じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

文字の大きさ
822 / 860
17章 再開の約束

26-2

しおりを挟む
26-2

桜下たちが、静かに自身の本音を語り合っていたころ……
フランは仲間たちに一声かけてから、一人闇の中へと歩き出していた。ほこりの厚く積もった床を踏みしめ、がれきをまたぐ。この吹き溜まりと呼ばれる空間は、存在理由が不明なくせに、無駄な広さがある。行く手は限りなく暗いが、夜行性の動物並みに夜目の利くフランは、明かりがなくても問題なく進むことができた。そうやって一人でふらついているのは、単に散歩がしたかったからではない。彼女も、一人で考えたいことがあったからだ。

(わたしに、何ができるんだろ)

フランは左手で、肩から先がなくなった右腕を押さえた。桜下の前では気丈なことを言ったが、その実、自分自身のこともよく分かっている。つまり、今のままでは、ろくに戦えないということも。

(それでも。なんでもいい、少しでも、あの人の力になりたい)

魔王も、人類の発展も、戦争の行く末さえ、フランには二の次だった。一番は、自分の恋人を守り抜くことだ。彼を失うことが、何よりも恐ろしい。その為の力が今の自分に無いことが、耐えがたく苦しい。

(あの時、もっと慎重になっておけば……なんて、いまさら過ぎるか)

不意を突かれ、冷静さを完全に欠いていた。その代償は、あまりにも痛い。

(戦いたい。力が欲しい。あの人を守るための力を)

フランはこれまでずっと、それを求め続けてきた。よりにもよって、今までで一番大事な場面で、それがないだなんて……だが。だからといって、ありませんでした残念です、では済ませられない。ないならないなりに足掻くつもりだ。桜下が目覚めるまでのわずかな間に、フランはその方法を模索しようとしていた。
そんな矢先のことだった。

(―――フランセス)

声が聞こえた。びくりとフランは身をすくめて、すぐに警戒態勢に入った。闇の先を見つめる。

「……誰。どうしてわたしを知っているの」

フランは油断なく訊ねる。姿は見えない。だが、透明になれるのかもしれない。姿を変えられるのかもしれない。敵が自分の想像通りの姿で現れるとは限らないと、フランはこの戦争を通じて学んでいた。

(―――フランセス。あんたは、力が欲しいのかい?)

フランは眉根を寄せた。どうしてそのことを?それに、自分のことを“フラン”ではなく、フランセスと呼ぶなんて。……その名前は、親しい間柄にしか呼ばれたことがない。敵にしては奇妙だが。

「……私の質問に、答えて。あなた、誰なの」

(―――あたしだよ。忘れちゃったかい、フランセスや)

いったい、なんのこと……そう訊ねようとした瞬間。その声に聞き覚えがあることに気が付き、フランの全身に鳥肌が立った。

「……おばあちゃん……なの?」

一瞬我を忘れそうになったフランだったが、すぐに思い直した。これは、“そういう敵”かもしれないのだ。闇の魔力は、魂にすら干渉するという。フランの記憶から、何を読み取ったとしても不思議はない。

「……もし、おばあちゃんだって言うなら。姿を、見せて」

(―――いいよ。でも、驚くんじゃないよ)

わざわざ忠告までされたので、フランは十分身構えることができた。なので、目の前が突然青白く燃え上がり、その炎の中から老婆が現れても、叫び声を上げずに済んだ。

「っ……」

(これ、驚くなって言ったじゃないか。出てこいって言ったのはあんただろう?)

老婆は……フランの祖母は、からかうような笑みを浮かべた。その姿は透き通っていたが、記憶の中の祖母そのものだった。

「ほん、もの……?」

(うん?本物なもんか。あたしは死んだんだよ。この声だって、あんたにしか聞こえていないはずさ。いわば、あんたが見ている夢、みたいなもんかね)

フランは、自分を慎重で疑り深い性格だと自負していたが、さすがにこの時ばかりは、酷く狼狽えてしまった。

「夢……わたしにしか、見えてない?」

(そうさ。これは夢。けど、あんたにとっては、本物かもしれない。決めるのはあんたしだいさ)

この、皮肉めいた言い回し……もう限界だった。目に涙があふれるのをこらえきれない。

「おばあちゃん……会いたいって、ずっと思ってた」

フランの頬を、透明な涙が伝う。それを見た老婆は、気まずそうに微笑んだ。

(ごめんね、フランセス……結局あたしは、死ぬまでお前に向き合うことができなかった)

「ううん。いいの。こうしてきてくれたんだから」

(ありがとうよ……だけど、ダメだね。一度別れを告げたはずなのに、こうしてまた、あんたんとこに来ちまった)

