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外伝 - 第二章 龍姫と薙刀姫
二章八節 - 龍の名残
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与羽は濃灰色をした辰海の目を見返した。城主一族と血を分けた古狐家が受け継いできたものとは違う、母親譲りの瞳の色。辰海が古狐の跡取りとして必死に成果を出そうとするのは、その容姿も関係しているのかもしれない。
「たつ……」
与羽の手が辰海から離れた。
「私、あんたのこと応援しとるから」
龍の名残を一切残していない幼馴染の姿に、与羽は精一杯明るくほほえんだ。
「ありがとう」
しかし、与羽の気持ちは辰海に伝わらなかったようだ。与羽が求める答えを口にして、辰海は再びその足を城へ向ける。
「でも、君も、君たちもあまり僕にかまわないで。勉強の邪魔になるから」
「手伝えることがあったら、やりたい」
勇気を出して、与羽はそう言った。幼馴染の成功を強く祈っているから。
「大丈夫だから」
しかし、辰海は冷たく拒絶する。
「そう……」
与羽の目が悲しそうに細められた。口元に残っていた笑みも、ゆっくりと消えていく。
「がんばって」
「僕はいつだって全力でがんばってるよ」
辰海の声がいっそう冷ややかになる。かける言葉を間違えたのだと、与羽はすぐに理解した。
「……知っとる。ごめん」
「分かってるなら言わないで」
辰海は夕日を紫色に跳ね返す与羽の頭を見た。ずうずうしく意見してくる口うるさい与羽もいらだつが、うつむいて身をすくめる与羽にも腹が立つ。
「僕は一秒も無駄にできないんだ」
その言葉は辰海自身に言い聞かせているようでもあった。
「うん……。けど、思いつめすぎは良くない、……と思う。たまには息抜きせんと」
辰海が心配なのだ。その気持ちだけでも、何とか伝わらないものか。しかし、与羽は顔を上げることができなかった。勇気が、足りない。
「ひとりは、さびしい……。と思う……」
辰海に避けられるだけならば我慢できる。辰海の言う通り、与羽は辰海を頼りすぎていたから。そうなってしまうのももっともだ。しかし、今の彼は自分に近づく者すべてと距離を置きたがっているようだった。彼は勉強に集中するためだと言うが、与羽には辰海がそこまでする理由がわからない。
「たくさんの人に囲まれて、守られて育った君に、僕の気持ちはわからない」
辰海の言葉が胸に刺さる。与羽が何を言っても、それは世間知らずな姫君の理想論なのかもしれない。言い返す言葉を見つけられずにいる与羽に、辰海は背を向けた。
「たつ……」
もっとしっかり話し合いたい。しかし、その場としてこの大通りは不向きだった。そしてなにより、辰海にさらに強い言葉で拒絶されるのが怖い。
「たつ……」
彼を呼び止められない。与羽の口から漏れた小さな言葉は、夕日に溶けて消えた。
「与羽ちゃん」
去り行く辰海の姿を覆い隠すように、華奈が与羽の目の前に立った。
「与羽、ごめんね。うちらのせいで」
先ほどまで辰海とともにいた二人の少女も、与羽を気遣うようにその腕や肩に触れてくる。辰海の言う通りだ。与羽はたくさんの人に囲まれて、守られている。
「…………」
彼女たちを押しのけて辰海を追いかけるべきなのだろうか。そうしたい気持ちもある。しかし、辰海に追いついたところで――。辰海の冷たい視線や言葉を思い出して、与羽は目を固く閉じた。
いまできること、やるべきことを考えるのだ。
「……気にせんで」
与羽は深呼吸して顔を上げた。気遣いに満ちた笑顔を浮かべて。
「それよりあすか、けがはない?」
辰海のせいで転んでしまった少女――あすかに尋ねた。まずは、この場を収めなくては。
「もち!」
あすかは元気にうなずいている。すでに立ち上がり、着物についた土ぼこりもほとんど払い終わったようだ。
「それならよかった」
「心配かけてごめんなぁ……。うち、古狐君にはもう近づかんから!」
「根は良いやつだから、許してあげて」
怒りを見せるあすかに対して、与羽は辰海の肩を持った。あすかは大商家の娘だ。彼女を敵に回すのはまずい。
「本当に良いやつだと思っとるん? か弱い女の子をこかすなんて、ひどひどのひどじゃん!」
彼女の言い回しは独特だが、辰海の行動に立腹しているのは間違いない。
「たしかに、感じは悪かったけど。官吏登用試験が終わったら落ち着くと思うから」
「反抗期ってやつ?」
二人いる少女のもう一人も会話に加わってきた。
「そうだと思う、たぶん」
