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第四部 - 一章 龍姫、協力者を募る
一章八節 - 浮浪者と官吏
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そんな調子で、与羽は複数人の男女に声をかけていった。幼子を連れた女性、通りで物乞いをしていた男性、腕や足など体の一部を失った人、身体的には健康であっても心の病を負った者――。
雷乱は与羽の後ろを歩く人々を警戒の目で見た。浮浪者の集団を引き連れている気分だ。しかし、与羽の言動から察するに、彼らはみな、かつて中州国の文官を務めていたらしい。さまざまな理由があって官吏の仕事から離れてしまったが、与羽の左右に揺れる髪の毛を追いかける彼らの瞳には、淡い期待が見え隠れしていた。
文官として生きたくても生きられなかった。与羽が集めたのは、そんな人々だ。そして与羽は、彼らのような人こそ、これからの中州には必要なのだと確信していた。
最終的に与羽が行きついたのは、城からほど近いこじんまりした屋敷だった。普段は空き家のここは、中州の筆頭文官家「古狐」が所有する建物の一つで、客人の宿泊や会議場として活用されている。
住み込みの使用人によって、快適な状態に保たれた広間で、与羽たち一行は二人の少年に迎えられた。ひとりは言わずと知れた、この屋敷を与羽のために手配してくれた古狐辰海。もう一人は、与羽や辰海の学問所の同期で、童顔に人懐っこい笑みを浮かべているアメこと漏日天雨だ。
二人は与羽の後ろに立つ人々に自分の身分を明かし、緊張の表情を浮かべる彼らに楽にするよう依頼した。
「辰海とアメが説明してくれとる間に、私はもう一人呼んでくる」
そして与羽は事前に決めていた手はず通り、腰を下ろす間もなく屋敷を出ようとした。
「よーねー!」
それに追いすがったのは、青金叶恵の息子、和雅だ。
「姫様、すみません!」
と叶恵が慌てて駆け寄るが、与羽は困った様子もなく幼児を抱き上げた。
「大丈夫ですよ。和雅君、一緒に行く?」
「いくー!」
「おっし、じゃ行こっか!」
「どうせまたオレに肩車させるんだろ」
与羽と和雅と雷乱。三人の中で進む会話に慌てたのは叶恵だ。
「あの……、それなら、私も……」
なんとか与羽に抱かれた息子の隣に膝をついて、発言した。
「でも説明が……。いやでも、本格的な話は全員そろってからだし、親抜きで子どもを連れ回すのも良くないか」
与羽はわずかに自問自答したあと、叶恵の同行に頷いた。
「じゃあ行きましょう。ちょっと歩きますけど。――辰海、アメ、そっちは頼んだ!」
「うん」「任せて」
頼もしい幼馴染と学友の声に背を押されて、与羽は一休みする間もなく屋敷を出た。腕の中には幼い子ども、背後には巨体の護衛官と幼子の母親を引き連れて。
ただ、与羽の言葉には嘘があった。彼女は「ちょっと歩く」と言ったが、実際はちょっとどころではなく歩くのだ。与羽の目的地は、城下町北部にあるのだから。南通り近くの叶恵の家を起点と考えれば、南北に長い城下町をほとんど縦断することになる。与羽の腕から雷乱の肩に移動した和雅にとっては、小旅行と言っても過言ではないだろう。
「う~ん。多分ここ」
弾むような健脚で目的地周辺まで来た与羽は、北通りから路地を一本入ったところに建つ長屋の前で止まった。細長い建物を区切り、その一室一室に人が住むありふれた集合住宅だ。叶恵が息子と暮らしているものよりも新しく、建物としての質も治安もこちらの方が数段優っている。
同じような戸の前でわずかに不安を見せた与羽は、左右を見渡した。周りの部屋の多くは、戸の前に表札や植木などの目印が置かれているものの、与羽の向う戸には何もない。逆にそれが目印になっているとも言えるが、何もないと不安になってしまう。しかし、間違いはないだろう。与羽は建物の端から目で扉の数を数えて、自分を納得させた。
「良いですか?」
振り返った与羽の確認は、主に叶恵を向いている。
雷乱は与羽と共にこの場所を訪れたことがあるので、ここの住人を知っているし、幼い和雅には何が起ころうとしているのかさえ分からないだろう。
「大丈夫です」
叶恵の了解は重々しい。緊張する彼女に与羽はうなずいた。雷乱から和雅を受け取ったのは、姫君のいつものいたずらのひとつだ。
