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17章 再開の約束
33-3
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33-3
ブワァー!
右手が、全身が、そして俺の魂までもが、激しく鳴動している。俺の右手は輪郭を失い、激しく振動しながら、地の底へと伸びていく。地面を突き抜け、さらにその下……
「……掴んだ!」
右手を引き抜く。手には確かに、“魂の感触”があった。いつもなら、そこで止める。アンデッドと俺の魂を共鳴させた後は、いつも俺は、彼らと対話してきた。だが今回は、そんな気はさらさらない。俺は掴んだ魂に、さらに魔力を込めた。
「おおおぉぉぉ!」
この魂を、完全に掌握する!
バシュウッ!
俺の手の中で、魂が弾け散った。手をほどかないまま、握り拳を灰の上にかざす。すると、ザァッと灰がうごめいた。
「ひっ……」
ウィルが息をのむ。灰が立ち昇って、人の形になったのだ。真っ黒の影のようなソイツを伴って、俺はずんずんと歩き出す。
「お、桜下さん。それって……」
困惑した仲間たちが、後をついてくる。悪いが、今は説明してやれない。これを維持するのにものすごい集中が必要だし、これからすることを考えたら……間違いなく、反対されるだろうから。
俺は、倒れたクラークのもとまでやって来た。
「桜下……」
「ぐすっ……あの、何を……?」
アドリアとミカエルが、混乱した顔で俺を見上げる。俺は全身に力を込めたまま、堅い声で告げる。
「クラークを、生き返らせる」
「え……」
この場にいる全員の目が、俺に集まった。
「何を……いい加減なことを、言わないでくれ!」
アドリアが激しい剣幕で、地面に拳をどんっと打ち付ける。
「そんなことが、できるのであれば……できるのであれば、とっくに……」
「ああ。普通の死じゃ、そうだろうな。けど、クラークはそうじゃないだろ」
「なに……?」
「クラークの命は、闇の魔法で奪われた。なら、こいつの力が効くはずだ」
俺は拳を前に突き出し、黒い影をクラークの側へと立たせる。クラークに覆いかぶさっていたミカエルが、びくりと身をすくめた。
「ミカエル、どいてくれ」
「で、ですが……それに……クラーク様の心臓は、もう……」
「どいてくれ。じゃないと、あんたも巻き込まれるぞ」
俺の有無を言わせない口調に、ミカエルはごくりとつばを飲む。すると、ミカエルのわきに腕が差し込まれて、ひょいと抱え上げられた。目を白黒させるミカエルを、アルアが固い表情で連れて行く。
「あっ、アルアさん!?」
「今は、あの人の言う通りに……見守りましょう」
クラークの側に誰もいなくなると、俺は左手を添えた握り拳を、クラークの体の上に突き出す。ミイラのように黒く干からびた、クラークの顔を見下ろす。
「闇の魔力の傷は、闇の魔力でしか治せない。クラークの命は、闇の魔法で吸い取られてしまった」
辺りが静まり返る。みんなが固唾をのんで、俺とクラークを見つめている。
「なら、闇の魔力を使って、再び命を与えることも可能なはずだ」
俺は心の中で、黒い影に念じた。影が、ゆっくりとこちらを向く。その瞬間、なにかを悟ったのか、アドリアが目を見開いた。同時に、ウィルが息をのむ。
「まさか……お前!」
「っ!いけません、桜下さん!」
ウィルが飛び込んでくるが、遅かった。
「やれ!セカンド!」
影の手が、俺の胸を貫いた。
「ぐぉ……ッ!」
なんだ、これは……目の前がチカチカと明滅している。体中の血を抜き取られてしまったようだ。視界がぐるぐると回り、酷い耳鳴りがする。膝にありったけの力をこめて、辛うじて倒れることだけは免れる。
「よし……いいぞ、やれ……」
掠れた声で呟くと、黒い影は俺から手を引き抜く。俺の胸から影の指先が抜けた瞬間、ぞっとするほど寒くなった。いきなり、冬になっちまったのか……?唇の震えが止まらないが、それでもまだ、倒れるわけにはいかない。俺が心の中で命じると、影はそのままクラークに手を突き刺した。すると……
「あ……」
「ああ……クラーク様!」
