指名は君だけー高層の夜に堕ちる

氷月

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番外編:嘘と香水の夜

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トップ王者――

レオさん、リュウさん、シュウさん。
その3人の出勤は、いつも夜8時半すぎ。
同伴が入ってる日は、10時なんて当たり前。
それでも彼らが現れると、空気が変わる。
まるで王が舞台に立つ瞬間みたいに、フロアの照明まで少し明るく見えた。

彼らはどんな夜でも、カジュアルで品のある服装。
シャツのボタンひとつ、香水の香りひとつまで“計算された余裕”がある。

この店には――
レギュラーのプレイヤーが27人、バイトが6人。
総勢33人。
だが実際に〔稼げる〕のは、ほんの一握り。

フロアランキングボードには名前が並ぶ。
上位10人までが、いわゆる「トップ」。
1位から3位は、ずっと動かない。
あの牙城を崩せる奴なんて、ここ数年いない。

せめて……トップ10以内。

ケンさん、アキラさんを抜いて、6位。
いや、せめての8位でもいい。
名前を残せば、運命が変わる。



今日も、売れないプレイヤーたちはスマホ片手に必死だった。

フロアの角、誰もいないテーブルで、
姫たちにLINEを送りながら、ため息をつく。
「返信こねぇな」「今日ノーゲスかも……」

そんな声が飛び交う。

「逃げられたわ…」

僕も、その中のひとり。

香水を吹きかけ、シャツを整え、
“爽やか系”を演じる。
マダムにウケる“清潔感”だけが、
今の僕の武器だった。

「負けたくない……僕だって、光の中に立ちたい」

まだ誰にも聞こえない小さな声で、そう呟いた。

僕がこの店に入って、もうすぐニヶ月。
最低保証はあと一ヶ月。

それを過ぎたら……五万円。
それ以下なら、生活できなくなる。

寮に入れば四人部屋。

でも僕は、あの狭い空間にいきたくない。
家賃七万のワンルームでも、自分の空間で生きたい。
だから――やるしかない。



20時。
フロアに香水の香りが漂う。
トッププレイヤーたちはまだ来ていない。
レオさん、リュウさん、シュウさん。
彼らはいつも余裕の出勤。
僕たち下位組は、早く来て開店準備と場”を温める。

香水を一吹き。
シャツの襟を整え、鏡の中の自分に笑いかけた。

「よし。今日も勝負だ、みのる」



「みのるくん、新規きたよ! ほら、いって!」

「はじめまして、みのるです。こちら名刺です!」
笑顔、声のトーン、距離感――すべて計算。

「あら、あなた可愛い!何歳?」

「俺、まだ二十歳ですけど……年上の女性、めちゃくちゃ大好きなんです。いろいろ教えてください」

「ふふっ、可愛い子ね」

手を取られ、軽く指先を絡める。
(僕は“恋人役”じゃない。“夢”を売る仕事)

「また来てくださいね。次はもっと楽しい話、しますから」
ウインクをして席を離れる。

「みのるくん、あのウインクずるいよ~!」
「僕も必死なんですよ~、久住さん!」



21時。

次々と新規客へ。

席を移るたびに香りを変え、
声のトーンを変え、
まるで別人のように演じる。

「最近、みのる指名すごくね?」

「送りホストもだし、同伴も増えてるらしい、どうなっちゃてんの?」

ざわめくフロア。
(……やっと少しだけ、結果が出てきた)



送りの時間。

「みのる大好き。また来週ね?」

「うん、絶対。約束」

バッグを渡し、エントランスで見送る。
その一瞬だけ、優しい笑顔を作る。

背後から声がした。

「……みのる、大丈夫か? 無理してないか?」

振り返ると、リュウさん。
穏やかな眼差しで僕を見ていた。

「生きてくために必死なんです。僕も」

「……そっか。頑張りすぎんなよ?」

リュウさんの手が、僕の頭を軽く撫でた。
優しくて、温かくて、涙が出そうだった。



数日後。

『あなたを10位以内に入れてあげる。その
代わり、今日同伴しましょ?』
――あやこさんからのLINE。

「……頑張るしか、ないか」
和食店。静かな照明の中で、僕は笑顔を作った。
「俺も会いたかった~」
(心にもない言葉。だけど、言わなきゃ売れない)

店を出るとき、彼女が腕を絡めてきた。
人目がある。
“恋人ごっこ”はもう慣れた。
ただ、そのたびに胸が少しずつ擦り切れていく。

出勤同伴ーお店の前でリュウさんと目が合った。

「同伴か?」 

「はい」

あやこさんが手を引く。

「行こ、みのる」

僕は笑って頷いた。

(まだ、みのるという仮面のまま)



月末。

ホールにオーナーの声が響いた。

「今月の売上トップ10発表だ~!」

ざわつく空気。
一位、レオ。
二位、リュウ。
三位、シュウ。

(そこまでは、いつも通り)

「そして……九位、みのる!」

一瞬、店内が静まり返る。
次の瞬間、拍手と歓声。

「え、マジ?」「あの新人が?」「可愛いからだろ」

嫉妬と賞賛が入り混じる。

オーナーが笑いながらマイクを握る。

「みのる、入ってニヶ月でこの結果は本当にすごい!

努力の子犬ホスト、君は今日から、ミラクル・みのるだな!」

みのるは涙をこらえ、深く頭を下げた。

(努力が、報われた……)

レオは腕を組みながら、

「……俺の子犬が、他の姫に取られねぇだろうな」
ぼそりと呟いた。

リュウは静かに笑った。
「……あの子、ほんと頑張ったな」

拍手の中、みのるは照明に照らされていた。
その笑顔の奥に、誰にも見せない涙が光っていた。

入り口ー白い壁には「トップ10」だけが
載るパネルがある。
ゴールドの額縁の中、並ぶ男たちの写真。

1位──レオ。
2位──リュウ。
3位──シュウ。三人…
そして、その下の段に小さく並んだパネル

9位ーみのる

微笑んでいる自分の写真を見て、胸が熱くなった。

「……僕、ここにいる」

レオは壁際に立ち、腕を組んで眺めていた。
「子犬、頑張ったな。……でも、ここからが本番だぞ?」

その声には誇りと、少しの独占欲が混じっていた。

リュウは遠くから静かに見ていた。
(……よく頑張ったな、みのる。ちゃんと見てるからな)


番外編/end
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