龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

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  外伝 - 第四章 文官登用試験

四章二節 - 同盟の提案

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「僕は君が賢い人間だって知ってる」

 しばらくして口を開いたのは、アメだった。

「君が与羽ようにいら立つのもわからなくはないけど、心と理性を分けて、冷静になって欲しい。僕が四次試験で取り組む予定の課題を一覧にして置いていくから、もし被ってたら一緒にやろう? 僕はいつでも協力したいと思ってるから、その気になったら連絡して欲しい。……よろしくね」

 官吏登用試験で忙しいアメに、長居するつもりはないようだ。言いたいことを全て伝えきった彼は、畳んだ紙を辰海たつみの机に置いて立ち上がった。その横顔は、気づかわしげでありながらも、どこか諦めた雰囲気を秘めている。辰海の選択次第では、学友を見限る覚悟でいる……。

「……待って」

 心よりも、理性を――。辰海は何とかその言葉を絞り出した。

「やるよ。やる……。一緒に……」

 どう考えてもそれが正しいのだ。にもかかわらず、その言葉を口にするのは、血を吐きそうなほど苦しい。

「ありがとう」

 辰海を見たアメがほっと息をつくのがわかった。

「辰海がいてくれたら百人力だよ」

 嬉しそうに声をかけられても、辰海の表情は動かない。

「うん……」

 気の利いた返事の一つもできない。以前の自分はこうではなかった。どうかしてしまったのだ。きっと、与羽のせいで。

「そしたらさ、辰海はたぶん神事や記録系の課題に取り組むよね? 『収穫祭の運営案』とか、『統一規格による地誌ちし制作計画』とか、この辺を一緒にやらない?」

「わかった」

 どちらももともとやるつもりでいた課題だ。

「よかった。実は僕、辰海に集めてもらいたい資料があって――」

 アメは辰海の感情を逆撫でしないように気を使いながら、いくつかの表を取り出した。そこに書かれているのは歴史書や中州国内の地方の状況が記録された資料の題名や概要。中州の記録をつかさどる古狐ふるぎつねならば、容易に手に入るものばかりだ。

「……それなら、もうそこの書棚に収めてある」

 表を確認して、辰海は自分の書斎に併設された書庫を指さした。課題が発表されたその日に、必要そうだと思った資料をすべて古狐家の資料室から集めてきたのだ。

「さすが。ここで読んでもいい?」

「……構わないけど、僕が計画をまとめて、君がその実行に必要な人員を組む方が効率的だと思う」

 辰海の頭にはすでに必要な情報が入っているのだから。

「任せちゃっていいの?」

「いいよ。地誌の方はもうほとんどできてる」

 四次試験がはじまってまだほんの三、四日程度であるにもかかわらず、辰海は課題の一つを終わらせようとしていた。

「確認しても?」

「……いいけど」

 アメは急いで辰海が取り出した紙束に目を通した。この課題は、地域ごとに人口や集落の位置、特産品、農地面積やそこから得られる作物、森林量、行事などの詳細をまとめた「地誌」を作る計画の提案だ。すべての地域を同じ基準で調査することによって、中州国全域の状況を正確に知ることができる。どの項目をどのように調査するかがつまびらかに書かれた資料に、アメは唾液を飲み込んだ。

「これは、すごいね」

「…………」

 アメの心からの賞賛に、辰海の返事はない。

 地誌の活用方法は、人口や産業、農地面積から年貢の見積もりを出したり、土地や森林の利用が適切か確かめたり、街道や水路の新設・補修の優先順を決めたりと様々ある。辰海の計画書は、地誌を作ったあとのことまで考えて、資料として使いやすい形にまとめられていた。

「あとさ、ここにその地域でどんな神事が行われているかって調査も加えない?」

 ここにアメの知識が加われば、もっと良いものができあがるはずだ。

「神事? 年中行事を調査する項目はもう定めてあるけど」

 学友の提案に、辰海は眉根を寄せた。吊り上がった眉の間にしわが寄っている。

「うん。そこをもう少し詳しく調べたらいいんじゃないかって。年中行事は庶民の暮らしと密接に関係してるよね。その中でもどんな神事をするかって言うのはその地域の特性や土地の歴史を大きく反映してると思うんだ。例えば、中州中部は雨乞あまごいが盛んでしょ? 実際あの辺りは川が少ないから、今でも農業用ため池と水路を整備する事業が盛んにおこなわれてる。庶民の神事を見ることで、もしかしたら僕たちがまだ気づいていない問題が見つかるかもしれない。神事は習慣だけど、そこには人々の祈りも反映されているはずなんだ」

 アメは口に出さなかったが、これは先ほど与羽ようと話して得た考えだ。信心深くて庶民に寄り添う与羽らしい視点。辰海も与羽の介入に気づいたのか、さらに表情をゆがめている。

「……あっても良いんじゃない」

 それでも、理にかなった提案だと思ったらしい。そっけない言葉が返ってきた。

「ありがとう」

 アメは笑みを浮かべた。不機嫌な辰海には気を使うが、やはり彼の心根はまじめだ。知識と理論で話せば、今の彼ともなんとか組んでいけるだろう。

「辰海も僕に依頼したいことがあったら気兼ねなく言ってよ」

「……うん」

 辰海はうなずいている。しかし、彼からアメに助けを求めてくることはなだろう。今の辰海は、本当におかしい。家族同然に大切にしていた与羽を拒絶すると同時に、アメを含めた全ての友人とも関係を断とうとしている。それがどれほど生きづらいかわからないほど、辰海は愚かでないはずだ。辰海がここまで孤立を望む理由がわからない。
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