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21:大使館と秘密の子
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日本からの返事は5日ほどで来た。
内容は『子どもは日本人として手元で育てたいので爵位相続を放棄する、その代わりに子どもの大学卒業までの養育費の支援と実父との交流を希望する』というものだった。
へルペンシュルツ宮廷伯家側の不安要素は爵位相続問題であったので、そこは向こうの意思に沿う形となる。
問題は養育費を出すかどうかだろうか。
日本でも離婚した父親が子どもの養育費を出さないという問題はよく聞くし、爵位放棄の条件が養育費と交流であるのでお金目当てだと思われて父子関係が悪化するのはかわいそうだ。
子どもの母親である福永やよいの真意はどうであれ、子どもが不幸になるような事だけは避けておきたい。
あとはこの条件が通った場合の送金方法と交流方法も決めておくことになるだろうが、これは向こうが受け入れてからでいいだろう。
「……考えることが多すぎる」
しかしまだ何の力も持たない子どもの不幸を避けることは大人の義務だ、仕方ない。
俺はへルペンシュルツ宮廷伯家との2度目の交渉のアポイントを取るため、迎賓館の使用人に先触れの手紙を出した。
****
2度目の交渉もへルペンシュルツ宮廷伯家の応接室で行われた。
前回と違うのは当主夫婦が揃っている事で3対1になっている事ぐらいだろうか。
「と言う訳で、相手方は養育費と父親との交流があれば爵位は望まないと」
父親との交流というところで微かにへルペンシュルツ宮廷伯の口元が緩んだのを見て、彼女の事を思い出してるのだろうと感じた。
それに対しイエルゲン氏とマーリット氏の表情は変わることがない。
「養育費、と言うのはどれぐらいの額になりますか?」
「我々で算出した養育費の見積もりです」
今回は東京都内在住・持病や障害なし・大学まで公立・塾や習い事なし・浪人留年なしという一番お金のかからない仮定で弁護士が算出したものを、大使館で翻訳・物価の差についての補足を書き足している。
しかし問題は基準となる物価にかなりの差があるという事だ。
北の国は金羊国より物価が高いが、それでも日本に比べればほぼ半分くらい。さらに成人年齢や義務教育などの価値観にもだいぶ差がある。
「……これは少々値段を大きく見積もりすぎではないかしら」
マーリット氏がそう呟くので、ああやっぱりと内心でため息を吐いた。
「衣食住はまだ分かるけれど庶民の子どもに教育なんて受けさせて何になるのかしら」
「我が国は義務教育制度があり、子供に教育を受けさせるのは親の義務となっています」
こちらの世界には日曜学校のようなものはあれど、義務教育制度がないので庶民の子どもの養育費に教育費は含まれない。
しかし子どもは日本で育つのだし日本基準の数字を出すことにした。
「大学進学率が高いですからその想定となっています」
「そう。でも愛人の子に高等教育は不要じゃない?」
なかなかに強烈な発言であるが、彼女からすれば自分や一族の未来も絡んでくる重大事項なのだろう。
へルペンシュルツ宮廷伯は義父と妻に気圧されて物言わぬ貝となっている。
(許してね恋心よ、甘い夢は波にさらわれたの……じゃないな)
特に意味もなく思い出した曲のサビはいったん置いといて。
「それとも、高等教育を受けさせたい理由でも?」
「先ほど申し上げましたように我々の国は進学率が高く、子ども自身が進学を望むならば金銭的事情で学ぶことを諦めずに済むようにしたい……という親心でしょうね」
「愛人の癖に贅沢を言うわね」
「常識の違い故と飲み込んで頂ければ」
「我が家の資産は愛人の子に身分不相応な贅沢をさせるためにある訳ではないわ。進学率の高い国であっても学問なしで働くことはできるでしょう?」
相続権を放棄するのならこの国の基準で働ける歳(15歳)まではしかたなく出してあげても良いが、それ以上は家の財産からはびた一文出さないというところだろうか。
「……でしたら、へルペンシュルツ宮廷伯家ご自身の財布から出して頂けばいいのでは?」
妻の隣で物言わぬ貝となっていたへルペンシュルツ宮廷伯に話を振るとそっと視線をそらした。
「イヴァンに個人資産はないわ」
「どういうことです?」
「結婚前の収入はほとんど生家の借金返済に充ててるし、結婚後の収入は家全体の収入扱いだからよ。宮廷伯としての必要経費は家の支出扱いになるわ」
つまり給与はすべて妻と義父が吸い上げて家庭内で分配しており、自分の小遣いや結婚前の貯蓄などはないということか。借金があったという事を踏まえると生家を頼るのも無理そうだ。
シンプルにこの人可哀想に思えて来たな。
「……わかりました、その辺りの事もしっかり伝えさせていただきます」
世の中には金で解決できることは多いけれど、金で解決するにもその金額で揉めるという事はいつの時代にも起こり得る。
