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17章 再開の約束
23-2
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23-2
「嘘だろ、おい……」
暗がりの中に姿を現したのは、他でもない。
「まさか、ペトラか……?」
「よかった。二度目の自己紹介は必要なさそうだな」
ペトラはがれきに腰かけた楽な姿勢のまま、にっと笑った。驚いた、なんてもんじゃない。まさかこんな場所で、仲間たち以外の人間と出会うなんて……いや、待てよ。
「ロウラン、止まってくれ」
「ダーリン?」
「おい、お前。お前は、本物のペトラだって証明できるのか?」
ロウランが身を硬くした。俺たちはそれで騙されたばかりだから。二度もドジを踏むわけにはいかない。
「ふむ、本物の私だと証明する、か。何をもって本物と定義するか、それによって難易度が変わってきそうだが」
「あいにく、言葉遊びする気分じゃないんだ。さあ、答えてくれ」
「そうか。いいだろう、では答えよう。私は、本物の私だ。セカンドが変身しているわけでも、別の何かが成り代わっているわけでもない。なんなら、お前たちに初めて会った夜にふるまった、茶葉の名を答えてみせようか?」
お……思ったよりもはっきりとした答えが返ってきたな。俺たちの出会いの様子は、確かにペトラしか知りえない。けど、念には念を入れておくか。
「なるほどな。確か、ダージリンだったよな?」
「おや、桜下。少し見ない間にぼけが進んだか」
ぐっ……この不躾な物言い。だがやっと、肩の力を抜いてよさそうだ。
「よかった。どうやらあんたは本物みたいだ」
ロウランもほっと溜息をついた。いくらセカンドでも、ここまで完璧に他人に化けることはできないだろう……たぶん。
「おっと。てことは俺たちも、本物の俺たちだって証明したほうがいいよな」
「いらんよ、そんなことは」
「え?でも……」
「こんな掃きだめに、わざわざ偽物が訪れるものか。一体誰の目を欺くというのだ?隠れようと思えば、闇がいくらでも姿を消してくれるというのに」
あ……言われてみれば、それもそうだ。本当に俺たちを始末しに来たのなら、変装して待ち伏せなんかせずに、そのまま背後から襲い掛かれば済む話だ。どうやら、さっきの一件でそうとう気が立っていたらしい。
「あんたはそれを分かってたから、最初からずいぶん気楽そうだったのか?」
「まあな。それに、お前たちとはまた会える気がしていた。まさかこんなところでとは思わなかったが」
「それはこっちのセリフだよ。一体、何がどうしてこんなとこに?あいや、それよりもまずは、こっちを手伝ってくれないか?実は、仲間とはぐれちまって……」
「おっと、それ以上は近寄るな」
へ?俺が一歩近寄ろうとしたタイミングで、ペトラは手を上げて俺を制した。ロウランがぷくっと頬を膨らませる。
「ちょっと!失礼なの、アタシのダーリンにむかって!」
「ああ、すまん。少し事情があってな……ん?いや、まさか。その姿……」
ん、なんだなんだ?ペトラが急にジロジロと、ロウランの全身を眺めまわす。ロウランは気味悪そうに、若干後ろにのけ反った。
「やはり、見覚えがあるな……もしや、ロウラン姫か?」
「へ?あ、うん。そうだけど……」
ロウランはすっかり困惑した様子で、おずおずとうなずいた。あれ、でも待てよ。確かあの時……
「まさか、再び会うことになるとは、思いもよらなんだ。覚えていませんか?あの日、あなたのまぶたを閉じたのは、この私です」
ロウランは、ぽかーんと口を開けている。けど、俺はようやく思い出した。ロウランの過去の記憶を覗いた時、ペトラそっくりの女性が出てきていた。まさか、その時のことを言っているのか?
「なあ、ペトラ……あんたやっぱり、あの人と同一人物なのか?」
俺が口を挟むと、ペトラとロウランがこちらを向く。
「あの時。三百年前、地下の離宮の中で、ロウランに眠りの魔法をかけたのは……あんたか?」
「その通りだ」
ペトラは、実にあっさりとうなずいた。
「そうか、お前の力で、ロウラン姫を眠りから覚ましたのだな。ということは、お前がロウラン姫のつがいか?」
「そうなの」
「違う」
間髪入れずに否定したので、ロウランはむくれた。
「色々あって、今は仲間になってもらってる。だけど、あんたは……アンデッドってわけでもないよな。てことはやっぱり、あんた、人間じゃないんだな」
ペトラはとくにごまかすこともせず、静かにうなずいた。まあ当然だ、人間が三百年も生きられるはずがない。
「なら……あんたは、一体何者だ?どうして、ここにいる?この、魔王の城に」
ペトラは足を組むと、上を見上げた。そこには漆黒の闇が広がっている。
「私か。私は、魔王……」
えっ。まさか、ほんとうに……?
