禅寺暮らしのエルフさん

あかべこ

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エルフさんは飲酒したい

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日本に来て数ヵ月が過ぎ、ふと思ったことがある。
「酒飲みたいな」
酒は動物性原料を含まない嗜好品として一定の需要があり、ドワーフほどではないが酒を好むエルフも一定数居る。
私も天気のいい夜は少量の酒を嗜む程度には好んでいたのでしばらく飲んでいないと気づくと無性に飲みたくてたまらない。
しかし今世話になっている家はお寺で、戒律上の問題から酒を飲まない者も多い。
「それで俺を呑みに誘ったわけね」
最近は週2~3回程度は帰ってくるようになったツグオはあの家で数少ない飲酒肉食を好む。
私は肉が食べられないが酒は飲みたいし、飲酒を禁じる寺の敷地内での飲酒はいくら信徒でない私も気が引ける。
そこでツグオを呑みに誘って寺の外の美味しい酒が飲める店に連れて行ってもらうと言う訳だ。
「ああ、でも今日は私の奢りだ」
「じゃなかったら断ってたよ」
ここはツグオの友達が働いている近所の居酒屋で、動物性のものを食べると体調を崩す私のために事前に色々頼んでおいてくれたらしい。
その代わり私が支払いをするわけだがこれぐらいなら大した労苦ではない。
「お待ちどーさまでした、今日の日本酒一合と今日の突き出しのぬか漬け盛り合わせでーす」
ツグオの友達だという若い女性が小皿に乗せられた三種類のぬか漬けを出してくれる。
日本酒は透明なガラスに桜色の花びらが浮き彫りにされていて何とも春らしいデザインだ。
「今日の日本酒は青森・弘前の華一風・特別純米を軽く冷やしてのご提供です。
突き出しは今日は右から順にきゅうり・かぶ・人参、うちのぬかどこは米ぬか・塩・ビール・だしを取った後の昆布・鷹の爪なんで動物性のものは入ってません」
こういう細かい説明はつくづくありがたい。
前は未知のものを出されても原材料を把握できず怖くて食べられなかったが、こうして店でもちゃんと教えてくれるのは本当に助かる。
「にしてもアンタのとこ噂通りの美人さんが入ったんだね」
「まあ俺はよく知んないけどね、おふくろの退院に合わせて帰ってきたらなんかいたって感じだし」
「それでもツグオにはこうして良くしてくれて助かってるよ」
「だって義姉さんたちもお気に入りだし、まあ悪い人じゃないならいいやって」
ツグオは普段あまり家に帰ってこないが特別家族仲が悪いという印象はない。
ただ家と学校が遠く、趣味の音楽活動もあるので横着して帰ってこないだけだ。
「ま、エルシアのお陰で帰りやすくなったのは良いけどさ」
「トキコに頼まれたからな」
すぐに家に帰ってこれるよう移動式帰還装置を作ったおかげで最近は以前よりマメに帰ってくるようになり、ミツナリもトキコも嬉しそうだ。
「へー、瑞葉さんのことようやく諦めついたんだ」
ツグオがその言葉でピクリと固まる。
「ツグオとミズハに何かあったのか?」
「こいつ昔から瑞葉さんの事が好きで「言うな言うな言うな!!!!!」
焦ってツグオが彼女の口を塞ごうとするので「ごゆっくりー」と小走りで逃げ出していく。
「余計なことを……」
「安心しろ。私は忘れっぽいから飲めばすぐに忘れる」
私がそう言うとツグオはガラスの小さな容器から透明な酒を小さなグラスに移して私に差し出す。
「早く飲んで忘れてくれ」
「わかった」
くいっとその酒を口に流し込むとふわりと広がるのはコメの濃厚な旨味と甘味。
発酵酒の酸味はあるがあくまでうまみの引き立て役に徹しており、主役となるコメの味わいを引き立ててくれる。
こんな春の夜にはぴったりの華やかな味わいを持つ酒は春の夜にぴったりだ。
「……こんな酒は初めてだ、忘れられそうにない」
「じゃあ酒で上書きだな」
まだ春の夜はつづくのだ、今日は久しぶりにのんびり酒を飲んで過ごそう。
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