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第二部 - 四章 龍と龍姫
四章一節 - 龍姫の選択
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【四章 龍と龍姫】
白い木で作られた美しい月主神殿からさらに先へ。空が一行を案内した場所は滝壺だった。数本の川が合流し、二間(二.六メートル)ほどの高さを流れ落ちている。
「月主様の涙を集めているのですよ」
空は泉で両手を清めながら言った。彼をまねして泉に手を入れた与羽はそのあたたかさに驚いた。ここに流れ込む水には湯も混ざっているらしい。
「禊のお水がいつもこれくらいあったかかったら良いのに」と呟いたのは実砂菜だ。
「神域の水源から水を引いている神聖な泉で、この泉自体も底から湯が湧き出しています。これらの川をたどれば迷うことなく神域内と月主神殿を行き来できると思うのですが、いかがですか?」
空は大斗を見た。
「どの川を辿るつもり?」
大斗はすぐに返答せず、問いを返した。その目は泉に流れ込む川を数えている。比較的大きくて水量が多いものが一つ、小川が三つ、水の流れていない枯れ川が二つ。
「龍山に続いているのはこの二つです」
空はそのうちの二本を指した。一つは小川。一つは枯れ川。
「与羽姫、どちらが良いですか?」
「え?」
空が決めるものだとばかり思っていた与羽は、尋ねられて驚いた。
「古狐文官を最も案じているのはあなたですから」
与羽は左目にかかる前髪を額に撫で付けた。
二本の川を見比べる。直感で気になったのは枯れ川の方だ。なぜこの川には水が流れていないのだろうと。しかし、大斗の許可がおりやすそうなのは、水が流れている方。目印として優秀だから。そちらにするべきか。
――でも。
「こっちの枯れ川を行きたいです!」
与羽の目的は、神域に入ることではなく、辰海を捜して連れ帰ることなのだ。与羽は大斗を見た。
「なんで?」
問いが返ってくる。
「水が流れていない川は、何か上流で問題が起こっていると思うんです。龍神様が辰海を呼んだとするなら、こっちの何かありそうな方かと思って」
ちゃんと感情ではなく、理にかなった解答ができたはずだ。
「この川、ちゃんと途切れずに続いてるの?」
次に大斗が問いかけたのは、空。
「そのはずですよ。ただ、この川はもう六年ほど水が流れておらず、この時期は落ち葉に埋もれた状態です。昨夜、一晩かけて埋もれていた川を掘り出したのですが、源泉までたどり着くには、あと五日ほどかかるでしょう」
「私も一緒に掘ったらもう少し早くなる?」
与羽は希望に目を輝かせている。
「もちろん。助力いただければ、わたしも助かります」
「大斗先輩」
与羽が大斗を見た。その間に実砂菜は何を思ったのか、枯れ川をたどって神域に入っていく。しゃらしゃらと大きく錫杖を鳴らしながら。
「絡柳なら反対するんだろうけど……」
その背を眺めながら、大斗は口を開いた。
「まぁ、ちゃんと無事に戻れる保証があるならいいんじゃない? 俺も手伝う」
大斗は理論を重んじる絡柳より、いくぶん感情的だ。与羽ほどではないにしても、勘や情で動く。何があっても自分の力なら与羽を守り切れるという自信もあった。
「ありがとうございます! 先輩!!」
そして何より、与羽のこの嬉しそうな顔が見たいのだろう。
龍頭天駆に来てから、彼女の希望は反故にされ続けていた。せっかくの旅行であるにもかかわらず、与羽には不自由と忍耐ばかり強いている。舞の依頼に辰海の失踪と予想外の出来事で慎重にならざるを得なかったが、「慎重」というのは本来大斗の気質ではない。
「ただし、少しでも川を見失ったり、途切れたりした場合はそれ以上進まない。日が沈む前に屋敷の宿坊まで戻る。この二つは絶対に守ってもらうよ。これは、俺とお前の今後の信頼関係にも響く大事な約束だ。いいね?」
「わかりました」
