不思議倶楽部

勝研

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不思議倶楽部_宮澤遥_A3

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話はかなり前にさかのぼる。

高校二年に進学した私は行進する新入生たちを見ながら思う、人間がゾロゾロとまあ、別に嫌悪感も憎悪もない、ただ別種に対する感情がわき上がるだけだ。人間が牛を見るみたいに、人間が豚を見るみたいに、私は人間に近いが人間ではないそれだけだ。

それだけだったその時まではー

彼女を見た時体中に電気が走った。人間の一目惚れとはこういう事なのかもしれない。顔は小さすぎず大き過ぎず、目はパッチリしていて人形のよう、鼻は少し低いがそれが可愛らしい、唇は桜の花びらのようで気品に満ちていた。ストレートの黒髪はキラキラと輝いていて、胸は小さめだけど形が良さそう、お尻は申し訳程度に出ていた。

例えるなら、それは私のためだけに神が作ったオーダーメイドの美術品。

私はすぐに彼女から目が離せなくなり、入学式中彼女の事で頭が一杯だった。入学式が終わると同時に早速彼女の事を調べた。

そして一週間でほとんどの事が分かった。名前は篠原夢見、何故か立花家に居候中、幼馴染みの男と仲が良く、両親不幸があって一緒に住むようになったとか。二人の仲は友達の範囲内であることも分かった。

半年が経ったが直接彼女に会うことは無かった。彼女と話したら私は冷静ではいられなくなってしまう、それに私の事が嫌いになったらと考えただけで恐怖し、話しかけられなかったのだ。

その頃になると彼女は幼馴染みと一緒に不思議倶楽部というものを作っていた。妖怪や怪談や都市伝説等を調査解明するするのだそうだ。彼女はそういった事に興味があったらしい、だとしたら運命だとしか言いようがない。


入学式から一年。

夢見と一緒に住むゴリラに似ている男とお昼に偶然出会った。自動販売機下の溝にお金を落としたのか腹這いになり棒でかき出していた。

何かに利用できるかも知れないと彼と接点を持つことにした、私が買った緑茶を手渡すと思いの外喜ぶ。それから彼は私に積極的に話しかけてくる様になった。下らないお笑い番組の話や、自分の武勇伝が好みらしい。

彼は単純だ。彼の話に頷いて笑えば満足なのだ。

そんな時間がしばらく続いたある日。

告白された。

彼女からではなく、ゴリラ男からだった。

「ハルカ先輩付き合ってくだぁい!」

「、、、」

どうするか考える。利用できると思っていたがゴリラ男は私を夢見に会わせる気は無さそうだし、付き合ったとしてもメリットがあるとは思えなかった。

「理由は?」

「えっと、、おっぱ。」

何かを言いかけたみたいだが、慌てて一瞬考えるゴリラ男。

「イライラしているじゃないですか、先輩。」

「イライラしている?」

「何をしていても、俺と話していても。だから心から笑ってほしいからですよ、先輩に。」

只のお馬鹿だと思ったけど、意外と直感は優れているのかも。確かに、そうイライラしていた。彼女と合って一年何も進展がなく、日々を無為に過ごしていることに。そして夢見を観察するにこの男が夢見の思い人だということに。

私が欲しいのは変化だった。

果たしてそれは夢見を紹介されたぐらいでどうにかなるものなのか?夢見を自分のモノにしたい衝動がそれを上回る。

このゴリラ男を利用すれば出来なくはないのではないか?

普段なら冷静な判断を下す頭が今日に限って、変な方向に暴走する。違うわ、もともとあの入学式から引き返せないのだ。

そうこれは運命。私と夢見はこうなる運命なのだ。

「ええそうね、わかったわ。やっぱり私達は運命で結ばれているのね。」

心から笑えた瞬間だった。


ーー現在ーー


計画は全て順調、そして私の目の前にはその夢見がいた。

「うぅ、、貴女は、、。」

目の前に椅子に夢見が腰掛けている、服は脱がしていないが両手は椅子に縛り付けている。

「私よ、夢見。いろいろ気が付いているのでしょうけど改めて言うわ、私はあなたが好き。性別に関係無く、、ね。」

彼女は周りを確認して、自分の状況を理解し大きな溜め息をついて鋭い口調で言う。

「先輩、それは私を好きになれという命令ですか?それとも冗談ですか?」

表情を見る限り交渉には応じない構えだ。

「こうへ、、立花くんをここに連れてきてください。私と彼の拘束を解いてくれたら、この事を水に流します。とにかく立花くんを出してください、そうすれば先輩の話を聞きますし妥協点を二人で見つけることも出来るはずです。」

