が始まるころには、すでにヴォルフガング様はあのお姿だっタ。元がどんなだったのカ、知っているのは魔王様くらいだと思ウ」
ヴォルフガングの姿は、人に近かった。もちろん頭は、まったく人じゃなかったけれど。やはりあいつも、人の姿に近づけられたんだろうか?
「でも、意味わかんないわ。なんでわざわざ人型にすんのよ?」
うん?声をあげたのは、アルルカだ。やつはショッキングな話にも顔色を変えず、むしろイラついているようにさえ見える。ヴァンパイアは人よりモンスターに近いから、感じ方が異なるのかもしれない。
「魔物には魔物の、最適な姿かたちがあるわ。人間に近づけても、かえって弱くなるだけよ。実例がまさに目の前にいるしね」
「こら、アルルカ!」
俺が叱っても、アルルカは気にも留めない。幸いレーヴェも、気を悪くした様子はなかった。
「強化するなら、まだ分かるわ。けど実際には、人型にするだけ。それに、その転換実験とやらは、相当成功率が低かった。なんでわざわざ自軍を減らすマネまでして、意味もない実験をするわけ?」
……あれ。確かに、その通りじゃないか?ショックのせいで鈍っていた頭が、少しずつ冴えていく。アルルカの言う通り、モンスターにはモンスターとしての姿がある。人間に鳥の翼をくっつけても飛べないのと同じだ。どうして魔王は、レーヴェたちを今の姿にしたんだ?
「レーヴェも、どうして人にしようとしたのかは知らなイ」
レーヴェは考えながら、慎重に口を開いた。隣でフランが、その様子を見守っている。
「でも、魔王様はニンゲンを集めたがってタ。だからかもしれなイ」
「人間を……?」
「そうダ。魔王様は、最初はニンゲンを集めて、その後は魔物をニンゲンにしようとしたんだ」
「なんだって?待ってくれ、その最初のやつってのは、まさか、攫ってきた人たちのことか?」
「うン。せかんどみにおん、っていうのも集めてたシ」
セカンドミニオン!俺と仲間たちは、目を丸くして見つめ合った。攫われた人の中に、奇妙にセカンドミニオンが多かったのは、やはり偶然じゃなかったのか!
「レーヴェ、魔王はどうしてセカンドミニオンを?」
「分からなイ。そいつらの血が、大事なんだって聞いたけド」
血……セカンドの血族、って意味か。そのうちの一人であるフランは、スッキリしない顔で呟いた。
「勇者ファーストが、セカンドミニオンを……」
「うおっほん!ごほん!」
クラークがわざとらしい咳払いで、フランを遮った。フランはイライラと舌打ちすると、言い直す。
「魔王!ファーストが!セカンドミニオンを集めてる。そいつが勇者ファーストと同一人物にしろ、違うにしろ、単なる気まぐれとは思えない。ファーストって名前と、セカンドって名前は、それだけ強い結びつきがあるでしょ」
ファースト……セカンドに裏切られ、殺されてしまった勇者。そいつの名を騙る誰かが、セカンドの子孫を集めている……
「……同窓会のために集めてる、とは、考えづらいよな」
「うん……今までは、人質のために攫われたんだと思ってたけど。こうなってくると……」
「そ、そんな!」
ウィルが白い顔をさらに白くして、俺とフランを見る。
「それじゃあ、ロア女王や、コルトさんは……?」
「……」
大丈夫、心配するな、と言ってやりたいが……気休めにもならないだろうな。俺たちが沈みきってしまったのを見て、レーヴェが不思議そうな顔をする。
「そのニンゲンたちのことが気になるのカ?なら心配ないゾ。あいつらは生きていル」
「え!ほ、ほんとか?」
レーヴェは当然だろうとばかりにうなずく。
「ドルトが、あいつらの世話役になっていたと言っただろウ。死人に世話は要らなイ」
「そ、そうか!」
俺たちはほっと胸をなで下ろした。だが、それも束の間の安心だった。
「たダ……レーヴェたちがあのソウチに入れられてからのことは、分からなイ。ドルトは、あいつらがいつまでも生きていられるとは思ってないみたいだっタ」
「え……」
「ドルトが言ってたんダ。あいつらは、手折られるために集められた花たちだ、ト」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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うつろな目で、レーヴェは語る。その時のことがフラッシュバックしているようだ。
「レーヴェの仲間たちは、オレンジ色の液体に投げ込まれタ。その水は冷たいのに、触れると焼けるように焼けるように痛ム。仲間たちはヒメイを上げながら、その水の中に沈んでいっタ。だんだン、毛も、肉も、骨も、全てが崩れて、一つになっタ。そうして形を失ったあト、新たな姿に作り直していっタ……」
うっ……聞いているだけでも、もどしてしまいそうだ。胃のあたりがムカムカする。クラークを押さえていたミカエルは、すっかり青ざめ、口元をギュッと押さえている。とっくに手は離れていたが、クラークもさすがに暴れようとはしなかった。
「そうやって一匹ずつ、仲間たちは溶かされていっタ。レーヴェは一番最後だっタ。仲間たちが助けを呼んでいたのニ、レーヴェは何もできなかっタ。一匹ずつ減っていくのを、ただ見ていることしか……怖くて、足が震えて、前が見えなくなっタ。それで、レーヴェの番が来て……」
レーヴェはダラダラと冷や汗をかいている。まずい、これ以上喋らせたら危険だ。
「レーヴェ、もういい。ありがとう。辛いこと訊いて、悪かった」
フランは無言で立ち上がると、レーヴェの隣にそっと座った。ただそれだけだったが、人の存在が、レーヴェを落ち着かせたらしい。乱れた息を整えると、レーヴェは犬のようにぶるっと頭を振った。
「レーヴェたちは、そうやって生まれタ。いや、生まれ変わっタ。今いる魔王軍のほとんどは、レーヴェたちと同じダ」
「同じ?まさか、そのドルトってやつも?」
「そうダ。だが、新たな姿になれるものは、多くなかっタ。多くの魔物たちが、成り切れずに死んダ。レーヴェの足も腐ってダメになったんダ」
「……辛かったな」
レーヴェは首を横に振る。
「レーヴェはまだましダ。こうして、生きてるんだかラ。レーヴェの家族は、みな死んダ。ドルトは、適合率が高かったらしイ。だから三幹部になれたんダ」
「そうか……なら、ひょっとしてヴォルフガングも?」
「分からなイ。実験が始まるころには、すでにヴォルフガング様はあのお姿だっタ。元がどんなだったのカ、知っているのは魔王様くらいだと思ウ」
ヴォルフガングの姿は、人に近かった。もちろん頭は、まったく人じゃなかったけれど。やはりあいつも、人の姿に近づけられたんだろうか?