与羽はすぐさまうなずいた。大斗の言葉を正確に理解できたか少し心配だが、よしとしよう。
白い木で作られた美しい月主神殿からさらに先へ。空が一行を案内した場所は滝壺だった。数本の川が合流し、二間(二.六メートル)ほどの高さを流れ落ちている。
「月主様の涙を集めているのですよ」
空は泉で両手を清めながら言った。彼をまねして泉に手を入れた与羽はそのあたたかさに驚いた。ここに流れ込む水には湯も混ざっているらしい。
「禊のお水がいつもこれくらいあったかかったら良いのに」と呟いたのは実砂菜だ。
「神域の水源から水を引いている神聖な泉で、この泉自体も底から湯が湧き出しています。これらの川をたどれば迷うことなく神域内と月主神殿を行き来できると思うのですが、いかがですか?」
空は大斗を見た。
「どの川を辿るつもり?」
大斗はすぐに返答せず、問いを返した。その目は泉に流れ込む川を数えている。比較的大きくて水量が多いものが一つ、小川が三つ、水の流れていない枯れ川が二つ。
「龍山に続いているのはこの二つです」
空はそのうちの二本を指した。一つは小川。一つは枯れ川。
「与羽姫、どちらが良いですか?」
「え?」
空が決めるものだとばかり思っていた与羽は、尋ねられて驚いた。
「古狐文官を最も案じているのはあなたですから」
与羽は左目にかかる前髪を額に撫で付けた。
二本の川を見比べる。直感で気になったのは枯れ川の方だ。なぜこの川には水が流れていないのだろうと。しかし、大斗の許可がおりやすそうなのは、水が流れている方。目印として優秀だから。そちらにするべきか。
――でも。
「こっちの枯れ川を行きたいです!」
与羽の目的は、神域に入ることではなく、辰海を捜して連れ帰ることなのだ。与羽は大斗を見た。
「なんで?」
問いが返ってくる。
「水が流れていない川は、何か上流で問題が起こっていると思うんです。龍神様が辰海を呼んだとするなら、こっちの何かありそうな方かと思って」
ちゃんと感情ではなく、理にかなった解答ができたはずだ。
「この川、ちゃんと途切れずに続いてるの?」
次に大斗が問いかけたのは、空。
「そのはずですよ。ただ、この川はもう六年ほど水が流れておらず、この時期は落ち葉に埋もれた状態です。昨夜、一晩かけて埋もれていた川を掘り出したのですが、源泉までたどり着くには、あと五日ほどかかるでしょう」
「私も一緒に掘ったらもう少し早くなる?」
与羽は希望に目を輝かせている。
「もちろん。助力いただければ、わたしも助かります」
「大斗先輩」
与羽が大斗を見た。その間に実砂菜は何を思ったのか、枯れ川をたどって神域に入っていく。しゃらしゃらと大きく錫杖を鳴らしながら。
「絡柳なら反対するんだろうけど……」
その背を眺めながら、大斗は口を開いた。
「まぁ、ちゃんと無事に戻れる保証があるならいいんじゃない? 俺も手伝う」
大斗は理論を重んじる絡柳より、いくぶん感情的だ。与羽ほどではないにしても、勘や情で動く。何があっても自分の力なら与羽を守り切れるという自信もあった。
「ありがとうございます! 先輩!!」
そして何より、与羽のこの嬉しそうな顔が見たいのだろう。
龍頭天駆に来てから、彼女の希望は反故にされ続けていた。せっかくの旅行であるにもかかわらず、与羽には不自由と忍耐ばかり強いている。舞の依頼に辰海の失踪と予想外の出来事で慎重にならざるを得なかったが、「慎重」というのは本来大斗の気質ではない。
「ただし、少しでも川を見失ったり、途切れたりした場合はそれ以上進まない。日が沈む前に屋敷の宿坊まで戻る。この二つは絶対に守ってもらうよ。これは、俺とお前の今後の信頼関係にも響く大事な約束だ。いいね?」
「わかりました」
与羽はすぐさまうなずいた。大斗の言葉を正確に理解できたか少し心配だが、よしとしよう。
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