夢見だって互いの立場が同じでなければ、有利な交渉は難しい事は分かっている。強気なのは夢見が奥の手を残しているからだ。ここでいう奥の手とは事前に自分の居場所に関係するメール等を他者に伝えておくことだろう。

だがここは電波が入らない場所。衛生から受信されるGPSは地下に対しては有効ではないし、今日中に携帯をどうにかすればカモフラージュは出来る。少し厄介なのは外部との連絡、しかし別荘に侵入してくるまではゴリラ男がここに囚われていることすら知らなかった不確定なメールであるはずでここの存在を発見するには多少時間が掛かるはず。

そしていつもならば公平と呼ぶのを立花くんと親密ではない言い方をして、まるで興味がなく家族の一員であるからここに来たというポーズを崩さない事で価値を下げ、交渉を有利に進めようとしている。

突然拘束された状態で効果的な手を打っているとは考えにくく、強硬な姿勢は多分ブラフなのだろう。本当に芯の強い娘、説得する事が出来るのかしら。

「彼を眠らせて会うのなら良いわ。男性に暴れられたから、私一人で押さえられる自信がないもの。」

嘘だけど、理由としては妥当でしょう。本音としては眠らせておけば夢見が彼を運ばなければならない為、脱出の難易度をあげる効果がある。それとも一人で逃げて警察に連絡する?夢見の性格上、ゴリラ男を危険に晒す様な真似はしないかな。

「公平に大事な話があるんです。起きていてもらわないと。」

あからさま過ぎる。

「それで二人で逃げる相談をするの?」

これは牽制、出方をみたい。

「先輩を説得する相談です。」

私を説得する?まさか、夢見は私から目を外さず表情や仕草、体の動きを観察する。本気?本気で言っているのなら少し興味もあるけど。

「二人で私に愛を説いてくれるの?こんなこと意味がないとか。もっと素敵な人がこれから現れるとか。」

夢見は首を振る。

「先輩は色々考えて、今この状況になっている。先輩はある程度論理立てている、ならそういった説得はあまり効果はないです。もっと直接的な方法で説得します。」

読めた、根本を潰す気なのね。私の動機そのものを、つまり貴女への愛、幻想そのものを打ち砕くつもり?夢見を嫌いになるなんて、それこそあり得ない。どんな説得をするのか興味が湧く、だけど条件を引き上げましょう。

「駄目ね。でも、、そうね。夢見と公平くんが私を説得できなかった場合、私と此処で暮らしてもらうという条件なら飲んでも良いわ。」

「分かりましたそれで良いです。」

一瞬夢見の視線が外れた事で、嘘だということが分かるが約束はしたのだこれで良い。どんな状況下であっても約束というのは心を縛る、仮に夢見が反故にしても私がこの約束の話を出せば交渉は更に有利になるだろう。

「嬉しいわ、ならちょっと待ってくれるかしら。彼を連れてくるから。」

そう言って夢見のいる部屋を出た。彼を連れてくるまで夢見が何かをするは目に見えている。縛りをほどくか、、それとも、、。入室時には彼を盾代わりに使った方がよさそうね。

カッカッカッ。

屋敷の地下は広い。屋敷と廃屋は地下で繋がっていて、所々に部屋が設置されている。これは戦時中防空壕として設計されたもので、山の麓の洞窟からこの地下に村人を避難させる為に造られたのだが結局使用される事はなく、この辺で知るものは殆んどいない。

ゴリラ男を監禁しているのは、そんな一室のシャワー室である。お湯は出ずに水だけであるが、体の汚れや家畜の屠殺も出来る様に設計されているために排水設備はしっかりしている。監禁するにあたり、ゴリラ男の排泄等の処理が面倒だったので、この場所を選んだ。

私はゴリラ男を監禁してあるシャワー室の扉を開くと、薄暗い部屋の中に裸で胡座をかいているゴリラ男を発見する。天井から繋がれた鉄の鎖と手枷はこの男の体力を消耗させるには十分だと思われたが、、こんな危機的な状況で寝ていたようだった。

