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第八話 - 夜の怪異
「う……、ん」
どれくらい寝ていただろう。小さな違和感に、僕は目を覚ました。
目を開けると雨戸の隙間から漏れる月光が見えた。まだ真夜中だ。一瞬そのまま寝なおそうと考えたが、僕を起こした何かが少し気にかかる。
この小屋には隙間風が入るので、それかもしれない。しかし、今日は何かが違う気がした。スズがいるからだろうか。僕は静かに寝返りを打って、彼女が眠っている方向を見た。
「……?」
夜闇の世界に、彼女の長い黒髪は見えなかった。
木の葉のざわめきと就寝前より少し遠くなった虫の声。僕はゆっくり体を起こして、視線を高くした。
「スズ……?」
布団の中にスズの姿はなかった。便所だろうか? それともひとりで怪異の調査に出てしまったのか……。
「…………」
まぁ、どちらでも構わない。僕は彼女の保護者ではないのだし。彼女が一人で出ていったのなら、僕がやるべきことは何もない。
そう自分に言い聞かせて再び横になろうとしたが、やはり何かが気になる。狭い小屋を見回すと、戸口が細く開いていることに気づいた。
「ちゃんと閉めていけよ」
思わずそんな愚痴が漏れる。勝手に出ていくのは構わないが、戸締りはしてほしいものだ。僕はゆっくりと布団を抜け出した。そっと履物に足を入れながら土間へ降り、引き戸の取っ手に手をかけ──。
ふと思いついて、息を潜めて外をのぞく。
「!?」
その瞬間、大きな影が見えた気がした。僕はとっさに壁の猟銃へ手を伸ばした。獣か何かが現れたのかと。
しかし、まばたきを一つして違うことに気づいた。少し離れたところにスズが立っている。夜着を大きくはだけさせ、ぼんやりと前を向いて。ひょっとして、彼女は寝ながら出歩いてしまう迷惑なタイプなのだろうか。
「スズ……?」
僕は慎重に彼女の名前を呼んだ。それに反応するように、スズの髪の毛がざわりと動く。次の瞬間、陽気な笑顔がこちらを振り返った。
「おはよ、ロロ。と言ってもまだ深夜だと思うけど」
はっきりした口調で、冗談を言う余裕もある。どうやら彼女の目はしっかりと覚めているらしい。
「何をしてた?」
僕ははだけた着物を直しながらこちらに歩み寄ってくるスズに問いかけた。口調が厳しくなってしまうのは、彼女の外出をとがめるためか、眠りを妨げられた怒りによるものか。
「ここら辺に生えてた黄泉の植物を全部片づけてたんだー」
スズの答えは意外なものだった。
「え?」
僕は疑問を浮かべながら、まだ眠い目であたりを見た。
「っ!!」
次の瞬間、僕は絶句した。眠気も吹き飛んだ。
小屋の周りに生えていた草がなくなっているではないか。たんぽぽも、野ぶどうも、桃の若木も、名も知らぬ草花も──。
「びっくりした?」
スズはいたずらが成功した子どものように意地悪く笑った。
「食べ分けるのが面倒でこの辺の植物全部まとめて食べちゃったけど、まぁ、仕方のないことだよね」
いったいどうやって? 「食べた」?
やはり、人間ではない存在なのでは?
脳内にたくさんの疑問が浮かんだものの、驚きがまさって声を出すことができない。
「あとさ、ここら辺の植物を片付けてて気づいたけど、キミ口寄せ体質だね。しっかり呪われてる側の人間だったね」
「……ふぇ?」
やっと出せたのは、そんな息と声が混ざったような音だけ。ほんの数分前まで眠っていた頭では処理できない量の情報が流れ込んでくる。
「何その反応。うけるー」
スズはけらけらと笑った。
「あはは。まぁ、とりあえず寝なおそう。あたし疲れちゃった」
スズは「ふぁ……」とあくびを噛み殺しながら、僕を小屋の中に押し込んでいく。思考を整理するために頭を振る僕を置いて、スズはまっすぐ布団に向かって行った。さっきまで僕が使っていた布団に。
「そっち、僕の──」
今の思考力ではそれだけ言うのが限界だった。
「だって、あっちの布団めっちゃかび臭いんだもん」
スズは首まで布団をかけ、すぐにでも眠りに落ちる態勢だ。何が何やらわからない。
本当ならもっと文句を言うべきなのだろう。いろいろ聞くべきなのだろう。しかし混乱している僕は、吸い込まれるように空いている布団に潜り込んだ。まだほのかにスズのぬくもりが残っている。彼女が外に出ていたのはさほど長い時間ではないらしい。そんな短時間で、あの量の雑草をどうやって? 考えても結論は出てこない。夜が明けてスズから直接答えを聞くほかなさそうだ。
僕は思考をあきらめた。
──今は眠ろう。
そう自分に言い聞かせる。夜が明けたら聞けば良い。本格的な怪異調査は明日からだとスズは言っていた。時間はたくさんある。
空き地の植物を消した方法。僕のこと。スズのこと。僕は明日スズに聞きたい内容を整理しながら目を閉じた。
顔まで引き上げた布団は、確かにカビの匂いがした。
