4 / 16
第四話 - ヨモツヘグイ(上)
この村の山は、大きく三種類に分けられる。幕府や藩が所有する「御建山」、個人の土地である「腰林」、そして村人が共同で管理している「入会山」。
「ここらへんの入会は、薪の切りすぎでつるっぱげな場所が多いけど、ここは松が青々としてるねぇ」
日の良く射す山道を歩きながら、スズがそんな感想を述べている。入会山の主な目的は、家で消費する薪をとったり、生えている下草を農地の肥料にしたりすることだ。村の人口が増え、人の手が入れば入るほど山々は貧相になっていく。
「ここでは作物だけじゃなくて、木も早く良く育つ」
飢餓の苦しみさえなければ、この村は豊かで恵まれた環境にある。
「この村の怪異を解決したら、あたし村の人たちに恨まれちゃうかも。植物の成長も普通と同じに戻っちゃうはずだから」
スズが濃い緑に染まった松葉を引きちぎりながら言った。少し不安そうな声色だ。
「飢餓だけを取り除くことはできないわけ?」
「そういう研究をしてる仲間もいるけどね。今のところうまくいってないっぽい。やっぱり、利害は表裏一体だから」
スズは摘んだ松葉を光にかざし、匂いを嗅ぎ、最終的に元気な髪の毛でぱくりと食べた。蛇のようにまとまった髪の毛の先が口のように割れ、松葉をひと飲みにしたのだ。
「!!」
僕は目を丸くした。確かに彼女は「良く食べる元気な髪の毛」と言っていたが、本当に髪の毛から食べ物を摂取できるとは思わなかった。いや、松葉は本来人の食べる物ではないが。
「うーん……。そこそこ濃い黄泉味。でも、間違いなく現世の植物だね」
困惑する僕の隣で、スズは思考を巡らせるように首を傾げた。その髪はすでに普通の毛に戻っているが、髪の毛に飲まれた松葉はどこにも見当たらない。本当に食べてしまったようだ。
次に彼女が目を付けたのは数歩先に生えているタンポポ。すばやく駆け寄り、丸い綿毛を付けた茎を摘むと、その勢いでふわりと白い種が舞った。
「おっと」
小さな驚きとともに、スズの髪が再び蛇の形になる。一つに束ねた髪が五匹の蛇に分かれて、散った綿毛をぱくぱく食べていく。舞う綿毛を空中で捕まえる様子は、遊んでいるようにも見えた。
「これも黄泉の影響を受けてる。どこからだろ……?」
どうやら味見することで何かを探しているらしい。
「『黄泉』って……?」
先ほどから彼女が口にする単語が気になって、僕は尋ねた。
「死んだ人が行く世界。いや、人だけじゃないけどさ」
「それは知ってる」
物語でよく聞く、死後の世界だ。
「黄泉の国がこの『飢餓の怪異』と関係してるわけ?」
まだ調査という調査をはじめていないはずだが、スズにはすでに何かしらのあてがあるのかもしれない。
「怪異の多くは異界のものが関わってるんだ。鬼や妖怪、呪い、幽霊なんかもそう。本来この世にいちゃダメなものが存在するせいで、この世の理が乱されて変なことが起こっちゃう」
スズは野ばらの花びらを味見しながら説明してくれた。
「ロロは、『ヨモツヘグイ』って知ってる?」
そして、突然の問いかけ。その質問で、僕の脳裏に今は亡き師匠の言葉がよみがえった。
──わしら猟師は、ヨモツヘグイして殺した魂を黄泉に送ってやらにゃならん。
獲物を狩るたびに、そう言いながら動物の死骸をさばいていたっけ。
「あれだろ? 死んだ生き物の肉体を食べて弔うことであの世へ送るって言う」
「……なにそれ?」
僕の完璧な答えに、スズは首を傾げた。
「え?」
「いや、この村ではそういうことなのかもしれないけど、あたしが言いたいのは違うんだよなぁ」
思わず戸惑いの声を出した僕にフォローを入れて、スズはゆっくりと口を開いた。
「あたしの言いたい『ヨモツヘグイ』は黄泉の国、つまりあの世の物を食べちゃうことなんだ。まぁ、あたしたちはもっと広く『異界のモノの影響を受けること』って定義してるけど、小さな違いだから気にしなくていいよ」
彼女の話を要約するとこうだ。
この世には、あの世と繋がる場所がいくつも存在しているらしい。ただ、その出入り口の多くは小さく、生者があの世に迷い込んでしまうことは稀だ。しかし、小さな虫や植物の種などは時々二つの世界を行き来している。あの世の生物がこちらの世界に根付き、人々や生態系に影響を及ぼすこと。スズはその『ヨモツヘグイ』問題を解決するために旅をしているのだと言う。
「『ヨモツヘグイ』にはいいこともあるよ。でも、悪いこともいっぱいある。神話には『黄泉の国でヨモツヘグイした生者は、黄泉から出られなくなる』って書いてあるんだけど、この世の生き物がヨモツヘグイをするってことは、それだけ黄泉の国……、つまり『死』に近づくことになる。この村でも、お年寄りや病人はもう何人か死んじゃってるかもしれない。だから、『もう大丈夫だよ、安心して』とは言えないけど、これ以上被害者が出ないように手を尽くすよ」
スズの声色はまじめで、その表情も誠実だった。命が消える場面を何度も見てきた者の目をしている、と僕は思った。
「ここらへんの入会は、薪の切りすぎでつるっぱげな場所が多いけど、ここは松が青々としてるねぇ」
日の良く射す山道を歩きながら、スズがそんな感想を述べている。入会山の主な目的は、家で消費する薪をとったり、生えている下草を農地の肥料にしたりすることだ。村の人口が増え、人の手が入れば入るほど山々は貧相になっていく。
