異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-

万怒 羅豪羅

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第一章

第105話/Reincarnation

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第105話/Reincarnation

「へぇ~……そんなことが、あったのね」

兎の耳がぴょこぴょこと揺れる。プラムドンナのウェイトレス、レットは、俺の話にしきりにうなずいた。

「ユキさんの過去に、そんなことが……」

反対にへにょりと耳を垂らしているのは、レットの妹、ルゥだった。

「ごめんなさい、わたし、何にも知らなくって……」

「いや、むしろ当然だ。俺すら覚えてなかったんだから、ルゥが謝ることじゃないさ」

俺はしょぼくれるルゥの頭を、ぽんぽんと撫でた。俺は今、ポッドの店『スカッジ』にいる。そこでルゥと、たまたま遊びに来ていたレットに出くわした俺は、いままでの戦いの顛末と、俺自身の過去について話していた。

「そーよ、ルゥ。ユキの言う通り、ルゥが謝ることなんてないわ」

「おねえちゃん……で、でも」

「それに。ユキが自分の秘密を話してくれたのよ?それって、ルゥのことをそれだけ信頼してるってことだと思わない?」

「あ……」

ルゥのくりっとした目が、おずおずとこちらを向く。俺がにこりとうなずいてやると、ルゥはぱぁっと顔を明るくした。

「ね?こういう時はにっこり笑って返すのが、イイオンナってやつよ」

「そっか……うん。ありがとうございます、ユキさん」

ルゥは顔をほころばせて礼を言った。

「ああ。俺も、ルゥたちには知っておいてほしかったんだ」

そういうと、ルゥはなぜか複雑な表情を浮かべた。それを見ていたレットがため息をつく。

「……けど、なるほどね。女難に加えて元警官ときたら、ユキの女っ気のなさもうなずけるわ」

「女難って……けど、そうだな。無意識のうちに、苦手を遠ざけようとしてたのかもしれない」

「そうね。と、いうことは……今後は、苦手なアタシたちは近づかないほうがいいってことかしら?」

「え?」

突然、レットは意地悪い笑みをにやっと浮かべた。なんだ、いきなり……
とその時、横でルゥがすがるようにこちらを見つめていることに気付いた。

「……ああ、なるほど。悪い、誤解させる言い方だったな。確かに俺は、女に近づくのは苦手だ。けどきみたちのことは、友達だと思ってるし、仲良くしたいと思ってる……ダメか?」

「だっ、ダメだなんて!そんなことないです!」

ルゥは体ごと首をぶんぶん振ると、すいっと俺に詰め寄ってきた。

「むしろ!ユキさんこそ、迷惑じゃないですか?その、わたしといて……」

「ルゥ。さっきも言ったが、あれはもう過去の話だ。今の俺は、きみたちといっしょに居たい」

「ほんとですか?」

「ああ」

「また、会いに来てくれますか?」

「もちろん」

「お弁当、食べてくれますか?」

「お願いしたいくらいだ」

「……この前みたいに、いっしょに、出かけてくれますか?」

「お……おう!」

この前のっていうのは、つまり、デートみたいなってことで……

「やった!うれしい!」

ルゥははじけるように笑うと、その勢いのままぴょんと飛び跳ね、俺の頬にキスをした。

「ちゅっ」

「ぅおっと」

「ちゃんと聞きましたからね、ユキさん。約束、破らないでくださいよ!」

そう言い残すと、ルゥは照れ臭いのか、たたたっと店の奥に駆けて行ってしまった。

「……たくましくなったなぁ」

ルゥの唇が触れたあたりをポリポリかきながらつぶやくと、レットがぷふっとふきだした。

「あはは!女の子ってのは、昨日と今日でまるっきり別人になってるんだから。あの子は今までそういう経験がなかった分、燃えに燃えてるからね」

「そうだな。ルゥの気持ちは嬉しいんだけど、時々不安になるよ。俺のことを、白馬の王子さまと誤解してるんじゃないかって」

「あの子が、恩と恋愛感情をごっちゃにしてるんじゃないかってこと?そうね、ちょっとはそんなところもあるかもしれないけど……けど、アタシはユキのこと、立派な王子様だと思ってるわよ?」

