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17章 再開の約束
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「自然が、崩壊する……?」
ペトラが静かに放った一言は、俺たちの間に、じんわりと波紋を広げていった。
「そう。庭師のいなくなった庭園のようにな。草花は枯れ、水は淀む」
「それって……世界の終わりってことじゃないか!」
「そうだな。しかし、言っただろう。その滅びは、緩やかに訪れると」
緩やか……今すぐにってわけじゃない、と。まあ確かに、今時点で魔王は存在しない。魔王が世界の要なら、なんで今も世界が無事なんだよって話になるのか……
「崩壊がどのくらいの速度で進行するのかは、私にもわからない。一週間後かもしれないし、一年後かもしれないし、百年先かもしれん」
それなら、実は何ともなかった、なんてこともあり得るんじゃ?そう言おうとしたが、ペトラは先にそれを潰してきた。
「だが、現に今、我々の足下を見てみろ。セカンドが魔王の座についてから、お前たち人間の暮らしは、今まで通りだったと言えるか?」
「それは……」
セカンドのせいで、ロアやコルトは攫われてしまった。特に、ロアは一国の女王だ。影響は計り知れない。
「なるほどな……少なくとも、セカンドの横暴を許していたら。滅びはあっという間にやってきそうだ」
「ああ。今の状況は、私にも看過できなかった。ここに来たのは、そう言う理由だ」
「てことは、まさか……あんた一人で、殴り込みを?」
「そういう事になるな」
じゃあ、あれか?俺たちが辿り着く前に、何者かが魔王軍に襲撃を仕掛けた様子があったが……
「あれを全部、たった一人で……」
「デタラメなの……」
ペトラ一人で、魔王軍の大半を壊滅させたなんて……むちゃくちゃだと思ったけれど、魔王の娘と聞けば、ある程度はうなずけてしまうような……だがそうなると、新たな疑問が浮かんでくる。しかしそれを口にする前に、ペトラがすっくと立ちあがった。
「桜下。さっき、仲間とはぐれたと言っていなかったか?」
「あっ。そうだった、こうしちゃいられねぇんだった」
「うむ。では、移動しながら話すとしよう。今は腰を据える時間も惜しいというものだ」
この非常時じゃしかたない。本当はわき目もふらずに走るべきなのかもだけど、ペトラの話はあまりに興味をひかれた。というか、今ここで訊いておくことに、とても大きな意味がある気がする。それはたぶん、彼女が語ることが、この戦争の根幹に関わっているからだ。
「ペトラ。あんたは……」
俺はロウランの肩を借りて歩きながら問いかける。
「あんたはどうして、戦おうと思ったんだ?」
「うん?その理由については、今までさんざん話したと思ったが」
「うん。でも……同胞と、戦うことになるじゃないか」
ペトラは、人間じゃない。魔王の娘ということは、つまり魔物側ということだ……同じ魔物を手に掛けるとき、何とも思わなかったんだろうか。
「話だけ聞くと、魔物たちは、セカンドに忠誠を誓ったわけじゃないんだろ。無理やり戦わされてたんじゃないか?」
ドルトヒェンを思い出す。彼女はきっと、魔王と魔物との間で板挟みになってしまったんだ。
「同胞か……お前は知っているだろうか。魔物は、帰属しない」
帰属。前にアルルカに聞いたな。俺はうなずいた。
「知ってる。魔物は、支配を受けるけど、帰属はしないってやつだろ」
「その通りだ。お前の言った通り、多くの魔物は支配を受けていただけであり、セカンドに忠誠を誓ったわけではない。しかしそれは、多くの魔物にとっては、あまり違いのないことなんだよ」
「どういう意味だ?支配されるってことは、忠誠をもって尽くすことと変わりないって?」
「それに近い。多くの魔物は、忠義を持たない。彼らが従うのは、絶対的な強者だけだ。仮に私が戦う必要はないのだと説いても、訊く耳を持たないだろう」
「……どうしようもなかった、のか」
「無論、それもある。だが……」
ペトラは言葉を区切ると、何かを思い返すように、目を閉じた。
「……奴は、魔物に私を襲わせたんじゃない。盾に使ったんだ」
「え……?」
それは、どういう……?
