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第三話 - 飢餓の怪異
周りを囲む人々の多くはげっそりやつれ果て、杖や農具を支えにしないと立っていられない者もいる。
輪の中心で、スズは再び葵の紋が入った通行手形を取り出した。
「あたしは幕府の命を受けて各地の怪異調査を行っている、平坂鈴奈と申す者である!」
手形を掲げ、芝居がかった口調でそうのたまう。
三つ葉葵の紋章と権威ある者を装った口調は、僕以外の人々には効果てきめんだったようだ。驚きと期待に満ちたざわめきに、スズは満足そうな笑みを見せた。
この村は何年も飢餓に苦しんできた。誰もが藁にも縋る気持ちなのだ。おなかいっぱいごはんを食べられるなら、僕だって嬉しい。しかし、彼女が人ならざる存在であること。それが気がかりで、僕だけは微動だにしなかった。
唯一笑顔を見せない僕とスズの視線が交わった。
「ついては、数日間村と周辺の調査を行いたい。その許可と、案内人としてこの六郎をお借りすることはできるか?」
彼女の爪の削れた細い指が、真っすぐ僕を指している。
「は?」
村人たちの視線が四方八方から注がれるのを感じて、僕の眉間のしわは深くなった。
「調査はご自由になさってくださって結構です。しかし、六郎を案内人とするのは、おすすめいたしかねます。もっと適した者をご用意いたします」
そして、スズの言葉に難色を示したのは僕だけではなかった。声をあげたのは一郎兄さま。兄さまはこの村の有力者の一人だ。
「その人は村中を歩き回る体力を持っておられるか?」
「……いえ」
しかし、スズの堂々とした問いかけに、兄さまはすぐうつむいた。
「それなら、やはり六郎をお借りしたい。彼はあたしの髪の毛を、ばっつり切り落とすくらい元気なのだから」
穏やかな笑顔を浮かべつつも、嫌味な言い回しをする彼女の目は笑っていない。髪の毛を切られたことに相当怒っているらしい。僕はわずかに目をふせた。
「しかし、彼は呪われておりまして……」
「あたしも呪われてるから問題ない」
スズはきっぱり言い切って、僕の方へと歩み寄ってきた。俯いた僕の視界に小さな手のひらが入る。それをたどって顔を上げれば、笑顔のスズが見えた。
「手伝ってくれるかい? ロロ」
「『ろろ』って?」
僕はスズの差し出す手と彼女の顔を見比べた。
「キミのあだ名」
スズは片眼を閉じてみせた。最高の名づけをしたとでも言うように誇らしげだ。たぶん、僕が拒否してもそう呼び続けるのだろう。彼女とは知り合ったばかりだが、なんとなくそんな気がした。
「それならせめて、宿泊場所をご提供いたします」
僕と向かい合うスズの背に、一郎兄さまが再度声をかける。どうやら兄さまは僕にスズを任せたくないらしい。兄さまの言う通りだと僕も思う。面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。
「お気遣いなく。あたしは旅慣れているので」
しかし、スズは僕の内心など知らない。彼女の骨ばった手が、無理やり僕の指先をつかんだ。がっちりと元気よく。
「しかし、何かあれば協力を頼むので、ご助力いただきたい」
最後まで芝居がかった口調を貫いて、スズはずんずん歩きはじめた。僕の手を握ったまま。
抵抗しようとしたものの、空腹で体に力の入らない男と、元気いっぱいの妖怪娘なら、妖怪娘に軍配が上がるらしい。僕は乾いた地面にあとを残しながらズルズルと引っ張られていくしかない。
彼女の歩みに合わせて僕たちを囲んでいた人垣が割れる。彼女の言葉通り、僕を引き連れて怪異調査をはじめるのだろう。
とんでもないことに巻き込まれてしまった。強い力で手を引くスズの後頭部を見ながら、僕は思った。村の衆に僕たちを追う気力はないようだ。振り返ると、不安と期待が混ざったたくさんの視線と目が合う。
「あんな大口叩いて、本当に解決できるわけ?」
彼らの視線が痛すぎて、僕はスズに目を戻した。踏ん張るのにも体力を使うので、今は諦めて彼女と並んで歩いている。
「たぶんね。たぶん。でも、あたしひとりで無理そうなら仲間を呼ぶから安心して」
スズの横顔は笑っている。僕を安心させようとしているのだろうか?
