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第二部 - 五章 龍の舞
五章七節 - 領主の依頼
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「ものすごい人気ですね」
舞を終えた与羽たちをねぎらってくれたのは空だった。
「やはり龍の姫が舞っているからでしょうか……」
「それもあるじゃろうけど、ただ舞自体が物珍しいだけかもしれん。神域に務めとる神官や巫女たちは、あんまり庶民の神殿では舞わんって聞いたし」
与羽は舞の扇を空に預け、乱れた前髪を整えたあと軽く伸びをした。
「たしかに、官吏や貴族が神事に関わるようになって以降、儀式以外で舞を奉納することはどんどん減ってきたように思います。人の集まる大きな神事の舞手は、神職ではない権力者の娘ばかり。龍頭天駆で神職の者以外が『本物の舞』を目にする機会はめっきり減ってしまいました」
空は悲しそうにうつむいた。
「私は神職ではないけど……」
「あなたの舞は間違いなく『本物』ですよ。他の皆様も同様です。本気で自分の技術と向き合い、磨いてきたのがわかります。……なるほど、それが人々を惹きつけているのですね」
「中州では当たり前のことをそんな思案顔で言われてもね」
そう言ったのは大斗だ。皮肉を言っているようでも、呆れているようでもある。
「皆様のおかげで、民衆は『本物』を知りました。今後、官吏たちがどうするのか。少しわくわくしています。もし、彼らが『本物』を求めるのであれば、その過程で必ず神を深く想う時があるでしょう。それはきっと、希理様の求める正しい神事と政治のあり方に繋がると思うのです」
「それなら良かった」
与羽はうなずいた。当初の希理の依頼からは外れてしまったが、彼の力になれているのなら喜ばしい。
「それで、こちらは水月大臣の許可が必要かと保留にしているのですが、一つ特殊な舞の依頼が来ています」
「なんですか?」
今日の舞を終え、珍しくくつろいだ表情をしていた絡柳が、表情を引き締めた。
「天駆希理様より、大晦日の夜に神域内の風主神殿で水龍の舞を奉納していただけないか、との願い状が届きました。天駆の正月神事は元日の夜明け前から行われますので、その前の時間ですね。今までの舞より、幾分形式ばったものになりますが、衣装などの準備は全て希理様がしてくださるそうです。どうされますか?」
「……最後の舞台は、それくらいが丁度いいんだろうな」
拒否するかと思ったが、絡柳の言葉は承諾にとれた。
「良いんですか?」
驚きの声を上げたのは与羽だ。
「俺は中州に帰らなければならないから、ずっとこの舞の辞めどきを考えていた。天駆で最も大きい神殿で舞うのなら、最後を飾るにふさわしいだろう? 神事内でないなら、今までやってきたことと変わらない。何かしらの理由をこじつけて拒否するのも無粋ってものだ。官吏たちの不興を買う恐れは――」
絡柳は辰海を見た。彼の方が与羽の身に降りかかる危険には敏感だろう。
「買うなら、おそらくすでに買っています」
辰海は肩をすくめている。
与羽たちはほぼ毎日あちらこちらの神殿を巡っているのだ。とても目立つ。きっとその行動を快く思っていない人もいるだろうが、何かしらの問題が起こりそうな気配はない。
「ただし、俺が中州に戻ったら、お前たちにはすぐ湯治場に移動してもらう。もともとその予定だったし、天駆領主にも了承済みだ」
「わかりました」
与羽と辰海がうなずいた。
「では、希理様にはそのようにお伝えしておきます」
「天駆領主に話す際は俺もついて行きます」
絡柳が空の顔を見上げる。空の長い前髪の隙間からは赤い目が見えた。最近の彼は、前髪が乱れていてもあまり直さなくなった。初めて会った時よりも顔を見せてくれるのは、きっと彼なりの信頼の表れなのだろう。
「わかりました」
前髪の下で空が目を細めるのが見える。大斗の小言もなく、穏やかな雰囲気だ。
与羽は最後の舞の舞台となる風主神殿に思いを馳せた。多くの神殿や祭祀場で舞を奉納したが、風主神殿はまだだ。天駆国を創った神を祀る龍神信仰の中心地。
「緊張するね」
辰海がにっこり笑って話しかけてくる。
「……ちょっとだけ」
与羽は素直にうなずいた。
舞台裏から外を窺うと、ゆっくり帰路へつく参拝者の集団が見える。きっと大晦日の風主神殿は今日以上に多くの人が集まり、その中には天駆の上流階級の人々も混ざっているだろう。
「でも、絶対いいものにするつもり」
これはもともと与羽が望んでいたことなのだ。
「そうだね。僕も君の良さを引き出せるようがんばるよ」
辰海も大きくうなずいた。
「帰ってまた練習せんと」
与羽は少し離れたところで空と今後の打ち合わせをしている絡柳を見た。すぐに視線に気づいた絡柳が与羽を見る。
「境内の参拝者が減ってきたので、そろそろ戻りませんか?」
外を指さして、与羽はそう提案した。
帰ったら、辰海と舞の練習をして――。絡柳は忙しいかもしれないが、大斗や実砂菜は誘えば手伝ってくれるだろうか。
絡柳が大股に歩み寄ってきて、外を見る。
「わかった」
確かに人がまばらになっていることを確認して、うなずいた。
「人がはけてきたから、そろそろ戻るぞ」
大きな声で、すぐに天駆の屋敷へ戻るための指示をはじめてくれた。
「はい」
与羽の隣にいた辰海が、足の悪い舞行に手を貸しに行く。大斗は外で待つ護衛隊に声をかけ、彼らに預けていた馬を呼んだ。