「でも、意味わかんないわ。なんでわざわざ人型にすんのよ?」
うん?声をあげたのは、アルルカだ。やつはショッキングな話にも顔色を変えず、むしろイラついているようにさえ見える。ヴァンパイアは人よりモンスターに近いから、感じ方が異なるのかもしれない。
「魔物には魔物の、最適な姿かたちがあるわ。人間に近づけても、かえって弱くなるだけよ。実例がまさに目の前にいるしね」
「こら、アルルカ!」
俺が叱っても、アルルカは気にも留めない。幸いレーヴェも、気を悪くした様子はなかった。
「強化するなら、まだ分かるわ。けど実際には、人型にするだけ。それに、その転換実験とやらは、相当成功率が低かった。なんでわざわざ自軍を減らすマネまでして、意味もない実験をするわけ?」
……あれ。確かに、その通りじゃないか?ショックのせいで鈍っていた頭が、少しずつ冴えていく。アルルカの言う通り、モンスターにはモンスターとしての姿がある。人間に鳥の翼をくっつけても飛べないのと同じだ。どうして魔王は、レーヴェたちを今の姿にしたんだ?
「レーヴェも、どうして人にしようとしたのかは知らなイ」
レーヴェは考えながら、慎重に口を開いた。隣でフランが、その様子を見守っている。
「でも、魔王様はニンゲンを集めたがってタ。だからかもしれなイ」
「人間を……?」
「そうダ。魔王様は、最初はニンゲンを集めて、その後は魔物をニンゲンにしようとしたんだ」
「なんだって?待ってくれ、その最初のやつってのは、まさか、攫ってきた人たちのことか?」
「うン。せかんどみにおん、っていうのも集めてたシ」
セカンドミニオン!俺と仲間たちは、目を丸くして見つめ合った。攫われた人の中に、奇妙にセカンドミニオンが多かったのは、やはり偶然じゃなかったのか!
「レーヴェ、魔王はどうしてセカンドミニオンを?」
「分からなイ。そいつらの血が、大事なんだって聞いたけド」
血……セカンドの血族、って意味か。そのうちの一人であるフランは、スッキリしない顔で呟いた。
「勇者ファーストが、セカンドミニオンを……」
「うおっほん!ごほん!」
クラークがわざとらしい咳払いで、フランを遮った。フランはイライラと舌打ちすると、言い直す。
「魔王!ファーストが!セカンドミニオンを集めてる。そいつが勇者ファーストと同一人物にしろ、違うにしろ、単なる気まぐれとは思えない。ファーストって名前と、セカンドって名前は、それだけ強い結びつきがあるでしょ」
ファースト……セカンドに裏切られ、殺されてしまった勇者。そいつの名を騙る誰かが、セカンドの子孫を集めている……
「……同窓会のために集めてる、とは、考えづらいよな」
「うん……今までは、人質のために攫われたんだと思ってたけど。こうなってくると……」
「そ、そんな!」
ウィルが白い顔をさらに白くして、俺とフランを見る。
「それじゃあ、ロア女王や、コルトさんは……?」
「……」
大丈夫、心配するな、と言ってやりたいが……気休めにもならないだろうな。俺たちが沈みきってしまったのを見て、レーヴェが不思議そうな顔をする。
「そのニンゲンたちのことが気になるのカ?なら心配ないゾ。あいつらは生きていル」
「え!ほ、ほんとか?」
レーヴェは当然だろうとばかりにうなずく。
「ドルトが、あいつらの世話役になっていたと言っただろウ。死人に世話は要らなイ」
「そ、そうか!」
俺たちはほっと胸をなで下ろした。だが、それも束の間の安心だった。
「たダ……レーヴェたちがあのソウチに入れられてからのことは、分からなイ。ドルトは、あいつらがいつまでも生きていられるとは思ってないみたいだっタ」
「え……」
「ドルトが言ってたんダ。あいつらは、手折られるために集められた花たちだ、ト」
つづく
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読了ありがとうございました。
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