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外伝 - 第二章 龍姫と薙刀姫
二章四節 - 龍姫と薙刀姫
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華奈は中庭を望む縁側へと与羽を導いた。こちらは熱気のこもる道場内と違って、すがすがしい風が吹き抜けている。武官や武官志望者たちが稽古に明け暮れる戦地から、平和な城下町に戻ってきた。そんな感覚だ。
「もう少しで時間だから、そのまま素振りを続けてて」
華奈は指導している子どもたちにそう指示を出すと、縁側に足を投げ出して座った。床を叩いて隣に座るよう示されて、与羽も同じように腰を下ろす。
「こっちは涼しいでしょう? 道場の中はむんとしてて、汗臭くて、慣れててもたまに嫌になるわ」
「…………」
華奈はちらりと横目で与羽を見た。しかし、不機嫌そうな与羽は風に揺れる木の枝を目で追うだけだ。
「与羽ちゃんはどう? 道場には慣れたかしら?」
「…………」
さらに問うても答えは返ってこない。華奈は与羽の気を引きそうな質問を考えた。
「もう少しで官吏登用試験ね。与羽ちゃんは受けてみようとか思わないの? 文官とか似合いそうだけど、武官の方が良いのかしら?」
ちらりと与羽が華奈を見た。これ以上その話はして欲しくないと訴える視線に、華奈はあえて気づかないふりをした。与羽をよく知るために必要なことだ。
「官吏になって城主を助けたいとは思わない? もちろん、無理強いする気はないけれど」
「……官吏になる気はありません」
与羽は小さくつぶやいて膝を抱いた。与羽の周りには官吏志望者が多くいる。しかし、与羽自身が官吏になりたいと思ったことはなかった。それどころか――。
「私、自分がどんな大人になりたいのか、全然わからないんです」
辰海やアメは官吏として生きようとしている。ラメもきっと来年の官吏登用試験を受けるだろう。将来を真剣に考えている友人と比べて自分は――。
未来を考えると不安になる。何をすればいいのかわからない。自分がとても小さくて非力な存在に思えてくるのだ。悲しみ、いらだち、怒り――。負の感情がとめどなく沸き起こって、与羽は小さくこぶしを握った。
「焦る必要はないと思うわ。未来が選べるって、素敵なことよ」
「…………」
華奈の言葉に、与羽は再び無言になってしまった。
「ごめんなさい。余計なお世話だったかしら?」
「いえ……」
与羽は首を横に振った。
「……すみません。私、今日は調子が出ない日みたいです」
今日は感情が悪い方向に傾きがちだ。
「そう言う時もあるわ。今日の稽古はやめにして、ちょっと息抜きとかどうかしら?」
「息抜き?」
与羽がいぶかしげに華奈を見る。その表情に普段の人懐っこさはなかった。それでも、大斗の凶相に比べれば、何倍もかわいらしい。
「そう」
華奈は肯定すると、勢いをつけて立ち上がった。
「お城まで送るわよ。ちょっと寄り道して帰りましょ」
「大丈夫です。一人で帰れます」
「それでも送りたいの。あなたを一人で帰したら、あたしが九鬼大斗にいろいろ言われちゃうわ」
華奈は視線を道場内に向けた。稽古に励むたくさんの人々の中に大斗の姿はない。与羽を華奈に任せて、自分の仕事に集中しているのだろう。
「知ってるかもしれないけど、あいつ腕っぷしが強いだけじゃなくて、口もうまいから面倒なのよ」
紅をさした華奈の口から小さくため息が漏れた。
「……もうちょっとで子どもたちの稽古が終わるから、そのあと送らせて」
「……わかりました」
すでに華奈を煩わせている現状で、さらに不必要な迷惑をかけるのは不本意だ。立ち上がりかけていた与羽は、仕方なくその場に座り直した。
「ありがとう」
にっこり笑った華奈はとてもきれいだった。武官の仕事中であっても化粧を絶やさず、纏っている稽古着の柄も華やか。竹刀の素振りを続ける子どもたちを振り返ると、赤い髪紐と束ねた黒髪がさらりと揺れた。彼女は強くて美しい人でありたいのだ。彼女の一挙手一投足から、そんな理想がにじみ出している。
「あと十回よ!! しっかり声を出しなさい!」
子どもたちに指示する声も、凛とした強さに満ちている。与羽の声も遠くまで響く方だが、訓練で身に着けた華奈の声には及ばない。
「ゆっくり型を確認するのよ!」
華奈は素足で庭に降りると、一人ひとり丁寧に指導していった。
「最後だからって適当にやらないの」
「勢いは素敵だけど、刃先を下げすぎよ」
「構えが綺麗ね。もっと深く踏み込むと振ったあとの姿勢も良くなるわよ」
「疲れちゃった? でも、最後まで声を出して偉いわ」