クラークの肌が、元に戻っていく。どす黒かった顔は、蒼白くらいの顔色になった。なにより、わずかにだが、胸が上下している。
「ま、まだ……全快とは、言えないはずだ……よ、よく診てやってくれ……」
「はい……はい……!」
ミカエルは息を詰まらせながらも、急いでクラークの治療を始めた。よし、これでこっちは大丈夫……などと、息つく暇もなかった。
「な……何考えてるんですかっ!」
ウィルが胸倉を掴み上げん勢いで、俺にぐっと詰め寄ってきた。
「まさか、自分に闇の魔法を使わせたんですか!?正気なの、あなた!」
「だ、大丈夫だって……俺だって、自分の命、丸ごとやるほどお人好し、し、じゃないよ……半分だけだ」
「は……半分?」
「ああ……俺のは、は、半分を、クラークにやった。な、何とか足りたみたいで、よかったよ……」
ウィルはなおも口を開こうとするが、それを遮る。
「ウィル。悪い……今は、俺の頼みをき、聞いてくれないか。文句なら、その後でいくらでも……」
「……~~~ッ!あとで、耳にタコができるまで聞いてもらいますからね!絶対です!倒れたりしたら、はたき起こしてやりますから!」
ははは……それは、覚悟しないとな。
「俺を……ろ、ロアたちのとこへ、連れてってくれ。あいつらのことを……解放する」
残すところ、これが最後の仕事だ。けど、正直あとどれくらいもつかな……さっきからだいぶ、目の前が暗いんだよな……
「アルルカさん!聞いてましたよね、お願いします!」
「任せなさい!」
体が、ぐいと持ち上げられる。アルルカが俺を抱え上げたようだ。そのままばさりと翼が振り下ろされ、俺たちは猛スピードで、ヘルズニルの中へ飛んで行く……
……
「……着いたわよ。ねえあんた、大丈夫?」
はっ。飛翔と同時に、意識のほうも飛んでいたらしい。気が付いたら、心配そうにこちらを覗き込む、アルルカの顔が近くにあった。
「ああ……あ、あ、ありがとな、アルルカ……」
「ねえ、無理すんじゃないわよ。これであんたまで……」
「ちゃっちゃと、やるからさ……な?」
アルルカはぐっと唇を噛むと、黙って俺を支えてくれた。
ここは、いつかに見た、がらんどうの美術館のような部屋だ。あの頃が、遠い昔に感じるな……広い部屋いっぱいに結晶が並べられ、その中に人々が閉じ込められている。その中の一つ、何の因果か、偶然俺たちのすぐそばにあったのが……ロアが閉じ込められたクリスタルだった。
「さあ……セカンド。最後の務めを果たせ」
黒い影が、ゆっくりと両手を前に掲げる。そしてその手を、思い切り自分の胸に突き刺した。
ガシャァァァァン!
けたたましい音と共に、結晶が一斉に砕け散った。無数の欠片が床に跳ね、部屋いっぱいに広がる。アルルカはマントをひるがえすと、俺の前に立って、結晶の欠片が当たらないようにしてくれた。
(ああ……)
最後まで確認できなくて、残念だが。まあ、ここまでやれば、後はよろしくやってくれるだろ……
「よ……かった……これで……」
「ち、ちょっと!?ねえ、しっかりしなさいよ!ねえったら!」
アルルカ、揺するならもう少し優しくやってくれないか……それじゃあ、眠りづらいじゃないか。だがじきに、その声も聞こえなくなる。世界が、全てが、俺から遠ざかっていくようだ。
薄れゆく視界の中、ぼんやりとした人影が、こちらに走ってくるのが見えたが……もう、目を開け続けることはできなかった。
ぷっつりと、俺の意識は闇に途切れた。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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右手が、全身が、そして俺の魂までもが、激しく鳴動している。俺の右手は輪郭を失い、激しく振動しながら、地の底へと伸びていく。地面を突き抜け、さらにその下……
「……掴んだ!」
右手を引き抜く。手には確かに、“魂の感触”があった。いつもなら、そこで止める。アンデッドと俺の魂を共鳴させた後は、いつも俺は、彼らと対話してきた。だが今回は、そんな気はさらさらない。俺は掴んだ魂に、さらに魔力を込めた。
「おおおぉぉぉ!」
この魂を、完全に掌握する!