「と言うか、キミ呪われてるの?」
しかし、すぐにそうやって話題を変える彼女には不安を感じてしまうのだ。不誠実な気がして。
「兄さまがそう言っているだけ。たぶんね。たぶん」
僕はわざと彼女の口調をまねしてやった。少し大人げなかったかもしれないが、この妖怪少女と付き合うならこれくらいの雑さがちょうどいいだろう。
「ふーん」
スズはあいた手をあごに当てている。何かを考えているようにも見えるが、考えているふりをしているだけかもしれない。
「まぁ、呪われてるって言う人のほとんどはただ運が悪かったり、周りが意地悪だったりするだけだから、大丈夫だよ。時々、本当に呪われてる人もいるけどさ」
彼女は僕を安心させようとしているのか、不安がらせようとしているのか。本当にわからない。
「君みたいな?」
ちょっとした好奇心といたずら心から、僕はそう尋ねてみた。
「んー、まぁ……、そう。この子は『呪い』と呼ぶにはお役立ちすぎるけどね」
スズの長い髪の毛がひと房、しゅるりとまとまって蛇の形になる。その様子はやはり不気味だが、手や指の代わりとして扱えるのなら確かに「役立つ」のだろう。
「何で呪われてるの?」
「それは、な、い、しょ~」
明るい口調で、はぐらかされてしまった。冗談めかしてはいるものの、触れられたくない話題らしい。
「それじゃ、日没までまだ時間あるから、君にはこの村を案内してもらおうかな」
そしてまた話題が急転換する。
「なんで僕が……」
僕は勢いで巻き込まれてしまっただけで、一言も承諾していないのだが。
「だって、キミが一番動けそうだったんだもん。みんなおなかペコペコでへなちょこよろよろだけど、君だけは杖なしでしゃんと歩けてるし」
「僕もこれ以上歩きたくないんだけど」
身の危険を感じて気張っていただけで、僕も空腹なのだ。
「でも歩いてるじゃん」
「君が引っ張るからだろ」
「じゃ、あたしがしっかり引っ張り続けてあげるから、しっかり歩いて」
「はぁ?」
僕が眉間にしわを寄せるのは今日何度目だろう。
「嫌?」
スズが僕の顔を見上げた。その表情は珍しく笑っていない。眉をハの字に下げ、瞳を潤ませ、心配そうな面持ちだ。
心細そうな小動物の顔でみつめられ、僕の胸は痛んだ……。
「嫌」
しかし、それがどうした。僕は意志の力で拒絶を示した。
「ちぇー」
スズが唇を尖らせる。その表情に先ほど見せたか弱さはない。どうやら僕は試されていたようだ。
「妖怪娘の頼みは聞かない」
僕は胸に残っていた罪悪感を振り払うために冷たく言った。
「それなら、調査は明日からにしよっか? 今日は腹ごしらえー」
それでも、彼女が折れるとは思わなかった。今まで勝手に髪の毛で僕を持ち上げ、勝手に仲間扱いをし、勝手に案内人として引っ張ってきたにもかかわらず、なぜこのタイミングで僕の意見を尊重するのだろう。自分勝手なのか、思いやりがあるのか。気まぐれな妖怪少女のことは本当にわからない。
「ほら、ロロ。キミの家に案内したまえ」
「なんでうち?」
スズが僕を案内人に指名したときから薄々察してはいたが、彼女はこの村の怪異調査をする間、僕の家で寝泊まりするつもりらしい。
「その方が効率良いじゃん? あ、もしかして、奥さんとか家族の邪魔になる?」
「……家族はいない」
僕にたくさんのことを教えてくれた猟師の師匠は数年前に他界してしまったし、僕にはまだ妻も子どももいないのだ。
「じゃあいいじゃん。たまには家族ごっこも楽しいかもよ? 『ほらあなた、今夜は何を召し上がります?』」
声色を変えて若妻を演じるスズに、僕は大きなため息をついた。怒るべきなのかもしれない。笑うべきなのかもしれない。しかし、彼女の行動一つ一つに反応をしていては疲れてしまう。
「……僕の家に泊まったら後悔するよ」
僕が何を言っても彼女は自分の意見を押し通すだろうが、せめてもの抵抗として僕はそう忠告した。
「後悔するかどうかは、泊ってから決める!」