「お前の言う通りだ。私も甘かった。支配されているとは言え、同胞を斬り捨てるのをためらってしまってな。そこを狙われた」
「まさか……!」
「そうだ。セカンドは、魔物もろとも私を攻撃してきた。あの黒い炎で、まとめて焼かれてしまったよ」
「……セカンド!どこまでクズなんだ!」
くそったれ!だとすると、城の周りに転がっていた大量の魔物の死骸は、セカンドのしわざってことだ。確かにあの死体は、黒く焼けただれていたり、潰れて干からびていたりした……どれも、セカンドの能力と一致している。
「くそ!外道だとは知っていたが、ここまでだなんて……!」
ロウランもショックを受けているようだった。ぎゅっと目をつぶると、それからペトラを見つめる。
「でもそれなら、あなたはどうして、一人で戦いを挑んだの?」
うん?言われてみれば、どうしてペトラは単独行動をしていたんだ。共通の敵を持っているんだから、協力できたかもしれないのに。
「なぜお前たちと手を組まなかったのか、か。そうだな。桜下よ、セカンドは魔物か?」
「え?そうじゃないだろ。確かにモンスターみてーなやつだけど」
「では、肩書や来歴など、全てを取り去って見てみよう。奴は何になる?」
「なにって……」
なんだ、いきなり謎かけか?ペトラの真意が読めずにおろおろしていると、ロウランが短くつぶやいた。
「人間、なの」
「へ?人間……」
「そのとおりだ」
ペトラは順に、俺たちを指さす。
「セカンドは人間だ。そして桜下、ロウラン姫。お前たちもまた、人間だ」
……ああ、そういう事か。
「……人間を、信用できなかったってわけか」
「隠さず言えば、そのとおりだよ」
なるほどな……考えてみれば、それも当然か。魔王の娘であるペトラがのこのこ現れて、果たしてエドガーやヘイズが、にこやかに笑いながら迎え入れるだろうか?
(ま、無理だろうな)
なんだか俺は、やるせなくなってしまった。
「目的は同じなのに、どうして手を取り合えないんだろうな……」
「仕方ないだろう。種族が違うとは、そういうことだ」
ペトラは淡々と言う。でも、種族の違いは、そこまで大きな差になるんだろうか?だって、フランたちはアンデッドだし、アルルカはエルフのヴァンパイア、ロウランは数世紀も時代が違う。俺たちは、ものの見事にバラバラな連中なんだ。なら、人間と魔族が手を取り合うことも、不可能じゃないんじゃないのか。
俺が黙ると、ペトラも黙る。沈黙が気まずかったのか、ロウランが様子を伺うように、ペトラへ話しかけた。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「自然が、崩壊する……?」
ペトラが静かに放った一言は、俺たちの間に、じんわりと波紋を広げていった。
「そう。庭師のいなくなった庭園のようにな。草花は枯れ、水は淀む」
「それって……世界の終わりってことじゃないか!」
「そうだな。しかし、言っただろう。その滅びは、緩やかに訪れると」
緩やか……今すぐにってわけじゃない、と。まあ確かに、今時点で魔王は存在しない。魔王が世界の要なら、なんで今も世界が無事なんだよって話になるのか……
「崩壊がどのくらいの速度で進行するのかは、私にもわからない。一週間後かもしれないし、一年後かもしれないし、百年先かもしれん」
それなら、実は何ともなかった、なんてこともあり得るんじゃ?そう言おうとしたが、ペトラは先にそれを潰してきた。
「だが、現に今、我々の足下を見てみろ。セカンドが魔王の座についてから、お前たち人間の暮らしは、今まで通りだったと言えるか?」
「それは……」
セカンドのせいで、ロアやコルトは攫われてしまった。特に、ロアは一国の女王だ。影響は計り知れない。
「なるほどな……少なくとも、セカンドの横暴を許していたら。滅びはあっという間にやってきそうだ」
「ああ。今の状況は、私にも看過できなかった。ここに来たのは、そう言う理由だ」
「てことは、まさか……あんた一人で、殴り込みを?」
「そういう事になるな」
じゃあ、あれか?俺たちが辿り着く前に、何者かが魔王軍に襲撃を仕掛けた様子があったが……
「あれを全部、たった一人で……」
「デタラメなの……」
ペトラ一人で、魔王軍の大半を壊滅させたなんて……むちゃくちゃだと思ったけれど、魔王の娘と聞けば、ある程度はうなずけてしまうような……だがそうなると、新たな疑問が浮かんでくる。しかしそれを口にする前に、ペトラがすっくと立ちあがった。
「桜下。さっき、仲間とはぐれたと言っていなかったか?」
「あっ。そうだった、こうしちゃいられねぇんだった」
「うむ。では、移動しながら話すとしよう。今は腰を据える時間も惜しいというものだ」