答えながら、「本当にそうなのか」と与羽は自問する。彼がああなってしまったのは、きっと自分のせいだ。辰海に頼って、頼って、負担をかけて――。彼は与羽のわがままにずっと我慢し続けてくれていたのだろう。耐えきれなくなるまで。
「たつ……」
与羽の手が辰海から離れた。
「私、あんたのこと応援しとるから」
龍の名残を一切残していない幼馴染の姿に、与羽は精一杯明るくほほえんだ。
「ありがとう」
しかし、与羽の気持ちは辰海に伝わらなかったようだ。与羽が求める答えを口にして、辰海は再びその足を城へ向ける。
「でも、君も、君たちもあまり僕にかまわないで。勉強の邪魔になるから」
「手伝えることがあったら、やりたい」
勇気を出して、与羽はそう言った。幼馴染の成功を強く祈っているから。
「大丈夫だから」
しかし、辰海は冷たく拒絶する。
「そう……」
与羽の目が悲しそうに細められた。口元に残っていた笑みも、ゆっくりと消えていく。
「がんばって」
「僕はいつだって全力でがんばってるよ」
辰海の声がいっそう冷ややかになる。かける言葉を間違えたのだと、与羽はすぐに理解した。
「……知っとる。ごめん」
「分かってるなら言わないで」
辰海は夕日を紫色に跳ね返す与羽の頭を見た。ずうずうしく意見してくる口うるさい与羽もいらだつが、うつむいて身をすくめる与羽にも腹が立つ。
「僕は一秒も無駄にできないんだ」
その言葉は辰海自身に言い聞かせているようでもあった。
「うん……。けど、思いつめすぎは良くない、……と思う。たまには息抜きせんと」
辰海が心配なのだ。その気持ちだけでも、何とか伝わらないものか。しかし、与羽は顔を上げることができなかった。勇気が、足りない。
「ひとりは、さびしい……。と思う……」
辰海に避けられるだけならば我慢できる。辰海の言う通り、与羽は辰海を頼りすぎていたから。そうなってしまうのももっともだ。しかし、今の彼は自分に近づく者すべてと距離を置きたがっているようだった。彼は勉強に集中するためだと言うが、与羽には辰海がそこまでする理由がわからない。
「たくさんの人に囲まれて、守られて育った君に、僕の気持ちはわからない」
辰海の言葉が胸に刺さる。与羽が何を言っても、それは世間知らずな姫君の理想論なのかもしれない。言い返す言葉を見つけられずにいる与羽に、辰海は背を向けた。
「たつ……」
もっとしっかり話し合いたい。しかし、その場としてこの大通りは不向きだった。そしてなにより、辰海にさらに強い言葉で拒絶されるのが怖い。
「たつ……」
彼を呼び止められない。与羽の口から漏れた小さな言葉は、夕日に溶けて消えた。
「与羽ちゃん」
去り行く辰海の姿を覆い隠すように、華奈が与羽の目の前に立った。
「与羽、ごめんね。うちらのせいで」
先ほどまで辰海とともにいた二人の少女も、与羽を気遣うようにその腕や肩に触れてくる。辰海の言う通りだ。与羽はたくさんの人に囲まれて、守られている。
「…………」
彼女たちを押しのけて辰海を追いかけるべきなのだろうか。そうしたい気持ちもある。しかし、辰海に追いついたところで――。辰海の冷たい視線や言葉を思い出して、与羽は目を固く閉じた。
いまできること、やるべきことを考えるのだ。
「……気にせんで」
与羽は深呼吸して顔を上げた。気遣いに満ちた笑顔を浮かべて。
「それよりあすか、けがはない?」
辰海のせいで転んでしまった少女――あすかに尋ねた。まずは、この場を収めなくては。
「もち!」
あすかは元気にうなずいている。すでに立ち上がり、着物についた土ぼこりもほとんど払い終わったようだ。
「それならよかった」
「心配かけてごめんなぁ……。うち、古狐君にはもう近づかんから!」
「根は良いやつだから、許してあげて」
怒りを見せるあすかに対して、与羽は辰海の肩を持った。あすかは大商家の娘だ。彼女を敵に回すのはまずい。
「本当に良いやつだと思っとるん? か弱い女の子をこかすなんて、ひどひどのひどじゃん!」
彼女の言い回しは独特だが、辰海の行動に立腹しているのは間違いない。
「たしかに、感じは悪かったけど。官吏登用試験が終わったら落ち着くと思うから」
「反抗期ってやつ?」
二人いる少女のもう一人も会話に加わってきた。
「そうだと思う、たぶん」
答えながら、「本当にそうなのか」と与羽は自問する。彼がああなってしまったのは、きっと自分のせいだ。辰海に頼って、頼って、負担をかけて――。彼は与羽のわがままにずっと我慢し続けてくれていたのだろう。耐えきれなくなるまで。
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