バシュウッ!
俺の手の中で、魂が弾け散った。手をほどかないまま、握り拳を灰の上にかざす。すると、ザァッと灰がうごめいた。
「ひっ……」
ウィルが息をのむ。灰が立ち昇って、人の形になったのだ。真っ黒の影のようなソイツを伴って、俺はずんずんと歩き出す。
「お、桜下さん。それって……」
困惑した仲間たちが、後をついてくる。悪いが、今は説明してやれない。これを維持するのにものすごい集中が必要だし、これからすることを考えたら……間違いなく、反対されるだろうから。
俺は、倒れたクラークのもとまでやって来た。
「桜下……」
「ぐすっ……あの、何を……?」
アドリアとミカエルが、混乱した顔で俺を見上げる。俺は全身に力を込めたまま、堅い声で告げる。
「クラークを、生き返らせる」
「え……」
この場にいる全員の目が、俺に集まった。
「何を……いい加減なことを、言わないでくれ!」
アドリアが激しい剣幕で、地面に拳をどんっと打ち付ける。
「そんなことが、できるのであれば……できるのであれば、とっくに……」
「ああ。普通の死じゃ、そうだろうな。けど、クラークはそうじゃないだろ」
「なに……?」
「クラークの命は、闇の魔法で奪われた。なら、こいつの力が効くはずだ」
俺は拳を前に突き出し、黒い影をクラークの側へと立たせる。クラークに覆いかぶさっていたミカエルが、びくりと身をすくめた。
「ミカエル、どいてくれ」
「で、ですが……それに……クラーク様の心臓は、もう……」
「どいてくれ。じゃないと、あんたも巻き込まれるぞ」
俺の有無を言わせない口調に、ミカエルはごくりとつばを飲む。すると、ミカエルのわきに腕が差し込まれて、ひょいと抱え上げられた。目を白黒させるミカエルを、アルアが固い表情で連れて行く。
「あっ、アルアさん!?」
「今は、あの人の言う通りに……見守りましょう」
クラークの側に誰もいなくなると、俺は左手を添えた握り拳を、クラークの体の上に突き出す。ミイラのように黒く干からびた、クラークの顔を見下ろす。
「闇の魔力の傷は、闇の魔力でしか治せない。クラークの命は、闇の魔法で吸い取られてしまった」
辺りが静まり返る。みんなが固唾をのんで、俺とクラークを見つめている。
「なら、闇の魔力を使って、再び命を与えることも可能なはずだ」
俺は心の中で、黒い影に念じた。影が、ゆっくりとこちらを向く。その瞬間、なにかを悟ったのか、アドリアが目を見開いた。同時に、ウィルが息をのむ。
「まさか……お前!」
「っ!いけません、桜下さん!」
ウィルが飛び込んでくるが、遅かった。
「やれ!セカンド!」
影の手が、俺の胸を貫いた。
「ぐぉ……ッ!」
なんだ、これは……目の前がチカチカと明滅している。体中の血を抜き取られてしまったようだ。視界がぐるぐると回り、酷い耳鳴りがする。膝にありったけの力をこめて、辛うじて倒れることだけは免れる。
「よし……いいぞ、やれ……」
掠れた声で呟くと、黒い影は俺から手を引き抜く。俺の胸から影の指先が抜けた瞬間、ぞっとするほど寒くなった。いきなり、冬になっちまったのか……?唇の震えが止まらないが、それでもまだ、倒れるわけにはいかない。俺が心の中で命じると、影はそのままクラークに手を突き刺した。すると……
「あ……」
「ああ……クラーク様!」
クラークの肌が、元に戻っていく。どす黒かった顔は、蒼白くらいの顔色になった。なにより、わずかにだが、胸が上下している。
