アンデスばあちゃんの魔法のスープ

霧人 イスラエル・ハイム

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マリアおばあちゃんの一番大事な材料

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アンデス山脈の中腹に、時が止まったような小さな村がありました。石造りの家々が肩を寄せ合うように並び、朝になると薄い霧が谷間からゆっくりと這い上がってきます。

その村の外れに、マリアおばあちゃんは一人で暮らしていました。

おばあちゃんの家は小さく、台所はさらに小さなものでした。

でも、木の棚には色とりどりの粘土の壺が並び、天井からは干したトウモロコシやハーブが吊るされています。

壁には、おばあちゃんが若い頃に織ったという鮮やかな織物が飾られていました。赤、黄色、青の幾何学模様が、朝の光を受けてきらめいています。

毎朝、おばあちゃんは小さな窓から差し込む柔らかな光で目を覚まします。窓の外には、いつも親友のリャマ、パチャがいました。

白い毛並みに茶色の斑点があるパチャは、おばあちゃんが起きる時間をちゃんと知っているようでした。

「おはよう、パチャ」

おばあちゃんが窓を開けると、パチャは大きな瞳でこちらを見つめます。その優しい目は、何も言わなくても全てを理解しているようでした。

この朝、おばあちゃんには大切な仕事がありました。村の子供たちが風邪をひいて寝込んでいると聞いたのです。

「今日は特別なスープを作らないとね」

おばあちゃんは棚から、亡き母から受け継いだ古い粘土の鍋を取り出しました。この鍋で作る料理は、どういうわけかいつも特別な味がするのです。

ジャガイモ、トウモロコシ、キヌア、それに山で採れたハーブ。おばあちゃんは一つ一つの材料を丁寧に選びながら、娘たちがまだ小さかった頃のことを思い出していました。熱を出した娘たちのために、夜通しこの鍋でスープを作ったこと。一口飲むと、娘たちの顔に笑顔が戻ったこと。

「料理はね、手だけで作るものじゃないのよ」

かつて、おばあちゃんの母がそう教えてくれました。

「心で作るの。あなたの愛情、あなたの思い出、あなたの祈り。それが一番大切な材料なのよ」

おばあちゃんは鍋をかき混ぜながら、静かに歌い始めました。ケチュア語の古い子守唄です。亡き夫が好きだった歌でした。二人で畑を耕しながら、よく一緒に歌ったものです。

窓の外で、パチャが耳を傾けています。

すると、不思議なことが起こりました。

鍋から立ち上る湯気の中に、小さな光の粒がキラキラと舞い始めたのです。まるで、目に見えない星屑が台所中に降り注いでいるようでした。

おばあちゃんは驚きませんでした。こういうことは、時々起こるのです。心から誰かを思って料理をする時、愛情が目に見える形になることがあるのだと、おばあちゃんは知っていました。

光は優しく、温かく、まるで春の陽だまりのようでした。

やがて、スープが出来上がりました。

おばあちゃんが大きな壺にスープを入れていると、村の子供たちがやってきました。先頭にいるのは、8歳のホセです。まだ少し顔色が悪いですが、おばあちゃんのスープを飲みに来たのです。

「おばあちゃん、来たよ!」

「まあ、まだ無理しちゃだめよ。さあ、座って」

おばあちゃんは子供たち一人一人に、スープを注ぎました。湯気が立ち上り、その中にまだ小さな光が踊っています。

子供たちは目を丸くしました。

「おばあちゃん、スープが光ってる!」

「そうね。でも、それは秘密よ」

おばあちゃんは優しく微笑みました。

子供たちが一口飲むと、顔に色が戻り始めました。二口、三口と飲むうちに、笑顔が広がっていきます。体の中から温かくなって、元気が湧いてくるようでした。

「おいしい!」

「なんだか、体が軽くなった!」

「もう走れそう!」

子供たちの声が、小さな台所を明るくしていきます。

おばあちゃんは静かに見守りながら、また古い歌を口ずさみました。窓の外では、パチャがゆっくりと首を上げ下げしています。まるで、歌に合わせてリズムを取っているようでした。

夕方になり、子供たちは元気に家へと帰っていきました。おばあちゃんは窓辺に立ち、オレンジ色に染まる山々を眺めています。

パチャが近づいてきて、おばあちゃんの手に鼻を擦り付けました。

「ありがとうね、パチャ。あなたがいてくれるから、私も頑張れるのよ」

遠くの山々から、夕暮れの風が吹いてきます。その風に乗って、子供たちの笑い声がかすかに聞こえてきました。

おばあちゃんは微笑みました。

また明日も、この小さな台所で料理を作る。変わらない日々の中に、小さな奇跡は確かに息づいているのです。

棚の上の粘土の壺が、夕日を浴びて優しく輝いていました。それは何世代も前から、この家族を見守り続けてきた壺です。これからも、おばあちゃんの愛情とともに、次の世代へと受け継がれていくことでしょう。

空には最初の星が瞬き始めました。

アンデスの山々は静かに、この小さな物語を抱きしめています。

-----

**おわり**
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