龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

文字の大きさ
154 / 201
  外伝 - 第五章 武術大会

五章七節 - 龍姫の初試合

しおりを挟む
 
  * * *

 そして武術大会がはじまった。

 城下町の西に設けられた会場には、緊張した面持ちの参加者をはじめ、観客も集まっている。二日間行われた子どもの部が終わり、今日からは一般の部。一般の部は中州の武官も参加する勝ち抜き戦だが、最初の数日は道場の門下生や武官準吏じゅんりの戦いが続くらしい。

 与羽ようの試合は初日の早朝からだ。一試合目の相手は自分よりも年下――十歳ほどの少年だった。

「与羽姉ちゃんだ! よろしくお願いします!」

 どうやら彼は与羽を見知っているらしい。

「おはよう。よろしくお願いします」

 少年の明るい笑みに笑顔とあいさつを返して、与羽は気を引き締めた。初めての試合。自分が緊張しているのがわかる。
 与羽は目の端に見える観客や試合風景を意識して追い出した。目の前の相手にだけ集中するのだ。

「構え!」

 審判の号令で、少年が木刀を正面に構えるのを見ながら、与羽も短めの木刀を二本構えた。この大会に武器の指定はない。たいていの人は木刀を使うものの、中には先に綿を詰めた袋をつけて殺傷力をそいだ矢と弓を用いたり、武器を持たずに戦う者もいる。

「二刀流ですか?」

 興味津々で尋ねてくる少年に、与羽は無言でうなずいた。ほんの半月ほどの期間ではあったが、絡柳らくりゅうに教わった二刀で戦うつもりだ。そう言えば、あれ以降大斗だいととは会っていない。仕事が忙しかったのか、余裕の表れか……。

「はじめっ!」

 審判の合図で、与羽は眉間に力を入れて試合以外の思考を追い出した。

「やああぁぁぁぁぁっ!!」

 少年がまっすぐ飛びかかってくる。
 そのひたむきさが好ましくて、与羽はほほを緩めそうになった。しかし、頭は冷静だ。右足を引いて半身になり、まっすぐ頭に振り下ろされた木刀をかわす。そして左手に持つ木刀の柄で勢い余った少年の背を押した。

 それほど力は込めていない。しかし、勢いよく飛び込んできた少年にとっては、それだけで致命傷だった。バタバタと慌てた足取りで体勢を整えようとするが、その様子は隙だらけで――。
 なんとか振り返ろうとした少年のあご先に、与羽は刀の先を突き付けた。勝負ありだ。

 少年の目が丸くなり、すぐに笑顔になった。

「与羽姉ちゃん強いです!」

 負けたにもかかわらず、少年ははしゃいでいる。

「私なんてまだまだよ」

 武器を下ろしてそう答えながら、与羽は何となくあたりに視線を流した。
 ほかの試合を行う人々。それを見る人々。与羽たちの試合を見ていたのは、少年の道場仲間らしき子どもの集団と母親と思われる女性、そしてたまたま居合わせたような人が数人。

 華奈かなは違う試合の審判をしているが、大斗や絡柳はまだ来ていない。少し見ていてほしい気もしたが、きっと自分たちが来る時間まで勝ち残っているだろうという信頼のあらわれなのかもしれない。もしくは勝ち残っておけという脅しか。

 もしかしたら今日は来ないのかもしれない。あたりで試合しているのは十歳前後の子どもばかり。武官を目指す子どもたちの中には、早いうちから一般の部に参加して、実戦の空気に触れようとする者が多かった。一般の部と聞いて身構えていた与羽だが、彼らが相手ならば身長も筋力も近くて戦いやすいだろう。

 二試合目の相手は、同い年くらいの少女。薙刀なぎなたを構える姿はそれなりにさまになっていたが、動きにあらが目立ちこちらも勝てた。日ごろから大斗や絡柳、華奈や乱舞らんぶの稽古を見ているためか。相手の攻撃を見極める目はほかの人よりも肥えているようだ。

 そして、夕刻間近に行われた三試合目も、勝利。

 この三試合すべて同じ年頃の少年少女と戦った。会場には大人の参加者も現れはじめているが、子どもは子ども同士、若者は若者同士、老人は老人同士で当てられているようだ。さらに勝ち進めば、もっと年上で体も大きい人々と当たるのは目に見えているが……。

「勝ち進んでいるか?」

 日没前にもう一試合あると組み合わせ担当の官吏に言われ、木陰で茶と軽食をとって休んでいた与羽は、自分にかけられたらしき声に顔を上げた。

「絡柳先輩。いらっしゃったんですか」

 すでに夕刻。今日は大斗も絡柳も来ないと思っていたのだが……。

「試合が入りそうだったからな」

 絡柳が試合場に目を向けながら応えた。

「今年初めて武官準吏になったから、他の準吏に比べて少し早く試合がくる」

 どうやら武官準吏でいる年月が短い者ほど、早めに試合を組まれる仕組みらしい。

「そうなんですか……」

 大斗とも十分渡り合える絡柳は、実力だけで言えばすでに武官級に思えるが……。

 二十歳前という若さで、すでに一目置かれる上級文官であり、剣術にもひいで容姿も良い。何か弱点はないだろうかと、与羽はわずかに首を傾げて絡柳を見た。しかし、不思議そうに見返されるだけで、弱点など見あたりはしない。

「で、どうなんだ? 勝ち進んでいるのか?」

「はい。このあともう一試合あります」

「それならいい」

 絡柳はほっと息をついた。

「もし負けていたら、俺が大斗に半殺しにされるところだった」

「そうかも」

 苦笑しながらもまじめな口調で言う絡柳に、与羽もつられて笑みを浮かべた。

「今まで何試合した?」

「えっと、三試合です」

「そんなにか。良く残ったな」

 絡柳は満足そうにうなずいている。

「相手が子どもばかりでしたから」

「お前も子どもだろう」

 再び笑う絡柳。試合があるというのに、彼の様子には一切の緊張がうかがえない。

「だが、明日からはもっと年上の門下生や準吏とも当たるようになると思うぞ。お前ならそこら辺の準吏が相手でもなんとか渡り合えるかもしれないが……」

 絡柳は言いながら木刀を手に取った。

「少し相手をしてくれるか? 試合の前に体をほぐしておきたい」

「あ、はい!」

 与羽は元気に答えて、脇に置いていた木刀を拾い上げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

処理中です...