龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

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  外伝 - 終章

終章一節 - 予想外の来訪者

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【終章】

与羽よう辰海たつみ

 部屋の外から聞こえたのは、アメの声だ。しかしそれだけではない。どう形容するべきかわからないざわめき。それが来訪者がアメだけでないことを告げていた。

「私が行くから、辰海は寝とって」

 体を起こしかけた辰海をすばやく制して、与羽が立ち上がった。辰海は彼女の言いつけ通り再び横になると布団をあご先まで引き上げた。そうしながら、与羽とアメの会話に耳を傾ける。

 ここは古狐ふるぎつねの屋敷にある辰海の寝室。太一たいちに見張られながら寝ること数日。退屈ではあったが、眠るだけの日々も悪くない。今日はだいぶ調子が戻ってきたと言う与羽が来てくれて、一層心地よい。休み続けたおかげか、与羽がそばにいてくれるおかげか、辰海は自分の気分が上向きつつあるのを強く感じていた。

「すげー!!」

 辰海が耳を澄ませるまでもなく、少年の大きな声が部屋中に響き渡った。

「フィラ、それがお見舞いに来た人間の態度かね?」

 そして少年に注意する少女の声。

「「お邪魔しまーす」」

と礼儀正しく言う声も複数聞こえるが、このにぎやかさは――。

「辰海、調子悪いって聞いたけど、大丈夫?」

 不安そうな顔で寝室に案内されてきたアメと、その半歩後ろで同じように辰海を心配する彼の許婚いいなずけラメ。そのさらに後ろには学問所で共に学ぶ仲間がわんさとひしめいていた。

「辰海って本当に古狐のお坊ちゃんだったんだなぁ……」

 室内を見回しながら感慨深げにつぶやくのは黒曜仁こくよう じん

「うちりんご買ってきたでー!」
「あたしはみかんー!」

とたくさんの果物を取り出したのは赤銅せきどうあすかと竜胆咲子りんどう さきこ

「この本の山に春本しゅんぼんは!?」

 下世話なことを言う魚目風来うおめ ふうらいに、

「そんなことばっかり考えてるから教養試験で落ちるんだよ、キミ」

とからかう暮波来夢くれなみ らいむ

 ほかにもたくさん。

「ほら、あんまり騒ぐと辰海の体調が悪くなるかもしれないから」

 アメが注意してくれるが、十代前半の子どもたちは辰海の部屋を物珍しそうに見ながら会話を続けている。

「ありがとう。でも大丈夫だよ。本と筆記用具さえ大事にしてもらえたら」

 辰海は布団から上半身を起こして笑みをつくった。辰海の部屋にこれほどたくさんの人がいるのは初めてだ。うるさくて、とても明るい。与羽はその風景を部屋の隅から満足そうに眺めている。

「あ、でも、与羽の傷に障りそうなら静かにして貰いたい、かな」

 幼馴染の頭に巻かれた包帯を見て、辰海はそう付け足した。だいぶ良くなったそうだが、与羽が出歩くのは久しぶりのはずだ。体力が落ちているだろうし、思いがけない不調が出ているかもしれない。

「与羽、傷は大丈夫? 静かなところに行く?」

 それを聞いてラメがすぐに与羽の様子を確かめに行ってくれた。

「大丈夫」

「一回お外の空気吸いに行こう?」

 与羽は平気を装っているが、心配げなラメは彼女をこの騒がしい空間から一度連れ出すことに決めたらしい。

「で、古狐、この本の山に春本は?」

 その背を見送るべきか、呼び止めるべきか悩もうとした辰海の思考を断ち切ったのは、一度は無視した下世話な質問だった。ちなみに、春本とは男女の性的なアレコレを絵や文字で書いた娯楽本のことだ。

「ないよ」

 辰海は与羽の背から視線を離して、質問してきたフィラを見た。

「一冊も!?」

「一冊も」

「はーっ、お前そんなだからそんななんだぞ! ちゃんとちんこついてるかー?」

 ニヤニヤ笑いながら、フィラが跳びついてくる。

「何するの!」

 布団の上から股間をまさぐられそうになって、辰海は慌てて自分の膝を抱えた。

「いーじゃん、ちょっとくらい触らせろよー」

「い、いやだよ!」

千斗せんと、お前武官だろー? 古狐を押さえといてくれよ」

「……無理」

 そっけなく答えた千斗の暗紫色の瞳が辰海を見た。兄の大斗と同じ色。彼も龍の名残を継いでいることを辰海は初めて知った。それだけ共に講義を受けていた学友に興味を持てていなかったことも。

「兄貴と、何かあったの?」

 無口な千斗に話しかけられるとは思っていなくて、辰海は目をしばたかせた。

「えっと……、ちょっとね」

 辰海は無意識に自分のほほに触れた。大斗だいとに殴られた場所を。腫れはだいぶ引いたが、まだ完治とは言えない。千斗はその傷を見て目を細めた。兄の仕業だと察したのだろう。

「兄貴がお前のこと聞いてきたよ」

「……なんて答えたの?」

「『知らない』って」

 話したいことを言いきったのか、千斗は辰海からツンと顔をそらすと閉まった障子窓を見た。

「珍しい」

 兄の行動に対して、そんな小さな感想を漏らしながら。
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