「ええ?」

またからかっているのか?俺は怪しげにレットを見るが、彼女はさっきと違って、穏やかに微笑んでいるだけだった。

「ユキが、女の子にトラウマがあるんだって聞いたけどね。もし仮にそれがなかったとしても、ユキはルゥにひどいことしなかったと思うの」

うん?あぁ、ルゥと初めて、あの売春宿で出会った時のことを言ってるんだ。

「ユキは、苦手だったからあの子を見逃したんじゃない。ルゥのためを思って、あの子に手を出さないでくれたんじゃないかしら。きっとそんなユキだから、あの子も好きになったのよ」

「そう……なのかな」

「少なくとも、アタシから見ればね。それにあの子、アタシと違ってとっても頭がいいのよ。変な男に引っかかるようなタイプじゃないわ」

変な男って……けど、引っかかっていたもやもやはきれいに吹っ切れた。これがレットなりの励まし方なのかもしれないな。

「ありがとな、レット。おかげですっきりした」

「ううん。アタシはおねえちゃんとして、あの子を応援したいだけだから。むしろ、あの子を泣かせたら、その時は怖いわよ~……」

「おいおい……勘弁してくれよ」

レットの口元は笑みを浮かべていたが……目が笑っていない。

「おや?ユキ坊、来てたのかい」

ひょこっと顔を出したのは、この店の店主、ポッドだ。

「ポッド。久しぶり、お邪魔してます」

「おうさ。それよりアンタ、ルゥになんかしたのかい?ずいぶんバタバタしてたけど」

「あはは……」

ここは適当にごまかしておこう。ポッドとレットに組まれたら、ルゥの下僕になるまで許してもらえなそうだ。

「そ、それより。ポッド、最近はどうです?」

「うん?まぁ、店のほうは相変わらず、ぼちぼちだね。けど最近は、獣人の客が増えてきたよ。裏の稼業のほうも少しずつ落ち着いてきてるし、アンタたちさまさまかね」

「おお、本当ですか?アプリコットが聞いたら喜びます」

「あとは、そうさね……ルゥはがんばってるよ。料理もだが、近頃は医学の勉強もしててね。なかなか筋がいい。将来はあたしみたいな医者になりたいんだってさ」

へぇ……レットの言っていたとおり、本当に聡明な子だな。

「まったく、こんなヤブ医者目指されてもたまったもんじゃないよ」

口ではそういいつつも、ポッドは弟子ができたことにまんざらでもない様子だ。

「それに、あの子は愛嬌があるからね。もともとそういう性格だったのが、元気になって戻ってきたみたいだよ。最近客足が増えたのは、ありゃ確実にあの子目当てなのも混じってるからだね」

「あら、それほんとう?ユキ、あんまりうかうかしてられないかもよ?」

「ほんとだよ。いつまでもフラフラほっつき歩いてないで、あの子と籍でも入れておやり」

まずい、ポッドとレットの即席連合軍ができつつあるぞ。雲行きが怪しくなる前に撤収したほうがよさそうだ。

「あー、そろそろ。俺、この後人と会う予定なんで……」

「あ。ユキったら、ずるーい」

「アッハッハ!まぁ、いつでもおいで。ルゥもそのほうが喜ぶよ。それに、今日みたいに悩むようなら、話くらいなら聞いてやれるからね」

ポッドの言葉に、俺は目を丸くした。

「……気づいてたんですか?」

「ま、なんとなくね。アンタだけで来るのも珍しいから、あとはカンさ」

俺たちのやり取りに、レットはハテナを浮かべている。当然だろう、俺だってそんなそぶりはほとんど見せていないつもりだった。

「細かくは聞かないけどね。アンタならどうにかなるさ。うまくおやりよ」

「……ええ。実はこの後、大事な話をしなきゃならないんです。その緊張をほぐしたくて、気づいたらここへ」

「そうかい。肩の力は抜けたかい?」

「おかげさまで。ずいぶん楽になりました」

「そりゃよかった。ま、なるようになるさ。いっといで」

「ええ。また来ます」

俺が軽く頭を下げると、ポッドはいかにもけだるそうに、手をひらひらと振った。ポッドらしい挨拶だ。レットは何が何だかさっぱりわからないという顔をしていたが、またね、と見送ってくれた。

