異世界大使館雑録

大使館２年目・春(9部分)

商社マンは修羅を生きる

紅忠本社ビルの一角、かつて物置部屋だった場所を整頓しただけの小汚い部屋の入り口には【金羊国支社準備室】の看板がぶら下がる。
この部屋の主はいつも突然現れる。
「ささ～、ちょっといい～？」
「舞花、あなたちゃんと佐々さんのこと敬いなさいよ……」
金羊国支社準備室長にして支社長に内定している河内舞花かわち・まいかはいつも通りのマイペースさで「昔からそう呼んでたからいいんじゃん」と言い放った。
佐々さんには入社時お世話になっていたはずなのだがいろいろと良いんだろうか？
入社年度の関係でここでは最年少になるにも拘わらず、年上の部下を呼び捨ててくるその神経の図太さに思わずため息が漏れる。
「言わないだけだと思うわよ」
「弥恵は知らないだろうけどささは意外に言う時はちゃんと言う人だよ」
河内舞花と私・松原弥恵まつばら・やえは同い年の先輩後輩になる。
前社長(現会長)の推薦で突然入社してきた彼女が配属された資源一課で直接指導に当たったのがささこと佐々晴臣さっさ・はるおみさん、世界放浪から戻ったばかりの野生児だった彼女に基礎的な社会性を与えたのがしがない事務員だった私だ。
社長の愛人と噂されながらも謎のコネクションで大物との対面の場をこじ開け、口八丁手八丁で大きな契約をもぎ取り、有名私大や国立大卒の先輩をあざ笑うかのように現在の地位を手に入れるまでは私と佐々さんの胃に何度胃が空きそうになったことか……まあこれはいずれ語る日が来るだろう。
「で、ささは？」
「朝一で資源三課に呼ばれたみたい」
「ふーん」
そう告げると自分の後ろについてきた若い青年を「適当に座っていいよ」と腰を落ち着けさせた。
細身ながらがっしりとした体つき、サイクルウェアの上に黒いウィンドブレーカーをひっかけただけの２０前後の青年だった。
「その子は？」
「支社専属の通信係第一号で雇う予定の高槻くん、バイク便のバイトから引き抜いた」
「高槻成裕たかつき・なりひろっす、おなしゃっす！」
椅子に座ったまま９０度に頭を下げる若者に「あ、うん……」としか言えなくなる。
「こちらは松原弥恵、本社宛の書類は全部この人に書類渡してね」
「っす！」
元気でよろしい。
そう考えていると「ただいま戻りました」と疲れ気味の声で佐々さんが戻ってくる。
頭も薄く中年太りも目立ってきたいかにもうだつの上がらないサラリーマンという見た目が、気疲れによってより増幅されていていっそ哀れだ。
「おかえりささ、通信係第一号連れてきたよ」
「高槻です！っと、これ履歴書です！」
机に置いてあった履歴書をひったくるように佐々さんに渡すと、しばらく目を通した後ちらりとその体つきに目を向けた。
「元Ｊリーガーか、通りで体力ありそうな体してる」
私のほうにも履歴書を回してくれる。
出身は奈良、通信高校在学中に選手としてデビュー後３年ほど選手として出場していたらしいが契約解除されて現在は20歳にしてフリーターとのこと。
はきはきした喋りや礼儀正しい感じは体育会系でしごかれたが故だろう。
「トライアウト受かるまでの期間限定ですけどよろしくお願いします！」
「うんうん、舞花ちゃんが気に入ったんならきっといい子なんだろうね。雇用契約関係で少し詰めたいことがあるからお話ししようか」
「ささ、一応実働４時間で日給１万/トライアウト受かれば契約解除可って言ってあるからそこだけは変えないどいてやって」
ひと言くぎを刺すと佐々さんがこくりとうなづいた。
「じゃ、私はちょっとビックボスと話してから外務省行ってくるよ」
「新庄さんと知り合いなんすか？！」
彼女の言うビックボスはうちの会長である。
カジノで一文無しになったところを助けて以来うちの会長と彼女は大変仲がいい。だから入社当初愛人疑惑をもたれ未だに上層部には嫌われるのだが……。
「ああそうだ、ささからＯＫ出たら自分の呼ばれ方決めといてね」
「ナリでいいっすよ」
「んじゃ、ナリくんはささと弥恵のいうことに従ってなー」