指名は君だけー高層の夜に堕ちる

氷月

文字の大きさ
38 / 38

Lesson 31 運命が、再び微笑む夜

しおりを挟む
朝方――

ぼんやりと目を開けると、隣で眠る和希の姿があった。

酔ったままの腕で僕を抱きしめ、安心したように寝息を立てている。

(……和希が隣にいる。それだけで、落ち着く。まるで安定剤みたいに。)

だけど――

胸の奥に焼き付いた昨夜の記憶が、どうしても消えない。


優しく触れたあと、深みに沈むほど激しいキス。

あの感覚が、唇にまだ残っている。

(……忘れるなんて、無理だよ。

あんなにも優しく、あんなにも心地よかったのに)

指先でそっと自分の唇をなぞる。

胸が痛む。だけど同時に、思い出すたびドキドキしてしまう。

(……カイトも、あんな風に抱かれていたのかな)

想像してしまい、嫉妬にも似た痛みが走る。

でもすぐに――(もう一度)という欲に呑まれそうになる。

(……だめだ。僕には和希がいるんだ。これは、悪いことだ)

迷いを振り切るように目を閉じた瞬間、

隣の腕がさらに強く僕を引き寄せてきた。

「……和希……」

その温もりに、抗えない。

ただ和希の腕をギュッと抱き返し、もう一度眠りに落ちた。

正午――

リビングに差し込む冬の日差しが、白いカーテンを柔らかく透かしていた。

和希はコーヒーメーカーから漂う香りを楽しみながらカップを置き、

みのるはオレンジジュースを両手で包み込むように飲んでいた。

「……俺、久しぶりに二日酔いだよ。頭、ガンガンする」

和希が額を押さえながら笑う。

「え?大丈夫?そんなに飲んだの?」

心配そうに覗き込むみのるの瞳に、和希は少しだけ口角を上げた。

「……新店舗できるらしいんだ。オーナーが言ってた。売り上げ上位のAから、信頼できる奴を責任者とし抜擢し、任せるって」

「それで?」

「俺は……Aの店舗見ることになった。

新店舗はまだわからない…リュウはQueenかもしれないし。」

その名前が出た瞬間――みのるの心臓が不自然に早鐘を打つ。

和希は気づかず続ける。

「隣の隣のビルにあそこにBARを作るんだ。可愛い子ばっか集めた店にしたいらしい。……で、おまえとリツは移籍だって。マサキも時々手伝うことになる」

「……僕、移籍……」

(リュウさんと離れちゃう?)