この非常時じゃしかたない。本当はわき目もふらずに走るべきなのかもだけど、ペトラの話はあまりに興味をひかれた。というか、今ここで訊いておくことに、とても大きな意味がある気がする。それはたぶん、彼女が語ることが、この戦争の根幹に関わっているからだ。
「ペトラ。あんたは……」
俺はロウランの肩を借りて歩きながら問いかける。
「あんたはどうして、戦おうと思ったんだ?」
「うん?その理由については、今までさんざん話したと思ったが」
「うん。でも……同胞と、戦うことになるじゃないか」
ペトラは、人間じゃない。魔王の娘ということは、つまり魔物側ということだ……同じ魔物を手に掛けるとき、何とも思わなかったんだろうか。
「話だけ聞くと、魔物たちは、セカンドに忠誠を誓ったわけじゃないんだろ。無理やり戦わされてたんじゃないか?」
ドルトヒェンを思い出す。彼女はきっと、魔王と魔物との間で板挟みになってしまったんだ。
「同胞か……お前は知っているだろうか。魔物は、帰属しない」
帰属。前にアルルカに聞いたな。俺はうなずいた。
「知ってる。魔物は、支配を受けるけど、帰属はしないってやつだろ」
「その通りだ。お前の言った通り、多くの魔物は支配を受けていただけであり、セカンドに忠誠を誓ったわけではない。しかしそれは、多くの魔物にとっては、あまり違いのないことなんだよ」
「どういう意味だ?支配されるってことは、忠誠をもって尽くすことと変わりないって?」
「それに近い。多くの魔物は、忠義を持たない。彼らが従うのは、絶対的な強者だけだ。仮に私が戦う必要はないのだと説いても、訊く耳を持たないだろう」
「……どうしようもなかった、のか」
「無論、それもある。だが……」
ペトラは言葉を区切ると、何かを思い返すように、目を閉じた。
「……奴は、魔物に私を襲わせたんじゃない。盾に使ったんだ」
「え……?」
それは、どういう……?
「お前の言う通りだ。私も甘かった。支配されているとは言え、同胞を斬り捨てるのをためらってしまってな。そこを狙われた」
「まさか……!」
「そうだ。セカンドは、魔物もろとも私を攻撃してきた。あの黒い炎で、まとめて焼かれてしまったよ」
「……セカンド!どこまでクズなんだ!」
くそったれ!だとすると、城の周りに転がっていた大量の魔物の死骸は、セカンドのしわざってことだ。確かにあの死体は、黒く焼けただれていたり、潰れて干からびていたりした……どれも、セカンドの能力と一致している。
「くそ!外道だとは知っていたが、ここまでだなんて……!」
ロウランもショックを受けているようだった。ぎゅっと目をつぶると、それからペトラを見つめる。
「でもそれなら、あなたはどうして、一人で戦いを挑んだの?」
うん?言われてみれば、どうしてペトラは単独行動をしていたんだ。共通の敵を持っているんだから、協力できたかもしれないのに。
「なぜお前たちと手を組まなかったのか、か。そうだな。桜下よ、セカンドは魔物か?」
「え?そうじゃないだろ。確かにモンスターみてーなやつだけど」
「では、肩書や来歴など、全てを取り去って見てみよう。奴は何になる?」
「なにって……」
なんだ、いきなり謎かけか?ペトラの真意が読めずにおろおろしていると、ロウランが短くつぶやいた。
「人間、なの」
「へ?人間……」
「そのとおりだ」
ペトラは順に、俺たちを指さす。
「セカンドは人間だ。そして桜下、ロウラン姫。お前たちもまた、人間だ」
……ああ、そういう事か。
「……人間を、信用できなかったってわけか」
「隠さず言えば、そのとおりだよ」
なるほどな……考えてみれば、それも当然か。魔王の娘であるペトラがのこのこ現れて、果たしてエドガーやヘイズが、にこやかに笑いながら迎え入れるだろうか?
(ま、無理だろうな)
なんだか俺は、やるせなくなってしまった。
「目的は同じなのに、どうして手を取り合えないんだろうな……」
「仕方ないだろう。種族が違うとは、そういうことだ」
ペトラは淡々と言う。でも、種族の違いは、そこまで大きな差になるんだろうか?だって、フランたちはアンデッドだし、アルルカはエルフのヴァンパイア、ロウランは数世紀も時代が違う。俺たちは、ものの見事にバラバラな連中なんだ。なら、人間と魔族が手を取り合うことも、不可能じゃないんじゃないのか。
俺が黙ると、ペトラも黙る。沈黙が気まずかったのか、ロウランが様子を伺うように、ペトラへ話しかけた。
つづく
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読了ありがとうございました。
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