「……の、娘だ」
「へ?む、娘?」
ど、どういう意味だ?いや、意味は分かるけど、意味分からないと言うか……ロウランがあんぐりと口を開ける。
「ま、魔王にも、奥さんがいるの?」
「いや、いない」
「へ?じゃあ、旦那さんが?」
「それも違う。そもそも、お前たち人間における生殖と、私たち魔族のそれは、根本から異なる。特に魔王ともなると、特異中の特異だ」
そ、そういうものなんだろうか。
「じゃあ、娘って、一体なんなんだよ?」
「私たち魔王は、お前たちで言う血縁関係では結ばれていない。血のつながりで見れば、完全に他者ということになる」
「他者?」
「そう。そして三百年前は、私はまだ、魔王の娘ではなかった。そうなったのは、それから少し後のことだ」
「……は?」
あ、頭が痛くなってきた……娘に、なった?途中から?うぅーん、訊きたいことは山ほどあったが、俺はそれをぐっとこらえて、ペトラの説明を待った。どうせ今、何を訊いたところで、的外れにしかならないだろう。
「お前たち人間には、理解しづらいだろうな。魔王というのは、誰かに決められてなるものではない。それは、誰にも分からない。だがある時、その者は理解するのだ。春に花が芽吹くように、秋に落ち葉が散るように。自分が魔王になるのだと、そう悟ることになる」
「……自然の摂理に近いってことか?」
「そうだ。それはあらかじめ定まっている。だが誰にも知ることはできない。ある春には、一輪も花が開かないかもしれない。ある秋には、一枚も落ち葉が舞うことはないかもしれない。いつになるのかは分からない。だがいつか、必ずその時は来る。少し陳腐かもしれないが、運命という言葉を使ってもいいだろう」
運命……そうなる星の下に生まれた、そういう事なのだろうか。先代の魔王も、そしてペトラも?
「なら、セカンドは……」
「あれは単に、多くの魔物を手中に収めただけに過ぎない。現に奴は、魔王としての働きは、何一つ行っていない」
当然だな。もとは人間なんだし。
「ん……?なあ、魔王の働きって、そもそもなんだ?軍を動かすとか、仲間を従えるとかか?」
「違う。それは、人間の王の役割だろう。魔王は、そう言ったことは何一つ行わない」
「なら、何を?」
「自然との調和を成す」
ペトラは短く告げた。調和だって?
「魔王の役割は、春に花が咲き、秋には落ち葉が舞うようにしむけることにある」
「……それだと、まるで神様みたいに聞こえるけど」
「ふふ、神か。あいにくと、そこまで万能ではない。むしろ、もっと単純だ。花が咲かないようであれば、陽を遮る木々を焼き払う。落ち葉が舞わないようであれば、氷河を砕いて森に撒く。魔王はそういう風に、調和を維持する」
「ず、ずいぶん乱暴だな……」
「そうだ。だから、神などではないのさ。そして、お前たち人間を大陸の端に押しとどめたのも、その目的のためだ。お前たちはその力を持って、自然の調和を跡形もなく破壊してしまう存在だから」
俺はぞくりと震えた。ロウランは「そんなことない」とばかりに不満げだが、あっちの世界からやってきた俺には、ペトラの言っている意味が分かる。地球中に人類が広がった結果、自然環境が深刻なダメージを受けたことを、俺は知っているから。
「それなら……人類を滅ぼそうとは、思わなかったのか?」
俺は恐る恐る訊ねる。すると幸いなことに、ペトラは首を横に振った。
「それはしない。お前たちもまた、自然の一部だ。それを消してしまえば、調和を乱すことになる」
ほっ。でもそうか、そういう理由があったんだな。魔王が、人類に積極的な攻撃をせず、自治を認めてきた理由。
それが良いのか悪いのかは、俺には分からない。けど、人類の多くは、それを悪だと考えた。そして、新たに得た力が……
「それじゃあ、勇者は……」
「ああ。お前たちは、魔王を殺した。それはすなわち、調和の裁定者を失ったことを意味する」
「え……じゃあ、それって」
ペトラは、小さくうなずいた。
「調和は失われる。自然は、緩やかに崩壊していくだろう」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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暗がりの中に姿を現したのは、他でもない。
「まさか、ペトラか……?」
「よかった。二度目の自己紹介は必要なさそうだな」