「わたしに会いに……?」

(そう。神様が一度だけ、そのチャンスを下さったのさ。あたしみたいなろくでなしに、罪滅ぼしの機会をね)

フランには祖母が言っている意味が分からなかったが、ふと脳裏に、以前見た光景がよみがえった。仲間のエラゼムの下に、彼の城主が姿を現した時だ。

「ずっと……見ててくれたの?」

(もちろん。あんたのことも……あの、下衆野郎のこともね)

老婆は吐き捨てるように言うと、フランを見つめる。

(フランセスや。あんたはさっき、戦う力が欲しいと言ったね?)

「うん……けど、この腕は治らないの」

(それなんだがね。奇妙に聞こえるかもしれないけど、あたしはその“答え”を知ってるんさ。つまり、どうやったら、あんたの願いが叶うのかをね)

フランは目を見開くと、ぐっと身を乗り出した。

「教えて、おばあちゃん!わたし……あの人を、守りたい!」

(……引き換えに、失うものがあってもかい?)

フランはぐっと言葉に詰まった。

「どういう……ことなの?」

(……はっきり言うよ。この方法を使えば、あんたはあの屑をぶちのめすことできるだろう。だけど、あんたもただじゃ済まない。……あんたの大事な、あの男の子を諦めることになるんだよ)

フランの背筋がぞくりと震えた。

「それって……わたしも、消えちゃうってこと?」

(いいや。お前が消えちまったたら、戦うこともできないはずだろ。フランセス、お前は最後まで立っていられるはずさ。だが代償に、あの子の側には居られなくなるかもしれない。……あたしが持ってきたのは、そういう方法さ)

フランの目の前が真っ暗になる。桜下を、失う?もしそうなら、もう顔を見ることも、話すことすら、二度とできなくなるのだろうか……それは、ただ死ぬよりも辛い事のような気がした。

「……」

だが、それでも。それよりも、もっと辛いことがある。フランの決断は早かった。

「……教えて、おばあちゃん。その方法」

(フランセス……本当に、いいのかい?)

「わたしは……」

フランは目を閉じる。これまでのことを思い出し、これからのことを思い描く。

「わたしは、あの人に、たくさんのものをもらった。幸せにしてもらった。だから、今度はわたしが、あの人を幸せにする番だ」

フランの顔を見て……あまりにも穏やかで、あまりにも固い決意に満ちた顔を見て、老婆は涙をこぼした。

(フランセス……こんな方法しか教えてやれないなんて。あたしはいつまでも、あんたを不幸にしちまう。いっそあたしは来ないほうがよかったのかもしれないね)

「ううん、そんなことないよ。方法があるって知ってたら、わたし、迷わなかっただろうから」

(そうかい……あんたは強い子だね。あんたのような孫を持てて、誇りに思うよ)

フランはにこりとほほ笑んだ。老婆は涙をぬぐうと、真剣な顔でフランを見つめる。

(いいかい、フランセス。あの炎に対抗する鍵は、すぐそばにあるんだ。光が差せば影ができるように、問題の先には必ず答えが用意されているもんさ。あの炎を最初にお前に教えてくれた人に、話を聞いてみな)

フランは目を丸くした。

「それって……」

(もう分ったろう。さあ……そろそろお行き。もう時間がないよ)

その瞬間。祖母の姿が徐々に薄らいでいることに、フランは気付いた。

「おばあちゃん!そんな……あっ。ありがとう!」

(礼なんてよしな。あたしは結局、あんたを不幸に導いたのかもしれない……)

老婆は一瞬瞳を伏せると、弱弱しく付け加えた。

(でも、どうしても……)

老婆の姿は、いよいよ薄くなっていく。フランが思わず手を伸ばそうとすると、彼女はため息を吐くようにつぶやいた。

(愛しているよ、フランセス……)

現れた時と同じように、ぱっと老婆の姿は消えてしまった。フランは手を中途半端に伸ばした格好のまま、しばらく固まっていた。

「……わたしもだよ、おばあちゃん」

フランはだらりと腕を下げると、うつむいた。ポタポタと、しずくが足下に染みを作る。フランはガントレットのはまった腕でごしごし目元をこすると、キッと顔を上げた。そして急ぎ足で、仲間の下へ……“答え”を知っている者の下へと、戻っていった。



つづく
====================

読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

====================

Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。

↓ ↓ ↓

https://twitter.com/ragoradonma
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします

雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました! (書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です) 壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。 ※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。 詳細は近況ボードをご覧ください。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...