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17章 再開の約束

33-4

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33-4

俺は、夢を見た。

「やあ」

またいつかの、真っ白な、あるいは真っ黒な空間だ。辺りにはなんにもないし、なんでもある。ただ今回は、一人だけ確実に存在しているようだ。

「なんだよ……またあんたか」

「酷い言いようだな。ははは」

明るく笑う男。これまでも幾度となく出て来たっけか……勇者ファーストだ。しかし、今回は様子が違う。今までずっと、ぼんやりととりとめのない姿だったファーストだが、今回ははっきりその姿が見える。

「……意外と冴えない顔だな」

「……本当に、酷い言われようだ」

不機嫌そうに眉をひそめても、あまり迫力がない。サードほど地味ではないが、さりとてクラークのような絵に描いた勇者とは程遠い。おかしいな、あちこちで聞いた話を聞くに、とても立派な人だって伝わっているけど。

「私だって、君たちと同じと言う事さ。勇者だなんだと言われても、元をたどればただの少年だった。ましてや、今は死んでしまったわけだし」

「ああ、それもそうか……ん?まてよ。今回、あんたの姿が妙にリアルなんだけど。まさかこれって、俺の夢じゃなくて、あの世ってことか……?」

血の気が引く。まさか、無理がたたって……?しかしファーストは、きょとんとした後に、ぷっとふき出した。

「ぷはははは!安心しろ、そうじゃない。ここは、君の夢の中だよ。ははは」

「な、なんだ……ええい、そんなに笑うなよ!あんたが紛らわしいことするからだぞ!」

ファーストはひとしきり気持ちよさそうに笑うと(こっちはたまったもんじゃない……)、ぱん、ぱんと二回手を打った。

「安心したまえ。これで最後になろうよ」

「そらなによりだぜ……で?それって、セカンドが倒れたからか?」

「ああ。まずは、君たちの健闘をたたえよう。おつかれ、よくやった」

ファーストが力強く拍手をする。伝説の勇者に褒めたたえられて、恐縮すればいいのか?けっ、今更だな。

「どうも。けどな、こっちはいい迷惑だぜ。こう何度も頭ん中押しかけられてさ。そんなにあいつを恨んでたのか?」

「そうだな……あの男のことが、ずっと気に掛かっていた」

ファーストは、遠くを見るような目をする。夢の世界じゃ、全てが真っ白のなので、その視線の先には何もない。

「あの男が許せなかったのも、もちろんある。だが、あいつへの恨みは、次第に薄れて行ったよ。そうなると、奴が何かしでかさないかが気がかりだった」

「恨みを、忘れたのか?」

俺がそう訊くと、ファーストはフッと笑う。

「いいや。忘れるものか……だが、マイナスな感情と言うのは、抱き続けるにはしんどいものさ。死んだ後は、とくにな」

そう言うものなんだろうか?俺は死んだことがないから分からない。

「何かできないかと模索した結果、幸運にも君の夢に繋がれたわけだが……しかし、結果的に私は何の役にも立てなかったな」

「ん、そうでもなかったよ。あんたの助言、役に立ったぜ。サンキューな」

いい機会だ、礼を言っておこう。この次はないようだから。

「それと、あんたの孫の活躍もな。結局あいつがとどめを刺したんだ。知ってるか?あいつ、ずうっと敵討ちに執着してたんだぞ」

「もちろんだとも……あの子には、私のせいで、色々と辛い思いをさせているようだ。これで少しは、彼女の重荷が軽くなればいいのだが」

ふむ。あの世ってのは、意外と色々な情報が流れていくんだな。ならアルアの母親、ファーストの娘のことも知っているのだろうか?もし知っているのなら、責任の一端はこいつにあるんだ。死んだ人にとやかく言うのは筋違いかもしれないけど、せめてこれだけは言わせてもらう。

「なあファースト。やっぱりあんた、あの子に直接会ってやれよ。俺なんかより、よっぽどそっちのがいいって」

「……そうしたいのは、山々なんだけどね」

ファーストはため息をつくと、上を見上げた。俺の夢の中だから、頭上は真っ白なだけで、何もないけれど。前にも事情があるとか言っていたが、どんな事情だよ?

「……実は、私は以前一度、現世に呼び出されているんだ」

「え?確か……一度だけ、帰ってくることが許されるって、そういう話だったよな?」

予想外の答えに面食らう。人間関係の問題とかじゃなかったのかよ?
ファースト曰く、あの世に逝った人間は、一度だけこの世に戻ってくることができる。エラゼムの前にメアリーが現れ、俺の前にエラゼムが現れたのも、そのためだったはず。ならファーストは、これで二度目のコンタクトじゃないか?