どんな世界であっても人がいる限りトラブルはあり、その内容も実に代わり映えがないらしい。
内容は『子どもは日本人として手元で育てたいので爵位相続を放棄する、その代わりに子どもの大学卒業までの養育費の支援と実父との交流を希望する』というものだった。
へルペンシュルツ宮廷伯家側の不安要素は爵位相続問題であったので、そこは向こうの意思に沿う形となる。
問題は養育費を出すかどうかだろうか。
日本でも離婚した父親が子どもの養育費を出さないという問題はよく聞くし、爵位放棄の条件が養育費と交流であるのでお金目当てだと思われて父子関係が悪化するのはかわいそうだ。
子どもの母親である福永やよいの真意はどうであれ、子どもが不幸になるような事だけは避けておきたい。
あとはこの条件が通った場合の送金方法と交流方法も決めておくことになるだろうが、これは向こうが受け入れてからでいいだろう。
「……考えることが多すぎる」
しかしまだ何の力も持たない子どもの不幸を避けることは大人の義務だ、仕方ない。
俺はへルペンシュルツ宮廷伯家との2度目の交渉のアポイントを取るため、迎賓館の使用人に先触れの手紙を出した。
****
2度目の交渉もへルペンシュルツ宮廷伯家の応接室で行われた。
前回と違うのは当主夫婦が揃っている事で3対1になっている事ぐらいだろうか。
「と言う訳で、相手方は養育費と父親との交流があれば爵位は望まないと」
父親との交流というところで微かにへルペンシュルツ宮廷伯の口元が緩んだのを見て、彼女の事を思い出してるのだろうと感じた。
それに対しイエルゲン氏とマーリット氏の表情は変わることがない。
「養育費、と言うのはどれぐらいの額になりますか?」
「我々で算出した養育費の見積もりです」
今回は東京都内在住・持病や障害なし・大学まで公立・塾や習い事なし・浪人留年なしという一番お金のかからない仮定で弁護士が算出したものを、大使館で翻訳・物価の差についての補足を書き足している。
しかし問題は基準となる物価にかなりの差があるという事だ。
北の国は金羊国より物価が高いが、それでも日本に比べればほぼ半分くらい。さらに成人年齢や義務教育などの価値観にもだいぶ差がある。
「……これは少々値段を大きく見積もりすぎではないかしら」
マーリット氏がそう呟くので、ああやっぱりと内心でため息を吐いた。
「衣食住はまだ分かるけれど庶民の子どもに教育なんて受けさせて何になるのかしら」
「我が国は義務教育制度があり、子供に教育を受けさせるのは親の義務となっています」
こちらの世界には日曜学校のようなものはあれど、義務教育制度がないので庶民の子どもの養育費に教育費は含まれない。
しかし子どもは日本で育つのだし日本基準の数字を出すことにした。
「大学進学率が高いですからその想定となっています」
「そう。でも愛人の子に高等教育は不要じゃない?」
なかなかに強烈な発言であるが、彼女からすれば自分や一族の未来も絡んでくる重大事項なのだろう。
へルペンシュルツ宮廷伯は義父と妻に気圧されて物言わぬ貝となっている。
(許してね恋心よ、甘い夢は波にさらわれたの……じゃないな)
特に意味もなく思い出した曲のサビはいったん置いといて。
「それとも、高等教育を受けさせたい理由でも?」
「先ほど申し上げましたように我々の国は進学率が高く、子ども自身が進学を望むならば金銭的事情で学ぶことを諦めずに済むようにしたい……という親心でしょうね」
「愛人の癖に贅沢を言うわね」
「常識の違い故と飲み込んで頂ければ」
「我が家の資産は愛人の子に身分不相応な贅沢をさせるためにある訳ではないわ。進学率の高い国であっても学問なしで働くことはできるでしょう?」
相続権を放棄するのならこの国の基準で働ける歳(15歳)まではしかたなく出してあげても良いが、それ以上は家の財産からはびた一文出さないというところだろうか。
「……でしたら、へルペンシュルツ宮廷伯家ご自身の財布から出して頂けばいいのでは?」
妻の隣で物言わぬ貝となっていたへルペンシュルツ宮廷伯に話を振るとそっと視線をそらした。
「イヴァンに個人資産はないわ」
「どういうことです?」
「結婚前の収入はほとんど生家の借金返済に充ててるし、結婚後の収入は家全体の収入扱いだからよ。宮廷伯としての必要経費は家の支出扱いになるわ」
つまり給与はすべて妻と義父が吸い上げて家庭内で分配しており、自分の小遣いや結婚前の貯蓄などはないということか。借金があったという事を踏まえると生家を頼るのも無理そうだ。
シンプルにこの人可哀想に思えて来たな。
「……わかりました、その辺りの事もしっかり伝えさせていただきます」
世の中には金で解決できることは多いけれど、金で解決するにもその金額で揉めるという事はいつの時代にも起こり得る。
どんな世界であっても人がいる限りトラブルはあり、その内容も実に代わり映えがないらしい。
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