【完結】『口口口 -ろろろ-』 ~江戸西国、妖怪ファンタジー~ 

白楠 月玻

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第十四話 - 呪われたふたり(下)

 オオイノシシの毛皮は僕の予想に反して速やかに回収された。銀色の毛で覆われた巨大な皮は、非常に珍しいものだ。それを村長むらおさが手放すとは思えなかったのだが、スズが三つ葉あおいの紋が刻まれた通行手形と彼女に怪異調査を命じるむねが書かれた書簡しょかん、そして神社のおふだを見せた瞬間、村長の態度が急変した。

出雲大社いずもたいしゃ伊勢神宮いせじんぐう熊野本宮くまのほんぐう高野山こうやさん金毘羅山こんぴらさん──。旅のついでに有名な神社やお寺のお札やお守りを買っておくと、こういう時すごく便利なんだよねー」

 スズは持っていた伊勢神宮のお札と交換することで、いともたやすくオオイノシシの毛皮を手に入れていた。伊勢神宮は多くの人が訪れたいと思う崇高な場所。そこのお札は村長にとって非常に価値のあるものであったに違いない。獣臭くて毛がボロボロ抜ける敷物よりも。

「楽に片付いてよかったよかった。あとは、一応骨とかを納めたって言う神社も確認に行かなきゃね」

「……そうだね」

 僕は毛皮を抱えて彼女の隣を歩きながらうなずいた。この村を脅かす怪異の解決は目前だ。僕とスズの別れの時も。僕の足は重かった。

 神社に寄り、土や神社周辺に生える植物の味を確認し、山小屋に戻ったら腹の口で毛皮を食べる。そんなスズを僕は口数少なく見守っていた。夕食の準備を行い、食べる間もいつ彼女がそれを切り出すのかと身構えていた。

「あたし、夜明け前に最後の仕上げをしてこの村を出ていくね」

 そう、この言葉をずっと覚悟していた。

 あたりはすっかり暗くなり、あとは寝るだけになった時間。夕食に使った食器を片付ける僕の背にかけられた声は、いつもと変わらず明るかった。

「え?」

 慌てて振り返ると、スズは板間の端で土間どまに両足をたらして座り、……僕を見てはいなかった。先ほどの明るい声に反して、その横顔に見慣れた笑顔はない。

「この村の周りに根付いていた黄泉よみの植物はだいぶ処理できたと思う。まだ残ってるかもしれないけど、幽霊作物を作るほどの力はないだろうし、一応半年後か一年後くらいにあたしか仲間が確認に来る予定。だから、最後に村人の体に残った黄泉の力を食べて、あたしはこの村を去るよ。村の人たちがあたしの姿を見たら『ばげもの』だって思うだろうから、大騒ぎになる前に村を離れないと」

「スズはばけものじゃない!」

 自嘲気味に笑う儚げな横顔に、僕は叫んだ。食器を置き、大股にスズへと歩み寄る。

「君はちょっと呪われちゃってるだけの、良く食べる普通の女の子だろう?」

 僕はスズの隣、彼女の顔が向いている方に座った。

「わかってきたじゃん」

 スズが笑う。その笑顔はまだ少しひきつっていて、無理をして浮かべたように見えた。

 きっと、自分のことを一番人ならざるものだと思っているのは、彼女自身だ。それでも、自分は明るく元気な人間の女の子だと信じようとしている。

 僕が……、彼女に助けられてばかりの僕が彼女のためにできることはあるだろうか。

「君はこの村を救ってくれた、素晴らしい人間だ。心から感謝してる」

 まずはちゃんと感謝を述べること。あとは──。

 僕はスズの体を抱き寄せた。そうすると、見た目以上に彼女の体が小さくて驚いた。

 ただ、この行為は彼女のためではなく、自分を慰めるためのものであったかもしれない。この十日ほどの期間で、僕はすっかり彼女と過ごす日常が好きになってしまったようだ。別れが寂しい。彼女がいなくなった明日からの暮らしは、きっと以前と違って暗く孤独なものになるだろう。

「口寄せの人は、あたしのことぎゅってするのが好きだねぇ」

 スズは抱きしめられたことに嫌悪を感じていないようだ。それどころか僕の背に両腕を回して、抱き返してくれた。

「他にも口寄せの知り合いがいるの?」

「いるよ。出雲に住んでる仲間でね。強い術師なんだけど、甘えんぼさん」

 彼女の答えを聞いて、胸の中心に沸き起こる黒いものは何だろう。僕は嫉妬心を押し隠して、スズから離れた。そのまま土間へ降り、洗ったばかりの食器を手に取る。

「これ、持って行っていいよ」

 そうスズに突き出したのは、以前来客用に買った茶碗だった。

「いいの?」

 白地に青で四つ葉の模様が描かれたかわいらしい茶碗は、彼女の手の中にあるのが一番よく似合う。

「いいよ。うちに客人なんて来ないから」

 口には出さないが、彼女が僕との思い出の品を持っていてくれれば、僕の嫉妬心と孤独も少しは和らぐだろう。

「ありがとう」

 スズはにっこり笑って、茶碗を自分の荷物に入れた。大切に包んでくれる仕草が本当にうれしい。

「今日は僕の布団で寝て構わない。その方が休まるだろう?」

 別れの時は迫りつつある。

「ありがとう!」

 スズは別れの感傷などないように、部屋の対角に敷いた僕の布団へ飛び込んでいく。旅慣れた彼女にとって、こんな別れは日常茶飯事に違いない。

「おやすみね、ロロ」

 ああ、彼女はもう寝てしまう気なのか。

「……おやすみ」

 布団にもぐりこむ彼女を見送って、僕は部屋の明かりを消した。ゆうげの残り香と火の匂い。聞こえるのは秋の虫の声。スズの寝息は聞こえない。彼女は普段にぎやかな割に、静かに眠る。

 彼女の休息を妨げないように、僕は静かに寝床へと向かった。初日はあれほど臭かった布団から、カビの臭いがほとんど消えている。

 スズが来て起こった変化すべてが、明日以降の僕を憂鬱にする。

 一緒に行きたいと言えば、スズは僕を仲間に加えてくれるだろうか。でも、僕にそれを言い出す勇気はないだろう。この村での暮らしに不満を感じつつ、村を出ることさえできなかったのだから。

 悶々と考え込む夜が続く。この村を襲った怪異のこと、スズのこと、僕の今後のこと──。

 それでも、僕はいつの間にかまどろんでいたらしい。小さな物音と隙間風に、僕ははっと目を覚ました。

「どこに行くの?」

 戸口に見えた人影に、僕は詰問した。驚いた顔で振り返ったスズは、すでに夜着から着替えている。まさか僕に何も言わずに旅立つつもりだったのだろうか。そう考えると怒りが湧いてくる。

「『最後の仕上げ』だよ。大丈夫、終わったらちゃんと帰ってくるから」

 暗がりの中でも、スズがほほえんでいるのがわかった。

「僕も行く」

 そう言うや否や、僕は上着を羽織って土間に飛び出した。
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