私はイビキがうるさいゴリラ男の膝を軽くこづく。

「んぁハルカ先輩、ご飯ですか?食べさせてくるんですよね、ねぇ、ネェ☆はいアーン、、、んん?」

このゴリラ男の精神はどうなっているのか、監禁されているこんな状態でまだ私と付き合っているとでも思っているのだろうか?有り得なくない、、

「夢見ちゃんが公平くんを迎えに来たの。彼女から貴方に相談したいことがあるらしいから、遊びもココまでね。」

カチャリ。

ゴリラ男の手枷を専用の鍵で開け、体を拭く為の濡れタオルと彼の服一式を手渡す。

「そうですか、、ハルカ先輩の事で相談かな。」

体を拭きながら確信をついた台詞。少し真面目になったのだろうか確かに今までが頼り無さ過ぎた、全部演技だった可能性もあるけれど。どちらにせよこのゴリラ男が私の理解を越えている事を理解しなければならなかった。

私はゴリラ男の手を後ろで縛った。抵抗がないのはやはり夢見の状況が分からないからだろう、相手をなるべく傷つけたくない私としては助かった。

「前の部屋に夢見がいるわ。ドアは開いているから先に入って。」

カッカッカッ。ガチャガチャ。

私はゴリラ男を盾にドアを開けさせる。取手を普通に開ける所をみるにドアノブに仕掛けはなく、またドア付近からの強襲も無かった。中を覗くと夢見が捕らえた状態のままその場に座っているのを確認する。

夢見はゴリラ男に気が付くと、顔を綻ばせたが直ぐに険しい顔をしてゴリラ男から顔を背け頬を膨らませる。

「公平のバカ!」

色々な感情が混じっている言葉。喜び、安堵、怒り、不安と希望、長い間一緒にいて初めて言える言葉かもしれない。嫉妬からか私の心がざわめく。ゴリラ男は更に夢見に近付くと、彼女の体を隠すような位置に立つ。

何かをするためだろう、今回はあえてそれに気が付かないふりを続ける。

「何だよ相談って?」      

「公平分かってる?!先輩の目的は私なの、公平は私を釣る餌だったの!!おかしいって始めに散々忠告したのに、それをヒョイヒョイ付いてきて、呆れるやら悔しいやら、もう!」

これにはゴリラ男も驚いた様だった。そして詳しい話を夢見から直接聞いて状況を完全に理解したようだった。ゴリラ男はこちらに向き夢見と共に私を説得するようだ。夢見とゴリラ男は頷き合う。

「遥先輩すいません。わっ、私は公平と付き合っているんです。結婚の約束もしていて、、その、、私の体だって公平に、、滅茶苦茶にされたんです!もう私の体は綺麗な身体じゃない、汚れた女なんです!!!」

何だって!っと一瞬驚くゴリラ男だが、顔を上気させて直ぐに話を合わせる。

「え~、あぁ~そうです!悪かったスッね先輩!!あれやこれやで夢見は俺の体なしではいられない、イヤらしい身体になってます。先輩じゃ満足できませんよ。勿論夢見とは遊びで、本命は先輩ですからね☆」

何ィ!と驚き青筋を立てる夢見は口角をひきつらせる。

「確かに私は体だけの女。でも公平くんは私がいないと何もない、駄目なヒモ男に私がしてしまったのも事実です。この先この駄目な男が頼れるのは私だけ、私が養ってあげないとこの人は飢え死にしてしまいます。」

この野郎とジト目でゴリラ男が夢見を非難する、それを半ば無視した夢見は涼しい顔でやり過ごす。

「あぁそうだ、そうだよ悪いか。だがそんな駄目男に引っ掛かったのが運の尽きだ。これからピンク色の看板の店にでも働いてもらって金は俺がもらうぜ。スロットや競馬で倍に増やすだけだ、儲かったら綺麗なネーチャンのいる店に行くぜぇ、ゲヘゲヘ。」

、、言葉もない。

二人が険悪な感じになったときに、正気を取り戻した夢見が思い出したように話を纏める。

「という事で、私は先輩の思っているような女の子ではありません。それでは私達は帰りますのでー」

夢見は拘束を自ら解いたのか立ち上がり、私の横を二人が揃って手刀を切って通り過ぎようとする。そんな二人を手で遮る。

「下手な漫才を見たいわけではないわ、説得して頂戴。夢見、公平くんでもいいから、さぁ。」

ここからが本番なのだ。これから彼女達がどういう行動に出るのか、私の予想では動物の本能に近いことをする、つまり〈逃げるか戦うか〉。

スルリ。

ゴリラ男を縛っていた縄も床に落ちる。手に持っているのは平たい刃渡り2センチほどの折り畳みナイフだった。ゴリラ男の身体検査はしたので、持ち込んでいたのは夢見の方。大きさから、多分靴の中敷きに入れておいたのか、それとも下着等に取り付けていたのかもしれない。