スズには全く効いていなかったが……。前向きなのか、考えなしなのか。
これが僕とスズの初めての出会い。
スズはお調子者で、自分が決めたことを曲げなくて、竜巻のように周りのすべてを巻き込んで駆け抜けていく。「全国の怪異調査と解決」と言う重大な任務を負っているのだから、きっと見た目の若さに見合わない能力と経験をそなえているのだろう。その片鱗はこれっぽっちも見せないが、それもある意味彼女の才能なのかもしれない。
髪を切られたことに怒ったり、自分の身の上を隠したがったり、空腹の僕をある程度は気遣ってくれているらしかったり──。明るく陽気な態度で隠しつつも、その笑顔の裏に隠した「価値観」は僕とさほど違わないように思える。彼女の明るさと勢いは少しうらやましくもあるし。
「絶対後悔するから」
もう一度言って、僕はその足を近くの山道へ向けた。ここから先はスズに引っ張られて歩くのではなく、僕が案内するのだ。
「じゃあ、いっぱい文句言う準備しておくね!」
「ばーかばーか!」「あほー!」「オマエんち、お化け屋敷ー!」
スズは文句の予行演習をはじめている。それらをすべて聞き流しながら、僕は彼女の隣を自分の足で歩いた。頭の中は疑問でいっぱいだ。どうしてこんなことになったのか。彼女の正体は何なのか。これから何が起こるのか……。
「もしかして、おうち山の中にあるの?」
考え事をする僕の耳に、スズの質問が聞こえた。これは予行演習ではなく、本当の文句らしい。
「そうだけど」
僕は驚きで丸くなったスズの目をちらりと確認して、足を速めた。
「まぁ、それも良し」
置き去りにしたスズの顔はもう見えないが、きっと今はにっこり目を細めているだろう。
諦めてくれないかと期待したが、背後にあるスズの気配は消えない。機嫌も悪くなさそうだ。むしろ諦めるのは僕の方なのかも。自宅へ向かう山道を歩きながら、僕は小さくため息をついた。
輪の中心で、スズは再び葵の紋が入った通行手形を取り出した。
「あたしは幕府の命を受けて各地の怪異調査を行っている、平坂鈴奈と申す者である!」
手形を掲げ、芝居がかった口調でそうのたまう。
三つ葉葵の紋章と権威ある者を装った口調は、僕以外の人々には効果てきめんだったようだ。驚きと期待に満ちたざわめきに、スズは満足そうな笑みを見せた。
この村は何年も飢餓に苦しんできた。誰もが藁にも縋る気持ちなのだ。おなかいっぱいごはんを食べられるなら、僕だって嬉しい。しかし、彼女が人ならざる存在であること。それが気がかりで、僕だけは微動だにしなかった。
唯一笑顔を見せない僕とスズの視線が交わった。
「ついては、数日間村と周辺の調査を行いたい。その許可と、案内人としてこの六郎をお借りすることはできるか?」
彼女の爪の削れた細い指が、真っすぐ僕を指している。
「は?」
村人たちの視線が四方八方から注がれるのを感じて、僕の眉間のしわは深くなった。
「調査はご自由になさってくださって結構です。しかし、六郎を案内人とするのは、おすすめいたしかねます。もっと適した者をご用意いたします」
そして、スズの言葉に難色を示したのは僕だけではなかった。声をあげたのは一郎兄さま。兄さまはこの村の有力者の一人だ。
「その人は村中を歩き回る体力を持っておられるか?」
「……いえ」
しかし、スズの堂々とした問いかけに、兄さまはすぐうつむいた。
「それなら、やはり六郎をお借りしたい。彼はあたしの髪の毛を、ばっつり切り落とすくらい元気なのだから」
穏やかな笑顔を浮かべつつも、嫌味な言い回しをする彼女の目は笑っていない。髪の毛を切られたことに相当怒っているらしい。僕はわずかに目をふせた。
「しかし、彼は呪われておりまして……」
「あたしも呪われてるから問題ない」
スズはきっぱり言い切って、僕の方へと歩み寄ってきた。俯いた僕の視界に小さな手のひらが入る。それをたどって顔を上げれば、笑顔のスズが見えた。
「手伝ってくれるかい? ロロ」