ペトラはがれきに腰かけた楽な姿勢のまま、にっと笑った。驚いた、なんてもんじゃない。まさかこんな場所で、仲間たち以外の人間と出会うなんて……いや、待てよ。
「ロウラン、止まってくれ」
「ダーリン?」
「おい、お前。お前は、本物のペトラだって証明できるのか?」
ロウランが身を硬くした。俺たちはそれで騙されたばかりだから。二度もドジを踏むわけにはいかない。
「ふむ、本物の私だと証明する、か。何をもって本物と定義するか、それによって難易度が変わってきそうだが」
「あいにく、言葉遊びする気分じゃないんだ。さあ、答えてくれ」
「そうか。いいだろう、では答えよう。私は、本物の私だ。セカンドが変身しているわけでも、別の何かが成り代わっているわけでもない。なんなら、お前たちに初めて会った夜にふるまった、茶葉の名を答えてみせようか?」
お……思ったよりもはっきりとした答えが返ってきたな。俺たちの出会いの様子は、確かにペトラしか知りえない。けど、念には念を入れておくか。
「なるほどな。確か、ダージリンだったよな?」
「おや、桜下。少し見ない間にぼけが進んだか」
ぐっ……この不躾な物言い。だがやっと、肩の力を抜いてよさそうだ。
「よかった。どうやらあんたは本物みたいだ」
ロウランもほっと溜息をついた。いくらセカンドでも、ここまで完璧に他人に化けることはできないだろう……たぶん。
「おっと。てことは俺たちも、本物の俺たちだって証明したほうがいいよな」
「いらんよ、そんなことは」
「え?でも……」
「こんな掃きだめに、わざわざ偽物が訪れるものか。一体誰の目を欺くというのだ?隠れようと思えば、闇がいくらでも姿を消してくれるというのに」
あ……言われてみれば、それもそうだ。本当に俺たちを始末しに来たのなら、変装して待ち伏せなんかせずに、そのまま背後から襲い掛かれば済む話だ。どうやら、さっきの一件でそうとう気が立っていたらしい。
「あんたはそれを分かってたから、最初からずいぶん気楽そうだったのか?」
「まあな。それに、お前たちとはまた会える気がしていた。まさかこんなところでとは思わなかったが」
「それはこっちのセリフだよ。一体、何がどうしてこんなとこに?あいや、それよりもまずは、こっちを手伝ってくれないか?実は、仲間とはぐれちまって……」
「おっと、それ以上は近寄るな」
へ?俺が一歩近寄ろうとしたタイミングで、ペトラは手を上げて俺を制した。ロウランがぷくっと頬を膨らませる。
「ちょっと!失礼なの、アタシのダーリンにむかって!」
「ああ、すまん。少し事情があってな……ん?いや、まさか。その姿……」
ん、なんだなんだ?ペトラが急にジロジロと、ロウランの全身を眺めまわす。ロウランは気味悪そうに、若干後ろにのけ反った。
「やはり、見覚えがあるな……もしや、ロウラン姫か?」
「へ?あ、うん。そうだけど……」
ロウランはすっかり困惑した様子で、おずおずとうなずいた。あれ、でも待てよ。確かあの時……
「まさか、再び会うことになるとは、思いもよらなんだ。覚えていませんか?あの日、あなたのまぶたを閉じたのは、この私です」
ロウランは、ぽかーんと口を開けている。けど、俺はようやく思い出した。ロウランの過去の記憶を覗いた時、ペトラそっくりの女性が出てきていた。まさか、その時のことを言っているのか?
「なあ、ペトラ……あんたやっぱり、あの人と同一人物なのか?」
俺が口を挟むと、ペトラとロウランがこちらを向く。
「あの時。三百年前、地下の離宮の中で、ロウランに眠りの魔法をかけたのは……あんたか?」
「その通りだ」
ペトラは、実にあっさりとうなずいた。
「そうか、お前の力で、ロウラン姫を眠りから覚ましたのだな。ということは、お前がロウラン姫のつがいか?」
「そうなの」
「違う」
間髪入れずに否定したので、ロウランはむくれた。
「色々あって、今は仲間になってもらってる。だけど、あんたは……アンデッドってわけでもないよな。てことはやっぱり、あんた、人間じゃないんだな」
ペトラはとくにごまかすこともせず、静かにうなずいた。まあ当然だ、人間が三百年も生きられるはずがない。
「なら……あんたは、一体何者だ?どうして、ここにいる?この、魔王の城に」
ペトラは足を組むと、上を見上げた。そこには漆黒の闇が広がっている。
「私か。私は、魔王……」
えっ。まさか、ほんとうに……?
