大人になっても、恋は止まらない。──独占と余裕のあいだで

氷月

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Lesson 30 夏の果てに、壊れた声

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月日は流れ――ハル大学三年の夏休み。


「今日からまた、よろしくお願いします」

爽やかな声とともに、ハルが専務室へと入ってきた。

一歩ごとに背筋を伸ばし、秘書らしい落ち着きをまとっている。

「おぉ、春休みからの夏休みも首を長くし待ってたぞ」鮫島が真っ先に笑顔を向ける。

「ハルくんと、また一緒に仕事できるの楽しみにしてたんだ」

「僕もです。よろしくお願いします」

周囲の社員たちもちらほらと視線を送り、期待を込めた笑みを浮かべる。

――「また来てくれるんだね」

そんな囁きが耳に届き、ハルは頬を少し赤く染めた。

デスク越しに悠哉が腕を組み、ふっと目を細める。

「……やっぱり、似合うな」

「え?」

「秘書姿のお前や。待っとったんや、俺」

さらりと告げられた言葉に、ハルの胸が熱くなる。

そのとき、重厚なノックの音が響いた。

「どうぞ」悠哉が答えると、スーツ姿の男が入室する。

端整な顔立ちに鋭い眼差し。海外の血を引くかのような雰囲気を纏い、独特の存在感を放っていた。

「芹沢=ライネルト専務、ようこそ」悠哉が立ち上がり、握手を交わす。

「こちらは――」と振り返り、ハルを示す。「俺の秘書、琴森晴や」

芹沢の目が、じっとハルに注がれる。

「……ほう。これが専務の秘書か。噂通り、可愛らしいな」

低く響く声に、ハルは思わず息を呑む。

「よ、よろしくお願いします」ぎこちなく頭を下げると、芹沢は口角を上げた。

(な、なんだろう……この人……)

視線を交わしただけで、背筋に冷たいものが走る。

横でその様子を見ていた悠哉は、静かに笑った。

「悪いが――これは俺の秘書や。触れさせる気はない」

何気ない調子でありながら、その言葉には強い独占の色が滲んでいた。

ハルは心臓を早鐘のように鳴らしながら、(……ユウヤ……)とその背中に安堵を覚えていた。



あの日俺はまた兄さんから負けた…

ー専務室

「……ふざけんな!ふざけんなー!!」

怒号とともに、奏真は手にしていた資料を床に叩きつけた。紙の束が宙を舞い、白い散弾のように足元へ散らばる。

こめかみを押さえ、荒い呼吸を繰り返す。その悔しさは、胸を焼き切るほどだった。

(はぁ…。また兄さんに……また、兄さんに負けたんか。なんでや。なんで俺じゃあかん……)

その様子を目の前で見ていた秘書――安東杏里は、ただ立ち尽くしていた。

「……奏真常務……」

不安げに声を漏らす杏里に、鋭い眼差しが突き刺さる。

「……常務……」

涙目で揺れる瞳。それでも抗えず、一歩、また一歩と近づいていく。

奏真は苛立ちを隠さず、杏里の腕を乱暴に掴み上げた。

「……なぁ、ふざけんな。勘違いすんなよ」

低く押し殺した声が耳元を刺す。

「俺が欲しいのは、お前やない。……お前はただの代わだったんや。たった一度触れられたくらいで、恋人気取りすんな」

掴まれた手首が痛い。杏里の瞳から涙が溢れ落ちる。

「……常務……」と震える声で呼んでも、冷たい眼差しは微動だにしない。

最後に腕を振り払うと、まるで突き放すように背を向ける奏真。

「――出ていけ……お前じゃ、満たされへん。」

その一言で、杏里の膝は崩れ落ちそうになった。

泣きながらも、必死に唇を噛みしめて常務室の扉を押し開く。

背後に残るのは、冷酷な沈黙だけだった

season 2 end


狂おしい夏の残響は、やがて新たな物語へと続く。――Season3
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