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第十三話 - 呪われたふたり(上)
「まぁ、キミの言う通りだよ……」
ささやくような小声は、スズらしくないほど弱々しかった。
「あたしも時々、自分が何者なのかわからなくなる。あたしは人間のつもりだけど、この体も能力も人とは違うもんね……。あたしは知らない間に黄泉の者になってるのかも」
僕はスズが陽気な笑顔の裏に隠す不安を見た。聞きたかったはずなのに、いざ聞くと何と答えればいいのかわからない。僕は自分ができることを探して、彼女の首筋へ手を伸ばした。
「なに?」
戸惑うスズに触れた指先から、とくとくと確かな鼓動を感じる。
「黄泉の者って、死者ってこと? 心臓が動いてるから、それはないと思うけど」
スズは人間ではないのかもしれないが、血の通った存在であることは間違いない。
「……ありがとう」
スズが浮かべた笑顔は、花がほころぶように柔らかかった。
「でも、これセクハラだからね。エッチ!」
そしてすぐにいつものスズに戻った。
「仕留めた獲物が本当に死んでるか確認する時と何も変わらないけど」
だから僕も冗談を言ってやった。
「はぁー!? あたしのことイノシシやシカだと思ってるの!」
「似たようなもんだろう。うるさくて、猪突猛進で、なんでもよく食べる」
「ひどいひどいひどい!」
地団太を踏んで怒りをあらわにするスズ。その髪の毛がうねうねうなって逆立つが、その姿にもはや恐怖は感じなかった。彼女が恐ろしい存在ではないと知っているから。
「……でも、ありがとね、ロロ」
そして、最後にはそう言って笑いかけてくれるから。
「別に……」
僕はできるだけそっけない口調で、それに応えた。
「照れなくてもいいのにぃ~」
スズの顔を見なくても、彼女がニヤニヤ笑いを浮かべているのがわかる。
「照れてない」
僕はスズからツンと顔をそむけた。
「それで? このあとはどうするの? これで解決?」
愛想悪く問いかけつつも、僕は少し寂しかった。この村の怪異が解決したら、スズはきっと旅立ってしまうから。
「このイノシシの他のパーツって全部埋めるか燃やすかした? お肉を食べた人とかいる? もし毛皮とか骨とかがどこかに残ってるなら、それも一応処理しておきたいんだよね」
スズに言われて僕は少し考えた。いや、正確には考える振りをした。このオオイノシシ討伐は本当に大変だったので、こいつを倒し、解体し、供養するまでのことはよく覚えている。
「肉は僕や兄弟や村の衆で分けて食べたと思う。毛皮は村長の家に納めた。骨や残った部分は神社で燃やして供養してもらったはず……」
「なるほど。たくさんの村人がヨモツヘグイしちゃった系か……」
スズの声は普段よりテンションが低い。
「食べない方がよかった、とか?」
平静を装いつつも、僕の内心は少し不安だった。
「そりゃ、食べないに越したことはないんだけどさ。でも食べちゃったもんは仕方ないよね」
「ヨモツヘグイすると黄泉の世界に近づくんだっけ?」
僕はスズの説明を思い返した。それはつまり、死に近づくということだ。
「そうそう。特に食べちゃうのは良くないね。黄泉と肉体と魂が繋がって、長期的に黄泉の影響を受けることになる」
だから、ヨモツヘグイを繰り返すスズは、自分が黄泉の者になっているのではないかと不安を見せたのか。あれ、待てよ……。
「もしかして、僕の口寄せ体質も──?」
ヨモツヘグイの結果なのだろうか。
「口寄せ自体はキミの魂の性質だと思うけど、それが発現したのはヨモツヘグイのせいかもね。キミもあのイノシシのお肉食べたんでしょ?」
「肉と、心臓を──」
狩った獲物の心臓を食べるのが、師匠の流儀だったから。
「心臓はヤバヤバだね」
言葉とは裏腹にスズは笑っている。
「あ、でも……。僕の口寄せ能力は、オオイノシシを食べる前からあったのかも。いつから……?」
僕は視線を落として考えた。子どものころから「呪われている」と言われてきた。しかし、きっかけとして思い当たるものはない。
「もしかすると、このオオイノシシを呼び寄せたのも僕かもしれない……」
考え始めると、悪いことばかり浮かんでしまう。それなら師匠が亡くなった原因にも僕が──。
「びっくりするかもしれないけど、あたしもいつからこの体になったのか、わからないんだー。仲間だね!」
「え?」
湧き続ける不安に飲み込まれそうだった僕の意識を引き戻したのは、スズのそんな自分語りだった。何度聞いてもほとんど口にしなかった身の上を自分から伝えてくれた彼女に、僕ははっと顔を上げた。
「でも、手に入れちゃった能力は、ラッキーと思って使わなきゃ! 悪いことばっかり考えてたら、魂がそれに引っ張られちゃうでしょ? ほら、笑顔笑顔!!」
僕の目の前でスズは笑う。
彼女自身、自分の体がそうなったきっかけを知らないと言う。僕の口寄せは目には見えない能力だが、彼女の場合は──。気づかずにこの世ならざるものを食べ、知らないうちに体が変わっている。それはすごく怖いことのように思えた。それでも、スズは明るく元気に生き続けている……。
「あとは、そうだね。毛皮があるならそれは回収しておこう。案内して」
スズの声にはまだいつもの陽気さが足りていなかった。内心では様々な葛藤や不安があるのかもしれない。それでもその足は村の方へ進みはじめている。
僕の未熟さが、彼女の心を乱してしまったようだ。申し訳なさを感じるが、スズはきっとその感情を求めていない。
「わかった」
笑わなければ。僕は自分のほほを両手で叩いて暗い表情を消すと、急いで彼女の後を追いかけた。