夢見に対しては今後の事を考えていたので、丁寧に対応したのが裏目に出たのかもしれない。しかし問題はない想定内。

「もういいでしょ先輩。俺達三人は一緒に旅行に来て、一緒に帰った。こういう旅行もたまにはいいっスよ。」

ゴリラ男の言葉に頷く夢見が小型の折りたたみナイフを靴にしまいながら言う。

「先輩こんなことで好きになってくれる人はいませんよ、帰りましょう。皆心配してますよ。」

力を持つ大人が子供をあやすような言い方、まるで勝負がもう終わったかのような言い方。夢見達はわかってない、状況はまったく変化していないことを、素手の人間が猛獣を説得しようとしていることを。

もういい。こうなったら力を見せて力ずくでも彼女を手に入れてやる。そのためにこの別荘に連れて来た、邪魔なものがいないここに、、。

「駄目ね、ゲームは終わりよ夢見、貴方は私を説得できなかった。一緒にここで暮らす約束を守って頂戴、でなければ力ずくでも傍にいてもらうわ。」

下へと続くドアを背にして二人を見据える。私は本気よ夢見、貴方を必ず手に入れてやるわ。

「ハルカ先輩止めたほうがいいですよ。夢見はああ見えてかなり凶暴で、学校の有名な不良を投げ飛ばしたこともあるんです。実際男の俺でも勝てませんよ。」

そういうゴリラ男の胸を両手で押しのける。ゴリラ男は2mほど吹き飛んで床に転がり滑る。怪我はしていないようだが床に倒れた衝撃で脳震盪のうしんとうでも起こしたのか立ち上がる気配は無い。彼は夢見の為になるべくなら無傷で交渉に使いたい。

「夢見、私は人間ではないのよ。私は《怪物》なの、物凄く怖くて恐ろしい生き物なの。貴方は不思議倶楽部を作って私のような怪物を探しているんでしょう?好きなんでしょ《怪物》が。」

夢見は首を振って否定する。

「ハルカ先輩、貴方が怪物かどうかは分かりません。でも私は怪物が好きだから不思議倶楽部を作ったわけではありません。」

怪物が好きだから不思議倶楽部を作ったのではない?真実かどうかは分からない、だけどそれ以外に考えられる可能性はほとんど無い。ゴリラ男と一緒にいたいという欲求を満たす為だけに部を作るだろうか。どちらにせよ夢見には逃げられないということを示さなければならない。

「今から彼を殺すわ。約束を守ってくれるのなら彼は殺さない。それとも力ずくで私を止めてみる?」

私はゴリラ男に向かって歩き出す。

「やめてください。これ以上公平に近付いたら私はハルカ先輩を気絶させなければいけなくなります。」

止まらない私。夢見は覚悟を決めたのか左半身を前に半身になる、そして右手から強烈なスマッシュを私の顎に向けて放つ。私は体を左に反らしながら夢見の手首を掴むと、夢見の足を右足ですれ違い様に払う。合気道の様ではあるが技術というよりは反射神経と力に依るところが大きい。

素人にしては夢見の攻撃は鋭かったが、只の人間の夢見の攻撃は遅く当たっても怪我をするどころか夢見の拳を痛めるだけ。本当に〈怪物〉を倒したいのならばライフルかショットガンでも用意するしかないのだ。

ドスン。

夢見は投げられたの感じて受け身をとったがコンクリートの床に叩き付けられ、驚きと痛みに顔を歪ませる。何度も床に叩き付けるのは背中を痛める危険があるため、今後は手を抜いた方が良いかもしれない。

ゴリラ男への歩みを再開する。

「、、まっ、、て、、ケホケホ。」

まだ準備運動にもなっていない、夢見にもっと私が圧倒的な怪物であることを教えなければ。勝てない事を知らしめて絶望させて、更に圧倒的な力を見せつけ恐怖感を与えれば〈怪物〉だと信じるはず。