悪い点を指摘するだけでなく、良いところをしっかり褒めていく。この子どもたちのうち何人かは、きっといつか武官になる。その未来まで見据えて、今から強みを育てていくのだ。
華奈の助言を受ける子どもたちの表情は、疲れているものの明るかった。
「もう少しで時間だから、そのまま素振りを続けてて」
華奈は指導している子どもたちにそう指示を出すと、縁側に足を投げ出して座った。床を叩いて隣に座るよう示されて、与羽も同じように腰を下ろす。
「こっちは涼しいでしょう? 道場の中はむんとしてて、汗臭くて、慣れててもたまに嫌になるわ」
「…………」
華奈はちらりと横目で与羽を見た。しかし、不機嫌そうな与羽は風に揺れる木の枝を目で追うだけだ。
「与羽ちゃんはどう? 道場には慣れたかしら?」
「…………」
さらに問うても答えは返ってこない。華奈は与羽の気を引きそうな質問を考えた。
「もう少しで官吏登用試験ね。与羽ちゃんは受けてみようとか思わないの? 文官とか似合いそうだけど、武官の方が良いのかしら?」
ちらりと与羽が華奈を見た。これ以上その話はして欲しくないと訴える視線に、華奈はあえて気づかないふりをした。与羽をよく知るために必要なことだ。
「官吏になって城主を助けたいとは思わない? もちろん、無理強いする気はないけれど」
「……官吏になる気はありません」
与羽は小さくつぶやいて膝を抱いた。与羽の周りには官吏志望者が多くいる。しかし、与羽自身が官吏になりたいと思ったことはなかった。それどころか――。
「私、自分がどんな大人になりたいのか、全然わからないんです」
辰海やアメは官吏として生きようとしている。ラメもきっと来年の官吏登用試験を受けるだろう。将来を真剣に考えている友人と比べて自分は――。
未来を考えると不安になる。何をすればいいのかわからない。自分がとても小さくて非力な存在に思えてくるのだ。悲しみ、いらだち、怒り――。負の感情がとめどなく沸き起こって、与羽は小さくこぶしを握った。
「焦る必要はないと思うわ。未来が選べるって、素敵なことよ」
「…………」
華奈の言葉に、与羽は再び無言になってしまった。
「ごめんなさい。余計なお世話だったかしら?」
「いえ……」
与羽は首を横に振った。
「……すみません。私、今日は調子が出ない日みたいです」
今日は感情が悪い方向に傾きがちだ。
「そう言う時もあるわ。今日の稽古はやめにして、ちょっと息抜きとかどうかしら?」
「息抜き?」
与羽がいぶかしげに華奈を見る。その表情に普段の人懐っこさはなかった。それでも、大斗の凶相に比べれば、何倍もかわいらしい。
「そう」
華奈は肯定すると、勢いをつけて立ち上がった。
「お城まで送るわよ。ちょっと寄り道して帰りましょ」
「大丈夫です。一人で帰れます」
「それでも送りたいの。あなたを一人で帰したら、あたしが九鬼大斗にいろいろ言われちゃうわ」
華奈は視線を道場内に向けた。稽古に励むたくさんの人々の中に大斗の姿はない。与羽を華奈に任せて、自分の仕事に集中しているのだろう。
「知ってるかもしれないけど、あいつ腕っぷしが強いだけじゃなくて、口もうまいから面倒なのよ」
紅をさした華奈の口から小さくため息が漏れた。
「……もうちょっとで子どもたちの稽古が終わるから、そのあと送らせて」
「……わかりました」
すでに華奈を煩わせている現状で、さらに不必要な迷惑をかけるのは不本意だ。立ち上がりかけていた与羽は、仕方なくその場に座り直した。
「ありがとう」
にっこり笑った華奈はとてもきれいだった。武官の仕事中であっても化粧を絶やさず、纏っている稽古着の柄も華やか。竹刀の素振りを続ける子どもたちを振り返ると、赤い髪紐と束ねた黒髪がさらりと揺れた。彼女は強くて美しい人でありたいのだ。彼女の一挙手一投足から、そんな理想がにじみ出している。
「あと十回よ!! しっかり声を出しなさい!」
子どもたちに指示する声も、凛とした強さに満ちている。与羽の声も遠くまで響く方だが、訓練で身に着けた華奈の声には及ばない。
「ゆっくり型を確認するのよ!」
華奈は素足で庭に降りると、一人ひとり丁寧に指導していった。
「最後だからって適当にやらないの」
「勢いは素敵だけど、刃先を下げすぎよ」
「構えが綺麗ね。もっと深く踏み込むと振ったあとの姿勢も良くなるわよ」
「疲れちゃった? でも、最後まで声を出して偉いわ」
悪い点を指摘するだけでなく、良いところをしっかり褒めていく。この子どもたちのうち何人かは、きっといつか武官になる。その未来まで見据えて、今から強みを育てていくのだ。
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