173 / 201
外伝 - 終章
終章一節 - 予想外の来訪者
しおりを挟む
【終章】
「与羽、辰海」
部屋の外から聞こえたのは、アメの声だ。しかしそれだけではない。どう形容するべきかわからないざわめき。それが来訪者がアメだけでないことを告げていた。
「私が行くから、辰海は寝とって」
体を起こしかけた辰海をすばやく制して、与羽が立ち上がった。辰海は彼女の言いつけ通り再び横になると布団をあご先まで引き上げた。そうしながら、与羽とアメの会話に耳を傾ける。
ここは古狐の屋敷にある辰海の寝室。太一に見張られながら寝ること数日。退屈ではあったが、眠るだけの日々も悪くない。今日はだいぶ調子が戻ってきたと言う与羽が来てくれて、一層心地よい。休み続けたおかげか、与羽がそばにいてくれるおかげか、辰海は自分の気分が上向きつつあるのを強く感じていた。
「すげー!!」
辰海が耳を澄ませるまでもなく、少年の大きな声が部屋中に響き渡った。
「フィラ、それがお見舞いに来た人間の態度かね?」
そして少年に注意する少女の声。
「「お邪魔しまーす」」
と礼儀正しく言う声も複数聞こえるが、このにぎやかさは――。
「辰海、調子悪いって聞いたけど、大丈夫?」
不安そうな顔で寝室に案内されてきたアメと、その半歩後ろで同じように辰海を心配する彼の許婚ラメ。そのさらに後ろには学問所で共に学ぶ仲間がわんさとひしめいていた。
「辰海って本当に古狐のお坊ちゃんだったんだなぁ……」
室内を見回しながら感慨深げにつぶやくのは黒曜仁。
「うちりんご買ってきたでー!」
「あたしはみかんー!」
とたくさんの果物を取り出したのは赤銅あすかと竜胆咲子。
「この本の山に春本は!?」
下世話なことを言う魚目風来に、
「そんなことばっかり考えてるから教養試験で落ちるんだよ、キミ」
とからかう暮波来夢。
ほかにもたくさん。
「ほら、あんまり騒ぐと辰海の体調が悪くなるかもしれないから」
アメが注意してくれるが、十代前半の子どもたちは辰海の部屋を物珍しそうに見ながら会話を続けている。
「ありがとう。でも大丈夫だよ。本と筆記用具さえ大事にしてもらえたら」
辰海は布団から上半身を起こして笑みをつくった。辰海の部屋にこれほどたくさんの人がいるのは初めてだ。うるさくて、とても明るい。与羽はその風景を部屋の隅から満足そうに眺めている。
「あ、でも、与羽の傷に障りそうなら静かにして貰いたい、かな」
幼馴染の頭に巻かれた包帯を見て、辰海はそう付け足した。だいぶ良くなったそうだが、与羽が出歩くのは久しぶりのはずだ。体力が落ちているだろうし、思いがけない不調が出ているかもしれない。
「与羽、傷は大丈夫? 静かなところに行く?」
それを聞いてラメがすぐに与羽の様子を確かめに行ってくれた。
「大丈夫」
「一回お外の空気吸いに行こう?」
与羽は平気を装っているが、心配げなラメは彼女をこの騒がしい空間から一度連れ出すことに決めたらしい。
「で、古狐、この本の山に春本は?」
その背を見送るべきか、呼び止めるべきか悩もうとした辰海の思考を断ち切ったのは、一度は無視した下世話な質問だった。ちなみに、春本とは男女の性的なアレコレを絵や文字で書いた娯楽本のことだ。
「ないよ」
辰海は与羽の背から視線を離して、質問してきたフィラを見た。
「一冊も!?」
「一冊も」
「はーっ、お前そんなだからそんななんだぞ! ちゃんとちんこついてるかー?」
ニヤニヤ笑いながら、フィラが跳びついてくる。
「何するの!」
布団の上から股間をまさぐられそうになって、辰海は慌てて自分の膝を抱えた。
「いーじゃん、ちょっとくらい触らせろよー」
「い、いやだよ!」
「千斗、お前武官だろー? 古狐を押さえといてくれよ」
「……無理」
そっけなく答えた千斗の暗紫色の瞳が辰海を見た。兄の大斗と同じ色。彼も龍の名残を継いでいることを辰海は初めて知った。それだけ共に講義を受けていた学友に興味を持てていなかったことも。
「兄貴と、何かあったの?」
無口な千斗に話しかけられるとは思っていなくて、辰海は目をしばたかせた。
「えっと……、ちょっとね」
辰海は無意識に自分のほほに触れた。大斗に殴られた場所を。腫れはだいぶ引いたが、まだ完治とは言えない。千斗はその傷を見て目を細めた。兄の仕業だと察したのだろう。
「兄貴がお前のこと聞いてきたよ」
「……なんて答えたの?」
「『知らない』って」
話したいことを言いきったのか、千斗は辰海からツンと顔をそらすと閉まった障子窓を見た。
「珍しい」
兄の行動に対して、そんな小さな感想を漏らしながら。