「あ、そうだった。ユキ坊!」

俺が数歩歩いたところで、ポッドが後ろから声をかけた。

「あの親父から言伝だよ!『またいつでもいらしてくだせえ』ってさ!」

あの親父……屋台の店主、ジャックスか。

「わかりました!よろしく伝えてください!」

「やだよ、めんどくさい!言いたきゃ直接いいな!」

はは、これもポッドらしい答えだ。
ジャックスにも、何かと世話になった。あの屋台の暖簾と、その奥にたたずむブスッとした親父を思い出す。あれから改めて礼を言おうと思ったのだが、どうにもこちらから探すと見つからないのだ。だが、きっとまたいつか、ひょっこりと会える気がしていた。
俺はポッドへ手を振ると、次の目的地へ向かって歩き出した。
これが、最後のケジメだ。
もう一人。俺の過去を知る人に、会わなければいけない。



約束の場所へ行くと、彼女はすでに到着していた。退屈そうに、空を舞う海鳥をぼーっと眺めている。

「悪い、待たせたか?」

「……遅いっすよ、センパイ。待ちくたびれたっす」

そう言って、彼女……黒蜜は、にこっと笑った。

「なんて、冗談っす。ウチが早く来てただけっすから」

「そうか」

「はい」

黒蜜は短くこたえると、寄りかかっていた防波堤の壁に腕を乗せた。

「いい天気っすね、センパイ」

黒蜜は、穏やかに凪ぐ海を眺めながら言った。

「そうだな……黒蜜は、海が好きなのか?」

この波止場を待ち合わせ場所にしたのは黒蜜だ。以前、ニゾーと死闘を繰り広げたこの場所は、俺にとっては印象深い。あの時付けたクレーターが、まだ残っているくらいだ。けど、黒蜜にとってはなんの思い出もないはずだが……

「そうっすねぇ……むしろ、きらいっす」

「え?」

「ろくな思い出が無いっす。とくに、こういう波止場は嫌なことばっか思い出しますね」

「な、なんだよ。じゃあどうしてここを選んだんだ?」

「……それが、いいと思って。これからの話をするには」

海風が吹き、黒蜜の前髪を揺らす。水面は相変わらず穏やかで、空がそっくりそのまま溶け込んだかのようだった。

「……信じられないかもしれないけどな。俺が、記憶を取り戻したとき。苅葉と、手綱に会ったんだ」

「……」

「夢の中でのことだったから、全部俺の妄想かも知れないけど……そこで、いろいろな話を聞いた。俺たちの間であった事、その先に起こった事……俺“たち”が、すでに死んでいる事」

そう。あの時、苅葉と手綱は確かに、俺たちが一度死んでいると言った。そして、この世界に転生したのだと。

「その時……悪い。死んだ理由、聞いた」

「……そうっすか」

黒蜜は、そっけなく一言だけつぶやいた。

「ああ……けど、それだとおかしいんだ。黒蜜と俺が、はじめてこっちで会った時だよ」

あの時のことを思い出す。事務所に帰ると、黒蜜とキリーが言い争っていたっけ。突然現れ、妹だと名乗る黒蜜に、ずいぶん戸惑ったものだった。

「あの時、俺の過去を聞いたら、黒蜜は知らないって言ってたよな。俺が家を出たから、消息が分からなかったって……けど、記憶が戻った今ならわかる。俺たちは、決して音信不通じゃなかったよな。それどころか、けっこうな頻度で顔を合わせてたはずだ」

黒蜜は、なにも言わない。その横顔は、まるで今の海を映したかのように、静かで穏やかだった。

「黒蜜……何か事情があったんだろう。けど、どうして嘘をついたんだ?」

「……あーあ!やっぱり、全部お見通しかぁ。さすがっすね、センパイ。いや……お兄ちゃん」

黒蜜はふっきれたように伸びをすると、勢いをつけて防波堤に飛び乗った。

「おい、黒蜜!危ないぞ」

黒蜜があと一歩でも踏み出せば、海の中へと真っ逆さまだ。穏やかな海とはいえ、ひやひやする。

「あはは。お兄は心配性っすね。今も昔も、変わらないな……」

黒蜜は塀の上から、俺を見下ろした。

「そうっす。ウチは、お兄のこと、ぜーんぶ知ってました。ごめんなさい、騙しちゃって」

「うん……だが、どうして?」

「どうして、か……」

黒蜜あごに手を当て、考え込む仕草をした。

「……うーん。お兄は、神様って、信じます?」

え?なんだ、突然。かみさま?