どれくらい寝ていただろう。小さな違和感に、僕は目を覚ました。
目を開けると雨戸の隙間から漏れる月光が見えた。まだ真夜中だ。一瞬そのまま寝なおそうと考えたが、僕を起こした何かが少し気にかかる。
この小屋には隙間風が入るので、それかもしれない。しかし、今日は何かが違う気がした。スズがいるからだろうか。僕は静かに寝返りを打って、彼女が眠っている方向を見た。
「……?」
夜闇の世界に、彼女の長い黒髪は見えなかった。
木の葉のざわめきと就寝前より少し遠くなった虫の声。僕はゆっくり体を起こして、視線を高くした。
「スズ……?」
布団の中にスズの姿はなかった。便所だろうか? それともひとりで怪異の調査に出てしまったのか……。
「…………」
まぁ、どちらでも構わない。僕は彼女の保護者ではないのだし。彼女が一人で出ていったのなら、僕がやるべきことは何もない。
そう自分に言い聞かせて再び横になろうとしたが、やはり何かが気になる。狭い小屋を見回すと、戸口が細く開いていることに気づいた。
「ちゃんと閉めていけよ」
思わずそんな愚痴が漏れる。勝手に出ていくのは構わないが、戸締りはしてほしいものだ。僕はゆっくりと布団を抜け出した。そっと履物に足を入れながら土間へ降り、引き戸の取っ手に手をかけ──。
ふと思いついて、息を潜めて外をのぞく。
「!?」
その瞬間、大きな影が見えた気がした。僕はとっさに壁の猟銃へ手を伸ばした。獣か何かが現れたのかと。
しかし、まばたきを一つして違うことに気づいた。少し離れたところにスズが立っている。夜着を大きくはだけさせ、ぼんやりと前を向いて。ひょっとして、彼女は寝ながら出歩いてしまう迷惑なタイプなのだろうか。
「スズ……?」
僕は慎重に彼女の名前を呼んだ。それに反応するように、スズの髪の毛がざわりと動く。次の瞬間、陽気な笑顔がこちらを振り返った。
「おはよ、ロロ。と言ってもまだ深夜だと思うけど」
はっきりした口調で、冗談を言う余裕もある。どうやら彼女の目はしっかりと覚めているらしい。
「何をしてた?」
僕ははだけた着物を直しながらこちらに歩み寄ってくるスズに問いかけた。口調が厳しくなってしまうのは、彼女の外出をとがめるためか、眠りを妨げられた怒りによるものか。
「ここら辺に生えてた黄泉の植物を全部片づけてたんだー」
スズの答えは意外なものだった。
「え?」
僕は疑問を浮かべながら、まだ眠い目であたりを見た。
「っ!!」
次の瞬間、僕は絶句した。眠気も吹き飛んだ。
小屋の周りに生えていた草がなくなっているではないか。たんぽぽも、野ぶどうも、桃の若木も、名も知らぬ草花も──。
「びっくりした?」
スズはいたずらが成功した子どものように意地悪く笑った。
「食べ分けるのが面倒でこの辺の植物全部まとめて食べちゃったけど、まぁ、仕方のないことだよね」
いったいどうやって? 「食べた」?
やはり、人間ではない存在なのでは?
脳内にたくさんの疑問が浮かんだものの、驚きがまさって声を出すことができない。
「あとさ、ここら辺の植物を片付けてて気づいたけど、キミ口寄せ体質だね。しっかり呪われてる側の人間だったね」
「……ふぇ?」
やっと出せたのは、そんな息と声が混ざったような音だけ。ほんの数分前まで眠っていた頭では処理できない量の情報が流れ込んでくる。
「何その反応。うけるー」
スズはけらけらと笑った。
「あはは。まぁ、とりあえず寝なおそう。あたし疲れちゃった」
スズは「ふぁ……」とあくびを噛み殺しながら、僕を小屋の中に押し込んでいく。思考を整理するために頭を振る僕を置いて、スズはまっすぐ布団に向かって行った。さっきまで僕が使っていた布団に。
「そっち、僕の──」
今の思考力ではそれだけ言うのが限界だった。
「だって、あっちの布団めっちゃかび臭いんだもん」
スズは首まで布団をかけ、すぐにでも眠りに落ちる態勢だ。何が何やらわからない。
本当ならもっと文句を言うべきなのだろう。いろいろ聞くべきなのだろう。しかし混乱している僕は、吸い込まれるように空いている布団に潜り込んだ。まだほのかにスズのぬくもりが残っている。彼女が外に出ていたのはさほど長い時間ではないらしい。そんな短時間で、あの量の雑草をどうやって? 考えても結論は出てこない。夜が明けてスズから直接答えを聞くほかなさそうだ。
僕は思考をあきらめた。
──今は眠ろう。
そう自分に言い聞かせる。夜が明けたら聞けば良い。本格的な怪異調査は明日からだとスズは言っていた。時間はたくさんある。
空き地の植物を消した方法。僕のこと。スズのこと。僕は明日スズに聞きたい内容を整理しながら目を閉じた。
顔まで引き上げた布団は、確かにカビの匂いがした。
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