「ここでは作物だけじゃなくて、木も早く良く育つ」
飢餓の苦しみさえなければ、この村は豊かで恵まれた環境にある。
「この村の怪異を解決したら、あたし村の人たちに恨まれちゃうかも。植物の成長も普通と同じに戻っちゃうはずだから」
スズが濃い緑に染まった松葉を引きちぎりながら言った。少し不安そうな声色だ。
「飢餓だけを取り除くことはできないわけ?」
「そういう研究をしてる仲間もいるけどね。今のところうまくいってないっぽい。やっぱり、利害は表裏一体だから」
スズは摘んだ松葉を光にかざし、匂いを嗅ぎ、最終的に元気な髪の毛でぱくりと食べた。蛇のようにまとまった髪の毛の先が口のように割れ、松葉をひと飲みにしたのだ。
「!!」
僕は目を丸くした。確かに彼女は「良く食べる元気な髪の毛」と言っていたが、本当に髪の毛から食べ物を摂取できるとは思わなかった。いや、松葉は本来人の食べる物ではないが。
「うーん……。そこそこ濃い黄泉味。でも、間違いなく現世の植物だね」
困惑する僕の隣で、スズは思考を巡らせるように首を傾げた。その髪はすでに普通の毛に戻っているが、髪の毛に飲まれた松葉はどこにも見当たらない。本当に食べてしまったようだ。
次に彼女が目を付けたのは数歩先に生えているタンポポ。すばやく駆け寄り、丸い綿毛を付けた茎を摘むと、その勢いでふわりと白い種が舞った。
「おっと」
小さな驚きとともに、スズの髪が再び蛇の形になる。一つに束ねた髪が五匹の蛇に分かれて、散った綿毛をぱくぱく食べていく。舞う綿毛を空中で捕まえる様子は、遊んでいるようにも見えた。
「これも黄泉の影響を受けてる。どこからだろ……?」
どうやら味見することで何かを探しているらしい。
「『黄泉』って……?」
先ほどから彼女が口にする単語が気になって、僕は尋ねた。
「死んだ人が行く世界。いや、人だけじゃないけどさ」
「それは知ってる」
物語でよく聞く、死後の世界だ。
「黄泉の国がこの『飢餓の怪異』と関係してるわけ?」
まだ調査という調査をはじめていないはずだが、スズにはすでに何かしらのあてがあるのかもしれない。
「怪異の多くは異界のものが関わってるんだ。鬼や妖怪、呪い、幽霊なんかもそう。本来この世にいちゃダメなものが存在するせいで、この世の理が乱されて変なことが起こっちゃう」
スズは野ばらの花びらを味見しながら説明してくれた。
「ロロは、『ヨモツヘグイ』って知ってる?」
そして、突然の問いかけ。その質問で、僕の脳裏に今は亡き師匠の言葉がよみがえった。
──わしら猟師は、ヨモツヘグイして殺した魂を黄泉に送ってやらにゃならん。
獲物を狩るたびに、そう言いながら動物の死骸をさばいていたっけ。
「あれだろ? 死んだ生き物の肉体を食べて弔うことであの世へ送るって言う」
「……なにそれ?」
僕の完璧な答えに、スズは首を傾げた。
「え?」
「いや、この村ではそういうことなのかもしれないけど、あたしが言いたいのは違うんだよなぁ」
思わず戸惑いの声を出した僕にフォローを入れて、スズはゆっくりと口を開いた。
「あたしの言いたい『ヨモツヘグイ』は黄泉の国、つまりあの世の物を食べちゃうことなんだ。まぁ、あたしたちはもっと広く『異界のモノの影響を受けること』って定義してるけど、小さな違いだから気にしなくていいよ」
彼女の話を要約するとこうだ。
この世には、あの世と繋がる場所がいくつも存在しているらしい。ただ、その出入り口の多くは小さく、生者があの世に迷い込んでしまうことは稀だ。しかし、小さな虫や植物の種などは時々二つの世界を行き来している。あの世の生物がこちらの世界に根付き、人々や生態系に影響を及ぼすこと。スズはその『ヨモツヘグイ』問題を解決するために旅をしているのだと言う。
「『ヨモツヘグイ』にはいいこともあるよ。でも、悪いこともいっぱいある。神話には『黄泉の国でヨモツヘグイした生者は、黄泉から出られなくなる』って書いてあるんだけど、この世の生き物がヨモツヘグイをするってことは、それだけ黄泉の国……、つまり『死』に近づくことになる。この村でも、お年寄りや病人はもう何人か死んじゃってるかもしれない。だから、『もう大丈夫だよ、安心して』とは言えないけど、これ以上被害者が出ないように手を尽くすよ」
スズの声色はまじめで、その表情も誠実だった。命が消える場面を何度も見てきた者の目をしている、と僕は思った。
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
「お前は妹の身代わりにすぎなかった」と捨てられた養女——でも領民が選んだのは、血の繋がらない姉の方だった
歩人
ファンタジー
孤児のフィーネは伯爵家に引き取られた。
病弱な令嬢エーデルの「代役」として。社交も、領地管理も、使用人の采配も——
全て「エーデル様」の名前で、完璧にこなしてきた。
十一年後。健康を取り戻したエーデルが屋敷に帰還した日、伯爵は言った。
「もう用済みだ、出ていけ」
フィーネは静かに屋敷を去った。
それから一月もしないうちに、領民たちが伯爵に詰め寄った。
「前のお嬢様を返してください」
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……