異世界大使館雑録

あかべこ

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大使館1年目・秋(6部分)

チキンポットクリームパイ

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なぜか今、無性にチキンポットクリームパイが食べたい。
多忙な収穫祭が終わって晩秋に差し掛かり、肌寒くなってきたせいだろうか。
「……でもオーブンないんだよなぁ」
大使館の中に限らず金羊国内にはまだオーブンがない。国内の窯業技術が足りず耐熱レンガがないので作れないらしいのだ。
日本から耐熱レンガを持ち込んで作るという手もあるけどそんな手間も余裕もない。
ダッチオーブン使う?でも重くて持ってきてないんだよなー、どうしよ。大鍋の蓋の上に炭を乗せればいけるかな?うん、そうしよう。
幸いメニューの決定権は俺にあるから好きにやっていい。そうしよう。
「オーロフくん、ちょっと料理の手伝いお願いしていいかなー?」
「あっ、はい!」
かまどの火入れと調整をオーロフくんにお願いして、まずはスープに入れる具と出汁から。
出汁は大森林で取れる生き物の骨と近くの川で取れる魚のガラ、野菜の皮と臭み消しのハーブを水から煮込む。これだけで結構美味しい出汁が作れるのでたまに寸胴鍋でこれを仕込んでは色々と活用させてもらってる。
そして隣のかまどで近隣で採れた生の豆を柔らかくなるまで茹で、その間に野菜をガンガン刻んでいく。
そろそろ食べないとヤバそうな青菜類に、安くなってたお芋類や根菜類をザクザクと食べやすい大きさにまとめてカットしていく。
そしてお肉。今回は3日前に捕まえて熟成させたウサギのお肉を一口サイズにカットしてスープのメインにする。
「お豆はー……よし、このくらいかな」
少し硬めに茹で上がった豆類をざるにあけてざっと水切りする。
さっき豆類を煮込んでた鍋に油を少しひいて、刻んだ野菜や肉や豆類を鍋にどんどん入れ、上から小麦粉をかけてしっかり炒める。
「出汁の味見してくれる~?」
オーロフくんが味見をして「大丈夫だと思います」と告げる。僕も一応確認するが、問題はなさそうだ。
「じゃあ出汁入れて煮込んでもらっていいかな?」
「分かりました」
スープを煮込んでる間にパイ生地も作ろう。
小麦粉をふるいにかけて細かくし、バターを入れて練り混ぜる。
酪農が行われていない金羊国だが、牛乳が手に入らないわけではない。牛や山羊などの母乳が出る獣人の女性が自分の出したお乳を売ってくれるので、それを使えばバターやチーズなども用意はできる。
大使館ではオーロフの奥さんや娘さんに頼んで牛乳を確保してるけど、最初は知り合いの家族ということでなんとなく抵抗感はあったけど成分的にはスーパーで売られている牛乳ものとあまり変わらないし味も普通のものと変わらないので気にしないように言い聞かせながら使っている感じだ。ちなみに値段は日本より少しお高めだがこれは生産量の少なさによるものだろうから仕方ない。
さて、小麦粉とバターがしっかり混ざったらひとまとめにして氷を仕込んだクーラーボックスで休ませる。
金羊国には電気がないので冷蔵庫もない、ただ魔術を使えば氷を作れるので大使館では氷とクーラーボックスを冷蔵庫がわりにしている。
「スープの方はどう~?」
2人で味見をすればとろみも出てなかなかいい具合になってきた。少し塩だけ足してから陶器の深皿にスープをたっぷり入れておく。
「こんな器ありましたっけ?」
「収穫祭の時にお客さん来たでしょー?あの時に追加でお皿を買ってあるんだよ」
金羊国に限らずこの大陸では焼き物のお皿は結構珍重される傾向にあり、えらい貴族などは職人を自前で囲ったりしてるのであまり庶民に出回らない傾向がある。
大使館で使われるお皿も地元で購入したお皿で、すべて木製の食器である。
しかしこの間の収穫祭の時、お客さん用のお皿がないという話になって外務省がかなりの数のお皿を用意してくれたのだ。
今回は国産洋食器。温かみのある黄色のスープ鉢だ。
スープの粗熱を取るあいだにパイ生地の仕上げをしよう、とにかく打粉して生地を伸ばしては畳むのを繰り返す。少し寝かせ足りてないから伸びが悪いけどこれはもう仕方ない。伸ばして畳んでを5回くらい繰り返し、スープ鉢の口と同じくらいの大きさにナイフで切る。
今回は溶き卵の代わりに水で溶いた小麦粉を器のふちに塗ってパイ生地で蓋をする。
「じゃ、これを焼いちゃうぞー!」
「焼くんですか?」
「うん、この上の小麦粉の生地を焼いてパリパリにするんだよ。スープとパイのパリパリがねー、美味しいんだよこれが。
あっ、スープの鍋を一番下の大きい鍋に置き換えてくれる?」
スープがまだ半分くらい残ってる鍋をかまどから別のところにずらして、大きな鍋をかまどにかける。
「ここにお皿ごと入れればいいんですか?」
「うん、少し余裕を空けてね」
指示通り鍋にポットパイを置いてもらう。
「このあとどうするんですか?」
「蓋をして、その蓋の上に燃えた薪をいくつか置いて加熱するよ」
「蓋の上に燃えた薪……?!」
「そうしないとパイ生地が焼けにくいからね」
不思議そうな顔をしつつ指示通り蓋をして上によく熾った薪を置いて上から加熱して出来上がりだ。
「お手伝い、ありがとうねぇ」
「いえ、これも仕事ですから」
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