夢見はよろめきながらも立ち上がり、私に向かって飛び掛かると見せかけて、両足へタックルを仕掛けてきた。私は足に力をいれる。

ガシィ。

立ったままの状態では重心の関係上、床に転がるのは私である。しかし足に力を込めれば、コンクリートの床に足裏がめり込み大きな杭のようになる。当然夢見の突進力では倒す処か数センチも動かない。

「ーー?!」

夢見の戸惑いを感じてから、ゆっくりと夢見の背中に手を添えてから体を押す。

「うぅうー。」

最早、私を転ばせるというよりは掴まっている状態になってしまった夢見は、限界寸前の筋肉を無視し私の体にしがみつく。

「夢見、無駄よ。」

ドスン。

少し力をいれると夢見は床に落ちる。痛みは少ない、しかしこれはそれが目的ではない。全く相手になっていないと気が付かせるのが、精神を削るのが目的なのだ。

「くっ!」

最早、私の体を気遣う余裕はないと夢見は先程まで座っていた椅子を両手にもつ。椅子は木製だがしっかりした作りとなっていて、重さは五キロ程はある。頭に直撃すれば普通の人間であれば出血や脳震盪、運が悪ければ死に至るだろう。

それを確認して私はゆっくりと夢見に向き合い、上段から振り下ろされる椅子を両腕を下げたまま平然とつまらなそうに頭に受ける。

ガゴッ。

「いっー!」

悲鳴を噛み殺したのは夢見だった、あまりの衝撃で腕が痺れたのかもしれない。彼女には大きな岩に椅子を叩き付けた感覚があったはずだ。

「邪魔よ。」

それを確認して脅威ではないと気が付かせてから、私に向かって投げられた椅子を左手で払い除ける。

バゴン。

椅子が空中で分解されバラバラになる。投げやすい椅子の足の部分を人の目には分からないような素早い動作で手に取ると、夢見の足元に向かって投げ付ける。

時速は何キロか?激しく回転した弾丸の様な木片。

ズドン!

夢見が気が付く前にコンクリートに突き刺さる。

「なっ?!」

普通に考えれば鋭利な刃物ならともかく、木片がコンクリートへ突き刺さるなんてあり得ない、しかし速度と木片の切り口さえ問題なければこんな芸当も出来るのだ。勿論劣化したコンクリートだから出来たという事もある。

だが効果はあったようだ。

夢見の表情が恐怖に歪む。

確信した。

夢見は私を〈怪物〉と認識したと。そして私の正体を告げる。

「夢見私は怪物なのー。人を喰らい、人の天敵、人の上位存在〈食人鬼〉、貴方では勝てない。諦めなさい。」

いつ発生したのか私でも知らない、しかし我々は存在する。

〈食人鬼〉

通常筋肉には出せる力の限界が存在する。筋肉の断面積、通常断面積1平方センチ辺り10キロこれが人間の限界である。だが我々はこれに当てはまらない、重量や断面積が同様でありながら出せる力はその12倍から20倍に相当する。

骨や皮膚も同様である。弾力はそのままに刃物でも傷付き難い皮膚に筋力によって折れない程の骨の強度。人間の外見をそのままに全く別の生物が〈食人鬼〉なのだ。

これは突然変異なのか、それともホモサピエンスが現在の〈人間〉になったのに対し、他の滅びた原人等が我々の祖先であり全くの別種なのかも分からない。

ただ言えるのは〈我々〉は〈人〉を食べて生きる。数が多く管理しやすく、栄養も豊富で他の動物に比べてはるかに弱い〈人間〉を好んで食べるようになるのは種としては当然の選択だったのだろう。

そして人を食べる食べなければ生きられない性質からいつしかこう呼ばれるようになった〈食人鬼〉とー



「もっとも人が多くなり、科学や武器が発達するにつれ〈食人鬼〉は少なくなり忘れ去られた。同時に数を減らし、短命・生殖能力の減退で現在では百人にも満たなくなってしまった滅びかけた種族なのだけれどね。」

我々の現状を口に出していったのは我々は種族的に弱い生き物であるとのアピールが含まれる。弱点を晒すことで恐怖だけでなく、種としての優越感を与えることで好意をもってもらおうという浅はかな考えであるが、この際使える手は打てるだけ打ちたかった。

「ごめんなさいね公平くん、貴方に恨みは無いけれど。」

そして私は手を振り上げたのだった。   
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