「確かにそう言ったよ。けど私は、“呼び出された”と言ったんだ。自分の意志じゃないんだよ」

「は、はぁ?……そんなこと、可能なのか?」

「どうやらね。前の世界じゃ、イタコと呼ばれる人たちがいただろう?あの人たちは、死者を口寄せする。似たような人たちが、この世界にもいるんだ」

「な、なんじゃそりゃ……」

「呆れるのはいいが、君が言うか?だって君は、死霊術師ネクロマンサーじゃないか」

おっと、そいつを言われると納得せざるを得ないか。ネクロマンサーがいるのなら、イタコやシャーマンだっているのかもしれない。

「私は過去に、そうやって強制的に呼び戻された。そのせいで私は、現世に姿を現すことができなくなってしまった。何とかできたのは、強いネクロマンスの力を持つ君の、夢に出てくるくらいだったんだ」

「うーん……でもじゃあ、あんたを呼び出した人って、一体誰だよ?」

「……」

ファーストは言いたくなさそうだったが、ここまで話した以上、それを明かさずにはいられないと思ったらしい。決心した様子で、口を開く。

「……私たちの娘。アルアの母。プリメラだ」

「えっ!あいつか……」

あの人は、異様なほどファーストに執着していた。確かに、あの世から無理やり引っ張り出すくらいのことはしそうだな……けど彼女はファーストを呼び出して、一体何をしたのだろう?

「なあ、そん時のことって……」

「すまない、それは訊かないでくれないか。私たちの家のことだし、本人のいないところで話せる内容じゃない」

「む、そういうことか……じゃああんたはもう、アルアやプリメラの前に出ることはできない?」

「無理だね。だから、君の夢に強引に繋がるしかなかったんだ。けど、この方法ももう二度と使えないだろう。だから正真正銘、これが最後だ……っとそうだ、一つ頼まれごとをしてくれないか」

「うん?」

「僕の……孫。アルアに、伝えてやってくれないか」

ファーストは真剣な顔で、俺を見る。

「君を誇りに思う、と。そしてできれば、彼女を支えてやって欲しい」

「へ?……それって、俺に?」

「ああ。あの子はあんなだから、親しいと呼べる間柄の人間がほとんどいない。だが君なら、彼女の事情もよく分かっているだろう。だから頼む」

「んなこと言われてもな……大体俺、あいつとそんなに仲良くないぜ?あんたに言うのもあれだけど」

「分かっている」

分かってんのかよ……とは、言わないでおくけども。

「けど、今の時点では、君が一番適任なんだ。そのうち余裕が出て来れば、あの子にもいいパートナーが見つかると思う。それまで、どうか頼むよ」

うーん……孫を思う祖父の愛、か?まあこいつには、助言の借りもあるしなぁ。俺は頬をぽりぽりかいた。

「……まあ、できる範囲でいいなら、意識しとくよ」

「すまない、ありがとう。君は彼女の味方で居てやってくれ。本当は私が見ててやりたいが……もう、いかねば」

え……俺は、ファーストをまじまじと見つめる。

「あんた、それって……」

「うん。そのつもりだ。心残りだったセカンドが居なくなった今、私が留まり続ける理由もなくなった。……おちおちしてると、奴がここに来てしまいそうだしな」

ファーストは苦いコーヒーを飲んだような顔で笑う。彼はもう死んでいるのだし、引き留める理由もないのだけれど……なんだか、寂しく感じた。こうして何度も顔を合わせていたから、情が移ったのかもしれない。

「……なあ、ファースト。最期に一個だけ、聞いていいかな」

「いいとも」

よし、そんなら……俺は一つ息をつくと、投げかける。

「あんたは……勇者になれて、よかったと思うか?」

「……」

ファーストの顔が、わずかにこわばる。これがセカンドとの会話と関係していると、分かっているのだろうか。

「……私には、ティロがいたからな」

「確か……あんたの恋人か」

「ああ。彼女を通じて、私はこの世界を愛することができた。だから、恨んではいないんだ。でも……故郷を、忘れたこともなかった」

故郷……胸の奥が、鈍く痛む。

「当時はなんとも思っていなかったのに、もう戻れないと意識するほど、懐かしくてしょうがなかった」

「だから……あの町を作った?」

「そう。でもな、この世界に呼び出されたこと、後悔してはいないんだ。そうじゃなかったら、“僕”は最愛の女性にも出会えていなかっただろうし、勇者として活躍することもできなかっただろう。でも、辛くないかと言われれば……」

セカンドはうつむくと、聞こえるか聞こえないかくらいの声で、つぶやく。

「そこだけは、唯一、あの男と分かり合えたのかもしれないな……」

そう、なのかもしれないと、俺も思った。ファーストも、セカンドも。元をたどれば……そして、俺たちもまた。

「ん……そろそろ時間のようだ」

お。そう言われたら、確かに周囲が光に染まってきつつある。夢の終わりが、近づいてきているようだ。

「最後に、改めて礼を言うよ。ありがとう。君は、立派な勇者だ」

なに?俺はぷっとふき出した。それを見て、ファーストが変な顔をする。

「ぷはは、冗談だろ。……俺は、勇者をやめたんだ」

ファーストは呆れた顔をすると、処置なしとばかりに首を振った。その口元は、確かに笑っていたと思う。
それ以降、ファーストが俺の夢に現れることは、もう二度となかった。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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