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外伝 - 第五章 武術大会
五章四節 - 謝罪とあやまち
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武術大会がはじまる七日ほど前に、文官登用五次試験の結果が出た。
「一位」漏日天雨。
「二位」柊影狼。
「三位」古狐辰海。
わかっていたこと。そう、覚悟していたはずだ。
「すみません、父上」
こうやって父親に謝罪する準備もしていた。しかし、辰海の心は大きな石を飲み込んだように重い。
「気にするな」
ゆっくりと首を横に振る卯龍の表情は固かった。彼が文官準吏になったときの通過順は一位だったはず。祖父も。曾祖父も。古狐の嫡男は代々最上位の成績で官吏登用試験を突破してきた。
「お前のまじめさと勤勉さは俺以上で、本当に良いと思うんだけどな」
辰海とよく似た吊り目が、まっすぐこちらを見ている。
「……ありがとうございます」
憐れむような視線に耐え切れず、辰海はうつ向いた。怒鳴りつけてくれた方が、楽になれただろうに。
「正直に聞かせてくれ、辰海。お前は、官吏になりたくなかったのか?」
「いいえ……。僕は官吏になるために生きてきたので」
筆頭文官家「古狐」の長男として生まれたのだ。それ以外の選択肢など提示されなかった。
「……そうだよな」
父親は重々しくうなずいている。
「五次試験の話だが、お前に与羽の後見人を任せたいと城主や大臣たちに頼んだのは、俺だ」
「そうですか……」
あれさえなければ、きっとうまくいったはずなのに……。
「与羽は親友の忘れ形見で、俺にとって何よりも大切な存在なんだ。俺自身よりも、他の誰よりも」
卯龍は口にしなかったが、つまるところ実の息子である辰海よりも大切ということだ。それは辰海にとって、衝撃的な告白だった。絶望と軽蔑。辰海は声すら出せずに、父を見た。
辰海の世界の中心に与羽がいるのは、こいつのせいだ。父親がそんな考えだから、辰海は与羽の引き立て役で、出来損ないで……。
「与羽が大切だから、お前には与羽と一緒にいてもらいたかった。俺の一番大切なものを、俺が最も信頼できるお前に任せたかった」
卯龍は哀愁すら漂う低い声で語り続ける。
「…………」
辰海は何も言えなかった。父親への憎しみもある。しかし、尊敬する第一位の大臣に信頼されている誇らしさや喜びも――。
「辰海……。俺の独りよがりや弱さが、お前を苦しめてしまっているのなら、本当にすまない。俺ができなかった分、お前には過大な期待を負わせてしまった……。本当に、悪かった」
いまさらそんなことを言われても、どうにもならない。官吏登用試験の結果は覆らないし、心を黒く染める劣等感が消えるわけでもない。
「いいです。大丈夫です」
辰海は心にもない許しの言葉を口にした。アメや与羽と話した時もそうだった。心の底に眠る本心を見せられない。これからもあたりさわりのない言葉で飾って、自分を偽って生き続けるのだろう。正直者で明るい与羽とは真逆の存在。しかし、心には与羽のようになりたいという強い願望がある。今の自分を受け入れられたら、自分の内面をさらけ出せたら――。簡単なことのはずなのに、ひどく難しい。
「…………」
卯龍は無言で辰海の顔を見ている。息子のその場しのぎの嘘に気づいたのだろう。しかし、かける言葉を見つけられないようだ。
「……そうか」
最終的に、彼はそれだけつぶやいた。
卯龍と辰海、言葉や立場で飾ってごまかしつつも、根暗な部分が良く似ている。嬉しくない共通点に、辰海は口元をゆがめた。
「俺はお前の気持ちも聞かずに、俺の理想を押し付けすぎた。今からでも、お前の望むことを知りたい。俺を父親失格と罵りたいならそうしてくれ。俺は、自分の家族よりも、死んだ親友を選んだ愚かな男だ」
ただ、卯龍は辰海よりも自分の内面を見せるのが得意だった。それが辰海を一層苦しめる。
「愚かだって思うなら、改めればいいじゃないですか」
辰海は低い声で言った。それは辰海自身へもそのまま言い返せる言葉だったが、だからこそ口をついて出たのかもしれない。自分が進めないでいる状況を、父親がどう切り抜けるのか知りたかったのだ。
「辰海、俺たちは『古狐』なんだ」
卯龍の声は声変わり前の辰海よりもさらに低かった。
「『古狐』はいつの時代も城主に忠誠を誓い、城主のもっとも近くで仕えてきた。『家族を頼む』。それが、俺の主の最期の命令だった。俺には、命尽きるまで、いや俺が死んだあともそれを遂行する義務がある」
卯龍は辰海に謝罪しつつも、親としての誤りを改める気が一切ない。自分が定めた道を進み続ける覚悟があるのだ。
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