片手で子どもの体を抱きとめ、きれいに磨かれた木戸を叩く。
引き戸は返事もなくすぐに開いた。
「会いたかったよ~。お父様ぁ!」
その瞬間、与羽が顔面全体に悪童じみた笑みを押し出して言った。もちろん、和雅を前に向かって突き出して――。
雷乱は与羽の後ろを歩く人々を警戒の目で見た。浮浪者の集団を引き連れている気分だ。しかし、与羽の言動から察するに、彼らはみな、かつて中州国の文官を務めていたらしい。さまざまな理由があって官吏の仕事から離れてしまったが、与羽の左右に揺れる髪の毛を追いかける彼らの瞳には、淡い期待が見え隠れしていた。
文官として生きたくても生きられなかった。与羽が集めたのは、そんな人々だ。そして与羽は、彼らのような人こそ、これからの中州には必要なのだと確信していた。
最終的に与羽が行きついたのは、城からほど近いこじんまりした屋敷だった。普段は空き家のここは、中州の筆頭文官家「古狐」が所有する建物の一つで、客人の宿泊や会議場として活用されている。
住み込みの使用人によって、快適な状態に保たれた広間で、与羽たち一行は二人の少年に迎えられた。ひとりは言わずと知れた、この屋敷を与羽のために手配してくれた古狐辰海。もう一人は、与羽や辰海の学問所の同期で、童顔に人懐っこい笑みを浮かべているアメこと漏日天雨だ。
二人は与羽の後ろに立つ人々に自分の身分を明かし、緊張の表情を浮かべる彼らに楽にするよう依頼した。
「辰海とアメが説明してくれとる間に、私はもう一人呼んでくる」
そして与羽は事前に決めていた手はず通り、腰を下ろす間もなく屋敷を出ようとした。
「よーねー!」
それに追いすがったのは、青金叶恵の息子、和雅だ。
「姫様、すみません!」
と叶恵が慌てて駆け寄るが、与羽は困った様子もなく幼児を抱き上げた。
「大丈夫ですよ。和雅君、一緒に行く?」
「いくー!」
「おっし、じゃ行こっか!」
「どうせまたオレに肩車させるんだろ」
与羽と和雅と雷乱。三人の中で進む会話に慌てたのは叶恵だ。
「あの……、それなら、私も……」
なんとか与羽に抱かれた息子の隣に膝をついて、発言した。
「でも説明が……。いやでも、本格的な話は全員そろってからだし、親抜きで子どもを連れ回すのも良くないか」
与羽はわずかに自問自答したあと、叶恵の同行に頷いた。
「じゃあ行きましょう。ちょっと歩きますけど。――辰海、アメ、そっちは頼んだ!」
「うん」「任せて」
頼もしい幼馴染と学友の声に背を押されて、与羽は一休みする間もなく屋敷を出た。腕の中には幼い子ども、背後には巨体の護衛官と幼子の母親を引き連れて。
ただ、与羽の言葉には嘘があった。彼女は「ちょっと歩く」と言ったが、実際はちょっとどころではなく歩くのだ。与羽の目的地は、城下町北部にあるのだから。南通り近くの叶恵の家を起点と考えれば、南北に長い城下町をほとんど縦断することになる。与羽の腕から雷乱の肩に移動した和雅にとっては、小旅行と言っても過言ではないだろう。
「う~ん。多分ここ」
弾むような健脚で目的地周辺まで来た与羽は、北通りから路地を一本入ったところに建つ長屋の前で止まった。細長い建物を区切り、その一室一室に人が住むありふれた集合住宅だ。叶恵が息子と暮らしているものよりも新しく、建物としての質も治安もこちらの方が数段優っている。
同じような戸の前でわずかに不安を見せた与羽は、左右を見渡した。周りの部屋の多くは、戸の前に表札や植木などの目印が置かれているものの、与羽の向う戸には何もない。逆にそれが目印になっているとも言えるが、何もないと不安になってしまう。しかし、間違いはないだろう。与羽は建物の端から目で扉の数を数えて、自分を納得させた。
「良いですか?」
振り返った与羽の確認は、主に叶恵を向いている。
雷乱は与羽と共にこの場所を訪れたことがあるので、ここの住人を知っているし、幼い和雅には何が起ころうとしているのかさえ分からないだろう。
「大丈夫です」
叶恵の了解は重々しい。緊張する彼女に与羽はうなずいた。雷乱から和雅を受け取ったのは、姫君のいつものいたずらのひとつだ。
片手で子どもの体を抱きとめ、きれいに磨かれた木戸を叩く。
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