「……の、娘だ」
「へ?む、娘?」
ど、どういう意味だ?いや、意味は分かるけど、意味分からないと言うか……ロウランがあんぐりと口を開ける。
「ま、魔王にも、奥さんがいるの?」
「いや、いない」
「へ?じゃあ、旦那さんが?」
「それも違う。そもそも、お前たち人間における生殖と、私たち魔族のそれは、根本から異なる。特に魔王ともなると、特異中の特異だ」
そ、そういうものなんだろうか。
「じゃあ、娘って、一体なんなんだよ?」
「私たち魔王は、お前たちで言う血縁関係では結ばれていない。血のつながりで見れば、完全に他者ということになる」
「他者?」
「そう。そして三百年前は、私はまだ、魔王の娘ではなかった。そうなったのは、それから少し後のことだ」
「……は?」
あ、頭が痛くなってきた……娘に、なった?途中から?うぅーん、訊きたいことは山ほどあったが、俺はそれをぐっとこらえて、ペトラの説明を待った。どうせ今、何を訊いたところで、的外れにしかならないだろう。
「お前たち人間には、理解しづらいだろうな。魔王というのは、誰かに決められてなるものではない。それは、誰にも分からない。だがある時、その者は理解するのだ。春に花が芽吹くように、秋に落ち葉が散るように。自分が魔王になるのだと、そう悟ることになる」
「……自然の摂理に近いってことか?」
「そうだ。それはあらかじめ定まっている。だが誰にも知ることはできない。ある春には、一輪も花が開かないかもしれない。ある秋には、一枚も落ち葉が舞うことはないかもしれない。いつになるのかは分からない。だがいつか、必ずその時は来る。少し陳腐かもしれないが、運命という言葉を使ってもいいだろう」
運命……そうなる星の下に生まれた、そういう事なのだろうか。先代の魔王も、そしてペトラも?
「なら、セカンドは……」
「あれは単に、多くの魔物を手中に収めただけに過ぎない。現に奴は、魔王としての働きは、何一つ行っていない」
当然だな。もとは人間なんだし。
「ん……?なあ、魔王の働きって、そもそもなんだ?軍を動かすとか、仲間を従えるとかか?」
「違う。それは、人間の王の役割だろう。魔王は、そう言ったことは何一つ行わない」
「なら、何を?」
「自然との調和を成す」
ペトラは短く告げた。調和だって?
「魔王の役割は、春に花が咲き、秋には落ち葉が舞うようにしむけることにある」
「……それだと、まるで神様みたいに聞こえるけど」
「ふふ、神か。あいにくと、そこまで万能ではない。むしろ、もっと単純だ。花が咲かないようであれば、陽を遮る木々を焼き払う。落ち葉が舞わないようであれば、氷河を砕いて森に撒く。魔王はそういう風に、調和を維持する」
「ず、ずいぶん乱暴だな……」
「そうだ。だから、神などではないのさ。そして、お前たち人間を大陸の端に押しとどめたのも、その目的のためだ。お前たちはその力を持って、自然の調和を跡形もなく破壊してしまう存在だから」
俺はぞくりと震えた。ロウランは「そんなことない」とばかりに不満げだが、あっちの世界からやってきた俺には、ペトラの言っている意味が分かる。地球中に人類が広がった結果、自然環境が深刻なダメージを受けたことを、俺は知っているから。
「それなら……人類を滅ぼそうとは、思わなかったのか?」
俺は恐る恐る訊ねる。すると幸いなことに、ペトラは首を横に振った。
「それはしない。お前たちもまた、自然の一部だ。それを消してしまえば、調和を乱すことになる」
ほっ。でもそうか、そういう理由があったんだな。魔王が、人類に積極的な攻撃をせず、自治を認めてきた理由。
それが良いのか悪いのかは、俺には分からない。けど、人類の多くは、それを悪だと考えた。そして、新たに得た力が……
「それじゃあ、勇者は……」
「ああ。お前たちは、魔王を殺した。それはすなわち、調和の裁定者を失ったことを意味する」
「え……じゃあ、それって」
ペトラは、小さくうなずいた。
「調和は失われる。自然は、緩やかに崩壊していくだろう」
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