みのるはグラスを持つ手をぎゅっと握った。

和希はそんな不安を吹き飛ばすように、ソファから立ち上がり、そっと後ろから抱きしめた。

「夜離れることになるけど……心配すんな。俺も顔出すから。大丈夫だ」

吐息混じりの声とともに、首筋に触れる温もり。

唇が触れ、みのるの体がビクリと震える。

「ちょっと……ダメだよ」

「なんで?」

低い声が耳朶を撫でる。

「なんでって……」

「……は?……俺としたくないの?」

「違う……」

「じゃあ、いいだろ」

和希の瞳が、甘さと独占欲で揺れている。

「和希は……本当、強引だな」

そう言いながらも、みのるは唇を奪われ、息を詰める。

その指が鎖骨に触れた瞬間――ふと、昨夜のリュウの熱を思い出してしまう。

「……っ、あ、ダメ。昨日……雨だったから……喉、痛い。風邪ひいたかも」

和希は一瞬驚いたように目を細めたが、すぐにふっと笑った。

「……そうか。なら、今日はやめとく」

安堵させるように髪を撫で、唇を耳に寄せて囁く。

「でも……明日はするからな?」

「……う、うん」

「今日、無理するなよ」

優しく言いながら、再び強く抱きしめられる。

その腕の温もりに、罪悪感と安堵が同時に押し寄せ、みのるの胸が締め付けられていった。

今日は全体ミーティングのため、三十分早めの出勤。

控え室にはすでに数人が集まっており、笑い声とざわめきが広がっていた。

俺とみのるが一緒にフロアに入ると、リュウが振り返る。

「おはよ、レオ。……みのる」

みのると一瞬視線が交わり、そっと逸らす。わかりやすいその仕草に、リュウの口元がわずかに緩む。

「おはよ」軽く返しつつ、

「LINEでも話したと思うけど、どこの店長任せられるかだよ」

リュウは肩を竦めた。

「……いいけどな。今までのAの指名客は?」

「隣のビルだから行ったり来たりになる。最悪Aの客もナイトやQueenにそのまま行き来させりゃいい」

「なるほど」 リュウは短く答えるが、横にいるみのるを意識しているのが見えた。

そのとき、フロアの空気をさらうようにオーナーが入ってきた。

「はいはい、みんなお疲れさま。おはよう!」

グラスも持っていないのに、まるでシャンパンタワーを前にしてるかのように大げさに両手を広げ、乾杯の仕草をしてみせる。場がどっと明るくなる。

「さすがに僕もそろそろ考えたよ。AとQueen、そして新しくできるClover。それぞれの顔を決めないとな。……ま、ドキドキの人事発表ってやつだ」

一拍置いて、オーナーはニヤリと口角を上げる。

「Aの責任者店長は――レオ、おまえだ!」

「余計な修飾はいい」

眉をひそめるレオに、オーナーは「王子様にふさわしい肩書きだろ?」
とわざとからかう。周囲から笑いが漏れた。

「で、Clover。ここはカジュアルで可愛い子たちを集めたい。リュウ、おまえに任せる」

「……俺か」

「Queenは副店長がいないから、そこをシュウに頼む。クセ者揃いだけど、まぁお前なら女を一晩で三人抱いた実績がある。……ホスト史に残る快挙だろ?」

「うわ、バレてる」苦笑いのシュウに、場は大爆笑。

「そして移籍組!みのる、リツ。……あとはたまにマサキ。理由は――」とったんに咳払いをしてから、肩をすくめて笑う。

「……うちの妻が可愛い子を集めろってうるさいんだよ。僕の趣味じゃないからな!」

爆笑がさらに広がり、みのるはリツに抱きつかれた。

「みのると一緒で嬉しいよ」

リュウはその光景をじっと見ていた。

(どうして、また同じ場所に胸の奥が痛い。けど少しだけ、嬉しかった)

「あと、系列の《ナイト》責任者をQueenのNo.1、来栖に任せる。フランスの血が入ったあの青い瞳で、また客を落としまくるだろうよ」

リュウが肩をすくめる

「まぁ、来栖くらいしかQueenでまともなのいねぇだろ」

「BARの人数は?」リュウが尋ねる。

「とりあえず……可愛いレモン。それとライバル店をクビになった奴を拾った」

「クビ?やばいだろ」

「ビジュアルがいいんだよ。……まぁ、変態でも売れりゃいいからな!」

また笑い声が広がる。

その笑いの中で――リュウとみのるの目がもう一度合う。

みのるの横顔がその言葉に反応するように、わずかに揺れた。

リュウの骨格がわずかに上がり、みのるは微笑で誤魔化した。

ミーティングが終わり、皆が立ち上がる。

すれ違いざま、リュウとみのるの肩がわずかに触れた。

その瞬間、互いの心臓が跳ねる。

「……行くぞ、みのる」

レオの声が呼び戻す現実。

「うん」

小さく返事をしながら、

みのるは振り返らずに歩き出した。

リュウは、去っていく背中を見送りながら思う。

(もう終わったはずの恋が、また始まろうとしてる――)

冬の光が、ふたりの間に差し込む。

まるで新しい幕開けを告げるように。

──そして物語は、

静かにCloverの扉へと続いていく。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?

monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。 そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。 主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。 ※今回の表紙はAI生成です ※小説家になろうにも公開してます

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。

禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り

結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。 そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。 冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。 愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。 禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。

平凡高校生の俺にイケメンアイドルが365回告白してくる理由

スノウマン(ユッキー)
BL
高校三年生の橘颯真はイケメンアイドル星宮光に毎日欠かさず告白されている。男同士とのこともあり、毎回断る颯真だが、一年という時間が彼らの関係を少しずつ変えていく。 どうして星宮は颯真に毎日告白するのか、そして彼らの恋の行方は?

【完結】Ωになりたくない僕には運命なんて必要ない!

なつか
BL
≪登場人物≫ 七海 千歳(ななみ ちとせ):高校三年生。二次性、未確定。新聞部所属。 佐久間 累(さくま るい):高校一年生。二次性、α。バスケットボール部所属。 田辺 湊(たなべ みなと):千歳の同級生。二次性、α。新聞部所属。 ≪あらすじ≫ α、β、Ωという二次性が存在する世界。通常10歳で確定する二次性が、千歳は高校三年生になった今でも未確定のまま。 そのことを隠してβとして高校生活を送っていた千歳の前に現れたαの累。彼は千歳の運命の番だった。 運命の番である累がそばにいると、千歳はΩになってしまうかもしれない。だから、近づかないようにしようと思ってるのに、そんな千歳にかまうことなく累はぐいぐいと迫ってくる。しかも、βだと思っていた友人の湊も実はαだったことが判明。 二人にのαに挟まれ、果たして千歳はβとして生きていくことができるのか。

『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―

なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。 ――はずだった。 目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。 時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。 愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。 これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。 「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、 年上αの騎士と本物の愛を掴みます。 全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。

無愛想な氷の貴公子は臆病な僕だけを逃さない~十年の片想いが溶かされるまで~

たら昆布
BL
執着ヤンデレ攻め×一途受け

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

処理中です...