「『ろろ』って?」
僕はスズの差し出す手と彼女の顔を見比べた。
「キミのあだ名」
スズは片眼を閉じてみせた。最高の名づけをしたとでも言うように誇らしげだ。たぶん、僕が拒否してもそう呼び続けるのだろう。彼女とは知り合ったばかりだが、なんとなくそんな気がした。
「それならせめて、宿泊場所をご提供いたします」
僕と向かい合うスズの背に、一郎兄さまが再度声をかける。どうやら兄さまは僕にスズを任せたくないらしい。兄さまの言う通りだと僕も思う。面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。
「お気遣いなく。あたしは旅慣れているので」
しかし、スズは僕の内心など知らない。彼女の骨ばった手が、無理やり僕の指先をつかんだ。がっちりと元気よく。
「しかし、何かあれば協力を頼むので、ご助力いただきたい」
最後まで芝居がかった口調を貫いて、スズはずんずん歩きはじめた。僕の手を握ったまま。
抵抗しようとしたものの、空腹で体に力の入らない男と、元気いっぱいの妖怪娘なら、妖怪娘に軍配が上がるらしい。僕は乾いた地面にあとを残しながらズルズルと引っ張られていくしかない。
彼女の歩みに合わせて僕たちを囲んでいた人垣が割れる。彼女の言葉通り、僕を引き連れて怪異調査をはじめるのだろう。
とんでもないことに巻き込まれてしまった。強い力で手を引くスズの後頭部を見ながら、僕は思った。村の衆に僕たちを追う気力はないようだ。振り返ると、不安と期待が混ざったたくさんの視線と目が合う。
「あんな大口叩いて、本当に解決できるわけ?」
彼らの視線が痛すぎて、僕はスズに目を戻した。踏ん張るのにも体力を使うので、今は諦めて彼女と並んで歩いている。
「たぶんね。たぶん。でも、あたしひとりで無理そうなら仲間を呼ぶから安心して」
スズの横顔は笑っている。僕を安心させようとしているのだろうか?
「と言うか、キミ呪われてるの?」
しかし、すぐにそうやって話題を変える彼女には不安を感じてしまうのだ。不誠実な気がして。
「兄さまがそう言っているだけ。たぶんね。たぶん」
僕はわざと彼女の口調をまねしてやった。少し大人げなかったかもしれないが、この妖怪少女と付き合うならこれくらいの雑さがちょうどいいだろう。
「ふーん」
スズはあいた手をあごに当てている。何かを考えているようにも見えるが、考えているふりをしているだけかもしれない。
「まぁ、呪われてるって言う人のほとんどはただ運が悪かったり、周りが意地悪だったりするだけだから、大丈夫だよ。時々、本当に呪われてる人もいるけどさ」
彼女は僕を安心させようとしているのか、不安がらせようとしているのか。本当にわからない。
「君みたいな?」
ちょっとした好奇心といたずら心から、僕はそう尋ねてみた。
「んー、まぁ……、そう。この子は『呪い』と呼ぶにはお役立ちすぎるけどね」
スズの長い髪の毛がひと房、しゅるりとまとまって蛇の形になる。その様子はやはり不気味だが、手や指の代わりとして扱えるのなら確かに「役立つ」のだろう。
「何で呪われてるの?」
「それは、な、い、しょ~」
明るい口調で、はぐらかされてしまった。冗談めかしてはいるものの、触れられたくない話題らしい。
「それじゃ、日没までまだ時間あるから、君にはこの村を案内してもらおうかな」
そしてまた話題が急転換する。
「なんで僕が……」
僕は勢いで巻き込まれてしまっただけで、一言も承諾していないのだが。
「だって、キミが一番動けそうだったんだもん。みんなおなかペコペコでへなちょこよろよろだけど、君だけは杖なしでしゃんと歩けてるし」
「僕もこれ以上歩きたくないんだけど」
身の危険を感じて気張っていただけで、僕も空腹なのだ。
「でも歩いてるじゃん」
「君が引っ張るからだろ」
「じゃ、あたしがしっかり引っ張り続けてあげるから、しっかり歩いて」
「はぁ?」
僕が眉間にしわを寄せるのは今日何度目だろう。