大晦日まではあと片手で数えられるほどしかない。期待と緊張を胸に、与羽も急いで彼らを追いかけた。
舞を終えた与羽たちをねぎらってくれたのは空だった。
「やはり龍の姫が舞っているからでしょうか……」
「それもあるじゃろうけど、ただ舞自体が物珍しいだけかもしれん。神域に務めとる神官や巫女たちは、あんまり庶民の神殿では舞わんって聞いたし」
与羽は舞の扇を空に預け、乱れた前髪を整えたあと軽く伸びをした。
「たしかに、官吏や貴族が神事に関わるようになって以降、儀式以外で舞を奉納することはどんどん減ってきたように思います。人の集まる大きな神事の舞手は、神職ではない権力者の娘ばかり。龍頭天駆で神職の者以外が『本物の舞』を目にする機会はめっきり減ってしまいました」
空は悲しそうにうつむいた。
「私は神職ではないけど……」
「あなたの舞は間違いなく『本物』ですよ。他の皆様も同様です。本気で自分の技術と向き合い、磨いてきたのがわかります。……なるほど、それが人々を惹きつけているのですね」
「中州では当たり前のことをそんな思案顔で言われてもね」
そう言ったのは大斗だ。皮肉を言っているようでも、呆れているようでもある。
「皆様のおかげで、民衆は『本物』を知りました。今後、官吏たちがどうするのか。少しわくわくしています。もし、彼らが『本物』を求めるのであれば、その過程で必ず神を深く想う時があるでしょう。それはきっと、希理様の求める正しい神事と政治のあり方に繋がると思うのです」
「それなら良かった」
与羽はうなずいた。当初の希理の依頼からは外れてしまったが、彼の力になれているのなら喜ばしい。
「それで、こちらは水月大臣の許可が必要かと保留にしているのですが、一つ特殊な舞の依頼が来ています」
「なんですか?」
今日の舞を終え、珍しくくつろいだ表情をしていた絡柳が、表情を引き締めた。
「天駆希理様より、大晦日の夜に神域内の風主神殿で水龍の舞を奉納していただけないか、との願い状が届きました。天駆の正月神事は元日の夜明け前から行われますので、その前の時間ですね。今までの舞より、幾分形式ばったものになりますが、衣装などの準備は全て希理様がしてくださるそうです。どうされますか?」
「……最後の舞台は、それくらいが丁度いいんだろうな」
拒否するかと思ったが、絡柳の言葉は承諾にとれた。
「良いんですか?」
驚きの声を上げたのは与羽だ。
「俺は中州に帰らなければならないから、ずっとこの舞の辞めどきを考えていた。天駆で最も大きい神殿で舞うのなら、最後を飾るにふさわしいだろう? 神事内でないなら、今までやってきたことと変わらない。何かしらの理由をこじつけて拒否するのも無粋ってものだ。官吏たちの不興を買う恐れは――」
絡柳は辰海を見た。彼の方が与羽の身に降りかかる危険には敏感だろう。
「買うなら、おそらくすでに買っています」
辰海は肩をすくめている。
与羽たちはほぼ毎日あちらこちらの神殿を巡っているのだ。とても目立つ。きっとその行動を快く思っていない人もいるだろうが、何かしらの問題が起こりそうな気配はない。
「ただし、俺が中州に戻ったら、お前たちにはすぐ湯治場に移動してもらう。もともとその予定だったし、天駆領主にも了承済みだ」
「わかりました」
与羽と辰海がうなずいた。
「では、希理様にはそのようにお伝えしておきます」
「天駆領主に話す際は俺もついて行きます」
絡柳が空の顔を見上げる。空の長い前髪の隙間からは赤い目が見えた。最近の彼は、前髪が乱れていてもあまり直さなくなった。初めて会った時よりも顔を見せてくれるのは、きっと彼なりの信頼の表れなのだろう。
「わかりました」
前髪の下で空が目を細めるのが見える。大斗の小言もなく、穏やかな雰囲気だ。
与羽は最後の舞の舞台となる風主神殿に思いを馳せた。多くの神殿や祭祀場で舞を奉納したが、風主神殿はまだだ。天駆国を創った神を祀る龍神信仰の中心地。
「緊張するね」
辰海がにっこり笑って話しかけてくる。
「……ちょっとだけ」
与羽は素直にうなずいた。
舞台裏から外を窺うと、ゆっくり帰路へつく参拝者の集団が見える。きっと大晦日の風主神殿は今日以上に多くの人が集まり、その中には天駆の上流階級の人々も混ざっているだろう。
「でも、絶対いいものにするつもり」
これはもともと与羽が望んでいたことなのだ。
「そうだね。僕も君の良さを引き出せるようがんばるよ」
辰海も大きくうなずいた。
「帰ってまた練習せんと」
与羽は少し離れたところで空と今後の打ち合わせをしている絡柳を見た。すぐに視線に気づいた絡柳が与羽を見る。
「境内の参拝者が減ってきたので、そろそろ戻りませんか?」
外を指さして、与羽はそう提案した。
帰ったら、辰海と舞の練習をして――。絡柳は忙しいかもしれないが、大斗や実砂菜は誘えば手伝ってくれるだろうか。
絡柳が大股に歩み寄ってきて、外を見る。
「わかった」
確かに人がまばらになっていることを確認して、うなずいた。
「人がはけてきたから、そろそろ戻るぞ」
大きな声で、すぐに天駆の屋敷へ戻るための指示をはじめてくれた。
「はい」
与羽の隣にいた辰海が、足の悪い舞行に手を貸しに行く。大斗は外で待つ護衛隊に声をかけ、彼らに預けていた馬を呼んだ。
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