「ま、まだ……全快とは、言えないはずだ……よ、よく診てやってくれ……」
「はい……はい……!」
ミカエルは息を詰まらせながらも、急いでクラークの治療を始めた。よし、これでこっちは大丈夫……などと、息つく暇もなかった。
「な……何考えてるんですかっ!」
ウィルが胸倉を掴み上げん勢いで、俺にぐっと詰め寄ってきた。
「まさか、自分に闇の魔法を使わせたんですか!?正気なの、あなた!」
「だ、大丈夫だって……俺だって、自分の命、丸ごとやるほどお人好し、し、じゃないよ……半分だけだ」
「は……半分?」
「ああ……俺のは、は、半分を、クラークにやった。な、何とか足りたみたいで、よかったよ……」
ウィルはなおも口を開こうとするが、それを遮る。
「ウィル。悪い……今は、俺の頼みをき、聞いてくれないか。文句なら、その後でいくらでも……」
「……~~~ッ!あとで、耳にタコができるまで聞いてもらいますからね!絶対です!倒れたりしたら、はたき起こしてやりますから!」
ははは……それは、覚悟しないとな。
「俺を……ろ、ロアたちのとこへ、連れてってくれ。あいつらのことを……解放する」
残すところ、これが最後の仕事だ。けど、正直あとどれくらいもつかな……さっきからだいぶ、目の前が暗いんだよな……
「アルルカさん!聞いてましたよね、お願いします!」
「任せなさい!」
体が、ぐいと持ち上げられる。アルルカが俺を抱え上げたようだ。そのままばさりと翼が振り下ろされ、俺たちは猛スピードで、ヘルズニルの中へ飛んで行く……
……
「……着いたわよ。ねえあんた、大丈夫?」
はっ。飛翔と同時に、意識のほうも飛んでいたらしい。気が付いたら、心配そうにこちらを覗き込む、アルルカの顔が近くにあった。
「ああ……あ、あ、ありがとな、アルルカ……」
「ねえ、無理すんじゃないわよ。これであんたまで……」
「ちゃっちゃと、やるからさ……な?」
アルルカはぐっと唇を噛むと、黙って俺を支えてくれた。
ここは、いつかに見た、がらんどうの美術館のような部屋だ。あの頃が、遠い昔に感じるな……広い部屋いっぱいに結晶が並べられ、その中に人々が閉じ込められている。その中の一つ、何の因果か、偶然俺たちのすぐそばにあったのが……ロアが閉じ込められたクリスタルだった。
「さあ……セカンド。最後の務めを果たせ」
黒い影が、ゆっくりと両手を前に掲げる。そしてその手を、思い切り自分の胸に突き刺した。
ガシャァァァァン!
けたたましい音と共に、結晶が一斉に砕け散った。無数の欠片が床に跳ね、部屋いっぱいに広がる。アルルカはマントをひるがえすと、俺の前に立って、結晶の欠片が当たらないようにしてくれた。
(ああ……)
最後まで確認できなくて、残念だが。まあ、ここまでやれば、後はよろしくやってくれるだろ……
「よ……かった……これで……」
「ち、ちょっと!?ねえ、しっかりしなさいよ!ねえったら!」
アルルカ、揺するならもう少し優しくやってくれないか……それじゃあ、眠りづらいじゃないか。だがじきに、その声も聞こえなくなる。世界が、全てが、俺から遠ざかっていくようだ。
薄れゆく視界の中、ぼんやりとした人影が、こちらに走ってくるのが見えたが……もう、目を開け続けることはできなかった。
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