龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

文字の大きさ
80 / 201
  第二部 - 六章 龍の涙

六章九節 - 梅の花弁

しおりを挟む
 四半刻(三十分)ほど、これまでの経緯や空が今日見たものの説明をしたあと、与羽よう辰海たつみだけが空とともに月主つきぬし神殿へ行くことになった。与羽たちは明日の午前に龍頭天駆りゅうとうあまがけを離れ、温泉宿に向かうことになる。自分の目で枯れ川の状態を確かめられるのは今しかない。舞行まいゆきも快く送り出してくれた。

 早足で向かった月主神殿の奥には、暖かな湯がたまった滝壺がある。辰海を捜すために何度も通った見慣れた風景だ。そこに流れ込む川の一本。あの時は間違いなく枯れていた川に水が流れていた。

「ほんとじゃん……」

 与羽は川の脇にしゃがみ込むと、川底を湿らせる程度の量しかない水に触れた。何を思ったのか、それを自分の口へ運ぶ。

「……しょっぱい」

「え?」

 確かに月見川の源流は月主の涙だと言い伝えられている。しかし、本当に涙の味がするものなのだろうか。辰海は慌てて川の水の味を確かめた。

「まぁ、冗談じゃけどね」

 辰海が水を付けた自分の指を口に運んだ瞬間、与羽がいたずらっぽく笑んだ。吊り上がった唇の間から、鋭くとがった犬歯が見える。

「な! 与羽!!」

 騙された辰海が声を上げた。

「あはははっ」

 与羽は自分を捕まえようとする辰海の手を軽い身のこなしでかわしながら、笑いまわっている。

「ふふふっ」

 無邪気に駆けまわる二人に、空は笑い声を漏らした。辰海が与羽の腕を捕まえ、「嘘は良くないよ」と文句を言っている。二人の足元には水の戻った小さな川。

 空はそこに気になるものを見つけた。大きな落ち葉と一緒に流れてくるもの。

「与羽姫、古狐ふるぎつね文官」

 空は二人を呼んだ。その指先には、真っ白い花弁はなびらが乗っている。

「それは――」

「梅の花びらでしょうか?」

 その丸さと大きさから、辰海はそう推測した。石室に梅の花枝を供えたのは半月前だ。そこから落ちて流れてきたにしては、きれいすぎるが……。

「そのようですね」

 川上を見ると、一枚、また一枚と白いものがゆっくりと流れてくる。空はそれを丁寧に掬いあげた。そうしていると、さらに花弁が増えてくる。まるで彼の様子を見た誰かが、流しているかのように。不思議な光景だったが、神域で月主を見た辰海にはこれが神によるものだと確信できた。いたずらなのか、何か意味があるのか。

「もしよろしければ、手伝っていただけますか?」

 空に頼まれて与羽と辰海も再び川に指を入れた。少し上流まで歩き、集められるだけ梅の花びらを集める。空の開いた手巾の上には、白い花弁が小さな山になっていた。

 与羽は落ち葉の間に引っかかった花弁を慎重につまみ上げた。水気を切るために、集めた花弁をてのひらに乗せ――。そこに白いものが降って消えた。

「……雪?」

 見上げれば、空はいつの間にか薄灰色の雲に覆われ、ひらりひらりと雪花が舞いはじめていた。

「そうですね。冷え込む前に戻りましょうか」

 空は集めた花弁を丁寧に包んだ。与羽と辰海が立ち上がる。体も指先もすっかり冷えてしまった。暗くなる気配はまだないが、すでに夕刻近いはずだ。三人は舞い散る雪に追い立てられるように、急ぎ足で天駆の屋敷まで山道を戻った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

処理中です...