「嫌?」
スズが僕の顔を見上げた。その表情は珍しく笑っていない。眉をハの字に下げ、瞳を潤ませ、心配そうな面持ちだ。
心細そうな小動物の顔でみつめられ、僕の胸は痛んだ……。
「嫌」
しかし、それがどうした。僕は意志の力で拒絶を示した。
「ちぇー」
スズが唇を尖らせる。その表情に先ほど見せたか弱さはない。どうやら僕は試されていたようだ。
「妖怪娘の頼みは聞かない」
僕は胸に残っていた罪悪感を振り払うために冷たく言った。
「それなら、調査は明日からにしよっか? 今日は腹ごしらえー」
それでも、彼女が折れるとは思わなかった。今まで勝手に髪の毛で僕を持ち上げ、勝手に仲間扱いをし、勝手に案内人として引っ張ってきたにもかかわらず、なぜこのタイミングで僕の意見を尊重するのだろう。自分勝手なのか、思いやりがあるのか。気まぐれな妖怪少女のことは本当にわからない。
「ほら、ロロ。キミの家に案内したまえ」
「なんでうち?」
スズが僕を案内人に指名したときから薄々察してはいたが、彼女はこの村の怪異調査をする間、僕の家で寝泊まりするつもりらしい。
「その方が効率良いじゃん? あ、もしかして、奥さんとか家族の邪魔になる?」
「……家族はいない」
僕にたくさんのことを教えてくれた猟師の師匠は数年前に他界してしまったし、僕にはまだ妻も子どももいないのだ。
「じゃあいいじゃん。たまには家族ごっこも楽しいかもよ? 『ほらあなた、今夜は何を召し上がります?』」
声色を変えて若妻を演じるスズに、僕は大きなため息をついた。怒るべきなのかもしれない。笑うべきなのかもしれない。しかし、彼女の行動一つ一つに反応をしていては疲れてしまう。
「……僕の家に泊まったら後悔するよ」
僕が何を言っても彼女は自分の意見を押し通すだろうが、せめてもの抵抗として僕はそう忠告した。
「後悔するかどうかは、泊ってから決める!」
スズには全く効いていなかったが……。前向きなのか、考えなしなのか。
これが僕とスズの初めての出会い。
スズはお調子者で、自分が決めたことを曲げなくて、竜巻のように周りのすべてを巻き込んで駆け抜けていく。「全国の怪異調査と解決」と言う重大な任務を負っているのだから、きっと見た目の若さに見合わない能力と経験をそなえているのだろう。その片鱗はこれっぽっちも見せないが、それもある意味彼女の才能なのかもしれない。
髪を切られたことに怒ったり、自分の身の上を隠したがったり、空腹の僕をある程度は気遣ってくれているらしかったり──。明るく陽気な態度で隠しつつも、その笑顔の裏に隠した「価値観」は僕とさほど違わないように思える。彼女の明るさと勢いは少しうらやましくもあるし。
「絶対後悔するから」
もう一度言って、僕はその足を近くの山道へ向けた。ここから先はスズに引っ張られて歩くのではなく、僕が案内するのだ。
「じゃあ、いっぱい文句言う準備しておくね!」
「ばーかばーか!」「あほー!」「オマエんち、お化け屋敷ー!」
スズは文句の予行演習をはじめている。それらをすべて聞き流しながら、僕は彼女の隣を自分の足で歩いた。頭の中は疑問でいっぱいだ。どうしてこんなことになったのか。彼女の正体は何なのか。これから何が起こるのか……。
「もしかして、おうち山の中にあるの?」
考え事をする僕の耳に、スズの質問が聞こえた。これは予行演習ではなく、本当の文句らしい。
「そうだけど」
僕は驚きで丸くなったスズの目をちらりと確認して、足を速めた。
「まぁ、それも良し」
置き去りにしたスズの顔はもう見えないが、きっと今はにっこり目を細めているだろう。
諦めてくれないかと期待したが、背後にあるスズの気配は消えない。機嫌も悪くなさそうだ。むしろ諦めるのは僕の方なのかも。自宅へ向かう山道を歩きながら、僕は小さくため息をついた。
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