ささやくような小声は、スズらしくないほど弱々しかった。
「あたしも時々、自分が何者なのかわからなくなる。あたしは人間のつもりだけど、この体も能力も人とは違うもんね……。あたしは知らない間に黄泉の者になってるのかも」
僕はスズが陽気な笑顔の裏に隠す不安を見た。聞きたかったはずなのに、いざ聞くと何と答えればいいのかわからない。僕は自分ができることを探して、彼女の首筋へ手を伸ばした。
「なに?」
戸惑うスズに触れた指先から、とくとくと確かな鼓動を感じる。
「黄泉の者って、死者ってこと? 心臓が動いてるから、それはないと思うけど」
スズは人間ではないのかもしれないが、血の通った存在であることは間違いない。
「……ありがとう」
スズが浮かべた笑顔は、花がほころぶように柔らかかった。
「でも、これセクハラだからね。エッチ!」
そしてすぐにいつものスズに戻った。
「仕留めた獲物が本当に死んでるか確認する時と何も変わらないけど」
だから僕も冗談を言ってやった。
「はぁー!? あたしのことイノシシやシカだと思ってるの!」
「似たようなもんだろう。うるさくて、猪突猛進で、なんでもよく食べる」
「ひどいひどいひどい!」
地団太を踏んで怒りをあらわにするスズ。その髪の毛がうねうねうなって逆立つが、その姿にもはや恐怖は感じなかった。彼女が恐ろしい存在ではないと知っているから。
「……でも、ありがとね、ロロ」
そして、最後にはそう言って笑いかけてくれるから。
「別に……」
僕はできるだけそっけない口調で、それに応えた。
「照れなくてもいいのにぃ~」
スズの顔を見なくても、彼女がニヤニヤ笑いを浮かべているのがわかる。
「照れてない」
僕はスズからツンと顔をそむけた。
「それで? このあとはどうするの? これで解決?」
愛想悪く問いかけつつも、僕は少し寂しかった。この村の怪異が解決したら、スズはきっと旅立ってしまうから。
「このイノシシの他のパーツって全部埋めるか燃やすかした? お肉を食べた人とかいる? もし毛皮とか骨とかがどこかに残ってるなら、それも一応処理しておきたいんだよね」
スズに言われて僕は少し考えた。いや、正確には考える振りをした。このオオイノシシ討伐は本当に大変だったので、こいつを倒し、解体し、供養するまでのことはよく覚えている。
「肉は僕や兄弟や村の衆で分けて食べたと思う。毛皮は村長の家に納めた。骨や残った部分は神社で燃やして供養してもらったはず……」
「なるほど。たくさんの村人がヨモツヘグイしちゃった系か……」
スズの声は普段よりテンションが低い。
「食べない方がよかった、とか?」
平静を装いつつも、僕の内心は少し不安だった。
「そりゃ、食べないに越したことはないんだけどさ。でも食べちゃったもんは仕方ないよね」
「ヨモツヘグイすると黄泉の世界に近づくんだっけ?」
僕はスズの説明を思い返した。それはつまり、死に近づくということだ。
「そうそう。特に食べちゃうのは良くないね。黄泉と肉体と魂が繋がって、長期的に黄泉の影響を受けることになる」
だから、ヨモツヘグイを繰り返すスズは、自分が黄泉の者になっているのではないかと不安を見せたのか。あれ、待てよ……。
「もしかして、僕の口寄せ体質も──?」
ヨモツヘグイの結果なのだろうか。
「口寄せ自体はキミの魂の性質だと思うけど、それが発現したのはヨモツヘグイのせいかもね。キミもあのイノシシのお肉食べたんでしょ?」
「肉と、心臓を──」
狩った獲物の心臓を食べるのが、師匠の流儀だったから。
「心臓はヤバヤバだね」
言葉とは裏腹にスズは笑っている。
「あ、でも……。僕の口寄せ能力は、オオイノシシを食べる前からあったのかも。いつから……?」
僕は視線を落として考えた。子どものころから「呪われている」と言われてきた。しかし、きっかけとして思い当たるものはない。
「もしかすると、このオオイノシシを呼び寄せたのも僕かもしれない……」
考え始めると、悪いことばかり浮かんでしまう。それなら師匠が亡くなった原因にも僕が──。
「びっくりするかもしれないけど、あたしもいつからこの体になったのか、わからないんだー。仲間だね!」
「え?」
湧き続ける不安に飲み込まれそうだった僕の意識を引き戻したのは、スズのそんな自分語りだった。何度聞いてもほとんど口にしなかった身の上を自分から伝えてくれた彼女に、僕ははっと顔を上げた。
「でも、手に入れちゃった能力は、ラッキーと思って使わなきゃ! 悪いことばっかり考えてたら、魂がそれに引っ張られちゃうでしょ? ほら、笑顔笑顔!!」
僕の目の前でスズは笑う。
彼女自身、自分の体がそうなったきっかけを知らないと言う。僕の口寄せは目には見えない能力だが、彼女の場合は──。気づかずにこの世ならざるものを食べ、知らないうちに体が変わっている。それはすごく怖いことのように思えた。それでも、スズは明るく元気に生き続けている……。
「あとは、そうだね。毛皮があるならそれは回収しておこう。案内して」
スズの声にはまだいつもの陽気さが足りていなかった。内心では様々な葛藤や不安があるのかもしれない。それでもその足は村の方へ進みはじめている。
僕の未熟さが、彼女の心を乱してしまったようだ。申し訳なさを感じるが、スズはきっとその感情を求めていない。
「わかった」
笑わなければ。僕は自分のほほを両手で叩いて暗い表情を消すと、急いで彼女の後を追いかけた。
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