「与羽、辰海」
部屋の外から聞こえたのは、アメの声だ。しかしそれだけではない。どう形容するべきかわからないざわめき。それが来訪者がアメだけでないことを告げていた。
「私が行くから、辰海は寝とって」
体を起こしかけた辰海をすばやく制して、与羽が立ち上がった。辰海は彼女の言いつけ通り再び横になると布団をあご先まで引き上げた。そうしながら、与羽とアメの会話に耳を傾ける。
ここは古狐の屋敷にある辰海の寝室。太一に見張られながら寝ること数日。退屈ではあったが、眠るだけの日々も悪くない。今日はだいぶ調子が戻ってきたと言う与羽が来てくれて、一層心地よい。休み続けたおかげか、与羽がそばにいてくれるおかげか、辰海は自分の気分が上向きつつあるのを強く感じていた。
「すげー!!」
辰海が耳を澄ませるまでもなく、少年の大きな声が部屋中に響き渡った。
「フィラ、それがお見舞いに来た人間の態度かね?」
そして少年に注意する少女の声。
「「お邪魔しまーす」」
と礼儀正しく言う声も複数聞こえるが、このにぎやかさは――。
「辰海、調子悪いって聞いたけど、大丈夫?」
不安そうな顔で寝室に案内されてきたアメと、その半歩後ろで同じように辰海を心配する彼の許婚ラメ。そのさらに後ろには学問所で共に学ぶ仲間がわんさとひしめいていた。
「辰海って本当に古狐のお坊ちゃんだったんだなぁ……」
室内を見回しながら感慨深げにつぶやくのは黒曜仁。
「うちりんご買ってきたでー!」
「あたしはみかんー!」
とたくさんの果物を取り出したのは赤銅あすかと竜胆咲子。
「この本の山に春本は!?」
下世話なことを言う魚目風来に、
「そんなことばっかり考えてるから教養試験で落ちるんだよ、キミ」
とからかう暮波来夢。
ほかにもたくさん。
「ほら、あんまり騒ぐと辰海の体調が悪くなるかもしれないから」
アメが注意してくれるが、十代前半の子どもたちは辰海の部屋を物珍しそうに見ながら会話を続けている。
「ありがとう。でも大丈夫だよ。本と筆記用具さえ大事にしてもらえたら」
辰海は布団から上半身を起こして笑みをつくった。辰海の部屋にこれほどたくさんの人がいるのは初めてだ。うるさくて、とても明るい。与羽はその風景を部屋の隅から満足そうに眺めている。
「あ、でも、与羽の傷に障りそうなら静かにして貰いたい、かな」
幼馴染の頭に巻かれた包帯を見て、辰海はそう付け足した。だいぶ良くなったそうだが、与羽が出歩くのは久しぶりのはずだ。体力が落ちているだろうし、思いがけない不調が出ているかもしれない。
「与羽、傷は大丈夫? 静かなところに行く?」
それを聞いてラメがすぐに与羽の様子を確かめに行ってくれた。
「大丈夫」
「一回お外の空気吸いに行こう?」
与羽は平気を装っているが、心配げなラメは彼女をこの騒がしい空間から一度連れ出すことに決めたらしい。
「で、古狐、この本の山に春本は?」
その背を見送るべきか、呼び止めるべきか悩もうとした辰海の思考を断ち切ったのは、一度は無視した下世話な質問だった。ちなみに、春本とは男女の性的なアレコレを絵や文字で書いた娯楽本のことだ。
「ないよ」
辰海は与羽の背から視線を離して、質問してきたフィラを見た。
「一冊も!?」
「一冊も」
「はーっ、お前そんなだからそんななんだぞ! ちゃんとちんこついてるかー?」
ニヤニヤ笑いながら、フィラが跳びついてくる。
「何するの!」
布団の上から股間をまさぐられそうになって、辰海は慌てて自分の膝を抱えた。
「いーじゃん、ちょっとくらい触らせろよー」
「い、いやだよ!」
「千斗、お前武官だろー? 古狐を押さえといてくれよ」
「……無理」
そっけなく答えた千斗の暗紫色の瞳が辰海を見た。兄の大斗と同じ色。彼も龍の名残を継いでいることを辰海は初めて知った。それだけ共に講義を受けていた学友に興味を持てていなかったことも。
「兄貴と、何かあったの?」
無口な千斗に話しかけられるとは思っていなくて、辰海は目をしばたかせた。
「えっと……、ちょっとね」
辰海は無意識に自分のほほに触れた。大斗に殴られた場所を。腫れはだいぶ引いたが、まだ完治とは言えない。千斗はその傷を見て目を細めた。兄の仕業だと察したのだろう。
「兄貴がお前のこと聞いてきたよ」
「……なんて答えたの?」
「『知らない』って」
話したいことを言いきったのか、千斗は辰海からツンと顔をそらすと閉まった障子窓を見た。
「珍しい」
兄の行動に対して、そんな小さな感想を漏らしながら。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる