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17章 再開の約束

26-1 本音

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26-1 本音

ミカエルは一礼すると、わざわざ俺たちから離れたところに座りなおした。俺らがゆっくり眠れるようにだろうが、かえって申し訳なくなるな。こっちが眠ってしまっても、ミカエルはずっと祈祷を続けるわけだから。

「ふぅ……」

さて、横になったはいいが……正直、全く眠くならんな。ミカエルの結界のおかげで、横になっているだけでも驚くほど疲れが抜けていくのが幸いだ。

(まあさすがに……そこまで、神経図太くないよな)

これだけのビッグイベント……魔王と化したセカンドとの戦いを前にして、ぐっすり眠れるはずがない。俺はごろりと寝返りを打つと、離れたところにいる仲間たちを見つめる。みんなは声を潜めて、静かに話し合っているようだ。特にライラとウィル、ロウランは、熱心にあれこれやり取りしている。魔法についての打ち合わせだろうか。

「……ん」

ふと、気が付く。俺の隣には、デュアンが手足を折りたたんで、小さくなって寝ている。その背中が、小刻みに震えているんだ。まさか……俺は小声でささやいた。

「デュアン?大丈夫か?」

「……」

返事はないが、肩がぴくりと揺れた。

「デュアン?」

俺が再度呼びかけると、小さな声が返ってきた。

「……ぶなわけ、ないじゃないですか」

「うん?」

「僕は、君たちとは違うってことですよ」

俺たちと、違う……?

「それ、どういう意味だ?」

「だから……僕は君たちのように、強い力も、使命感も持ち合わせていません。僕は、ただの一般人なんです。ここにいることが、そもそもの場違いなんですよ」

「デュアン、お前……怖いのか?」

俺は思わず体を起こした。デュアンは背を向けたまま、こちらを見ようとはしない。

「ええ、そうです。相手は、あの恐ろしい悪魔、セカンドなんですよ?どうして怖がらずにいられるんですか。この数時間後、僕は生きていないかもしれない。もうこの世のどこにも存在せず、二度と誰かに触れることもできない。そういう存在になっているかもしれないんです。そう考えると、恐ろしくてたまらないんですよ……」

「お前……」

彼の発言は……言わせる奴に言わせれば、きっと臆病で軟弱者のセリフだ。戦いを前にして、指揮を下げるようなことを言うだなんて……けど、果たして俺は、彼を責められるだろうか。もし俺が彼と同じ立場だったら、どう感じるだろう。

「……僕だって、そうさ」

え?返事は、反対側から聞こえてきた。クラークが、やはり背を向けて寝ている。やつも眠れなかったのか。

「僕だって……本当は、怖い。怖くてたまらない」

「嘘だ。君は僕と違って、強い力をもっているじゃないですか」

「力を持っているからって、それで死なない保証はない。かつての英雄、勇者ファーストがそうだったじゃないか」

デュアンとクラークは、俺を挟んで背を向けたままで会話している。いいや、これじゃ会話というより、お互いの独り言に反応しているだけみたいだ。

「僕は……死にたくない。生きて、またコルルに会いたい。その為に、戦わなくちゃいけないことは分かってる。だけど、怖いものは怖いんだ。勇者だから?強いから?そんなの知るもんか。本当はこんなところから逃げ出してしまいたいのに……」

……まさか、本気じゃないよな?幸いクラークは、いきなり飛び起きて走り出すようなことはしなかった。

「……君でも、そうなのですか。それなら……桜下くん。君は?」

「え?俺?」

デュアンは相変わらず背中を向けたまま、ぼそぼそと言う。ふむ、俺か……こういう本音を語り合うみたいなのは、あんまり好きじゃないけどな。けど、みんな背を向けているから、幾分か気楽だ。仲間たちも遠くにいるし。俺は頭の下で手を組むと、力を抜いて話し始めた。

「俺だって、死ぬのは怖いさ。それに俺自身は、強い力を持っているわけでもない。仲間が強いんであって、俺はその辺の兵士よりザコだからな」

「……それでも桜下くんは、それでも戦うんですか?」

「ああ。戦うよ。勇者だからな」

「やっぱり……」

「なんて、言うと思ったか?」

「え?」

デュアンが身じろぎする。こんなの、当たり前のことだ。

「俺は勇者をやめたんだ。勇者の使命とか、正直どうでもいいんだよ。この戦争もな」

「なら、どうして……」

「別に。しいて言えば、成り行きだよ」

今までを振り返る。さんざん苦労して、ここまでたどり着いたっけなぁ。けど、その過程で常に意識していたこととは何だろう?

「妙な噂を聞いたから、王都に行った。そこで知り合いや友達が攫われたって聞いたから、取り返しに来た。悪いやつが世界をめちゃめちゃにしようとしてるから、今はそれを止めようとしてる」

「だからそれは、勇者の使命だからでしょう?」

「違うよ、何度も言わすな。俺は勇者じゃない。これだって、たまたまそう言う場面に出くわしただけだ。知らなかったらスルーしてただろうし、自分から首突っ込みにも行かなかっただろうよ」

ここまでの旅で意識していた事。考えてみたけど、特に無いんだよな。もちろん目標はあった。思惑もあった。譲れない意志もあったさ。けど、結局それって、全部成り行きだ。

「俺は、自分のやりたいことしかやらないって決めたんだ。だから、確固たる信念だとか、揺るぎなき使命感だとか、そんなもんはなっから持ち合わせてない。そう言う意味じゃ、お前と同じかもな。デュアン」

「な……」

初めて、デュアンがこちらに振り向きかけた。顔を中途半端な角度に向けたままで、結局振り向かなかったが。

「何を、言っているんですか。同じなわけないでしょう」

「だって、そうとしか思えないんだけど。じゃあさ、言葉を借りれば、ただの一般人のお前が、どうしてこんなところにいるんだ?」

「それは、尊さんについてきていたら、いつの間にかこんなことに……」

「だろ。俺だってそうさ。友達が連れ去られたから、取り戻そうとしてたら、こんなとこまで来ちまった」

「……大切な人のために戦うと、そう言いたいんですか?」

「ははは、そんな高尚に言うつもりはないな。けど、誰かのためっていうのも、なりゆきっていうのも、同じなんじゃないのか」

「……」

「強き意志を持った勇者が、世界を救う。賢き王子が魔女を倒して、姫を救って幸せになる。物語ってのは、だいたいそんなもんだ。けどさ、実際にそんなやつばっかりがいたら、世の中ずいぶん住みづらいはずだぜ」

ふぁ……長々話していたら、眠くなってきたな。あくびをかみ殺して、俺は話を結ぶ。

「みんながみんな、強い意志を持ってるわけじゃないってことだろ。何となくで生きて、けどそういうのが、今を作っていくんだ。だから、俺なりに足掻くつもりだよ」



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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