「そうだな。絶対ってわけではないが……人並みには、意識してると思うぞ」

「そうっすよね。ウチもそんなもんっす。けど、こっちに来てから、少し変わったかな」

「変わった?どう、変わったんだ?」

「かみさま。いるって思うようになりました。だって、直接会いましたから」

なん、だって?神様に、あった?

「ウチがこの世界に転生する前。光の中で、ウチは神様としか呼べないような、なんだかすっごいモノにであったんす」

「ずいぶんアバウトだな……」

「えへへ、ウチもアレをどう表現したらいいのか……けど、神様って、そういうもんっぽくないっすか?」

「うぅ~ん……まあいいか、それで、どうなったんだ?」

「はい。それに会った時、ウチは何でも望みを叶えてやろうって言われました」

「願いを……あ」

ま、まさか。俺はアオギリの言っていたことを、ここにきて急速に思い出した。
(お前さんも、会わなかったか?てっきり、そいつの力だと思っとったがな……)
そうだ、アオギリの言っていた、得体の知れない光。その光から、アオギリは鳳凰会を作る力を授かったと言っていたじゃないか。まさか、黒蜜が会ったのも、それか……?

「ウチはその時、ああこれは神様なんだなって思ったんす。いかにもじゃないっすか?半信半疑だったんすけど、もう死んでるしいいかなって、信じてみることにしたんです」

黒蜜は、自分の胸をつんと指した。

「なんでも、ウチみたいなのは転生者って呼ぶらしいっす。それで、元の世界からこっちの世界へ生まれ変わるとき、世界同士の微妙な差異が生まれるんですって。その歪みを正す副作用として、転生者は特別な力を得られるらしいんすよ」

「え、ちょ、ちょっと待ってくれ。俺はそんな神様なんかに会ってないぞ?」

そうだ。俺は気づいたら、このパコロの街にいた。能力を得るどころか、記憶を失っている始末だったしな。

「あー、それは、後述の理由のせいというか……」

黒蜜はバツが悪そうに眼をそらす。

「その……ウチはそのとき、神様にお兄もこの世界に生まれ変わらせてほしいって頼んだんです」

「……っ!」

なんだって。俺の転生は、黒蜜の願いによって……?

「神様はちょっと渋ってましたけど、承諾してくれました。それで、お兄の分の歪みを使って、ウチはお兄の高校からの記憶を消してもらったんです」

「記憶を……?」

「ええ。けど、うまくいかなかったのか……お兄は全部の記憶を忘れちゃってて。再会したときは焦りましたよ」

そうだったのか。記憶も、その時に……となると、俺がこの世界にやってきてから起こったこと、すべての発端は黒蜜だったのか……

「黒蜜……どうして、俺を……?」

「……お兄は、ウチが死んだ理由って、知ってるんでしたよね?」

「……ああ」

「教えてくれませんか。なんて、聞いたんです?」

「……自殺。俺が死んだあとを追うように亡くなったって苅葉はいってたよ」

「……そうっすよ。もうそれで、分かりそうなもんでしょ」

「黒蜜……でも」

「でももクソもない!ウチは、ウチにとっては!お兄のいない世界なんて、生きてる価値なんかなかった!」

黒蜜の突然の叫びに、俺は言葉を失ってしまった。

「ウチにとって!お兄はすべてだった!それなのにあいつらは、ウチからお兄を奪って、挙句こっちの世界でも余計な邪魔ばかり……!」

黒蜜ははぁはぁと肩で息をしている。……どうにも、根の浅い問題ではなさそうだな。

「……黒蜜。よかったら、全部話してくれないか。黒蜜が思ってること、考えていたこと、すべて」

「……きっと、後悔するよ。聞かなきゃよかったって」

「思わない。そりゃ、驚くかもしれないし、動揺もするだろうけど……けど、聞いたことを後悔はしない。もう、嫌なんだ。すれ違ったまま、間違い続けたままなんて」

黒蜜はぐっと唇をかんで、俺を見つめている。俺は穏やかに黒蜜へ微笑み返した。

「教えてくれないか。お兄ちゃんに、黒蜜のことを」

黒蜜は少しの間ためらうように髪を触っていたが、やがて少しずつ話し始めた。

つづく
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