雨音に溶けるひだまり

氷月

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Lesson 2 射抜かれた視線

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今日も一日が始まる。


「ひなちゃ~ん♡ おはよ!ほら、起きないと遅刻しちゃうわよ?」
布団を揺らす母の声に、僕は枕に顔を埋めながら小さくうめいた。

「おはよう……眠い……」

僕の名前は藤崎日向、高校二年。
父は街の小さなどうぶつ病院の獣医で、母はお菓子作りが大好きな専業主婦。
そしてもう一人、僕のベッドの横に丸まっているのは、溺愛しているマルチーズの“まつり”。

「まつりも起きよ? おはよ~」

小さな体を抱き上げると、しっぽをぶんぶん振って顔をぺろぺろ舐めてくる。

「ひなちゃん、朝ごはんしっかり食べなきゃ。背、もっと伸びたいでしょ?」

「朝からガッツリは無理だよ……フルグラとヨーグルトだけでいい」

「まぁ、お弁当はちゃんと食べてくるんだから良しとするわ。ひなちゃ~ん♡」
「……母さん、ほんと子離れできないよね……」
苦笑いしながら制服に袖を通し、家を出る。



学校へ向かう電車の中、時折聞こえてくるヒソヒソ声。
「ねぇ、あの子かわいくない? 女の子かと思った」
「違うよ、あの制服……男子だって」
「え~、男子であの顔? 可愛すぎ♡」

……まぁ、褒め言葉だから嬉しいけど。
できれば“可愛い”より“かっこいい”って言われたい。
あと10センチ背が伸びたら、少しは見え方も変わるのかな。

「おはよー、日向!」
「ひなちゃん、おはよ♡」

昇降口から教室に入ると、いつものように声をかけられる。

笑顔で手を振り返しながら席に着く。
母さんが言う通り、僕は“可愛い”ってよく言われる。

……ほんとは、“かっこいい”って呼ばれたいのに。

チャイムが鳴り、みんな体育館へ移動する。
今日はバスケの授業だ。

体育は大体育館でのバスケ。
隣の小体育館からは女子の歓声が響いてくる。

「きゃーっ! かっこいいー!」

「うわ、始まったな……」

隣にいた友人が苦笑混じりに肩をすくめる。

気になって隣体育館に覗きに行った僕の視線の先に――。

黒髪が跳ね、長い手足がしなやかに伸びる。
放たれるボールはまっすぐゴールへ。

汗に濡れた横顔すら完璧で、誰もが見惚れる。

……御堂雨音。
特進クラスにいる学園一の超イケメン。

思わず息を呑んだ瞬間、彼の鋭い瞳がこちらを捉えた。

心臓が跳ね、慌てて視線を逸らし、僕は授業に戻る。



中間休み。

「おーい日向ー! 客だぞ!」

教室がざわめき、女子たちが騒ぐ。

振り返ると、廊下に立っていたのは――雨音。

「えっ……なんで……」

心臓の鼓動が早い!落ち着け。手が震える。これじゃあ、引きつった笑顔しかできない。

彼は無言で近づき、差し出した。

「……落とし物」

見れば、それは昨日無くして探していた楽譜だった。

「えっ……これ……! ほんとにありがとう、どこ行ったか分からなくて困ってたんだ!」

「……困ってると思ったから」

低く静かな声を残し、雨音は踵を返す。
あまりにあっさりした背中に、僕は咄嗟に小さく手を振った。

「ありがとー……!」

去っていく雨音くんの姿は、どうしてこんなにも美しいんだろう…。


放課後。



鞄に教科書をしまい、靴を履き替えようと下駄箱へ向かうと――。

「よっ、日向!」

振り返ると、軽音部のりょう先輩が手を振っていた。

「りょう先輩、これから部活ですか?」 

「まあな。お前は? これからピアノ弾いて帰るのか?」

「今日は家で弾こうかなって思ってます」

笑顔で返したけど、それは半分嘘。
本当は、弾きたいときにだけ弾きたい。
子供の頃は、父さんと母さんが喜んでくれるのが嬉しくて必死に練習して、何度もコンクールに出た。
けれど今は、自由に、気の向くままにピアノに触れたいんだ。

「なぁ日向、やっぱり軽音部入らないか?」

「……先輩、この前も言いましたよね?僕、コンクールもあるし、それに――縛られるのは苦手なんです」

にこっと笑って言う。

「だから、ごめんなさい。やっぱり入りません」

りょう先輩は肩をすくめて、「そうか」と一言だけ残して去っていった。
僕は靴を履き替えながら、廊下に響く「ひな~バイバイ!」「またな!」の声に手を振る。

――なのに。

足は自然と、校舎裏の弓道場へと向かっていた。



夕陽に照らされた道場。
静寂を切り裂く矢の音。


黒髪が揺れ、弓を引く横顔は真剣で、鋭い眼差しは獲物を射抜くよう。
細く伸びた首筋に汗が伝い、光の粒に溶けていく。

――御堂雨音。

美しさと色気を同時に纏った姿に、胸の奥がぎゅっと詰まる。
気づけば視線を逸らせずに見つめていた。

そして――不意に目が合った。

心臓が大きく跳ね、思わず固まる。

僕は慌てて笑顔を作り、小さく手を振った。

その瞬間。

雨音くんの口元が、ほんの僅かに緩んだ。

気のせいかもしれない。

でも――僕だけに見せてくれたみたいで、なんだか胸が熱くなった。

誰にも気づかれぬように背を向け、鼓動を抱えたまま校門へと歩き出した。

Lesson 3へ続く♡

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